芳山の二尊仏

はあ〜るば〜る来たぜ〜「函館」ではなっくって、
「芳山の二尊仏」に。

久々のご対面でございます。
お元気だったでしょうか。
私もそれなり元気でしたけど、
などとご挨拶を交わしながら、
再会を喜んだのでございます。

何度来てもこのお顔には和みますよね。
奈良時代後期の作風とか。

チュウチュウタコかいなと、
何年前と数えてしまう位のむかしなんですね。

タコが何匹いることやら、
百五十匹以上とかです。
どうも計算ご苦労様でございます。

みなさんは新薬師寺の「牢獄部屋」に入れられた
如来立像を見られたでしょうか、
同作者ではと見られてるそうですが。

私は芳山の二尊仏の後にご対面したのですが、
似てます、ハイ。
さしずめ妹分と言ったところでしょうか。

滝坂道に来たのでなら、
芳山二尊石仏さんを絶対に見逃すなでございます。
チョット〜薄暗い地ではございますが。
コーヒーでも戴きながらじっくりと、感じてくださいまし。

柳生街道滝坂道芳山への道

出ましたね、とうとう。
いつ出るかと待っていたんですが、ようやく。
「柳生街道 滝坂道 芳山への道」
道の三重連結ではございますが。

コレを見て、そこのあなたは、
なんや滝坂道かいな。
耳にイカが出来るくらい行ったで〜とおっしゃる、
そんなあなたにこそ見て頂きたい
「柳生街道滝坂道芳山への道」でございます。

本日のスタートは猿沢の池から。
ここから東へ元興寺前を通り、
ならまち慕情を感じて、
次の通りにて北上北上すれば、
滝坂道の入り口に。

足下には要注意の道ですが、
紅葉時の素晴らしさはビューティフルの一言でございます、
さらにもう一言付け加えるなら、
紅葉の終わりに差し掛かる頃が一番。

足下に頭上にと、
まさに色彩の万幻鏡の中を訪ねてください。
夕日観音

滝坂道をエッサ オッサと登ってまいりますと。
ゴロリンと上から転げ落ちた寝仏さんが横たわっております、
してその正体は大日如来座像。

もう少し歩いた所から仰ぎ見れば、
夕日観音(弥勒仏)さんが木立の間から見えてます。
右手の方にも滝坂地蔵が見えてます。

当然の如く少しでも近くへとよじ登りましょうね、
すると、いつ撮っても影になっている、
三体地蔵さまが出迎えてくれます。

ここをドンドン登って夕日観音さまとご対面です。
このお顔が親しみを感じますよね、

もし口が利けたのなら、
「よう来たなワレ〜」なんて言うてくれそうですね。

ここから下るときは要注意です。

そして滝坂地蔵にもアタックです、
ぶっちゃけたお話し、またよじ登るということですね。

こちらは、極めて危険ですので、
覚悟の上でお願いします。

でも真ん前まで来たら、
あ〜あ〜しあわせって感じます!
どちらも上がりはヨイヨイ、
下りはドコなの状態です。

申し遅れましたが、
すべて磨崖仏で鎌倉中期から南北朝時代にかけての造立と考えられてるそうです。
のっけからエネルギー消費量が大なる行動が続いて、

お腹の出っ張りが気になる、
淑女紳士様にはピッタシではないかと思います、たぶん。
朝日観音

しばらくまいりますと、
いやが上にでも目に入る
朝日観音(弥勒仏と地蔵仏 文永二年 1265)
右手の地蔵は室町初期の追刻とか。
滝坂道では一番の売れっ子さんと言うことでしょうか。

私はまだ一度も朝日に包まれた、
朝日観音さんを拝んだことがありませんが。

しかしこの下ぶくれなお顔は、
どこかで見た事があるような〜
ピンポ〜ン〜
朝日観音んと夕日観音さんは同じ作者と思われるとか、
合点だです。

首切地蔵

後一頑張りで、
私が「ホンマかいな地蔵」と勝手に名付けた、
してその正体は「首切地蔵」
説明板に「荒木又右衛門が
ためし斬りしたと伝えられる首切地蔵です」

これで、みなさんのお口から自然と、
ホンマかいなとツッコミが出たかと思います。
鎌倉後期の作風とか。

この豪快無比さがいいですね、
三船敏郎風でんな。

私は荒木又右衛門さんには悪いんですが、
ためし斬りしたら刀の方が
折れたと思いますが、
絶対に、たぶん。

なお、ここは休憩所とトイレが完備しております。
今回は雨宿りで、しばしのコーヒータイムとなりました。
穴仏

次に向かうは穴仏ですが、
その手前途中で右手上がる道を進めば、
スグに阿弥陀磨崖仏 室町中期とか。
苔むした岩肌に何を想う阿弥陀さんかな。

あれれ、穴仏または春日山石窟仏に上がる道が、
通行禁止になってます。
台風七号で
崩れて危なくはなってましたが、
ますます進行が進んだようです。
ドライブウェイまで上がって、穴仏さんへ。

石窟は東西二つに分かれて、
東に三体の菩薩立像と四体の地蔵が。
西には大日如来 阿弥陀 多聞天が。

崩壊から免れて残ってると言う状態です。
いずれもみなさんが傷ついてたり、
破損してたりの姿ですが。

かつては久寿二年(1155)と、
保元二年(1157年)の年号が読めたそうです。

平安時代後期の息吹はどうでしたでしょうか。
崩れ行く仏を見て、
命あるもの全てのモノが、
また永遠の時間の中に帰って行き。
また姿を形を思いを変えて生まれ変わるのかなと、
感じたしだいではございますが。
地獄谷の石窟仏

またドライブウェイまで戻って、
南下すると。
地獄谷の石窟仏への入り口が。

数百b行くと、聖人窟と呼ばれてる窟の奥に、
六体の仏像が線刻されてるそうですが。
西壁面の二体は大破して
裾の一部だけが残っているだけとか。

正面に如来座像を、
右手に十一面観音、
左手に吉祥薬師像、
東壁面に菩薩型坐像が。
彩色が施されてるが珍しいんですが。
中尊は奈良時代造立説があるそうです。

しばし、ぽか〜んと見いってしまいますね。
この地はタイムマシーンもいりまへ〜ん地帯ですね。

けどですね、夕方近くひとりでこの地を訪れますと、
真夏でもひんやりとした空気が、

なんか、なんか、感じません‥‥‥か。
わりと私はその手(どの手じゃあ)には鈍感なんですけど、
ここは感じます、ハイ。明るく!
まあ、そんなワケで、
これぐらいにしといたるわと強がって。

ここから山道を通って、
峠の茶屋を目指しますが。
この道がいい、この味わい深い道が。
これこそ地獄へ下って行く道の様なムードが。
生きて峠の茶屋にたどり着けましたのなら、
あなたは天国行き間違いなしでございます。
峠の茶屋

峠の茶屋でラムネを飲んで。
いよいよ冒頭の「芳山の二尊仏」へと。

東へ進むと、左手に八王子社が、
ココの道をドンドンと北上すれば、
「芳山の二尊仏」とご対面です。
標示板が導いてくれます。

歓喜天

「芳山の二尊仏」を堪能したのなら道を戻って。
春日奥山遊歩道を歩きます。

なぜかたまに車が通りますが、
(日本でも有数の高額通行料金だとか)
理解できまへんな、この道に車が通るのは。

紅葉時には長い長い道でも、
みなさんを飽きさせません!

やがて鶯の滝が、
その前に歓喜天を是非お訪ねください。
目一杯誰も来ません。

目の前が真っ赤っかの世界の中で、
コーヒーでもいかがでしょうか。

静かです、ほんとに、
あ〜あ〜静かと
自分で囁いてしまうぐらい静かです、ほんま。
十国台の三体仏

鶯の滝を後にして、
次に向かうは若草山頂上から、
ドライブウェイをしばらく下った所に、
十国台の三体仏

阿弥陀を中尊に、
十一面観音と弥勒さまを脇侍の三尊仏
鎌倉末期とか。

私のお気に入りの石仏さんです。
いろんな、あれこれな、
思いを伝えてくれる石仏さんです。
洞の仏頭石

しばしのおしゃべりを楽しんだ後は、
若草山上にて傾きかけた陽に照らされた
風景を眺めてさて帰りましょうかと。
暗くなりつつある遊歩道を急ぎ足で下ると。

洞の仏頭石 永正十七年(1520)
六角の石柱の上部に如来の頭部を丸彫りし、
下の六面に六観音を薄肉彫りしてます。

これはこれは珍しやの、
阿弥陀信仰を表すものだそうです。
その右横には洞の地蔵 建長六年(1254)
板状の自然石に薄肉彫りした、
これまた美しい写実的な姿の地蔵さまにウットリです。

みなさまどうでしたでしょうか。
「柳生街道滝坂道芳山への道」長い長い道程ではありましたが。
みなさんが、いつも歩いてる道ですけど、
ここにも石仏があったのねと言う声が聞こえれば、
私もうれしいです。

たかが石仏、されど石仏。
石仏はみなさんの心の現れだと思います。
みなさんの想いが時空を越えて、みなさんへと。


前に戻ります〜   石仏の辻    次へ参ります〜

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阿弥陀磨崖仏