金勝寺墓地
奈良時代に 頬ずりしましょ!
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元山上口駅から 金勝寺 金勝寺墓地  矢田峠 矢田寺 東明寺 滝寺跡磨崖仏  追分  榁ノ木峠 矢田丘陵遊歩道  東生駒駅へと
みなさん今晩は、お元気だったでしょうか。
一ヶ月のご無沙汰でした。
司会の石置宏です。

みなさんは、元山上口駅から矢田寺へ行かれた事があるでしょうか?
ほとんどの人が、わしゃあ行かんでえ〜だと思います。
何故か?そうなんです!中途半端なんですね。
関西人は中途半端が大嫌いなんですね、
たこ焼きは大好きなんですけどね。

しかしながら、今回は恥ずかしなが堂々と、
元山上口駅から矢田寺へと歩いてみます。

本日のコースは、
元山上口駅 金勝寺 椣原墓地 矢田峠 矢田寺 
東明寺 滝寺跡磨崖仏 追分 榁ノ木峠 南生駒駅 

ゴージャスでありながらデラックスなコース、それでいて慎ましい、
星明かりに、かすかに輝く桜は、矢田峠を淡く包みます。

ほとんどの人が、訳の分からんゴタクを並べてるヒマあるなら、
とっと始めんかい!とお思いでしょうからスタートです。

金勝寺


スタートは行基さんが建立したといわれる金勝寺。
本堂の左手奥に磨崖仏の大パノラマが、全部で十四体とか。
私にはほとんど確認不可能の線彫りの不動明王鎌倉後期 像高135a 
右下に「僧快憲」の銘があるそうです。

この下の地蔵さんは天正十四年(1586) 
右手に「茶々逆修」の銘があるそうです、
あの茶々さんなのか?謎が謎を呼んで、よく見てくださいまし。
もうみなさんは「脳内戦国時代」ですね。

池の方の地蔵さんは康正二年(1456) 
その他に十三重の塔、五輪塔 それぞれ鎌倉後期 
春来れば桜が、秋来れば紅葉が、包み込んでくれる金勝寺さんは。
恋多き中高年の逢い引き場に最適でございます、
もちろん自己責任で。


勧請の地


金勝寺を出て生駒川にそって南下すれば、
すぐに「勧請の地」薬師如来笠石仏
対岸には太い〆縄がはられています。

金勝寺墓地

生駒川を渡り、東へと坂を上がれば金勝寺墓地。
入り口に仲間の六地蔵共々堂々そびえ立つのが、
船型十三仏板碑天文十二年(1553)
仏さんひとつひとつに四月の新入生のごとく、
名札が付いてとてもフレンドリーです。

そして、十三重層塔 鎌倉後期 
さらに奥の方に地蔵様が、
厚肉彫りのお姿がとてもラブリーです。
是非お見逃し無くお願いします。

その右手に船型名号碑 永禄十一年(1568)などなど、
その他にもたくさんの石造物がみなさんのお越を待ってます。


たかが五年 されど五年

金勝寺墓地を出て前の道路を、住宅街に沿って東へ歩けば、
そのまま矢田峠へと続く道が。

しかし、あまりの久しぶりに前回の記憶がバッサリとありません。
この道でいいんですよね?

五年ぶりとか、そんなむかしだったんですか前回は。
ただ山菜取りの女性二人組に逢った事だけが、
記憶の片隅に微かに残ってるだけです。

まあこの心配事もスグに解消されました、
親切な道案内の数々の木札が矢田峠まで導いてくれます。
前回歩いた時は、
こんなにたくさんの道案内は無かったという記憶がありますが。
たくさんの人が歩いているようです。

みなさんもご存じのように、
この辺りの住宅地開発も続々と。
生駒山から矢田丘陵を眺めれば納得の有様でございます。
たかが五年、されど五年ですね。


矢田峠


松尾寺近道、近鉄東山駅へ、
などなどの道案内をみながら、
心地よい山道を通って、
あっという間に矢田丘陵の尾根道と合流です。
この区間はなかなかの山中気分が満喫できるお奨め山道です。

矢田峠はスグそこです。
この尾根道も最近すっかり整備されて、
展望台まで完備しているのには驚きでした。
ここからの眺めは絶景かな絶景かなでございます。
弁当忘れても展望台忘れるなでございます。

ここから矢田寺目指すなら、迷わず南の道を、貯池経由ですね。
矢田寺 四国 八十八番の石仏さん達が出迎えしてくれます。
矢田寺

着した矢田寺は、
桜満開ですと言いたいところですが
一歩手前でしょうか。
本堂前にみなさんにもお馴染みの、桜にも、あじさいにも、
お似合いのみそなめ地蔵 室町時代中期 
このお顔がなんともいえません。

山門前にも地蔵石仏 天正十三年(1585)桃山時代 
大門坊前に見送り地蔵 永正十二年(1515)室町時代中期 
境内墓地には、十三仏板碑 室町時代末期 

その他にも石仏さんたちが、
黄金小判の如くザックザックおられます。
御拝見するだけでもゆうに数時間かかりそうです。
涙無しでは見られませんね!

東明寺

近畿自然歩道を心地よく歩き東明寺へと。
見事なる桜がお出迎えをしてくれてます。
皆々様もOH!と雄叫びをあげられたことでしょう。
本堂の左手に七重石塔 鎌倉時代後期
滝寺跡磨崖仏

静かな境内で一服して、急坂を上りきれば子供の森。
池の前の道を通って南下すると、
左手に滝寺跡の磨崖仏への道が。

下って参りますと、まだ新しいお堂の中に磨崖仏が。
風化が損傷が残念ですが、
かすかに残る奈良時代の息吹にクラクラです。

ここだけの話なんですが、
私なんぞ頬ずりしちゃいましたから、ほんま。
奈良時代に頬ずり出来るなんて、
他には無いんでありませんか?

磨崖仏の前に立つお茶目な千手観音 大永二年(1522)室町時代 
このアンバランスな組み合わせが、
謎が謎を呼んで次の追分へと参ります〜
追分

また子供の森に戻って。
説明看板によりますとBコースの中を通って、
北東へと進めば、そこがあの有名な追分梅林へと。

そしてすぐに追分・石造道標が、
大坂(奈良)街道の大和郡山との分岐点です。
奈良まで後少しです?たぶん。
榁ノ木峠

やれやれここまで来れば、
本日の石仏の辻の旅も終わりへと近づきました。
が〜大坂街道を一路西への道は、
坂道(矢田丘陵)をアップアップの道でもあるわけで、
疲れた足には新たなる試練でございます、
そして南生駒は何処でございます。

榁ノ木峠に到着すれば、北側に榁ノ木の地蔵さまが、
みなさんの旅の安全を願って立っておられます、江戸時代初期 、
ここからたくさんの旅人を見守っていたんですね。
かれこれ四百年近くも、ありがとう地蔵さま。
これからは飲んだ後も、歯を磨いて寝ますので、よろしく。


矢田丘陵遊歩道

ここで訂正です、
本日の予定では南生駒駅へ帰る予定でしたが。
矢田丘陵遊歩道を発見!
噂には聞いてましたが私は初見参です。

椚峠(帝塚山大学)まで3.2`の道程をエッサ、ホイッサと、
なかなか快適な道でしたが、
疲れ体にはけっこう長うございました。
東生駒駅まであと少し、たぶん。

みなさんどうでしたでしょうか、
本日の「奈良時代に頬ずりしましょ!」コースは。
東生駒からの逆コースでも、なかなかグーのようです。
いろんなバリエーションが作れる道筋ではないでしょうか。


参考文献
  奈良県史 7石造美術

金勝寺墓地
茶々逆修の銘がある地蔵
勧請の地
頂上展望台より生駒山
矢田寺墓地
前に戻ります〜   石仏の辻    次へ参ります〜