辻千日墓地

入口の階段を登れば石鳥居がお出迎え、
鎌倉期の説もあるとか。

そしてそびえ立つのが十三重石塔 永仁六年(1298)
エレガンスと申せばいいんでしょうか、
気分はパリへと、でもここは当尾でございます。

大きいです双仏石 南北朝時代 室町説もありとか、
笠石も完備とはめずらしいです。
笠石が行方不明というのが多い中、
冷暖房完備の双仏石といったところでしょうか。

さらに基礎にほぞ穴があり、
当初は全面に石扉があったと推測されているそうです、
オート・ドアーまで完備ですか。
そして阿弥陀三尊 室町時代
痛みが激しく波瀾万丈が偲ばれます。
ひとつの光背に阿弥陀三尊が
並ぶ善光寺型だそうです。

わたしの大好きな種子十三仏板碑も、永禄三年(1560)
大蔵墓地の種子十三仏板碑よりも三年古く、
種子配列は同じになっていますが
デザインは微妙にちがっているようです。
作者が異なるんでしょうか?

謎が謎を呼んで受け取り地蔵へと、天文十七年(1548)
竹薮の前であなた様を静に出迎えてくれことでしょう。
もうあなたは戻ることは許されない!
地蔵と共に六字名号板碑 永禄六年(1563)と阿弥陀石仏 天正八年(1580)
さながら美の競演といったところでしょうか。
阿弥陀石仏の配置の妙にて、太陽光がより端正な美しさを引き出しておられます。

ともかく辻千日墓地は是非感じてください、見てください、損はさせません。
ほんの一部の紹介にてごめんなさい、
ああ〜っという間に時間が過ぎ去るワンダーランドでございます。
地蔵堂

辻から尻枝へ入ると地蔵堂があり、
千昌夫さん似の阿弥陀石仏 室町後期

破損跡も痛々しいのですが、なぜか身近に感じてしまう、
このこの、まかまか不思議な魅力はなんなんでしょうか、

細っこくって薄っぺらっくって、
煮込めば煮込むほど味が出る、
おでんの汁みたいなもんなんでしょうか、
みなさんも舐めつくす様に見てやってくださいまし。



あとがき

最終回のはずが
なぜかまだまだ続いてしまいます「裏当尾の旅」

いよいよ次回は最終回の予定ですが、
まだまだ続くかもしれません、あしからずです。

「裏当尾の旅 その三」は、
岩船寺墓地六地蔵石龕仏から水呑み地蔵へとまいります。

桜の咲く頃
みなさんも裏当尾を訪れてはいかがでしょうか。
ほとんど訪れる人も無い裏当尾には、
恋に疲れた中高年にはピッタリの地ではないでしょうか、たぶん。

京都に大原三千院あれば、
奈良には(ほんとは京都でっけど大和圏ということでお許しを)当尾ありです。
前に戻ります〜   石仏の辻    次へ参ります〜

006
はあ〜るば〜る来たぜ〜「函館」ではなっくって、辻千日墓地に。

わたしはこの辻千日墓地に足を踏み入れた瞬間に、
雷に撃たれたような衝撃を感じたのであります。

そんなオーバーなと思われる方がいれば、
この地に一歩足を踏み入れた瞬間、
あなたはもう石造遺物(石仏)の
桃源郷真っ只中というわけでございます、たぶん。
裏当尾の旅  その2
受け取り地蔵
阿弥陀三尊
種子十三仏板碑