満福寺
夕暮れ間近の中誓多林
十三仏地蔵立像
中村六地蔵磨崖仏
芳徳禅寺
十兵衛杉の下に
その一
旧柳生街道          一人旅.
はあ〜るば〜る来たぜ〜「函館」ではなっくって、
上出の「阿弥陀磨崖仏」鎌倉後期に。

今日の目玉はこの石仏さんでございます。
このリアルなお姿を一度見たら、二度と忘れません、
どこまでもいつまでも。

そうなんです漫画「がきデカ」の主人公のこまわり君に瓜二つなんです。
こまわり君が阿弥陀さんに化けるなんて、想像も出来ませんでした。
おじさん顔のおばちゃんといった感じですね。

そしてここの磨崖仏は手が届く磨崖仏なんです、
磨崖仏と言うと仰ぎ見る仏さんが多いんですが、
ここの磨崖仏はとてもフレンドリーに感じますよね。

そして、この道こそが、たぶん?旧柳生街道だと思うんですが。
今は農道みたいになってますが、この道が最高なんです。

みなさんは柳生から円城寺へ行かれるのは、
東海自然歩道を歩かれると思いますが、
たまには上出からこの道に入って、
下誓多林そして中誓多林を通って上誓多林へ、
後は滝坂の道へと歩かれては。

この瞬間この道を歩く人はきっとあなただけでしょう。
あとはカエルに雀にトカゲにその他と省略しますが、
私の歩いた秋には赤とんぼが乱舞、乱舞、乱舞、
私もすっかり乱舞、乱舞、乱舞とこの道に溶け込んでしまいました。

あたや地蔵

本日のスタートは、
奈良から乗ったバスを柳生で降りテクテクと北上して
「たまや〜」と声をかけたくなる、あたや地蔵に。

地蔵と申しますが、阿弥陀さんの磨崖仏です。鎌倉時代後期、
むかしこの辺に阿対寺があったそうです。

本日のコースは雨アラレと磨崖仏が現れては消え、
また現れては消えてまいりますので、覚悟をしてくださいまし。

十兵衛杉の下に一石六地蔵(?)が、
芳徳禅寺にも一石六地蔵(江戸時代)が、
ほうそう地蔵に着く前にも中村六地蔵磨崖仏 明応十年(1501)
つつましくていいですね。

かえりばさ峠を越えると目の前に阪原町が、
ここの石仏さんたちは「旧柳生街道ひとり旅 その二」
でネットリと紹介予定でございますから、
納豆と生卵をご飯に掛けて、タクアンと食事して待っててくださいまし。
旧柳生街道

夜支布山口神社の手前の泉の多聞神社の入り口に
地蔵石仏 永正十一年(1514)がお出迎えです。

そしてここからは冒頭での紹介の阿弥陀磨崖仏へとなるんですが、
その前に上出墓地にて「十三仏地蔵立像」天文(1535)
阿弥陀さんたちを御拝見して、
ここから白砂川へ下って降りて、ようやく阿弥陀磨崖仏へ。

ここまで来るのに、もうけっこう時間がかかっております。
ひとつひとつ石仏さんとご対面をしてるとなおさらでございます。

遅いお昼ご飯ですが、この辺りならどこでもグーです。

農作業をするおじいちゃん、おばあちゃん以外は誰も通る人はいませんから、
なつかしの小林旭さんの様に、
突如ギターを片手に持って「買い物ブギー」でも歌うのも一考かと思います。
(良い子はけっしてマネしない様に)

こうして日頃の息子夫婦に対する欲求不満をすべて吐き出した後は、
上誓多林へ、上誓多林へと、
道中やや長いですがノンビリまいりましょう。

ここまで来たのなら、中誓多林の満福寺も必ず訪れてください!
奥の方に阿弥陀石仏 永禄五年(1562)
その他に如意輪観音に地蔵石仏などが、
よう来てくれたな〜もと迎えてくれます。

ここでコーヒータイムですね。
元気が出た後は帰るだけでございます、キッパリ、
近鉄奈良駅までは遠いけど、ほんま。
011
多聞神社の入り口に
前に戻ります〜   石仏の辻    次へ参ります〜

参考文献

関西石仏めぐり 清水俊明著
奈良県史 7石造美術
あとがき

みなさん旧柳生街道はどでしたでしょうか。
有名所の石仏さんには遠慮してもらい、
助演女優賞たる石仏さんに登場してもらいましたが。

そして旧柳生街道は、とても最高です、
歩けばわかる。

笠置から柳生  上出  誓多林への道、
そして滝坂道はどこを切っても、
石仏だらけの、金太郎飴状態でございます。

その二も期待して、こう御期待を!


阿弥陀磨崖仏