朝は太陽が昇り、昼はただバカみたいに働いて。夜になったら寝る。そしてまた日は昇る。
 なんて日常的。なんて、現実的。ルーティンな日々。退屈な日々。
 物事の見方を少し変えてみればいい、きっと楽しいことが見つかるから。そう言って、日々楽しく過ごす人がいる。でも、自分には関係のないこと。テンション高く生きて何になる?
感情なんて疲れるだけ。
ましてや、他人なんかとつき合って生きていくなんて、バカげてる。自分の意見を曲げて、人と協調し合う「人間らしい」人付き合い。…腹の中で何考えてるかも分からないのに?互いに探り合い、読み合う。
疲れる。
 そりゃ、そんなことをしていれば、日々忙しいだろう。
 でも、自分には関係ない。
 感情なんて、持つこともないだろう。喜怒哀楽。不必要だ。
 そう、信じていたし、それが当たり前だと思っていた。

 だけど、ただあの声には、反応した。
自分を切ないまでに呼ぶ声。求める声。
自分だけを、寂しげに儚げに。無垢な声が、縋る。
 何もない、岩の牢屋。無機質な波動だけを発する場から、微かに感じ取れる、透明で繊細な心の波動。
 頑丈な鉄格子。暗い牢屋。
 その中で、「迎えに来た」自分を不思議そうに見つめる、大きく綺麗な金瞳の少年。

「アンタ誰?」

 赤い唇がそう、呟く。
 月の光が射して、少年の瞳は神秘的な色を醸し出した。

 その瞳をじっと見据えて、子供に手をさしのべた。
 
 互いだけを映す瞳。
 二人だけが共有する次元。

 細い子供の手が自分に重なったとき。
 初めて自分から、その手を握り返した、強く強く。

―二度と、もう二度と離さない…と

 自分でも知らないところで生まれた、一つの感情。喜怒哀楽、どれにゾクするわけでもない、厄介な感情。
 日々、それが自分の中で大きくなっていく。成長していく。
 少年の、声を聞くたびに。少年の体に触れる度に。
 少年が、自分だけに笑いかける度に……


『三蔵…』


 そう、愛しげに懐かしげに小さな子供は自分を求める。
 なぜ、こんな子供に?食べて、遊んで、寝ているだけの子供。

『どこにも、行かないで』

 泣きそうな瞳で訴える声が心地よいとなぜ感じるのだろうか?
 
 栗色の髪の小さな子供は、自分を見つめて微笑む。
 嬉しそうに、楽しそうに、愛しそうに…そして切なげに。
 
 自分の心を狂気に誘う、無邪気な瞳。

―自分だけに見せる、瞳。

 そう思っていた。
 けれど…。いつ気付いたのだろうか?

 夜、1人で月を見上げる少年の瞳が。
 濡れたように光っていたことに。
 月の輝きに、無防備な程に心を開いて微笑んでいたことに。
 どんどん心の中が、かき乱されていく。
 独占欲が、鎌首をもたげて被い立ってゆく。

 見なければ、良かったのに。
 気付かなければ良かった。
 
 巻き込まれていく気持ち。
 限界点に達していく、ざわめきが…自分の中で確実に育っていた感情に命を与えていった……

First passive feeling −Jerousey
   「UNVISIBLE  PAST」         〜Side Sanzo
 


信じられないくらい、醜い感情。
でも、押さえきれない、感情。
 愛しさの裏返し。なんて、バカな自分。


 いつもと同じ、風景がずっと続くと思っていた。不安定な上での安定の毎日。ただ、そこに少しの要素が、偶然が。加わって、均衡が破られていく。変化、していく……




「三蔵!今日も遅いのか!?」

 泣きそうな声で叫ぶ悟空を、三蔵はうるせえと突き放す。
 それでもめげないで三蔵のまわりを必死でちょこまかと走る小さな子供を三蔵は溜息混じりで睨み付ける。

「うるせーんだよ!仕方ねーだろう!?仕事だっつってんだ!」

 ベッドの上に無造作に置かれた銃を懐にしまいながら、三蔵は青筋を立てつつ悟空をこづく。
 痛いー!と声をあげながらも、悟空はヤダヤダ!っと床に座り込んで三蔵に抗議する。

「だって、…ずっと最近オレ、1人なんだもん…夜、1人は…」

 イヤなんだと力無い声で訴えるけれど、三蔵はそんな悟空のワガママを一蹴する。悟空のワガママは始まったことではない。慣れてしまっているのが現状であるけれど。
 縋り付く視線に、悲痛なモノを感じ取って三蔵は眉を顰めた。悟空の声に潜む、感情に気付く。
ワガママで言っているのではない。もっと深いモノ。

「……」

 小さく床に座り込み、膝を抱えるその細い肩は小刻みに震えていて。その姿を、三蔵は上から見下ろす。
 その視線を感じ取ったのか、悟空はその金の瞳を三蔵のそれに向ける。強い金の光は今はそこに存在せず、ただ何かに怯えるように、不安定に揺れる繊細な硝子の瞳。

「ワガママいってんじゃねーよ、サル」
「…ワガママじゃねーもん…ホントに、今日は1人でいたくない…」

 上目遣いで、勢い込んでつっかかった衝撃で、悟空の瞳から溢れた涙が頬をゆっくりと伝っていく。ぱちぱちっと目をしばたかせて、涙をこらえようとしているが、一度勢いづいた涙はその流れを止めることは難しいようだった。うつむいて、小さな手でこしこしと瞳をこする悟空の幼い仕草に、三蔵は静かに溜息をつく。
 しゃがみ込む悟空に、腰を折って三蔵は近づく。その気配を感じたのか、うつむいたまま悟空の肩がぴくんっと跳ねる。殴られると思ったのか、きゅっと幼い手を握りしめる悟空を視線に止めながら、三蔵はその腕を静かに取った。

「…?」

 思いも寄らない三蔵の行動にビックリした様子の悟空は、恐る恐る瞳を自分の腕を掴んだ男に向ける。
 悟空の柔らかい腕の感覚が、三蔵の肌を通して感じられた。軽々とその小さな躰を引き起こし、そしてそれをぐっと自分の腕の中に引き寄せた。


「…さん・・ぞ?」


 抱きしめられた悟空の声が、三蔵の腕の中から不安げな震えを帯びて聞こえてくる。
 少しみじろぎした悟空を、三蔵の腕は強く抱きしめる。苦しいのか、子供の息づかいが少し荒くなる。

「…さんぞ…今日は早く…帰ってきて」

 そう苦しげに、悲しげに訴える悟空に三蔵は、何故?と問う。
 1人を嫌うのは、いつものこと。けれど、今日のは、1人でいるコトへの嫌悪ではなく、強い怯え。
 何故と聞かれた悟空の体は一瞬戸惑ったように揺れ、そしてさっきまで縋り付いていた腕を解き、三蔵の胸をちいさく押した。

 ふっと離れる、悟空の柔らかい躰。

「ご・・くう?」

 ふらっと離れた衝撃で少年の躰は床に倒れ込む。
 床に着いた両手の指が、くっと曲げられる。
 うつむいた悟空の表情は、三蔵からは見えない。
 手をさしのべようとしたとき、悟空はゆっくりと自分を見下ろす三蔵に向け、赤い唇で何かを形作ろうとした瞬間。



 トントン



 ノックの音が、緊張した部屋にやけに強く響く。

『出発のご用意ができました』
 平坦な調子でかけられる声は寺の下働きのもの。

 三蔵は思わず舌打ちをしたが、もう時は遅く。開かれようとしていた悟空の唇は、噛みしめるように閉じられていた。
 扉の外のモノに、すぐに行くとだけ声をかけ、三蔵は小さく溜息を再びついた。

「じゃあ、静かに待ってろ」

 そういい残し、三蔵は引き戸のドアノブに手をかける。
 開こうとしたとき、後ろの空気が小さく躊躇いがちに動いた。


 自分の体に回される、小さな細い腕。
きゅっとしがみつくように縋る悟空は、三蔵の背に己の頬を埋めた。
 はふっと、小さく漏れる少年の息づかいが、三蔵の耳に微かに聞こえる。



「…早く、帰ってきて…」

 怖いから…
「今日は、今日の夜だけ…一緒にいて。だって、今日は…」


 悟空の声が一瞬途切れる。

「―」


 息と共に吐き出されるコトバ。
 でも、三蔵にそれは届かなくて……

「悟空?」

 怪訝な色を含めて、三蔵は名前を呼んだ。振り向きざまにちらっとみた悟空の表情は、どこか思い詰めたような、諦観したような、顔立ちに似合わない大人びたもののように感じられた。

 無邪気なただの子供かと思えば。
 こんな風に、感情を自分の奥に閉じこめてしまう。
 元気な日向の薫りのする少年。
 けれど、本当の彼は…どうなんだろうか?


―その瞳に映っているのは、本当に自分なんだろうか?


 背中に一際体温が強く感じられる。自分の心に、存在し得なかった感情をもたらす、絶対唯一の少年。
 回されていた少年の指がするりと解かれていく。
 そして一瞬後に、背中から奪われていく温もり。

 ドアがきぃと鈍い音を立てて開かれる。三蔵の部屋も決して明るいとは言い難い照明の配置になっているが、扉の向こう左右に伸びている長い木の廊下の暗さには比べものになるものではなく。
 先の見えないような廊下が永遠に続いているようだった。

「さんぞ…」

 少し鼻にかかった悟空の声が、扉から出ていく自分の耳に届く。
 扉が閉まる、ほんの秒単位の時間に。
 視線が絡む。
 悟空の瞳にはもう、涙の泉はなく。健気に笑おうとする、精一杯の笑顔と、白い肌。
 華のような唇が、三蔵に向けて奏でる。


「オレ、待ってるから。三蔵のこと、待ってるから」


 にっこりと満面に笑顔を浮かべて送ってくれる、少年。
 でも、何か違和感があったが、それを確かめることは三蔵には出来なかった。ただ、一言だけ、声をかけた。

「今日は遅くならねーようにするから…待ってろ」

 それをいうことだけが、自分には精一杯の行動。だが、その言葉だけできっと、悟空の不安は解消されるだろう、と思ったから。

「うん」

 背中に嬉しそうな悟空の声が掛けられる。柔らかい流れ。
 きっと悟空が笑ったのだろう、空気が一瞬ふわっとする。


「待ってるから。三蔵」


 後ろ手にドアを閉める。
 ひんやりとした、扉の外。
 歩く度に無機質な靴音が響いていく。こころなし、足の運びが早くなっているのは、気のせいだろう。
『遅くならねーようにするから』なんて、甘い言葉。
『待ってろ』なんて、一生使わねーようなコトバ。

 三蔵の顔に、軽い苦笑が浮かぶ。
 妙に優しい自分に笑いがこみ上げてくる。けれど、その感覚は別に嫌なものでもなく。
自分を『待っている悟空』の姿を思い浮かべながら、静かに寺の門へと向かっていった。




***************************




 自分を呼ぶ声がきこえた。
 自分だけを求める声がきこえた。
 ためらいもなく、さしのべた腕。
 不思議そうに見つめる瞳を、自分は強く見返した。
 呼んでないと言い切る子供。

 ―ウソだね、うるせーんだよ

 そういって、小さな手を取ったとき、アイツはオレのものになった。
オレだけの、ものに。
―そう、信じていた


 三蔵が寺の門にたどり着いたときには、とっくに世界は黒く塗りつぶされていた。夜の天気は良いようで、空気が凛と引き締まっていた。夜空を飾る星の光はいつも以上に鮮明な光を放っているように感じられた。
 そして、その夜空の中心に静かに君臨する月。
 そのフォルムはきれいな円を描き、しんしんと輝いていた。
 しかし、そんな見事な満月を鑑賞する心を持っているわけでもないし、万が一そんな心を持ったとしても悠長に眺める時間もなかった。むしろ、南に高く存在している満月が忌々しく感じられるくらいだった。
 ちっと舌打ちをする。結局、早く帰るといっていつもと変わらない時刻になった。いやむしろ、いつも以上に夜は更けていた。
 別に仕事なんだから仕方ないと思うし、それで引け目を感じるほど自分は甘くない。
 ただなんとなく、胸がざわついたから。

―帰ってきて
 と、言った悟空の表情が気がかりだった。
 呆れるくらいの焦燥感と危機感。
 何よりも。


 いつもどんなときでも感じていた……


―悟空の声が全く聞こえなくなっていた




 自室の扉の前に立つ。
一応最高僧に当たる自分の部屋は、他の僧とは違った特別の棟に設置されていた。悟空の部屋も別の所に用意させていたが、そこに悟空がいた試しはない。いつも、その元気な子供は三蔵の部屋で時間を過ごしていた。
 目の前に立ちふさがるように存在する扉に、三蔵の指がかかる。外出するときに感じた高揚感はすでになく、ただ扉の向こうの風景へのひどい焦燥感が、心を支配する。
 鈍い音と感覚をもって、扉が開く。

 簡素で殺風景な部屋。ベッド、机と椅子。教典が何冊か無造作に並べられただけの本棚。見慣れてはいるけれど、愛着のないもの。そんなものを三蔵は探しているのではなく。
 自分が探しているものは、小さな一つの存在。

 部屋の南側に設置された換気と採光用の窓から一筋の月の光だけが部屋を薄暗く灯す。
 既に夜道で暗順応されていた三蔵の瞳は、部屋の内部の様子は目で捕らえることが出来ていた。
 静かに、目を動かしながら、待っているはずの少年を捜す。
 そして。不意に思ったコトに、自嘲の笑みが一瞬唇によぎった。

 こうやって、自分は悟空を探したことはなかった。
 いつも、この扉をあければそこにいた存在。
 うっとおしいくらいに、自分を見つけて嬉しそうに抱きついてくる悟空。


「悟空」


 三蔵の声が部屋の中を反響する。扉が開けば、いや開かずとも自分の気配がすれば、飛んできたハズの存在は今日はいない。
『待ってるから』と言って、切なげな表情を浮かべた悟空を思い出す。その表情は悲しげで、まるで今にも消えそうだった……


「悟空!」


 強く声をあげる。そして三蔵の瞳はベッドの近く、その床の上に注がれた。そこにあるのは、小さな丸い影。

「悟空……」

 床の上で小さく膝を抱いて眠る子供だった。
 その前まで、無造作に三蔵は進んでいった。小さく床が軋む。


 まるで何かから身を守るように、小さく自分を抱きながら眠る悟空の姿に、三蔵のざわめいていた心が静かになっていくような感覚を感じた。
 そんな現金な自分に心の内で笑いながら、視線を合わせるように膝を折り、しゃがみ込む。
 金の瞳が閉じられ、寝息を零す。頬に微かに残る涙の筋。
 三蔵の指が柔らかい頬に触れた。
 壊れ物を扱うように、両手で温かい頬を挟み込む。
 触れた指先から、悟空の温かい体温が伝わってくる。

―自分は一体何を、懸念していたんだろうか?
 唇の端に、苦笑いを浮かべる。

―ここに、悟空はこうして「いる」じゃないか。
 コイツは、オレの手を取ったときから、もう二度と離れるコトなんてないだろう?


 
閉じられていた瞼がゆっくりその隠していた金色の輝きを見せていってくれる。瞳の硝子に映し出されていく、自分の姿。


「悟空…」

 三蔵の声に呼ばれるように、金瞳がキラリと澄んだ輝きを帯びる。


「……帰ってきたの?」


 可憐な花弁のような唇が、そう、形作る。

「ああ」

 短く答える三蔵を映す瞳が静かに細められる。愛しいものを見つめるように。懐かしいものを、映し出すように。



「良かった……」



 悟空の瞳がまだ夢の中でいることを物語るように曖昧に揺れる。
三蔵はふと、違和感に気付いて眉を顰めた。

「悟空?」

 三蔵の呼び声に、悟空はたどたどしくその幼い腕を伸ばす。
 その時の悟空の笑顔が本当に幸せそうだった。今まで見たことのないくらいの、信じ切った瞳、安心しきった表情。
 初めて見る、悟空の姿。
 ただ、純粋に幸せを感じる少年。



「良かった…オレ、また1人になるのかと思った……」

―どういうことだ?

 胸に黒い霧が再び立ちこめる。
 何かが違っている、そう直観する。


「オレ、ずっと待ってたんだ…ねぇ…イイコにしてたよ」

 自分だけに向けられる悟空の視線。瞳に映る自分の姿。
けれど、その奥に潜んでいるのは誰だ?
 一体、誰を見ているんだ?


―お前に、そんな幸せそうな表情をさせるヤツは、誰なんだ?


 ふっと手の平に何か温かいものを感じて、視線を落とす。
 小さな滴が、自分の手を濡らす。


「……涙?」

 下から自分に縋り付くようにみつめてくる小さな少年の瞳が、涙に濡れて水晶のように煌めいていた。
 これほどに愛しげに涙を流す悟空を、見たことはなかった。

 小さな黒い影が三蔵の心に生まれる。
 押し込めていた、人間として絶対的に持っていたハズの感情が音もなく存在感を増していく。

 ぐっと三蔵の手に力が籠もる。柔らかく力の入っていない悟空の体を自分の腕の中に惹き込み、そのまま床の上に押し倒す。


「…ぁ…」


 乱暴に悟空の紅い唇に自分のそれを押し当てる。
 塞いだ唇から、悟空の小さな喘ぎが漏れる。
 絡まり合う、唇。

けれど。
 
 悟空の腕が、弱々しく、でも愛しげに「三蔵」の背に回された。
 唇が離れた、とき。
 まともに二人の視線が交錯しあう。



―見えない風景。
 みえない、過去。



 「悟空」

 一体、お前は誰を見ている?

―今日は1人にしないで…


 そう懇願していた悟空。けれど、それを自分は見捨てた。
 ただのワガママじゃない。何か怯えに縁取られたような、震える声を自分は、なぜか受け止められず。

 小さな手が、震えるように自分の頭の方に向かってさしのべられた。三蔵はその腕を取り、白い肌にキスを落とす。
 くすぐったいのか、悟空の笑い声が聞こえる。


「ねぇ、オレ好き…太陽みたいに綺麗な、 ・ ・ ・長い髪が好き」


 三蔵の周りの空気が突き刺さるように、止まる。



―今、なんて言ったんだ?



「悟空?てめー、何ほざいてやがる!?」

 どう考えても、長いとは言えない自分の髪。
 焦点が曖昧な悟空に気づき、三蔵は強くその体を揺さぶる。

「おい、サル!?お前は、誰を見てるんだ!?」

 腕の中で揺さぶられるままになる華奢な躰を壊したくなるくらいに抱きしめたくなる衝動。
 唇を合わせたときの、柔らかい感覚は確かに感じたハズなのに。


「何、言ってるの?ねえ…オレ、ずっと待ってたよ?」
「誰を待ってたんだ!?」
 

 自己破壊的な質問。
 悟空の見ている風景が見えない自分には、予想のつかない質問だけれど。
 ただ、分かるのはその答えが、自分の名前でないことだけ。

 どんどん膿がたまるように、膨れていく感情。
 強い強い、気持ちが沸き上がってくる。
 捨てきっていた気持ち。自分には関係ないと切り捨てていた感情。
 声が聞こえたから、拾ってきただけの存在だったのに。
 どうして、こんなに1人の存在を欲しているんだろう。


「どーして?待ってろっていったから、待ってたよ。……」


 小さな唇が愛しげに呼びかける、1人の名前。
 声にならない、声で。
 幸せそうに笑いかける。

 金の瞳が、静かに閉じられていく。力が抜けて床に吸い込まれるように倒れる悟空の体を、優しく自分の所へ引き寄せた。

―悟空は、なんて言った?

 あの時。



―今日は、1人にしないで。



 何故?



―今日は、満月だから……



 悟空の金の瞳は、太陽よりもずっと澄んだ金色。
 神秘的な月の光。

 必死に、自分に求めていたのに。


『三蔵のこと、待ってるから』

 ―三蔵を……


 あの瞳に嘘はなかった。言い聞かせるように、自分を守るように、そう言った悟空。何から守るように?
 悟空すら忘れてしまった、過去から。

 そして、自分が恐れていた正体。
 悟空が自分の腕の中から消えてしまうのではないかという、ワケもない不安。バカみたいだった。
 自分を求めるように、悟空にしむけていた。
 三蔵、と幸せそうな笑顔を自分だけに向けるように、そうしてきた。無意識のうちに。

 腕の中でくったりと眠り続ける悟空を静かに抱き上げた。
 さらりと、茶色の髪が垂直に垂れる。
 その髪に月の光がかかり、淡い金色を生み出す。

 窓の外の月を睨み付け、三蔵は忌々しげに悟空の姿を月光が浴びないように隠した。


「お前は、オレの手を取った」
「オレを呼んだのは、お前だろう?」



 知り得ぬ過去に確実に存在する、悟空にとっての絶対的存在。



―お前は一体誰を待っていた?



 バカみたいに狭い感情。
 眠り続ける悟空に、そう聞く。
 渦巻く、一つの感情。

 今まで、何も執着することはなかった。こんな低レベルな感情を自分が持つなんて考えもしなかった。
 過去に悟空の心を奪ったヤツがいたというのは確かだろう。
 それはそれで自分には関係ないことだろうに。
 なのに、その存在が今でも悟空の心を深層で繋ぎ止めているのは事実で。


 軽く、息が漏れる。笑うというほどでもないけれど、くっと声が漏れる。

「コイツが、オレのモノだっていう確証は何もなかったってーのにな…」

 自分のものと思っていたけれど。
 本当にそうなのか?
 悟空を縛り付ける存在に、暗澹な気持ちが向かう。

こういう気持ちを…そう、嫉妬。

 せり上がった自嘲の笑み。

 腕の中で幸せそうに目を閉じる悟空に優しくキスを落とした。


「お前を、手放すつもりは、もうねーんだよ」

 
 少年の心に住む存在に向かう気持ちは嫉妬。
 では、コイツの心を縛る見たこともないヤツを憎めるほどに、この存在を手に入れたい、と思う気持ちは…?

 そこまで思って、ガマンしきれなかった笑い声が口をついて出てきた。


「このオレが、まさかな…」


 独占欲、なんてコトバでくくれるほど単純でもない。
 恋だなんて、そんな綺麗な感情は持ち合わせていない。

 三蔵の笑い声に悟空の瞳がうっすらと、開く。

「起こしたか?」
「……どしたの…?」
「うるさい、寝ていろ」

 オレが、ずっと抱いててやるから。

 悟空はぼんやりと自分を見つめた後、安心しきった表情でにっこり微笑んだ。

「うん。三蔵……」


 閉じられる金の瞳に一瞬だけ映った月の光。
 
 再び物音のなくなった部屋の中は、小さな寝息としずかな吐息。
 ベッドに横たえた悟空の髪を三蔵はゆるゆると梳く。


「お前は、どこに生きているんだ?」


 過去か現在か。
 過去への自分の激しい嫉妬。


「お前がどちらを選ぼうと関係ないがな。」

―手放すつもりは、全くないんだから。



 悟空、お前は誰を今。必要としている?







comment:・・・考古学的発掘ブツ小説up推進中・・って新作かけないからって、こんなイタくてつまんねーもんupしてどーするんだ、オレ。・・ていうか、コレ多分、何かの同人誌に書いた話だとは思うんですが・・一体何の本に載せたんだろう・・しかも、sanzoサイドって・・悟空サイドとかあって、続きを書くつもりだったのか、オレ?
全然ラブラブじゃない小説でスミマセン・・意味不明ですみません。・・嫉妬という題名で書いているから多分テーマは嫉妬とかではるかちゃんと本作ったのかなぁ・・むむー覚えてないから逆に新鮮。こんな話書いたんだって(爆)
 気に入っていただけたら嬉しいですv