ようやく、ほんとの、
ようやく「うつぶせ地蔵」さんに到着いたしました。
アタック三回目にて!

たぶん「チョモランマ」に初めて登頂を果たした人も、
同じ気持ちだったんでしょうね?
あくまでも、たぶんですけど。



うつぶせ地蔵

八大龍王薬師の滝から、
南へかすかに残る足跡を辿り、
行けども行けども「うつぶせ地蔵」は現れず。
道は途切れて下へ降っても道らしきものは無し、

これまでかい,、
しかしいずこへ「うつぶせ地蔵」はと思いいつつ、
戻りますかと未練たらしくしゃがんで、
途切れた道を見たらかすかに空間が!

これは行けるかもと思いつつ足を進めると、
そこに「うつぶせ地蔵」が、
私を出迎えたのでございます。

感謝、感激、雨、アラレです、
たぶん、今年ジャイアンツが優勝したら?
長島監督が味会うであろう、
あの感激と同じくらいの喜びが、
私の中を駆け巡ったのでございます。

追伸  もうええから
        来年はやめてね監督さまへ
はあ〜るば〜る来たぜ〜「函館」ではなっくって、

「うつぶせ地蔵」に。
峯の薬師跡十三仏

その「うつぶせ地蔵」さんですけど、
その正体は!「峯の薬師跡十三仏」なんすけどね、

なんで「うつぶせ地蔵」なんすかね?と〜偉そうに言うこの私、
ほんの二年前まで石仏さんは、
みんな地蔵さんだったんですから、
なあ〜るへそ、そ〜いう訳なのかと。

ちょっと前までは「うつぶせ地蔵」は前方に傾いて、
そのままの姿でおられたそうですが、
最近?シャキットなと、真っ直ぐにお立ちになられたそうです。
私がお会いしたのは、このシャキットなバージョンです。

地元の方が「誰じゃ〜あい、
うつぶせ地蔵をおったち地蔵にしたのは?」とお怒りとかです。

危うし「うつぶせ地蔵」ですね。
改名を余儀なくされるわけですか、
「おったち地蔵」に!やっぱ地蔵ですか、
せめて十三仏を、地蔵の前に付けてもらうと、ありがたいのですが、
「おったち十三仏地蔵」つうことで、どないでっしゃろか。

しかし誰が立てたんすかね、一人では到底無理なんですが。
「うつぶせ地蔵」は県下十三仏在銘中、
二番目に古い永正七年(1510)作だそうです。
一番目は信貴山 成副院 石室十三仏 文明十一年(1479)
「うつぶせ地蔵」へ行くには
生駒山:八大竜王‥薬師山鶴林寺跡‥
薬師滝から南へかすかに残る足跡を辿り、
だいたい300メートル位の所です。

この道は、むかしの暗峠から宝山寺への道だそうです。
今はひっそりと静かに、
訪れる人も少ないようです。

なお現在は暗峠までは行け無いようです、
なんとか行けまへんかね?
参考文献
奈良県史
生駒市石造遺物調査報告書

二万五千分の一の地図
生駒山



あとがき
みなさんも生駒山に行かれたら、
奈良時代建立の薬師山鶴林寺跡から、
「うつぶせ地蔵」に寄られたらどうでしょうか。

永正七年、室町後期の、この辺りはどうだったのかなと、想いを巡らせては。
立派な薬師山鶴林寺由緒沿革もあって、分かりやすく説明してありますので、
まあ有名人はともかく、
わたしたち一般人はどないんやったの?と。

テレビの「武蔵」もいいけど「庄兵ヱさん物語」があってもいいんとちゃいますかね、
有名人だけが歴史を作るのではなく。
私達普通の人の生活が歴史となって行くと感じてますが、
どないなもんでしょうか。
002
前に戻ります〜   石仏の辻    次へ参ります〜

「峰の薬師跡十三仏」を見た!
魔境の生駒山系に