はあ〜るば〜る来たぜ〜「函館」ではなっくって、「受け取り地蔵」に。

福住町 国道福住バス停からやって参りました。
噂には聞いてはいたものの、
これはこれは、この存在感たるものは、また言っちゃいますけど
「感動した〜」これしかないでしょう。

七廻峠

ここは大和高原の標高585bにある七廻峠、
この旧道を西へ行けば、奈良の帯解へとむかしは通じてたそうですが、
今はもう道無き道とか。

大きな石龕の中にどっしりとした地蔵様が旅人をお迎えしたようです。
鎌倉時代中期の建長五年(1253) 像高148cm
わたしの想いもガッチリと受け止めてくれました、
ありがたや、ありがたや。

「受け取り地蔵」の左手には数多くの石仏が寝かされ、
これまた石仏のワンダーランドと仮しております、
寝姿もこれまた色っぽい?

この旧道はもう使用されてないとかで、
距離的には中畑町までほんのすぐなんですが。
石仏ファンとしてはこの道が使えると、
中畑 米谷 北椿尾と歩けていいですけど。

「七廻峠」の七廻りは奈良側から登ってくる道からきてると思うんですけど?
クネクネしてますよね。
「受け取り地蔵」を見た!
涙に暮れる大和高原に
永照寺

この「受け取り地蔵」まで行く道の途中に
「永照寺」さんにも石仏さんがドッサリです。

そして永照寺のおばあちゃんから、いろいろな話も聞けました、
むかしは正月前には奈良に市が立って、
まだ暗いうちから友人と提灯持って、
矢田原 鉢状峠を通って奈良まで買い物に行ったそうです。

旧道の方はけっこう前から廃道同然とか、
中畑町でおじいちゃんに聞いた時も、
「通っおれんな〜上入田の方を歩くな〜」とおっしゃってました。

いやいや、けっこうむかしから旅人の姿も見なくなってしまったようです。
物流の量が多くなるにしたがって、
通りやすい道が主流へとなっていくということですか。

まだ「受け取り地蔵」に逢ってない方はぜひ逢ってください!
損はさせまへん。

この場のなんともいえない世界を味わってくだい。

阿弥陀笠石仏

この日の石仏の旅の目玉のもう一つは、
無惨にも河川工事で移動されてしまい、
丘に上がった河童みたいになった「阿弥陀笠石仏」
鎌倉後期応長元年(1311)です。

わたしは幸いにも以前、
小さな川の横に静かに佇んでいる姿を拝むことができましたが、
しかしもう少しなんとかならなかったのでしょうか場所がと、
強く思うんですけど。

石仏は「小泉純一郎さん」とか「田中真紀子さん」などの
「有名人」でない「私達ひとりひとりの庶民の心の想いの場」
だと解釈してますけど。
の日の順路

この日の順路は名阪国道福住バス停スタート
阿弥陀笠石仏
受け取り地蔵
泥かけ地蔵
塔の森十三重石塔
切り付け地蔵
南田原の地蔵石仏
ここまでおなじみの道ですが。

この日は足を延ばして
和田町
須山町
上誓多林
峠の茶屋
春日奥山ドライブウェイ
そしてまっくろけのけの近鉄奈良駅でやれやれでございます。

けっこう長いです、
つうものの昔の人はこれくらいの距離を往復したんですね。

しかし!何回でも歩きたくなる道でございます。
交通には不便ですが心は満腹じゃあ〜。
布団の中に入って目を閉じると、
今日出逢った石仏さんたち姿が
次々と現れてそして夢の世界へ。
泥かけ地蔵 明徳元年(1390)
塔の森十三重石塔
切り付け地蔵 元徳三年(1331) みなさんもご存じの伊派の行恒の銘が
南田原の地蔵石仏 建長年号銘
参考文献

奈良県史 石造美術
あとがき

後半は写真だけの紹介となりましたが。
近鉄奈良駅までの珍道中は、
また書きますので、しばしお待ちくださいまし。

みなさんも、バス停福住から田原横田までの。
極楽デラックス版石仏の旅どうでしょうか。
このコースは文句なくお勧めです。
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