わたしを 「竜王山の不動石仏」 に連れてって

017  天理市田町不動ノ背

はあ〜るば〜る来たぜ〜「函館」ではなっくって、
「奥の院不動石仏」に。
ではなっくって「竜王山の不動石仏」に。

ちとややこやしいのですが、
奈良県史によりますと、天理市田町不動ノ背 
高さ130a 南北朝末期と考えられる、
こちらの不動さんです。

みなさんは「奥の院不動石仏」は拝見していても、
不動ノ背にある不動さんまで行かれた方は、
少ないのではありませんか。

わたしも前々からどこにあるの?でしたが、
ようやくTK会のYさんと、
奈良が世界に誇る?YS会会長のNさんのご案内で、
ご対面〜とあいなったわけでございます。

ご同伴は桜井市の重臣であられる、
KK索会のIさんと、
誰よりも石仏大好きですが、
あんまし石仏に詳しくないわたくしでございます。
天理ダムバス停から

この豪華絢爛なメンバー(一名を除いて・私)で、
「竜王山の不動石仏」アタック隊は、
天理ダムバス停から出発したのでございます。

ここからはなだらかな道を、
竜王山へと進んでまいりますと。
右手にいかにも山仕事の道というのが現れて、
いよいよここからアタック開始です。

かすかに道らしいと言う道を進んでまいりますと、
この道この道と言うことで、
さらに下って行っき、
このあたりやけどな〜で、
YさんとNさんはそれぞれ探索開始です。

わたしはここで待ってます〜う。
こんな山中でわたしが探索開始したら、
まちがいなくわたしも「竜王山の不動石仏」状態です、
誰かわたしを見つけてくださいまし〜。

そんなこんなと、
時がたちますものの、
発見のニュースは聞こえてこず。

とりあえずここは、
お昼を食べましょうと、
一旦上に戻りかけてる時に、

このまま徳川家の財宝のパターンのオチで、
終わってしまうんでしょうかと思った時に、
Yさんが何かを発見したようです。

こうして事態は緊迫の度合いをますます増幅させて、
来週へ続くと思ったんですけど、
まだ紙面がタップリ残っているとかで、
このまま参りますのでよろしく。
御対面

こ、こ、この道は臭いますねと進んで行くと、
ますます気配がしますと感じてると、
ジャーン御対面です。

感動、感動、感動の雨あられとはこの事ですね、
一時間以上の探索がようやく実を結んで、
感動のご対面でございます。

こんな所に静かに佇んでおられたとは、
不動石仏さんも、
よう来てくれたな〜もと、
言うてくれましたしね、たぶん。

「奥の院不動石仏」とは、
ひと味もふた味もちがう
「竜王山の不動石仏」
みなさんにはどう感じられましたでしょうか。

なおこの道は、
萱生から尾根を歩き竜王山へ、
そして藤井そして笠へと続いていたようですが、
今はその役割を静かに終えたようです。

遅くなってしまった昼食をいただいて、
きっと、むかしのみなさんも、
こうして、ここいらで一休みをして、
また旅立て行ったんでしょう。

そう言う訳で、
わたしたちもこの道を下って
萱生まで行くことに決定しました。
地獄の片道切符は切られた

この道はもう歩けまへんでの太鼓判付きの道ですが、
ともかく、行ける所まで行きましょう、
また戻ればいいですし。

こうして、
地獄の片道切符は切られたのでございます。
もとい、天国への片道切符は、
スルッと関西カードの様には行かなかったわけですが。

全体としては尾根に沿っての道はまだ良く残って、
なかなかのハイキングコースにも良いと思いますけど、
倒木がなければ!

現実は倒木だらけで、
とうとうわたしたちは道を離れ谷下りコースへ。
山中歩きに慣れた人ならばそのまま尾根コースを、
お猿さんの様に枝と枝を掴んでスイスイと、

が〜歴史のある枯木に倒木故にポッキリそして撃墜という惨事も、
これまた楽しいと言う人だけにお勧めです。

現実的にはスイスイなんて、とてもとてもの、
ほとんどは屈んでの、避けての、蹴散らしての、作業が必要です、
あしからず。

こうして生きてまた萱生の地に帰ってまいりました。

今日は一粒で二度美味しい
グリコのアーモンド・キャラメル状態になりました。
「竜王山の不動石仏」と「萱生から竜王山への道」
みなさんもどうでしょうか。



それで場所はドコ?
みなさんの、
お手元に2万5千分の一の地図があるでしょうか。
桜井の長岳寺から上がって
竜王山の北城跡の520から北西300メートル辺りでは?
誤差200メートル円の中、
以上は、あくまでも、大まかな位置です。
場所が場所ですから、御注意お願いします。

奥の院不動石仏の辺からの道から行ったという人もいますが、
私は未確認ですが。


木立の間から耳成山と畝傍山が見えてます
前に戻ります〜   石仏の辻    次へ参ります〜