![]() |
![]() |
「ねえ、いいだろう?」 悟空はそういって目の前で憮然と自分を睨み付けている三蔵に尋ねる。 「何がだ?」 とても無邪気に、そして楽しそうに話しかける小さな子供とは対照的な声が、三蔵の不機嫌さをイヤと言うほど伝えてくる。 4月になり、太陽の光はすべてのものを暖かく包み込み気持ちのいいぬくもりを提供してくれる。だが、そんな気温を一気に冷やしきってしまうような勢いの冷たい空気が三蔵から流れ始める。 「何度も言ってるじゃん!きこえねーの?ジジイだな、さんぞー!」 悟空はにっこりと笑いつつも、かなりきついことをさらりと言って、ますます気温を下げていく。 わなわなと震える三蔵の腕にはいつの間にかハリセン。 小さな子供はそれに気付くことなく、大きな瞳にきらきらした光をともしながら、自分の飼い主にパタパタっと尻尾を振っておねだりを続けた。 「だからね…コレにのって、どこか行こう♪」 そういって、悟空は大きく手を広げながら三蔵の目の前に鎮座ましましている鉄の塊―三蔵の不機嫌の元凶―にぴとっとくっつく。 その純粋に嬉しそうにはしゃぐ子供の姿に、腐っても人間であった三蔵も無下にすることも出来ず、大きな溜息をつく。 振り上げ損ねた手の中のハリセンが、空しく畳まれる音が響いた…… 「ね、さんぞー。コレに乗って…どこか連れていって」 振り返って自分を見上げるその曇りのない金色の瞳。その透明の光に三蔵はほとんど無条件降伏のように頷いた。 泣いている子供には勝てない、というが……ここまで無防備に笑顔を見せる子供にも、人は勝てないということをはっきりと自覚してしまった、そんな瞬間だった。 仕方なく頷く三蔵に、悟空はめいっぱいの幸せを含んだ笑顔で答えてくる。 「アリガトウ、三蔵」 その美少女然とした可愛い笑顔に、三蔵のかたくなな心が氷解していく。そんな自分に少し自嘲気味に唇を歪めつつ、悟空の姿を見遣った。 お日様のような温かさ。なんてロマンティックに言うワケじゃないけれど。数ヶ月前に拾った小さな動物は、太陽をその身に宿しているかのような、輝きを持っていて。 そして、ふと疑問を口にする。 「おい、悟空。ところで、コレ、誰にもらったんだ?」 あまりの衝撃に一番最初に疑問視するべきコトをすっかり忘れていた三蔵だった。 「え?…んーとね…」 三蔵の突然の質問にびっくりしつつも、悟空はちょっと上を見上げつつ、そして何かを思い出したように小さく笑いながら答えた。 「トモダチ、だよ?」 「……トモダチ?だと?」 顔を顰めて凶悪な表情になった三蔵に怯むことなく、悟空は満面の笑みで大きく頷く。 「うん!だって、オレね、聞いたの。誰って。そしたらね、オレはお前のトモダチだって♪」 「……」 三蔵は胡散くさそうに悟空の表情を伺うが、その脳天気な笑顔からは何も読めず再び大きな溜息をつき。そして、先ほどは不発だったハリセンを振り上げる。 すっぱぁぁぁぁん!!! 「いってぇぇぇ!なにすんだよぅ!!!」 頭を抱えてしゃがみ込む悟空を更に、三蔵はぐいぐいと足蹴にする。 「このバカチビザルが!人からほいほいとモノもらってんじゃねーよ!」 「ちげーもん!だって、コレ食いもんじゃねーじゃん!!」 その言葉に、三蔵はさらにキレル。確かに、三蔵はいつも悟空に『人から食いモンもらうな』と言っていた。しかし…… 「この頭は飾りか!?バカザル!応用をちったぁ、聞かせろ!」 げしげしと更に激しくなる蹴りに、さすがの悟空も涙目で三蔵に謝り始める。 「さんぞ、ごめん、ごめんなさいぃ!」 ふにゃああっと大きな瞳から大粒の涙が溢れ始め、上目遣いで機嫌を損ねた飼い主に、悟空はちっちゃくなって謝り始める。 くたっとなって地面に座り込む悟空に、三蔵も気が済んだのか蹴りをやめる。 しかし眼光は鋭いままで、いまだその紫の瞳は凶悪に顰められていた。 「……人からもらうなと、アレほどいつも言っているだろう?オレの言うことをきけねーのなら、もう一度あの岩牢にぶち込んだやろうか!?」 『岩牢』ということばに、びくんと体を竦めて、悟空はひどく怯えたように三蔵を見上げる。 「……さ…んぞ」 「……」 遠くで小さな鳥の声がきこえる。 この山をずっと越えた向こう。悟空が500年間繋がれていた岩牢。その岩牢、ということばが悟空のすべてのネックになっていて。 この言葉を出すだけで、悟空の心がすくみ上がるのが分かる。そして再び繋げられることを、どれほど恐怖に感じているのかも。 不自然なくらいに静かになった空気は凍り付いたように動かなくて、互いの息づかいだけがその場に響く。 縋り付くような、金色の瞳を三蔵は強く見つめ直し、息を吐き出した。 すっとしゃがみ込んで、目線を合わせた三蔵の行動に、悟空はびくんと体を強ばらせる。 殴られると思って、首を竦めた悟空の頭に、暖かい温もりを感じ、少し驚いて目の前の青年を見つめた。 「さん…ぞう?」 ひどく真剣な紫の瞳に、悟空は不審げにのぞき込む。どうしたんだろうか、と。いつもとチガウ雰囲気に、頭の中が音を立て始める。 「……おこってんじゃねーよ」 そう呟いて、自分を胸に引き寄せる三蔵の行動に悟空はどうすることも出来ず、ただ抱きしめられるだけで。 さっきまで全身で感じていた、土の薫りがすっと途絶え、三蔵の衣の薫りに包まれる。 とくん、とくんと波打つ三蔵の心音に悟空は頬を擦り寄せる。 怒ってるんじゃないのなら…どうして? という疑問。 「……トモダチだろうがなんだろうが、勝手にえづけされてんじゃねー」 ―心配、させんじゃねーよ 怒ったように、言い聞かせる三蔵に、悟空は胸から顔を起こして自分を見下ろす青年に幸せそうに、小さく頷いた。 「ごめんね」 でも……どうしてもコレが欲しかったから…… 「どうして、もらったんだ?」 再び先ほどの質問。 たべものじゃないから、という理由だけで三蔵の言いつけをすぐに破るとは思えない三蔵は、きっと理由があるのだろうと根気よく尋ねる。 そんな三蔵を見つめながら、悟空は口を開こうとするが、再び閉じてしまって。 困ったように視線をそらせる悟空を、三蔵はぐっと自分の方に視線を向けさせた。 「悟空」 名を呼ぶ。 強い、有無を言わせない声に悟空はちょっと拗ねたように再び瞳を動かすことで三蔵の顔を見ないようにしながら小さな声で答える。 「だって…これ、くれたヤツが言ったんだ。 『コレに乗って、好きな奴と2人でどこへでも行ける』って」 三蔵はその言葉に瞳を細めた。 そして、目の前の白い、物体―自転車を見遣る。 それから、腕の中の小さな少年に視線を移した。 数ヶ月前に拾ってきただけの、バカでうるさくて、チビなサル。 いつも汚れのない明るい笑顔を見せ続けてくれていた悟空から、それでも徐々にその笑顔がかげってきたのはいつからだろうか? バカザルなりに自分を気遣って、寺院のモノから汚いコトバで罵られていることを、それによって傷ついている自分を、三蔵には見せないように笑顔で包み込む。 『太陽みたいに、きらきらしてる』 にっこりと、無防備に綺麗な表情で自分に笑いかける。 幸せそうで、本当に、嬉しそうで。 ずっとそのままでいて欲しいと思った。 自分の傍で。 ―だから 腕の中の子供を抱き上げながら立ち上がると、じゃりっと土の音がする。 「さんぞぉ?」 不安げに瞳が揺れている様を容易に想像できて、三蔵は苦笑を漏らす。 「ほら、自分で立てるだろう?」 三蔵は少し悟空から離れて、空を見上げる。 さわさわとした、春風が悟空の茶色の流れるような髪を悪戯に舞い上がらせる。 「明日、晴れたら連れ行ってやるよ」 三蔵のその一言に、子供の顔には澄み切った笑顔が生まれる。 自分と出かけるだけのことで、そんなに幸せなのだろうか? 「さんぞー、アリガトウ!大好き!!」 ぎゅっと腰に抱きついてくるお日様のような少年を受け止めながら、三蔵は知らず知らずに笑っている自分に、またしても苦笑いする。 変わらない笑顔を自分にだけ向けてくれるのなら、それでいいのかも知れない。 きっと、自分たちは壊れない。 ふんわりと舞う、悟空の髪からはほのかに甘い花の香りがした。 「明日、晴れるかな?」 「……多分な」 三蔵は空を見上げて呟いた。 綺麗な、綺麗な夕焼けがそこにあった。 そして、寺院に帰る。 悟空は明日のことが楽しみで、1人はしゃぎすぎたのかそうそうに眠りについてしまった。しかも甘えたモードが起動してしまったのか、自分の隣で眠ると泣いて懇願する悟空に根負けしてしまう始末だ。17歳にして、親と化している。 自分の横で眠る悟空の柔らかい頬を少しつねりながら囁く。 「バカざる、てめぇ一体誰からコレ、もらったんだ?」 それでもやはりこだわる自分。 『トモダチ』 結局その正体は分からずじまいだったが、自転車を調べていても別に変哲もないただの自転車であることが分かり、ますますよく分からなくなる。 そして、一つ気付いたこと。 「あの自転車……」 一つの事実に思い当たり、はぁと溜息をつく。 かなりサイズはでかかった…しかも後ろの荷台には…… 幸せな寝顔で、しかもきゅっと自分の指を掴んでそれを抱きしめて眠る悟空を見遣る。 「全く、面倒かけさせすぎなんだよ、チビ」 三蔵はそういうと、悟空の体温で温もった布団の中に潜り込んだ。 「……確か……あったよな、アレ」 はぁ、っと息をつきつつ、明日のために体力を養っておこうと肝に命じて眠りについたちょっとジジクサイ三蔵だった…。 *************************** 「うっわぁぁ……すごぉい……」 悟空は柔らかい頬を少し紅く染めながら、目の前の保護者を見上げる。 「じろじろ見てんじゃねー」 「だって、だってーー、さんぞー、ちょー格好いいんだもんよー!」 その言葉に三蔵は少し顔を歪める。ちっと、舌打ちしたい気分だ。それもそのはずで… タンスの奥から引っぱり出してきた、ディープブルーのジーパンに、洗い晒しの白いカッターシャツ。 そんな姿が以外に似合っていた。以外に長い足と、程々に鍛えられた上半身がマッチしていて、モデル体型というところだろうか。 なぜこのような恰好になったかというと… 昨日のあの自転車から想像するに、どう考えてもあの大きさでは悟空の足はペダルには届かない…しかも、ご丁寧に後ろの荷台には子供用と思われる補助シートまで付けられていた…… つまり、自転車をこぐのは自分ということだろう…… しかし、こんなキムタク(?)系ビジュアルの男が、自転車、しかも後ろに子供を乗せて、ちゃりんちゃりーんと走っているのは…どうよ? 気苦労の絶えない三蔵だったが、悟空が頬を染めて、カッコイイと自分に見ほれている姿を見て、まあいいか、と自分らしくないまるくなった考えをしてしまう。 だが… 「すっげー、カッコイイ♪」 なんか三蔵じゃない見たいだ、と言って恥ずかしそうに笑う悟空の姿にも、三蔵は頭を押さえる。 「お前もな、似合いすぎてビックリだ」 「オレ、似合ってるんだ」 ちょー嬉しい! そう言いながら悟空は、楽しそうにくるくると三蔵の周りを走り回る。 赤のセーラーカラーに、白い短パン。白いソックスに、頭の上にはウサギの髪留めが施されている。 で、極めつけは斜め掛けのクマさんポシェット。 「……お前のトモダチって……変態じゃねーだろうな……」 可愛らしく仕立て上げられた、ロリっ子悟空はきゃろーんとして答える。 「ヘンタイ?何それ?うまいの?」 そんなアホな子発言に頭痛を覚えつつ、今朝、目が覚めたら廊下に置かれてあった子供服一式を思い出す。『トモダチより』というイヤに達筆に書かれた手紙付きだった。胡散臭さマックスではあるが、悟空が着るといってわめいたので、仕方なく着せてみるとこれがまた狙ったかのようにピッタリで… 最近ここらでショタオヤジでも出現しているのか? 外で遊ばせるのを控えさせた方がいいのかも知れないと、頭は保護者モードになっていた。 くい、くいっ。 その時、シャツを引っ張られる感覚に三蔵はゆっくりそちらの方向を見た。 「さんぞ♪行かないの?」 くりくりの大きな瞳に綺麗な光をいっぱいに溢れさせて、悟空は三蔵の言葉を待つ。 春の早朝。風は心地よく微かに吹いていて、太陽は優しく降り注ぐ。 季節はどんどん色づく。 パステルカラーに、淡く染まっていく世界。 三蔵は、ぽんっと悟空の頭に手を乗せると、そのまま自転車へと歩いていった。 「……」 そんな何気ない三蔵の一連の行動に、悟空はぼぅっと見とれてしまう。本当に、幸せだと思ったから。 ここにいることに。 ずっと望んでいた太陽の下で、ずっと望んでいたあの人の傍で… (え…?) ―望んでいた、あの人? つくんっと、心の奥に痛みが走る。 ずっとずっと胸の奥で、何かが、動き出しそうになって。 慌てて、目を閉じる。 この感覚は、何?と。 「悟空?」 突如、耳に入ってきた声に驚いて悟空は顔を上げた。 そこには、いつもとおんなじ少し不機嫌そうな表情で見つめてくる紫苑の瞳の人がいて・・ 悟空は小さく頭を振って、さっきの不思議な感覚を振り切ることにした。なんだか、無性に苦しくなったから…… 「悟空、早く来い」 そういってさしのべられた腕に縋り付くように、手を重ねた。 「うん!」 こくんと大きく頷いて、悟空は少し空を見上げた。 岩牢から見上げた空と同じ。 でも、とてもとても、近くに感じた。 軽やかに動き出したペダルの音が、まるで音楽のように辺りに響き渡った。 *************************** 自転車に乗って、どこまでもいこう。 2人で、ね、2人で、どこに行こう? 広い背中、温かい背中。 あなたのぬくもりを感じるよ。 「なー、さんぞー!ちょーーキモチイイ!!」 後ろの荷台でそろりと伸び上がる。 風を全身に感じ、自分の体が空気に溶けていくようなそんな透明感。2人乗りだから、そんなにスピードは速くないけれど。次々と変化していく風景は、まるで向こうが動いているような錯覚すら起こして。 不思議な感覚。 そして、指から伝わる三蔵の温かさ。 「で、どこに行くんだ?」 土手の下から、川の涼やかなせせらぎがきこえてくる。 静かな春の訪れ。 花や木が、歌を歌うように風になびいて揺れていく。 悟空の指がきゅっと自分のシャツを掴んでいるのが感じられる。 小さな躰が、すべて自分に委ねられている。 「…どこでもいいよ、オレ。三蔵といっしょだったら、どこでもイイ」 それが本当。 今が最高だから… 「行きたい場所ぐらい、考えておけ、バカザル」 その言葉に、悟空は少し笑いを零して、そして立ち上がっていた体をすとんと下ろす。 背中越しに、伝える言葉。 「本当は、どこがいいのか、分からないから…外の世界は、よく知らないから」 ずっと、1人で見上げていた空の下。 想像もつかないような広い世界は、果てしなくて怖く感じるけれど。でも、三蔵と一緒にいたいから。一緒にいられればいい。 「行き先なけりゃー、どうにもならんだろう?」 三蔵の呆れたような表情を思い浮かべながら、悟空はにっこり笑って、きゅっと背中にしがみつく力を強めて囁く。 「いーじゃん、どこでも。」 ゴールだけを設定しても意味がない。 終わりのあるゴールを設定したって楽しくない。 ずっと、ずっと行けるところまで行こう。 太陽が昇る所まで。太陽が沈む地の果てまで。 こつん、と悟空は三蔵の背中に頭を預けた。 「そうだな。」 静かに答えてくれる三蔵の声に、悟空は微かに笑みを零した。 がくんがくんと道のくぼみがダイレクトに伝わる。それが楽しくて、仕方ないくらい、嬉しくて。 「おい、サル!あまり立ち上がるんじゃねー。危ないだろう!」 「だって、気持ちいいんだ」 こんなに風を感じることがキモチイイなんて、忘れてた。 こんなに、世界に色があったなんて忘れてたよ。 「なんだかね、取り戻したい気分!」 「…?何をだ?」 坂道にさしかかり、ブレーキが微かにかかる。 かくんっと、前のめりになって悟空は慌てて三蔵の背中にきゅっとしがみつき直す。その様子に苦笑しながら、だから言わないことじゃない、とたしなめる。 てへっと笑って悟空の指は、再び三蔵の温もりを感じ始める。 その時、ふわりと舞い降りてきたもの。 白く淡い…… 「……雪?じゃない…?」 ちょうどそれは悟空の腕に降りてきた。 ハート型の綺麗で小さな花びら。 びゅっ!と一瞬の強い風。 「うわぁ……」 目の前を淡いピンクの花びらが一面に舞い散る。 目の前が淡いレースで飾り立てられるような、そんな感覚。 「桜…か」 三蔵の言葉に、この大きな木が桜の木で、そして舞い降りているのがその花の花弁であることに気付く。 自転車を止め、2人は自転車から降りる。 さわさわさわと、風は薄いピンクの視界の美しさを演出するように舞い遊ぶ。 「キレイだね…」 「ああ…」 ただそれだけの会話だけど、本当に綺麗だったから。 言葉はいらないんだと、悟空はゆっくり隣にいる大好きな人の手をきゅっと握った。 *************************** 体温を感じて、自分が眠りにつけるなんて、思いもしなかった… 小さな手が、自分の金色の髪を優しく撫でてくる。すこし、ぎこちなく。 細くて華奢な、膝の上に頭を預ける感覚が、無性に気持ちよく。 悪戯に茶色の長い髪に指を絡めてみたりして、静かに時間を過ごす。 桜の木の下で。 自然の恵みの元で。 「ね、三蔵、髪撫でるだけで…キモチイイの?」 人に触られるなんか、考えただけでもキモチワルイが、悟空の指は本当に気持ちよくて。 「ああ」 簡潔に答える三蔵に、悟空はくすっと笑った。 「さんぞー、子供みたいだね」 笑みを零す、小さな子供の細い首に手を掛け、自分の方に引き寄せる。 「子供なら、こんなことしねーよ」 「…さん、ぞ?」 くいっっと引っ張られ、悟空の紅い唇の上にゆっくりと自分のそれを重ねた。 柔らかい、春の光のような悟空の唇。 ただ合わせるだけだが、長いキス。 それから…… 静かに離される、唇と唇。 「……さんぞーの、ばか」 少し潤んだ金の瞳が、幸せそうに三蔵の顔を映した。 「で、さっきの話だが、何を取り戻したいんだ?」 「… え」 少し口を開こうとして、なぜか顔を赤らめる悟空を下から見遣る。 その三蔵の顔を見て、悟空は思う。 三蔵がどんなに優しい目で自分を見てくれているのか、ほんとうにわかっているのだろうかと。 だから、口を開けなくて。その問に答えられなくて… 「内緒!」 「…てめえ、オレに隠し事か?」 「だって、忘れたんだモン、しょーがねーじゃん!」 なんてね、本当はウソだけど。 取り戻したい気分。 何を? (好きって言う気持ち) 三蔵のことが、好きって言う気持ち。 どうしてかな、取り戻したい、なんて。 三蔵にはちょっと前に会っただけなのにね。 変なの。 でもね、本当にそう思ったから。 (また、オレ、好きになっていいのかな) って…… なんだか恥ずかしくて、言えないけど。 でも、いいや、って。 三蔵がオレの傍にいてくれて、ずっとずっとオレが傍に入れたら……いつか言える。伝えられるから・・ 「……悟空、今日は楽しかったか?」 夕焼けが蒼い色を紅く染めていく頃まで、ずっとずっと三蔵と一緒にいた。それだけで、幸せ。 うんと、顔を蒼い空に向ける。空の蒼に柔らかさを加えるような綺麗な白い雲。 ―自分は幸せだよ どうしてだろう、なんだかあの空の上にいる人たちに、伝えたくなった。 そして、目の前のこの人にも。 本当に幸せだと言うことを伝えたくて、三蔵に向かってにっこりと笑顔を見せた。 「最後に、自転車に乗って帰ろう!」 スピードを上げてどんどん進んでいくのもいいけど、時々は止まってゆっくり行くのもいいね。 自転車に乗って、自由自在に乗りこなそう。 恋も同じ。 時にはスピーディに、時にはゆっくりと。 ゴールは「太陽」。 太陽めがけて、走っていこう。お互いの、体温、感じながら。 *************************** 「あはははははははははははははははは!!!!!!!!」 静かな静かな大理石の宮殿には似つかわしくない大声量の笑い声。 「見ろよ、次郎神。ア・・アイツが、じ・・じてんしゃ!」 「……すごい光景でしたな…」 はははと笑い声を収めて、美貌の観世音菩薩はその水鏡に映る光景を再び見遣る。 まさか、本当に乗るとは思っていなかったが…でも、金蝉は昔から結局の所、このガキには甘かったかなと思い起こす。 「しかしですな、この自転車をやったのは、観世音菩薩ではありませんか」 その次郎神の言葉に菩薩は小さく笑う。 「そうだな」 ついでにあの悟空の服もだけどな。 「しかし、いいのですか?あんな自然の摂理を変えるようなことをして…」 「…?何言ってんだ?オレはそんなことまではしてねーぞ」 菩薩は再び水鏡に目を戻す。 早春にしては温かすぎる日和。早すぎる桜の舞い。 「あいつは、大地の精霊の愛し子だからな」 春に生まれた、小さくてキレイで汚れのない存在。 「幸せ、だったか?」 自転車と服はオレからの、お前への誕生日プレゼントだ。 この巡り合わせが、お前を本当に幸せにしてくれるかは分からないが。 幸せで、笑顔を見せてくれることは、オレや、アイツラの本当の願い。 お前を生み出した精霊も、お前の幸せを願ってる。だから、桜をプレゼントしたのだろう。 水鏡には、小さく丸くなって眠る子供の姿と、それを見守る三蔵の姿。 ―悟空、今お前は幸せか? そして、金蝉。いや、三蔵。 ―お前は、アイツの太陽でいられるか? たとえ現世で再び巡り会っても、悟空の心の傷は酷くて深い。 悟空の罪の意識は、きっとそう簡単には癒されない。 それでも、悟空の手を取ったのは金蝉で、三蔵だ。 「次は、悟空の手を離したりするんじゃねーぞ」 この輪廻もきっと安穏としていられるほどヒマじゃない。 それに、『変わらないモノほどつまらないものはない』 だけど。 お前に幸せでいて欲しいと思う願いは、きっと皆変わらない。 だから。 「今は、ゆっくり金蝉の元で眠ればいいさ」 水鏡に映る幸せそうな寝顔の悟空に、菩薩は微笑んだ。 慈愛を溢れさせた、優しい笑顔で。 〈HAPPY END?〉 |
〈コメント〉 HP用書き下ろし小説です。書き下ろしの作品を載せるのは初めてですね。なんか初めはキリリク(ハルカちゃんの)用に書いていたんですが、H入りませんでした(笑)いや、私H書くの苦手なので、こういうスゥィートなのがイイかな、なんて(汗)ちなみに、設定は、一応悟空を拾ってから数ヶ月後、ってことで。悟空ちゃん12歳、三蔵17歳の頃です★ 4月のお話。つまり、悟空ちゃんの誕生日にちなんで書きました。 題名は、ジュディマリの「自転車」から。雰囲気もそれを思い浮かべて書きました★ こんなので、すみません、はるかちゃん。また、リクしてね。 (あ、Hシーンは、リクあれば後日談で入れましょうか/笑 いつか作るウラででも・・・) |