十三仏街道
はあ〜るば〜る来たぜ〜「函館」ではなっくって、「十三仏街道」に。
誰が名付けたのか「十三仏街道」(わたしでっけど)
今日は伝説に埋もれた「十三仏街道」を訪ねてみます。
龍間集落

出発点は生駒山麓公園です。
この山麓公園には「温泉」では無いもののお風呂があるんです。
そして「前畑ガンバレ!」でおなじみのプールもあります。
オリンピック専用では無いものの渋いですね。

そして生駒駅からの無料バスが!
もう行かない訳にはまいりませんね。

それでは旅立ちでございます。
グラウンドの北にある道を通って、
生駒スカイラインの下をくぐれば、そこはもう大阪。

正確に申しますと、生駒市から、ちょっと四条畷市そして大東市と、
魔の三角地点並みですね、ハイ。

やがて阪奈道路に出る前の龍間集落に、
文章の流れからすると、
石龕の中に十三仏がと申し上げたいところですが。
両脇に地蔵を従えた「六地蔵」なんです、ハイ。

が〜石龕が堂々三基が並んで、
迫力満点のハイビジョン プラズマディスプレイを見てる様です。
みなさんも噂には聞いてますが、
実際に目にされた人は少ないのではないでしょうか。

この地は交通がちと不便ですから、
とはいえむかしの旅人は「竜間越 古堤街道」から、
この「六地蔵」を参ったことでしょう。永禄十年(1567)
称迎寺

そしてスグ近くにあるという称迎寺を探したんですが、
消えてます、そうなんです、引っ越されたそうなねんですね。
これで二回目です、こんな目にあったのは。

十秒後に引っ越し先に飛びますとか、
リンクを張ってもらうと嬉しいんですが。
そんな訳にはまいりませんね。ハイ。

引っ越したお寺さんを訪ねて三千里は、
阪奈道路を越えた所に、
引っ越しされた称迎寺が。

今度こそ十三仏が、慶長十一年(1606)
以外や以外の大東市唯一の十三仏だそうです。
正統派と申しましょうか、綺麗なお姿が眩しいです。

古堤街道に戻ってスグに、
不動滝に役行者石像、永禄十年(1567)「六地蔵」と同学年でございます。

板状に浮き彫りしたもので、
生駒辺りではやや珍しきありです。
龍光寺

ここから飯盛山へ向かう途中に、龍光寺に地蔵さまが、
延徳二年(1490)大東市の説明看板を読んで地蔵さまを拝んでますと、
延徳年間の日々が目に浮かぶようです。
弥勒寺

ついでですから、飯盛山に登り大阪見物をして、
御机神社へと降りてきました。

ようやく本日二本目の十三仏のある弥勒寺を目指して、
歩いていたら、目の前にお堂が現れて十三仏が。

あれえ、これが弥勒寺の?なんか変?と思って歩きますと。
弥勒寺が目の前に、やっぱ、はっぱ、してあの十三仏は?

保存状態もいいように見受けられましたが、
同じ四条畷市南野三丁目でございます。

弥勒寺さんの十三仏は、永禄二年(1559)
なぜか頭部が白髪になったような状態に、

なんでだろう〜 ひとつひとつの仏さんの状態はいいようで、
じっくりとご対面できました。

称迎寺さんが正統派なら、こちらはワイルド派と申しましょう。
中野共同墓地

ここから西へ下りて、
中野共同墓地(三坪墓地)二基の十三仏が、

板碑型が天文十四年(1555)
もう一基は、おいたわしや状態になってます、
室町後期と思われるとか。

すぐ近くに歴民俗資料館があります、
お時間があるのなら行かれる事をお勧めします。
正法寺

ここから北へ「大和街道・清滝街道」を渡って、
スグに正法寺、

堂々とした十三仏 天正十八年(1590)
おとなりの名号碑 天文五年(1536)も、
ここの十三仏もじっくりご対面できます。
大念寺

最後の十三仏は、
正法寺から清滝街道・守口街道を西へと歩き、

ここは寝屋川市になってます、
大念寺さんに二基の十三仏が。
慶長十四年(1609)と慶長十六年(1611)

寝屋川市の説明看板には、
大きい方は慶長十六年、小さい方は不明となってます。

状態が良くないのが残念ですが、
それはそれ哀愁の十三仏となっております。

苦労したんやろなと、
別名「おしん十三仏」
(当然わたくしめの命名でございます)と。

この時は八月下旬の太陽ギンギラギンの天気で、
この時点でもうヘロヘロ状態であった事を、
みなさんにお伝えしておきます。

後は四条畷の駅まで帰るだけです、
書けば簡単、
歩けば地獄の「真夏の十三仏街道」みなさんも
、いかがでしょうか?

本日登場の十三仏は八基のみなさんです。

そして、ほんの一部でありますが歩いた古道が、
「竜間越 古堤街道」「大和街道・清滝街道」
横切ったのが「東高野街道」ゴージャスの一言です?

みなさんの中には、
どの辺が「伝説に埋もれた」部分なのと言う
疑問を持った方もおられたかと思いますが、
書いたわたくしでさえ「疑問」です!

これでみなさまの疑問も解けたわけですね?
めでたし、めでたしでございます。
目の前で、オニヤンマがアブさんを捕獲して、
バリバリとおいしそうに食事しております。
補足です、
目の前にお堂が現れて十三仏が、
してその正体は南野十三仏 天正二十年(1592)

参考文献

大阪の石仏 清水俊明著
関西石仏めぐり 清水俊明著
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