| 繰り返されるコトバの呪縛 |
「うぇぇー、にんじん、まっずーー!!」 「野菜のクセにさー、こう、びっみょーーに甘いっつーかぁ、中途半端な味なんだよな」 「口の中で、柔らかくこの味が浸透していくのかと思うと、気持ち悪くて、くえねぇっっ!!!」 がちゃがちゃと少し食器の音を立てながら、目の前の長身の少年は皿の中で食えないモノゾーンを必死で作っていた。その食材にあらん限りの文句を添えながら誰に聞かせるでもない様子で一心不乱に戦闘している。 うるさいなぁと思いながらも、一馬はちらっと少年の様子をうかがう。端正な顔が本気でその食べ物を嫌悪しているように歪んでいた。いつもは陽気な表情を崩さない彼だから、まずさが伝わってくるような感じがして一馬は自分の皿の中を見た。 クリームシチューの中にぽっかりと色を添える様に浮かぶ人参。今まで気にならなかったけれど、なんだかそのかたまりが周りの白さに反映して、強く赤色を発しているような気がして、スプーンで掬う手が止まってしまった。 とろっとしたシチューの中で、固い何かが滞っている。柔らかく煮込んであるはずなのに、異物のように見えて、一馬は小さく息を飲んでしまう。 「一馬の前で、そんなにマズイマズイって連呼しないでくれる!?」 「そーだ、コイツはナイーブなんだから、食えなくなっちまうだろう?!」 「ところで、なんで藤代がこんなところで一緒に食べてるのさ!」 英士は少し眉根を寄せて、斜め前にいる邪魔な少年にキツイコトバで応酬する。 「いーじゃん、別にさ。ココで喰っちゃダメって法律ねぇしさ」 涼しい顔で藤代は答えると、まずいから、コレはいらねぇ、とスプーンでぐちゃぐちゃとシチューをかき混ぜた。 「席なんて、いっぱいあるだろう?ココじゃなくても!」 周囲は確かに人は混んでいる方だろう、ココはU−14の選抜チームの練習場所になっていた施設で、現在は昼休み中だった。Jリーグの練習グラウンドとしても利用されており、設備面ではとても整ったところだといっていい。かなりの広さを持つ食堂も、子供用に作られているわけではもともとないのだから、狭いという状態では全くなかった。 周囲にはいくつものグループが出来ていた。けれど、結人や英士はともかく、一馬は人見知りが強く、この二人以外の仲間とはどうしても自分からはなじむことができなくて。しかもそれなりに有名な3人組であったわけで、また、その中でも気の強そうな一馬は、しかし外見とはうらはらにからかうと面白いとウワサを立てられていたためか、色々と他のメンバーから嫌がらせなどもされていた。それが、嫌がらせだったのか、好意の裏返しだったのかはボーダーなところが多々あるのだが。 英士も結人もそれは承知だったし、一馬の精神的なところのナイーブさも理解していたから、さりげないフォローでかわし続けていたのだ。 二人にとって、大切な、大切な宝物だから、一馬は。 なのに…と、英士は、藤代を探るように睨め付ける。 その視線に気付いて、藤代は鼻を摘んで人参を皿の端に寄せていたのを一時中断する。 ちらっと一馬の表情を伺ってから、藤代は英士に不穏な光を目に灯す。 「何だよ、郭?オレはココで食べたいから、食べるわけだよ。で、人参は嫌いだから、キライって主張する、で、喰わない。それでいいじゃん? …な、真田?」 「え・・?!」 突然低い声で自分の名を呼びかけられて、一馬の声音が裏返る。 はっと、意識をシチューから周囲に戻した。右隣に座る英士が自分の方をじっと見ていて慌てて、一馬は「え?」ともう一度声を上げた。 自分の左前に座っている結人は不機嫌そうにその隣に座る少年に視線を向けていた。一瞬、小さな亀裂が入ったような音がして一馬は目の前で起きている事態に瞳を向けるしかなかった。 「一馬、大丈夫?」 「英士・・?…あ、」 「お前、なんかちょっと顔色悪くなってるゾ?」 「だい、じょぶだよ、ゆーと。ごめんな!」 英士の指が一馬の額に触れて、とくんっと鼓動が跳ねる。よく英士と結人がするスキンシップ。人に触れられるのは凄く苦手だけれど、二人に触れられるのは気持ちよくて、安心できて大好きだった。 だけど。 今ばかりは・・。 どういうわけとかは分からないけれど、なんだかイヤな空気がそのテーブルを支配していてびくびくしてしまう。 それが伝わってしまったのだろうか、英士の指がふっと離れてしまって一馬は、縋るように英士を見つめた。 「えーし・・?」 甘えた声が、自分の口から紡がれるのは好きじゃないけど。でも、英士と結人にしか、こんな風に甘えられないから。 だから。 だって。 英士の指に自分のソレを絡めようとした瞬間。 「ぅあーー、このハンバーグ、人参の味がしみついてんじゃん!!!」 「!!」 肩が一瞬震えて、一馬の指は行き場を失ってしまう。 恐る恐る見遣った先には、藤代の整った顔。 英士とも、結人とも違う、元気で裏もない、きっと誰からも好かれるであろう豊かな表情の、藤代の顔。 キリっと引き締まった眉が少し顰められていたが、その視線が一馬に焦点づけられる。捕らえられるように、動けなくなって、一馬は必死で英士の服を引っ張った。 「一馬」 英士の柔らかい声、優しい声が聞こえる。 ほどかれているココロの緊張の糸が感じられて、一馬は必死で息を整えた。 どうして、こんなに怖いの? どうして、こんなに縛られるの? 「えぃ…」 大切で大好きな友人の名前を呼ぼうとして、その前に一瞬掠めた藤代の姿が瞳に映ってしまった。 かちゃんという、陶器同士の涼やかな音が、耳の裏で何度も反響するように感じて、眩暈がした。 真田、と呼ばれて、躰が一瞬竦んだ。 「ねぇ、オレさー人参きれーなんだ♪替わりに喰ってくれねぇ?」 「なんで一馬がお前の人参なんて食わなきゃなんねーんだよ!?」 結人が少し声を荒げる。けれど、喧噪うずまく中ではすぐにその声は吸い込まれていく。 「だってさ、真田、別に人参キライじゃないんだろう?オレはすっげーキライだけどさ。」 野菜のクセに、甘くてさ。でも、そのあまさが少しまったりしてるっていうか、よく分からない味でさ。 藤代のコトバが、二つの感覚器から音を捕らえて頭とココロに同時に浸透していく。そして、視覚器官が、その朱色の食べ物を捉える。 「えーし…オレ…」 「藤代、何度も言ってるよね、一馬の前で変なこと繰り返して言わないでくれる?一馬が人参食べられなくなるだろう?」 英士は一馬を庇うように、激しい口調で藤代を牽制するけれど、責められた方は顔色を変えることもなく、むしろ面白いコトを聞いたと口元に笑みを浮かべた。 ふっと、空気が動いて、微かにカチャっと金属音がした。それから何かが一馬の肌を掠めた。 「ぁ…」 くぃっと、藤代の指が一馬の顎に懸かる。 突然の行為に結人も英士も、藤代の行動を止めることが出来なかった。 「真田はソンナコトで、キライになるのか?」 繰り返して、聞かされるだけで? 少し馬鹿にしたような口調が一馬のプライドを軽く刺激する。 「そんなことねぇ…」 「ないなら、食えるだろう?」 「!!」 切り替えされるコトバに、一馬はガマンできなくて、藤代の指を自分の手で振り払おうとしたその瞬間に。 ぱしんっという乾いた音がした。 「藤代、一馬に何すんだ!?」 藤代の指を平手で叩き落とした結人の、今にもつかみかからんばかりの勢いに、喧噪があったとはいえ、時間もピークを過ぎたせいか静かになりつつあった空気をさらに沈ませた。 周りからの視線を感じて一馬は立ち上がろうとする結人を必死で押しとどめた。 「ゆうと、いいよ、オレ、なんでもないから!!」 「だって、一馬っ…」 クスっと、笑った声が聞こえてきたから。 キッと、一馬は藤代に視線を向けた。 「真田は大切な大切な、郭と若菜のお姫様なんだな」 「!!」 パシッ さっきよりもクリアーで乾燥しきった音が響き渡った。 片づけようとしていた集団も話をしていた集団も、すべての行動がその音によってストップをかけられた。 けれど、そんなこと、どうでもよかった。 一馬は、藤代だけを自分の瞳に捉えて。 頬を打った。 藤代の瞳は満足そうに細められたのを、感じた。 ゆっくりと、一馬は目の前にあったフォークを手に持って、藤代の皿の上に分けられた赤い物質に突き立てた。 思っていたよりも、固くて。 一馬はそれを、口に運んだ。 塊が口の中に入った、ただそれだけ。 人参って、コンナ味だったっけ? そう思えるくらいに、何も味覚は自分に伝えてこなかった。けれど、なのに。目の奥が熱くなって、どうしようもなくて。 必死でその味のない『人参』を飲み下した。まるで、食べるべきモノではない、異物を体内に入れてしまったみたいで、体中に気持ちの悪い寒気が駆けめぐった。 「一馬…」 「大丈夫か?」 結人と英士の声が、今だけは凄く痛くて痛くて。 藤代の視線を体中に感じて。 どうしようもなくて、それでも、絶対に泣きたくはなかったから。 にっこりと必死で笑った。 変な顔で笑ってたら、どうしようかなと思ったけれど、どちらにしろ結人も英士も自分の様子が変だと気付いているだろうから、どうでもいいやと思った。 「なんか、オレ、食欲ないから…もー片づけるな!」 ほとんど口をつけていない食事のトレーを持ってばたばたとカウンターの方へ走った。 ―そんなことで、キライになっちゃうわけ? 藤代の低い声が鼓膜を震わせ続ける。 怖くて、怖くて。 一体何から逃げてるのか、自分でも分からなくなってくる。 けれど。 トレーをなおざりに置くと、英士達に見られたくなくて食堂を飛び出した。 ココを出たからと言って、何処に行けるわけでもない。 誰にも見つからないトコロなんて、一つもない。 けれど、もう、アイツの視線の中にいるのだけは、耐えられないと思った。たとえ、安心できる唯一の場所がその近くにあって自分を守ってくれていたとしても。 一馬は、長い廊下を走っていった。誰にも、会いませんようにと、一生懸命願った。弱虫な、涙なんて、誰にも見せたくなかったから。 *********** 一馬の泣きそうな顔が必死で笑顔を作っていたから。 オレも結人も何も言えなかった。 追いかけることもできなくて。 バカみたいに見てるだけしかできなかった。 カタンッとイスの引いた音が聞こえる。 自分たちの様子をうかがっていた周囲も、オレが牽制するように視線を遣ると皆慌てて視線をそらせる。 表面上だけは何もなかったかのように日常が動き出す。 けれど、さっきまでアイツがいた場所はからになっている。 「あーあ、真田もいなくなっちゃったし、オレも行くかなぁ」 そういって藤代はトレイを持って席を立ち上がろうとした。 すべての調和を乱していくヤツは、コイツだと。感じた。 睨め付ける瞳には、きっと剣呑なモノが宿っているのだろうと思う。 そして、一馬の状態とすべての状況を見て。オレが言わなければいけないことも既に、分かっていた。 イスを引いて立ち上がろうとした藤代の前に、オレは立ち上がった。 視線が、藤代を見下す。 「ねぇ、藤代。余計なこと、言わないでくれないかな」 「…何、郭?何言ってるンだよ?」 口元に無邪気な笑いを浮かべるけれど、オレはお前には騙されない。瞳がすべてを語っているから。そして、その目は鋭く睨め付けられているのだから。 「だからさ、一馬は変なことを吹き込まないでくれる?ついでに、一馬に関わるのも、やめて欲しい」 「なんで?別にそんなの、個人の自由じゃん?」 オレの視線に怯むことは全くなく、むしろ面白そうに笑う表情がとてつもなく自分に別の何かを伝えてくる。 コイツは、危険だと。 きっと、バランスを、崩していくよと。 「目障りだよ、一馬はさ、暗示に弱いんだ。メンタル面を揺らがせるようなものは、ジャマなんだ」 直接的な表現に切り替える。 ジャマ。消えろ。 大切な、オレ達の一馬はお前になんか、触れさせない。 けれど、藤代の表情は動くことはなかった。小さく息を吐いて、それから、声を出さないで、押し込むような笑いを浮かべた。 「藤代なんかに、わかんねーんだよ!」 結人のコトバが飛び出す。丸い大きな瞳が、藤代をきつく見上げていた。ぎゅっと握った拳が震えている。 そんな結人の姿とオレの姿を交互に見て。 何も言わずに藤代はトレイを持って立ち上がった。 時計は昼休みが終わる時間を指していた。すでに、食堂には自分たち以外消えていたことに気付く。しん、と、静寂がオレ達を囲い込んだ。 圧倒されるような静寂だけれど、藤代の口元の笑みは張り付いたように消えない。ひどく不快感を催す、その表情。 危険分子。 口を開かせるな、と何処かで誰かが叫んでいるような気がした。 ククッと、今度こそバカにしたような、完全に挑発した笑い声を立てて、オレ達を射るような瞳を向けた。 歪んだ口元が、コトバを突きつける。 「何言ってンだよ? オレは、お前達と同じコトしてるだけだろ?」 何もかも、分かってるんだよ?と言わんばかりの藤代が、オレ達にまっすぐな視線で射てくる。 結人の表情がすぅっと冷めていく。いつもの「結人」は飲み込まれていく。表情のない、それでもアイツに強く執着する、そんな「いつもの」結人とは違う、でもコレも本当の結人の姿と感情の発露。 きっと、オレもそんな表情をしているのかも知れない。 「『一馬にはオレ達がいればいいだろう?』 完璧な、ガードだな」 「そうだよ、一馬にはオレ達がついてる。お前は、必要ねーよ」 結人の妙にトーンの下がった声は、あまりにも冷静だったので、逆に結人がどれくらい怒っているのか自分にはイヤと言うほど伝わった。 愛想のいいユウト君が、だいなしじゃん、とけらけら笑う藤代に結人は冷めた視線を送る。あっけらかんと、笑い終わって。 それは元気で普通の中学生の姿だったが、一瞬にして剣呑な色が瞳に浮かんだ。もう一つの、藤代の姿。 「だからって、オレだって引けねぇワケ。 お前ら、忘れたの?オレ、フォワードなんだぜ?」 ―何があったって、オレはアイツを奪うよ 結人に向けられていた藤代の意識が、オレに向かう。 切り裂くような、空気の矢が自分を一気に襲ってくる。異様なくらいの迫力。 オレは、それを躰すべてで受け止める。 「なんで、そんなに一馬に執着するわけ?」 そう発したオレのコトバに藤代は軽く瞳を見開いて。 ゆっくりと顔の筋肉を柔らかくしていくように、笑みを浮かべた。 「好きだからだよ、当たり前。 きっと、理由なんて、オレが言わなくても分かってンじゃねーの?」 ―お前らと同じだからさ 人間はさ、綺麗なモノが好きなんだよ。 純粋で、強いくせに繊細で脆い、アイツはきっと人の心を捕らえて離さない。 大切にしたい、独占したい、愛したい、愛されたい。 強く、にらみ返した。 一馬は、絶対に渡さないよ、と。 声に出していた。 二人で守ってきて、オレ達に向けられるアイツの笑顔に癒されて。 『好き、えーしとゆーとだけ』 そういって、猫みたいな瞳を甘えるように細める。子供体温が、キモチイイ。 『一馬はオレ達がいねーとダメなんだよ』 『そ、だから、ばかじゅまくんの傍に仕方ねぇから、ずっっといてやるよ』 『だからさ、一馬はオレ達だけを見てればいいよ』 オレ達、オレだけを見てなよ… 『オレ達だけが、お前を生かせるパスを送れるんだ』 ぽかぽかと天気の良い日。一馬は小さくなってグラウンドの端で泣いてた。ロッサの練習前。もう着替えていないとイケナイ時間なのに。オレも結人も、アイツの姿を探して。そして、二人で見つけた。1人で、しゃがみこんで。 「一馬」 「一馬?」 二人で名前を呼んだ。 オレ達の声に、アイツはぴくんっと反応して。腕の中に埋めていた彼の瞳が自分たちを捉える。きゅっと、つり上がった瞳の中に、綺麗な滴が溢れていた。こんなに綺麗に輝いているモノを見たことが、なかった。綺麗で、透明な涙は彼、そのもの。 何も相談もしていないのに、オレと結人は自然に一馬の両隣に座った。泣いてる一馬の躰をぐっと二人の腕で包んでやって。 きっと、誰かに傷つけられたのだろう、一馬の綺麗な腕の肌に、痛々しいかすり傷の後がいくつも付けられてた。 ―どーして、うまく笑えないんだろう? 人見知りが強くて、人一倍、でもプライドが高くて。なのに、すごく寂しがりやで甘えん坊で。 一馬が生意気だって皆から苛められているのは知ってる。笑えないと泣くあいつを見てきた。 けど。 いいじゃない?それで、…ねぇ、一馬。 オレ達にだけ、その可愛い笑顔見せてくれればいい。 ―えーしとゆーとには…笑えたのに…… そりゃ、そうだよ? 一馬はオレ達の大切な、宝物なんだから。 絶対に、渡さないから。誰にも。見せないよ、一馬の笑顔も、甘えた表情も、泣き顔だって。 だから。 『一馬、オレ達がいるじゃん』 『オレ達が、いればいいだろ?』 『ずっと、ずっとオレ達が傍にいてやるからさ』 『だから、泣くな。笑ってる一馬が、スキダヨ』 一馬の小さな手が、オレと結人それぞれの服をきゅっと掴んで。 大きな瞳が、オレ達二人を見上げた。 『ホントに?』 そう問いかける一馬に、オレと結人は同時に頷いた。 ふわっと、その時風が吹いて。 一馬はその風のように、ふわりと嬉しそうに笑った。舞い降りた天使みたいだって、大げさみたいだけど、そう思った。 『オレ達がいるから、いいだろ?』 こくんっと一馬は頷いて。 『ゆーととえーしがいてくれたら、それでいい』 そーいって、一馬はにっこり笑って、恥ずかしそうに言う。 ―ゆーと、えーしだけ・・大好き 何度も聴かせて、何度も言わせて。 オレ達だけ、見てればいいよ。他は、ナスビでいいじゃん。 一馬をアシストしてあげていいのは、オレ達だけ。素直で可愛い一馬だから。オレ達以外のパスはいらないと、教え込んだ。 可愛い、大切な、たった1人のオレ達だけのフォワード。 「藤代になんて、絶対渡さないよ」 いつの間にか、午後の練習の時間になっていた。 各ポジションでの個別指導が、タイミング悪くて、オレはいつもは絶対にしないミスをして。 結人がそんな自分を睨み付けてきていた。 MFとFW。練習場所は、離れていると言ってもせいぜい80メートルほど向こう。だけど、藤代は一馬のずっとずっと傍にいる。 ぬるい風が一瞬頬を撫でていって。気持ちが悪くて、パンと自分の顔を叩いた。 ******** 『あんまり、一馬の前でキライ連呼しないでくれる?』 『一馬はナイーブなんだから、ホントに食えなくなるだろ?ニンジン』 『何ソレ?真田ってそれくらいでキライになるの? ならさ……』 藤代は小さく笑って。オレだけに聞こえるように表情で伝えてきた。 ―好きだって言い続ければ、好きになるのか? 強い視線に囚われる。大嫌いだ、アイツなんて。 ひょうひょうと、オレの前を行く。絶対に追い越してやる。 ライバル。同じポジションで、似たような能力で。だから、自然とライバル。 それだけ、それだけなのに。 PiPiPi…… いつの間に、眠ってしまったんだろう。 小さく周りを見回すと、躰は柔らかい布団の上に横たえられてる。目に入ってきたのは見慣れた壁紙。 見慣れたすべての家具に、小物。 自室で眠ってしまっていた。精神的にとても疲れてしまって。練習では必死に崩れないようにと気を張っていて。唯一自分が「安心できる」英士と結人の顔を見るのも、なんとなく辛くて、シャワーも浴びずに一直線に家に帰ってきていた。そのまま、頭から冷たい水をかぶって、熱いお湯も一瞬だけかかって。それ以上湯気の中にいると何処かに自分が連れて行かれるような気がしたから、さっさと上がった。 不安、不安。 動くはずのないモノが、動かされていく。自分の意志とは反対に。 怖いと思った。このままだと、どうかなるかもしれないって思うくらいに怖かった。 PiPiPiPiPiPi……!!!! 「あ!!」 どんどん大きくなっていく電子音に、一馬は現実に返る。乱雑に置かれた鞄の中から、ブルブルと震動と共に携帯の電子音がくぐもった音を立てて騒ぎ続ける。留守電設定をしているから、このままほおっておけば勝手に繋がってしまうだろう。 電話の相手は分かってる。絶対、取っちゃイケナイ相手。 バランスを崩してしまう、相手。 なのに。 ココロと躰が繋がらない。 ダメなのに。聴いちゃダメなのに。 画面に示されている、相手の名前。 Pi!! ボタンを押す。 今一番聴きたくない声。なのに、どうしても躰の何処かが求める声。 『真田?』 普段のおちゃらけたカラーは一切抜き去った、少し低い声音が一馬の耳元に囁く。 毎晩の、コール。 「藤代…?」 眠っていたせいか、唇が乾いてる。舌まで乾いているみたいで、喉が痛い。階下には家族がいるはずなのに、携帯が繋がった瞬間、この自分の部屋だけがどこかの別の次元に飛ばされてしまったみたいな感覚に陥る。 眩暈がして、床にぺたんと座り込む。 『スキダヨ、真田』 聞き慣れた、セリフ。 毎晩のコールは、繰り返されるコトバで始まる。 『スキダヨ、好き。好き。アイシテルよ、真田』 何度も繰り返される。 耳に既に馴染んでしまった、声が。自分に囁く。 『ねぇ、真田は?』 鼻の奥がつんっと痛くなる。涙が出てくる前兆。 コトバが、自分のココロを縛り付けていく。 「…もぉ、やだ…」 何が嫌なの? 『真田も、言えよ』 「やだ…」 『アイシテルって、オレのこと』 「ちがう…やだ」 馬鹿の一つ覚えみたいに、子供みたいに。必死で抵抗する。なんて、未熟で馬鹿なんだろ、って思う。でも、それ以上何も言えない。 「もぅ、かけてくるなよ」 戻れなくなりそう。 紡いだ自分のコトバが弱々しくて。電話口の向こうから、小さく息をつく空気が感じられて。 『じゃぁさ、なんで取るわけ? 聴きたくないなら、…オレだって分かってるなら、取らなきゃいいじゃん?』 どこまでも冷静な彼の声が。 本当に自分の耳元で囁いてるキモチにする。 ―やだよ、もう… 藤代の、コトバの呪縛が? 自分の、弱いココロが? 『ねぇ、なんで?どうして、無視しないんだ?』 取らなきゃ、聴かなくて済むのに。 だけど…… 『真田、スキダヨ。』 『真田も、オレのこと、好き、ナンダヨ?』 何度も何度も、繰り返されて。 ココロがいくつもに、別れていく。 ひび割れてく。 ツーツーっと、単純な電子音が受話口から流れ続けて、そして切れる。 頬から涙が伝って、力の抜けた手から滑り落とした携帯の上に、零れた。 ぎゅぅっと、手を握りしめて、閉じていた瞳を開けたら、サッカーボールが見えた。一年前、大会で優勝したトキのボール。結人が守って、英士が繋いでくれたパスをシュートした。 あの頃は、英士と結人だけでよかった。 囁いてくれるコトバは、二人だけでいいと思った。他はいらない。 だって、英士も結人もゆってたよ? 『オレ達の声だけ、聞いて』 『他のヤツの声は、聞くなよ?お前には、必要ないから』 ― 一馬が大切だよ。 傍に、いて、守るよ 好き、好きだよ、えーし、ゆーと。 二人だけ、いてくれたらいい。 きっと、また傷つけられる。 もう、1人で泣きたくないから。 だから、一生懸命二人だけの声を聞いてたのに。 ムリヤリ侵入してきた、あいつの声。 アイツの、瞳。 囚われそう。 また、きっとひどいことされるのに…そうに決まってる。 えーしとゆーとが、ゆってたから… 『藤代には近づいちゃ、ダメダよ』 ベッドにもたれ掛かった。固い木製のヘりが背中に当たって痛かった。 けど、力が入らなくて、その冷たい感覚をガマンした。 震える指で、必死に携帯を拾った。 「えーし…助けて」 ぎゅっと、それを抱きかかえた。 ばらばらに崩されていくキモチ、どーしたらいいの。 本当に自分のキモチが分からなくなる。 どうやってバランスを取ってたの? 好きって声は、えーしとゆーとのコトバだけでいいのに。 「えーし…ゆーと……」 ひくっと、嗚咽が漏れた。 涙がいっぱい溢れて、零れて。 1人で泣いてた、あの時の自分と同じだと思った。 ****** もう、泣かせたりしないよ?一馬。 他の奴らのために、一馬の涙なんて流させない。 一馬の涙も、オレだけのモノだよ。 「一馬?」 小さくベッドの近くでまるまって眠ってる一馬にゆっくりと近づく。8時過ぎという宵の頃だけど、別段一馬の家族に不審がられることもなかった。小さい頃からの、友達、だから。 何度も通ってきた階段を上って、広い踊り場について。左側の扉に進む。少し開いていたのか、ドアは軽く指先で触れるだけで簡単に開いた。小さなランプ型の電灯がついていて、一馬の白い頬を柔らかく染めていた。 涙の跡が、軽く頬についていた。 ぎゅぅっと指を握りしめて、丸くなって眠る姿は小さい頃から変わってなかった。不安になったら、ぬいぐるみを抱き締めてしか眠れなかった一馬が、今はいくらなんでもぬいぐるみを抱いて寝るわけにもいかなくなったのだろう、それでも躰が覚えているから、かわりに指を握りしめて眠るのが一馬のクセになっていた。 起こさないように静かに跪く。 柔らかい一馬の唇に指を這わせて、自分のソレと重ねる。 「ん……」 閉じられていた瞼が小さく震えて、黒水晶のような一馬の瞳がゆっくり自分の姿を映し出す。 離れていく唇の感触に、一馬はなされるがままだったけれど。 「一馬」 そうオレが呼べば。 次第に光を宿していく一馬の瞳に自分だけを映しながら、紅くて柔らかい一馬の唇がオレの名前だけを呼ぶ。 嬉しそうに、幸せな笑みを静かに浮かべる一馬はオレだけのモノ。 「えーし…」 不安と、甘えと、今にも泣き出してしまいそうな弱々しい声音が綺麗に混じり合った一馬の声を、自分だけが耳にする。 「えーし…好き」 オレの下で組み敷かれたままの一馬が腕を伸ばしてオレの首に必死で縋り付いてきて。 「一馬…どうしたの?」 優しく、一馬の躰を引き起こして。そのまま腕の中に収めた。 細い腕も首筋も、華奢な肩と細い腰も。 ずっと、守ってきた。 「好きって、言って、英士」 「スキダヨ、カズマ」 「もっと、もっと、言って」 「好き、スキダヨ。ずっと傍にいてあげるよ」 耳元で何度も何度も、囁く。 電波を通してじゃない、直接一馬に伝える。 藤代なんかに、渡さない。 握りしめられていた手からこぼれ落ちたのか、携帯電話が床に無造作に落ちていた。最新の着歴は、誰かなんて分かってる。 けれど、所詮、電波なんだよ? 耳元で、直接かける呪縛に、媒介物を通しての呪縛が勝てるわけ、ないよ。 壊れそうになってる一馬を自分は知っていた。 小さい頃から、二人で優しく優しく束縛し続けてきていた一馬のココロが、藤代の存在で大きく揺れていた。 藤代を見る、不安そうな、それでいてどこか憧れるようなそんな瞳をオレは見た。自分は知らなかった、一馬の表情。 ―ダメダよ、一馬。オレだけ、見ててくれないと…さ 結人だけに見せる一馬の楽しそうな笑顔ですら、ガマンが出来なかったのに。 「一馬、大丈夫だよ。オレが傍にいるでしょ?」 嗚咽を漏らして、声を殺して泣く一馬のココロ。 大きく占められた藤代の色が一馬を染め始めているのを感じたから。 結人がかけた、コトバの呪縛。 藤代がかけた、コトバの呪縛。 オレがかけた、コトバの呪縛。 一馬のココロが、かけた、コトバの呪縛。 どれが、一番最後まで一馬のココロを呪縛していられる? 『スキダぜ、一馬』 『好きだよ、真田』 『スキダヨ、一馬』 『誰も、好きになんて、なれない』 一馬が自分のココロにかけた呪縛を解くための方法は、更に強い呪縛を彼の心にかけること。 二重に三重に。 ゆっくりと時間をかけて。 「スキダヨ、一馬」 一馬の紅い唇に自分のソレをもう一度、重ねて、躰にも呪縛を施す。 きっと、結人も藤代も、彼らなりの方法で、一馬に魔法をかけ続けている。 未だ、一馬のココロはイバラに守られた眠れるヒメだけれど。 もう少し、もう少しだよ? 「えーし…」 繰り返される、コトバと、キスは呪縛の呪文になる。 |
| COMMENT: 一体るりさんは何が言いたかったんでしょうか?謎です(笑)つか、なんだか泥沼スクゥエアストーリーの序章のような話ですが、続きません(笑)つか、続きはムリです♪なんでこんなにダークになったのかすら分からないし・・計算攻めーズがうようよいるよ・・・結人についてはあまりかきませんでしたが、彼も多分計算ダークなヤツでしょう(失笑)なんか、一馬が可哀想になってしまいました(笑) ホントは藤真でいきたかったんですが、やっぱり郭がソンナ簡単に引き下がるとは思えなかったのでコンナ感じになってしまいました♪ まぁ、人はいくつもの人格を持ってるってことですね。ペルソナっつーやつです(笑) うーん・・・なんかこの一馬、どーなるんでしょうか・・・最悪な結果にはならないように・・・といいつつ、別の王子様に奪われたりして・・・潤とかな(わ、笑えねぇ・・・) |