布目湖に    磨崖仏大軍団を見た!
大橋阿弥陀磨崖仏

はあ〜るば〜る来たぜ〜「函館」ではなっくって、
「大橋阿弥陀磨崖仏」に。

奈良からバスを乗り継いでやってまいりましたが、
ありまへんな、何処へ?

そこへ、むかし綺麗であったであろう「おばちゃん」が通りかかりました、
考えるよりもお先に、口が動いてました。
「すいません、大橋阿弥陀磨崖仏はどこでしょうか?」
おばちゃんは、手をあげて、これとちがうのと、
指さす方に、小ちゃい磨崖仏が!

ア〜ヘ〜!お訪ねした、すぐ後ろ、やや下に。
早い話が「目の前に」

そこでアンコール。
はあ〜るば〜る来たぜ〜「函館」ではなっくって、
「大橋阿弥陀磨崖仏」に。

なぜか?おばちゃんは笑っておりました。

私は恥ずかしゅうございましたが、
「ここですね、ここですね、ここなんですよね」と言いながら、

頭の中では、すんまへんけど、おばちゃんこの事は、
ここだけの話にしてねと、たぶん、ダメでしょうけどね。
私は、おばちゃん家族の笑い者になったんですね。
たぶん、南無阿弥陀仏でございます。

ここで、みなさまに教訓です、
「考えるより先に、口を動かす前に、周りを見渡せ」
これですね。

これを見て笑ってるみなさんも、
こんな経験は一度や二度は経験済みですよね、たぶん。
三度や四度の方もいらっしゃるかと、私のことですね。

磨崖仏=デカイというイメージがあったようです。
南北朝時代 北朝の文和四年(1355)
布目ダムの為にこの地に移されたそうです。

028
的野の不動磨崖仏
桐山磨崖仏

小ちゃい磨崖仏に別れを告げて、
次に向かうは、、
こじんまりとした
桐山磨崖仏 永禄九年(1566)

双仏石や地蔵などが十体程彫られています。
ヶ淵阿弥陀地蔵二尊磨崖仏

湖畔の道に戻ると、
広場にてドデカい磨崖仏が
二体ドーンと横たわっています。

烏ヶ淵阿弥陀地蔵二尊磨崖仏
寛政の年号とか。

この磨崖仏も水没地区からの移されたそうです。
まさか引っ越しするなんて
考えもしなかったんでしょうが。
大橋阿弥陀磨崖仏
大字桃香野字野堂にのど地蔵

ここからは対岸の腰越へと、
真冬の青空の下、
寒いやら暑いやらと、
たまにしか車が来ない道をテクテクと行って
腰越橋手前を東へ、

茶畑の横にて
大字桃香野字野堂にのど地蔵、
してその正体は

弥勒石仏

建長七年(1255)

渋いお姿が素敵でございます。
日本一茶畑が似合う石仏さんと申しましょう、たぶん。
牛ヶ峰大日如来磨崖仏

元の道へ戻って北上すれば、
牛ヶ峰共同墓地にて
可愛らしい六地蔵磨崖仏 室町時代
お墓ごと引っ越しされたそうです。

道路の向かいから、
坂道を標高差100b弱上がると。
牛ヶ峰大日如来磨崖仏

お〜っと〜仰ぐ見る巨岩に
金剛界大日如来坐像が線刻されてます、
像高222a室町時代とか。

こうして、
しばし山中の中に身を浸して
大日如来を仰ぎ見てますと、
弘法大師を感じる事が出来たような気がいたしました。

弘法大師が私にこう言いました。
寝る前に、ちゃんと歯を磨いて、
おしっこしてから寝るんだよと。
私は小学生ではないんですけど、
おっさんなんですけどね。

みなさんは、
飲んで酔っぱらった後でも、
ちゃんと歯を磨いてますか?
面倒臭いからやめ〜して寝てませんか。
私だけとは思えませんが?
六所神社

ダム湖を見つつ道路を南下して峰寺にある、六所神社へと。

不動磨崖仏 建武四年(1337) 多聞天磨崖仏 室町時代
ほんとに静かで、ちっちゃな神社の片隅で、可愛らしく待っててくれました。

傍らにも地蔵石仏がツタに覆われて、天文元年(1533)

この六所神社の境内には、薬王寺跡に層塔 今は四層むかしは七重塔ではと、
鎌倉後期 宝塔 室町時代 その他大勢です。

田舎育ちのあなたなら、思わず和んでしまう神社間違いなしです。
的野の不動磨崖仏

ここから布目川沿いに的野へと、
木々に囲まれた道路を、

寒いんです。ほんとに寒い。
足取りも急ピッチにて、

やがて右手に的野の村が。
迷わず旧道を通ってください、
古道らしさの中を上がって参りますと。

お馴染みの的野の不動磨崖仏
不動明王(南北朝時代)

これですか、
これが、よく写真でお見かけする
お不動さんなんですね。
う〜ん〜やっぱ、この目で見るのが、
眺めるのが、最高ですね。

そして、ここから写真を撮れば、
誰でもが名カメラマンです?たぶん
ただし、みんな同じ写真ですが。


常照院

迷カメラマンになった後は、
すぐ近くの常照院へ。
阿弥陀如来立像 建長五年(1253)

ともかくこの美しい姿を御覧アレ

でも、なんか、
お顔が大阪知事さんに似てるんですよね、
阿弥陀さんの方がスマートなんですけどね。
と言う事はですね、下ぶくれしてない、
大阪知事さんと言う事ですか。

常照院

阿弥陀如来立像

阿弥陀磨崖仏

謎が謎を呼んで、
さらに布目川沿いを南下すると。

道路の右手に堂々と、
地蔵磨崖仏 正安五年(1303)

色白のおっちゃんと言う感じでしょうか。
お顔がとてもフレンドリーに見えてしまいます。

保存状態もとても良く、
隅々までとても良く見れますので、
なめ回すように見ちゃいましょう。
錫杖のドデカい所なんか私好みです。

そして、何故か御縁もありまして、
遠い所にもかかわらず、
四回もご対面さしてもらいました、
お馴染みさんでもあります。

そしてすぐに、
鎌倉時代の阿弥陀磨崖仏
布目川の対岸に、

とてもスマートなお姿で立っておられます。
スーパーモデル並みと言えば、
理解しやすいでしょうか。
一見落着

本日はこれにて一見落着でございます。
後は寒いから、
足早にバス停まで駆け抜けました。

どうでしたでしょうか、
「布目湖に磨崖仏大軍団を見た!」
まさに嘘偽りのない、
磨崖仏の雨あられ状態の布目湖は、
まさに、磨崖仏の金太郎飴状態ですね、
もう訪ねないわけには参りませんね。


おまけです

元気者には地蔵磨崖仏の
ほうらく地蔵」建武五年(1338)
もお訪ねください。

探しました、探しました。
茶畑を上がったり下ったりの、
どこやねん〜ほうらく地蔵は〜と。

バス停の北野と大塩の真ん中位です、
道路の北側の茶畑下った所、と申しましても
みんな茶畑ですからね。

看板でも付けていただきたいのですが、
ほうらく地蔵の前が旧道だそうです、
今はもう〜です。

そして、もう一丁おまけです、
十三仏ファンとしては見逃せません、
ここまで来てるのに、
北野奥墓地に天正八年(1580)の十三仏が、

写真は自然光ですが、
まるで絵に描いたような光線具合ではありませんか、
こんなのは、後にも先にもこれっきりです。
手前の柿もそのまんまで、
私を待っててくれました。


みなさんも、
布目湖辺りを歩いてみませんか、
なかなか行く機会のない地だと思いますが、
石仏を訪ねての湖あり山あり川ありの、
バリエーション豊かなコースに納得かと。



二万五千分の地図
柳生
月ヶ瀬
大和白石

参考文献
奈良県史 7石造美術
前に戻ります〜   石仏の辻    次へ参ります〜

ほうらく地蔵
桐山磨崖仏
烏ヶ淵阿弥陀地蔵二尊磨崖仏
のど地蔵
牛ヶ峰共同墓地の六地蔵磨崖仏
牛ヶ峰大日如来磨崖仏
不動磨崖仏
多聞天磨崖仏
薬王寺跡に層塔
地蔵磨崖仏

阿弥陀磨崖仏

十三仏