高船峠に桜を見た!
「奈良 京都 大阪 三都石仏物語」
009

高船峠 京都 高船

そんなこんなで、次に向かうは打田の西明寺の五輪塔でしたが。
毎度お馴染みの道を通ってもおもろないから、
(このからが命取りになるとは、この時には誰も気づく者はおらんかったとな)
二万五千分の一の地図にあるこの道でゴーだぁ〜と。

もうネタはバレバレでしょうが、キッパリ道ありまへんで、ほんま。
実線の道でこれですか、ほんま。
国土地理院の責任者呼んでこ〜い〜です、
たかが実線道されど実線道。

一時間ばかし山の中を彷徨うという、こりんやっちゃです。
これで打田行きはボツとなり、
北上し高船を狙うという、前人未踏の実線道を歩いてやって来たのが、
この高船峠(自称)です。

峠を越えれば、そこは京都だったです。
なぜかあっさりと着いてしまったのが物足りない気分。

本願寺 奈良 高山町

もち十三仏ファンにはお馴染みの本願寺へ,、
お堂の中に十三仏  弘治三年(1557)室町
重量感のあるパワーで圧倒されます。

右手には頭部がありませんがスマートな地蔵さん?

生駒市「石造文化財 生駒谷」では、
「地蔵或いはマリア観音なのか定かでないが、

住職の話では裏山墓地から出たという」
写真では解り難いかもしれませんが、
オードリーヘップバーンのイメージと申せばよろしいでしょうか。
色めき立つ殿方もおられるでしょうね。

訪れるしかありませんね「ローマの休日に」もとい「本願寺」に。

本願寺 奈良 高山町

はあ〜るば〜る来たぜ〜「函館」ではなっくって、
「高船峠(自称)」に。

ここは京都の京田辺市の高船でございます。
今日は「天王 高船街道(自称)の石仏を訪ねて&桜見物」と言う、
なんと,、デラックスでゴージャスな(そう言う叶姉妹はどうしたんでしょうかね?
今はもうタイガーズ一色ですが)旅です。

富雄から傍示行きのバスに乗って、
もう満開なんですね桜さんたちは、
早過ぎやしませんかとか想いつつ、
バスから桜見物三昧を!
アッという間にたんだ橋到着です。

極楽寺 京都 高船

極楽寺に石造卒塔婆 鎌倉後期
五重塔塔身に金剛界四仏の種子が、

もうひとつ五重塔ですがもとは七重塔とか、
こちらの塔身には四方仏の像容が彫ってあります。

ふたつとも鎌倉後期とか。
狭い境内にさりげなく立っております。

高船に来たのなら寄ってくださいねの
桜だらけの笠上神社、

ここからの眺めが最高ですか〜あ〜、ハイ最高です。
標高300bばかし、残念ながら桜は早かったです。
お昼の弁当ははここで決まりでしょう。

天王 高船街道に足を進めて、
天王に向かう途中の墓地に地蔵 南北朝
毎度毎度この地蔵さんを訪れる頃は、逆光時になってます、逆光地蔵ですか、
道行く人々に仁王立ちした姿が、想い馳せられる力強い姿で。

楽寺 京都 天王

やがて急な山の斜面にへばり付くような天王の集落に天王の極楽寺、
こちらも極楽寺。

咲き始めた桜と共に阿弥陀三尊の種子がある板碑 正中二年(1325)
もとは墓地にあったそうです。
九重石塔 寛正五年(1464)

天王 高船街道はどこでも東側の見晴が良好なり。

あとひと頑張りで朱智神社、
ここまで来ますと、けっこう疲れの頭がチョロチョロと出てまいりますが、
静かな境内でお休みをして元気が出たところで、
「ヨッシャアー」と気合いを入れて。

一気に天王を下るとやがてバス停、そして天王墓地にて、
これはこれは、十三仏の兄さん方にあたる多尊石仏が三体がそろい踏みです、
これまた壮観でございます。

三十三体観音石仏 貞享二年(1685)
十六体仏が二基、そのうち一基に天正十八年(1590)もう一基も桃山時代とか。

一個ずつ仏さんを見てくと六十五個見れて、
三粒で六十五回美味しいというわけです。

私はこの墓地で一時間以上に渡って天国へと召されておりました、
言わなくてもわかる石造物のワンダーランドでございます。
阿弥陀三尊磨崖仏 大阪 尊延寺

一路目指すは尊延寺ですが、天王からの道が最悪でございます。
馬鹿でかいトラックが縦横不尽に走ってるという、
現世の世界に一気にワープ(カムバック)です.。

ようやくたどり着いた来雲寺には、またもやも二基の十三仏が、
まさに本日は十三仏ファンにとっては夢のような一日となりました。

後は帰って寝るだけでございます〜ではなくってご紹介を忘れずに、
向かって左手が慶長十六年(1611)右手が永禄元年(1558)

いずれも阿弥陀の縁日十五日を造立日として念仏講のみなさんが造立したそうです。
今なら差し詰「モー娘講」みたいなもんですか?だいぶ違いますけど!


なごり惜しい気持ちを心にしたためて、
今日最後の「奈良 京都 大阪 三都石仏物語」の目的地である
小嶋さんちの遍照寺跡の阿弥陀三尊磨崖仏 南北朝時代
小嶋のおばあちゃんが快く迎えてくださいました。

国道307号線と今はなってますが、
その当時には遍照寺の「阿弥陀三尊磨崖仏」に手を合わせ旅の安全を願い、
そして旅立って行ったんでしょうか。
私は津田行きバスで現世へと旅立ってまいります。
前に戻ります〜   石仏の辻    次へ参ります〜

石造卒塔婆
地蔵 南北朝
九重石塔
多尊石仏
来雲寺
遍照寺跡の阿弥陀三尊磨崖仏