ずっとずっと小さいときの記憶。自分はあの人の膝の上で。
あったかい腕の中で。守られてた。

 あの人は色んなコトを、子供だった自分に教えてくれた。
 綺麗な星空。
 空気が澄んでいて、とてもキレイで明るくて。
 そんな夜にあの人が、いつものように教えてくれたこと。

 夜空を眺めるのが好きだった。あの人の温もりを感じながら、空を見る時が好きだった。
 だけど。ずっと小さいときは、怖くて泣いていた。
 夜の空が怖いなんて、今から思えばなんて子供だったんだろうって思うけれど。でも、その時の自分は、本当に子供だったから。

 吸い込まれていきそうなくらいの高い空。
 でも、飛び込んでいきたいくらいの、綺麗なダークブルー。
 このまま、ひとりぼっちになってしまうのではないかと、怖かった。
 こんなに広い闇色の世界で、ひとりぼっち。
 こわくて、震えた。


『カズマ』


 けれど。あの人が、あの人の温もりと。逞しくて頼りがいのある腕が。
自分を繋ぎ止めておいてくれる、そう感じたから。
 そう、信じられたから。

 こわくなんて、なかった。彼の腕が、自分を包んでくれていたから。


 そんなある夜に。あの人が教えてくれたこと。
 優しい、星空の元で。教えてくれたことがあった。
 

 懐かしい想いでが、ゆっくりとゆっくりと。はぐくまれていく感じ。
 
 

 静かに、思い出される子供の時の静かな記憶。
 優しく、包まれた記憶。
 そして、今も。
 

 子供の時には知らなかった人の。
 出会ってしまった人の、温もりの中で。

 星空がキレイに、見えていた。
願い事ひとつだけ

「調子、わりーの?」
「……っかしーな…」


 さっきまでアヤシイエンジン音をたてながらも、なんとなく走ってくれていた君島のボロ新車は、ついにその力を使い果たしたかのように、一瞬プスンっと音をたてた後、1pも前に進むことは出来なくなってしまった。
 新車とはいえ、破壊王カズマとともに行動する君島の車である。ある意味3ヶ月も持ったのだ、奇跡だと言っても過言ではないくらいの寿命だったのかもしれない。
 けれど、だからといってこんなところで力つきることはないだろうと君島は思う。
 ペンチを取り出して、なんとか修復させようと思ったモノの、中を見るといくつもの衝撃による細かい部品の破損が手の着けられない状態になっていて、はっきりいってよく今まで爆発しなかったモノだ…という感じだった。
 しかし諦めるわけにも行かず、(なんといってもまだこの車、ローンが残っているのだ)必死に修理しようとする君島の頭の上に、のほほーんとした助手席に座るカズマのあくびの声が聞こえてくる。
 なんとなくムカツクものの、今日の仕事はほとんどがカズマの手を借りたことだし、なんとも文句は言えない。



「なー、君島…おなかすいた」
「……」



 がちゃがちゃと手を動かす。どうしたらこんな壊れ方するんだろう…といったゆがみがあちこちに出来ていて、はぁ…と溜息をつく。


「なぁってば!君島ぁ!」
「……」


 上から聞こえてくる、拗ねた声は完全に無視して、君島はとにかくエンジンが動くようにならないか試行錯誤に専念した。
 ぶぅっと膨れてしまっているカズマの姿が手に取るように分かるが、今は子供のワガママにつき合っているときでもない。

 夜は、すでにどっぷりと暮れている。まわりは、見渡す限りの闇。

 そう、ここは荒れ地のど真ん中。街に着くのも、車でも多分1時間はかかるだろうというところだ。しかも、あまり目印らしきモノもない荒野である。歩いて街にたどり着くには、並はずれた方向感覚が必要になってくることは分かり切ったことだ。まあ、歩いて行け、といわれれば、君島ならば何時間かかかるかもしれないけれど、多分帰れるだろうが…


 そこまで考えて、君島は自分の名前を連呼して空腹を訴える、このじゃじゃ馬少年をちらりとみて、大きく溜息をつく。


 …コイツが、ムリだな。


 それが結論。
 自分で歩いて、何時間もかけて帰る、なんてコトをいったとしても、「いやだ!」で終わりだろう。
 車で帰れないなら、おぶって帰れ、といいかねない。こんな甘えん坊、かつジコチュウに育てた子供の頃のカズマの保護者に少し文句も言いたくなってしまう。まあ、その後の自分のカズマへの甘さも、ワガママジコチューに拍車をかけているのかも知れないが。
 そんなところも可愛いなんて思ってしまうのは惚れた弱みというモノだろうか、と苦笑してしまう。


 そのとき、不意に明かりが一瞬暗くなる。ヤバイ、と君島が思ったときには後の祭り。君島の手元を明るくしていた懐中電灯の明かりがどんどん弱くなっていく。そして、一瞬の後には……



「最悪だな…」



 もう、お手上げだ、という感じで君島は懐中電灯を席に放りだして立ち上がった。車に続いて、懐中電灯の電池にも寿命がタイミング良く訪れてしまったらしい。

 完全にお手上げ。うがぁぁーーっと君島は無念の咆哮を上げるけれど、そんな悲壮な君島には関係なく、光がなくなった世界はただ闇色に周囲を染める。
 カズマは席に座って、叫ぶ君島を楽しそうに見つめていた。

「んだよ、何かおかしいか?」

 突然振られた言葉に、カズマは少しビックリしてしまうけれど。首を横に振って、なんでもないと笑う。にっこり笑いながら、「オレの王子様はたよんねーなって思ってさ」と君島の今の状態をちゃかすような答えを返す。

「なんだよ!?こーなったのも、みんなお前が」
「オレのせーじゃねーよっ!」

 じゃれ合う時間がすごく楽しくて。こんな時間が愛しく感じてしまう。いつか、こんな時間があったことも夢ではないかと思えるような、そんな儚い時間のように、消えてしまうような時間に対して、一瞬君島の脳裏を漠然としたもやもや感が支配してし始める。
 言葉が一瞬途切れる。カズマも、笑いを収めて。

 そして。その視線をゆっくり遠くへと映す。
 君島は、そんなカズマを振り返させるように名前を呼ぶ。

「で、何かおかしかったのか?」

 初めの質問にムリヤリ戻す。
 するとカズマはさっきと同じように少し不思議そうな表情で君島を見つめた後、悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
 そして、君島の手に持たれたままのペンチを一瞥する。


「別に…たださ、なんか、別に直らなくてイーやって思ってさ」
「はぁ?だって、帰れねーんだぜ?」


 突然の言葉にムダにひっくり返った声で、カズマに詰め寄る。
 カズマは視線を夜空に向け、別にイーよと呟く。

 ―別に、おなかも空いてないし…

 その言葉に君島は聞き捨てならないものを悟る。さっきまでお腹空いたと叫んでいたのはどこのどいつだというのか。

「じゃあ、さっきまで騒いでたのは何だったんだよ」

 その君島の言葉に、ほんの少しだけ頬の色を紅く変えながら、カズマは小さく呟く。


「……」
「……えっ」


 ハッキリとは聞き取れなかったけれど、でも。なんとなく聞き取れたセリフが、あまりにもカズマらしくなくて。でもある意味カズマらしい可愛さで…君島はにやりと笑った。

「そっかー、そんなにカズマ君はオレのことが好きなんだー」

 違う、そーじゃーねー!と暴れるカズマを横目に、じゃあ、今晩はサービスしてやらねーとなと、にやける顔を戻そうともせず笑う、オヤジ君島にカズマは一発蹴りを食らわせる。痛かったけれど、君島は幸せで、なんとなくカズマをぎゅっと抱きしめた。



―車ばっかり心配して、ずるい



 なんて可愛いセリフ。
 無意識にいっちまうから、小悪魔で。
 自分はカズマを離せなくなる……



 ぎゃーぎゃーと赤くなりながら騒ぐ、助手席の姫を見ながら。そう、思った。








 車の排気音もない静かな空間が広がる。エンジンをかけてもうんともすんともいわなくなってしまっている。
 二人だけの話し声では、その夜の静寂をうち破ることは出来なくて。
 声は、静かに空気の流れに浸透していく。
 静寂すぎて、逆に耳鳴りがしてくるような、そんな不思議な夜だった。

 二人は結局車を置いて、少しはなれた岩陰に移動することにした。別に車で寝てもいいし、その方がいいようにも思えたのだが、カズマがどうしても歩きたいというから仕方ない。車をおいていくことにためらいがないわけではなかったけれど、カズマのワガママに結局折れるのは自分。
 それになんだか、歩きたいというカズマの、わがままな子供の表情の奥に、一瞬大人びた、少し悲しげなものを感じてしまって。それを感じた自分に、もう反対する力もなくなっていた。


 この辺りは、めぼしい目印のない荒野であることは確かだけれど、でも依頼を尋ねていくのに、何度も通ったことのある道だったので、なんとなくではあるが地理も、君島は把握していた。
 確か少し行ったところに、ちょっとした洞窟があったはず。
 車から携帯用の小さなクッションを2つ持って、そこへ向かう。

「なー、見ろよー!ちょーーきれーー!!」

 カズマは何が楽しいのかぴょんぴょん跳ねてそこらを走っている。その姿が子犬のようで、可愛いのだけれど。どこか危なっかしくて目が離せなくて、思わず君島は子供を叱る親のように後ろから声をかけてしまう。
 そんな君島に、ぺろっと舌を見せて、構わず走っていくカズマに苦笑する。


 夜が、こんなに穏やかなんて感じたこともなかった。


 少し行ったところで、カズマが「うわぁ!!」と声をあげたのを聞いて、君島は何事だと、駆けつけてみる。
 カズマは何かをじっと見つめていて、そしてその見つめる先には、君島の記憶には全くなかった光景が広がっていた。

 なみなみとたゆたう、水の恵み。穏やかな、波とも言えない、波紋を静かに描く、水が…広がっていた。
 ふいに現れるという、オアシスというのだろうか。少し離れたここからでも、そのオアシスがただの幻ではなく現実に存在するんだと分かるくらいに、瑞々しい空気がそこから流れ、その清浄な空気に似つかわしい、透明な水がとうとうと月夜にたゆたっていた。



 濁りのない水は、鏡のように、空に輝く月を、その水の中に囚える。ゆらゆらと微かな空気の振動で、少しずつ姿を変える丸い月に神秘的なものすら感じて君島はただ、ぼぅっとその光景を見つめた。
 ああ、今晩は満月だったんだ・・今さらながらのことを考える思考くらいしか働かない。感動すると、何も考えられないというのは本当なのかも知れない。

 ふとカズマの様子を横目でちらりと一瞥する。
 カズマはその瞳を空に掲げて、黒い瞳に月を映す。黒曜石のように煌めく瞳の中に、月が映る光景はまさに自然そのもののように見えて、一瞬その存在の高貴さに心が畏れを感じる。それと同時に、君島は隣に立つ少年の存在が、この夜の静寂にすいこまれるのではないか、とおおよそ現実的でないことを思ってしまっていた。


 激しく、前だけを向いて。迷うことなく進んでいくカズマの、もう一つの姿。

 どこか繊細で、ふわりと消えてしまいそうな現実味のないその横顔が、気高い夜、そのもののようにすら感じた。
 ふっとカズマの視線が水に、戻される。

 君島の視線を感じたのか、ちらっとこちらを一瞥したけれど、特に何も言わず、カズマはそのまま水辺に駆け寄った。靴を脱ぎ捨て、浅瀬に足を浸す。

 いつも服に隠されたその足は意外なくらいに白くて、細かった。君島は、ごくりとのどがなるのを感じた。

 パシャパシャと、透明の飛沫を小さく上げて、カズマは水へと入っていく。水飛沫が月の光に輝いて飛び散るのが、まるで光の乱舞のように見えた。

 風邪を引いてしまう、とか、服が濡れたら大変だろう、とか。いうべきコトはたくさんあったはずだけれど。
 不思議と、そんな言葉を口に出す気にもなれなかった。
 ただ、どこまでも入っていくカズマの姿を見て、少しずつ不安になっていく。足首はもうとうに水のヴェールに覆われていて、踝の下くらいまで、水は迫っていた。

 振り向くこともせず、静かに歩いていく姿は、君島の心を原因不明にざわめかせていた。


「カズマ!」


 その瞳には、きっと月が映っていて。地上にいるものを映すことなく、ただ天上の光を宿していて。もう、あの存在はここには降りてこないのではないか。

 自分の、彼の名を呼ぶ声は、きっと。通り抜けていく…そう感じた。


 けれど。


 ゆっくりと、自分の声に反応して振り向くカズマの瞳が。一瞬きらっと輝いて、自分を見つめてくる。両手を広げて、にっこり笑う子供っぽい笑顔のカズマが。愛しくて、大切で。


 目頭が、熱くなってくる。
 どうして、こんなに囚われてしまったんだろう。
 天使のような、存在を。



「君島!オレ、子供の頃からずっと月に触ってみたかったんだ!」

 パシャパシャ、水に浮かぶ月を手で掬うカズマが。
 キレイで、大事で。



―守りたい、と、思った。



 しんしんと、月の溶ける夜。

 その雫を身にうけて、無邪気に笑いかけてくる奇跡のような存在が。
 愛しくて、大切で。



―守る、と、誓った。











水辺の瑞々しい風が、乾いた荒野を癒すように優しく空気を震わせる。その風に軽く弄ばれるように、カズマ
の柔らかい髪が微かに乱される。
 さっきの水遊び(?)によって、少し湿った髪と体が、熱くなっていくカズマの体を適度に涼めてくれる。


―月を見て


 そうカズマは空を軽く指さして、そして水辺に視線を落として。


 水の中に囚われた月。
 キレイだな、本当に。なぁ、ずっと、ずっと…
 いつまでも……ココにいてくれたらいいのに。
 いつまでも……ココに、いれたらいいのに……




 抱き寄せられた腕が力強くて。熱くて。いつもより、何故か乱暴で。
 でも、首を振って拒否することもなかった。
 背中に当たるじゃりじゃりとした感覚が、痛いなと思うけれど、不思議に嫌悪感は感じなくて。普段ならぜったいシないと暴れるのに。今日は、いいやと、カズマは素直に身を、君島に委ねた。

 合わせられた唇。
 絡められる、舌。


 ぴちゃんっと水が波を打つ。
 何かが、水の中に飛び込んだのだろうか?

 そんなコトを頭では考えていても、もう、余裕なんてどんどんなくなってきて。感覚が、一点に集中していく。自分の体の上を、優しく支配していく、その存在に、囚われていく。

 月のように。水に囚われた、月のように。



 カズマは君島の指を素肌に感じながら、軽く息を吐く。

 熱くて、淫らな声。

 自分の体の秘密を、暴かれていく羞恥心は、もうどこにもなくて。
 翻弄されるまま、反応を返していく。



 体の最奥に、アツイものが侵入していく。ぐいっと、乱暴に、でも優しいものが自分の体の中で猛る。

 思い切り貫かれる瞬間。

 閉じていた瞳の奥にフラッシュする光が、まぶしくて、カズマははっと目を開ける。
 そして、その組み敷かれた自分の、瞳に映ったもの。

 夜の、空。
 満点の星空の。
 そのなかで、静かに、輝く月が……


 手を伸ばせば、今なら…届きそう
 どんどん、丸い光が大きくなっていく。
 自分が空に浮いているの?


 それとも…それとも





「月が、落ちてくるよ」
「カズマ……」


 虚空を掴もうとするカズマの指を、君島の手によって地面に押さえつけられる。ごつごつした岩が背中に当たり、痛むけれど。

 もう、その痛みは、優勢感覚ではなくて。

 甘い痺れがカズマの中心を、身体の内部を襲う。
 痛みと快楽で溢れる涙は、カズマの頬を伝って、乾燥した土に吸収されていく。
 噛み付くようにキスを施す君島に、カズマは必死に縋り付く。
 君島の、体の動きが速く、そして大きくなっていく。
 翻弄される、自分の体と心。

 水に囚われた月。

 そこを指でかき回したように、生まれる、渦が。


 カズマの体を、襲う。


「ぁ…んっっ」
「カズマ……」


 一瞬の動きの静止の後。
 君島の最後の高ぶりを、カズマの最奥が受け止める。
 その瞬間、急流を塞き止めていた君島の指が自分の中心から離されて。
 解放される。
 それと同時にぎゅっと閉まってしまったカズマの秘所の内壁が、君島に最高の刺激を与えて。

 アツイ飛沫が、体の中で弾け飛ぶのをカズマは感じた。

 目の前が、真っ白になった。
 もう、お昼になっちゃったのかな、と思えたくらいに。



 涙でぼやけたカズマの視界は、月を、映す。
 ぼんやりと淡い光が、とても愛しく感じられた。











「君島の、ケダモノ」
 拗ねた声でカズマは君島をなじる。背中と下肢が、ジンジンとカズマに鈍い痛みを訴えてくる。
 月明かりだけで、お空の下でヤるってのも、乙じゃねー?なんてニヤニヤ笑ってくる君島のオヤジくささにはぁっと溜息をつく。
 そんなカズマの様子を、面白そうに、しかし優しく君島は見遣る。
 コトの後の、静かで穏やかな空間。


汗とか、色々なものが気持ち悪くて、でも自分ではたてないとカズマは言ったから、君島が全部を洗ってやった。
 なめらかな肌と、くったりしたカズマの無防備さに君島は何度も理性をフル発動させねばならなかった。水の中でも、犯したくなる気持ちが湧き起こっていたけれど、月を映す水でカズマを喘がせるのが、なんとなく罪悪感を感じて。君島の本能を激しく揺さぶりつつも、必死の思いでそれを思い留めさせた。

 そんな君島の努力も水の泡にするような、無防備なカズマに、このときだけは恨めしい気持ちにもなってしまったのも事実だった。


 体を水で洗った後、車にあったスポーツタオルで軽く拭いてやり、カズマの体にかけてやる。
 そのまま岩に背をもたれさせて、君島の腕がカズマの体を抱え込みながら座る。
 しーんと、物音一つない夜。人工的な光が一切存在しない世界。
 けれど、自然の光が周囲を仄かに照らしてくれる。
 暗いけれど、でも。

 夜は、きっとコレでいいのだと思う。月と星がくれる光だけで。夜はいいのだと、思う。



 カズマは、小さく君島の腕の中で身震いする。

 子供の頃、よくこうやって空を見ていた。
『カズマ、どうした?寒いのか?』
 そういうと、必ず自分を引き寄せてくれた腕の温もりがあった。





「ん?どーした、カズマ?寒くなっちまったか?」

 思いでの中の人とは、トーンも声質も違う声が、耳元で囁かれる。そして、くしゃっと髪を撫でられる行為が、子供扱いされている気がして、なんとなくむかつくけれど。心地よかった。

 甘えてる、なんて…思ってなかったけれど。きっと自分はこの腕の持ち主に甘えているんだよな、と何となくカズマはくすぐたくて。それが自分の表情にも現れてしまっているだろうから。はずかしくって、君島の腕にすりすりと顔を擦り寄せた。


「……カズマ、何してんの?」

 笑い声を含んだ声で揶揄されて、でもなんと自分が答えても言い訳にしかならないし、きっとさらに笑われてしまいそうだと思ったから。何も言わなかった。
 

 そして、何も言わないカズマの髪に。
 君島は顔を寄せた。




 とくんとくんという、心臓の音。
 カズマと、君島の、生きている証。
 こんなに近づかないと聞こえてこない小さな音が、今はとても愛しかった。
 そして、なんだか怖くなる。


 規則的な音が、不規則になり、沈黙になること。


 ぞくっと這い上がるような寒さが、一瞬カズマの体を支配して、ひくっと喉が鳴るのを感じる。
 そのカズマの体の変調を敏感に感じたのか、君島の手が、ゆっくりとカズマの背を撫でる。
 カズマは、視界が不自然に歪んでいるのに気がついて。
 原因が瞳に溢れる雫だということを、感じた。
 なんとなく、この雫を零したくなくて、ゆっくり、空を見上げた。
 無声の、そして悠久の静なる世界が広がっているハズだった。


 けれど。


「……君島…、空が、泣いてる」
「…ん?」


 ダークブルーの空一面に描かれる光のキャンバス。
 放射線状に流れる光の曲線が、空の闇を鮮やかに彩っていた。空から降り注ぐ光。まるで、空が泣いているように。
 幾筋も幾筋も。

「流星群だな」

 君島は感心したように呟いて、空を見上げた。これ程までにキレイで多数の流星が見られるのは珍しいことだった。

「りゅうせい・・ぐん?」

 聞き慣れない言葉にすべてひらがなになっているカズマの幼さが可愛くて、君島は小さい子供に教えるような口調で語りかける。

「流星ってのは、まあ簡単に言えば流れ星のことだ。それが群をなして一気にこうやって落ちてくるように見えるのが、流星群だ」

 そうそう見れるもんじゃないんだぜ、と得意そうに説明する君島の話を素直に聞いていたカズマだったが、一つの単語に敏感に反応する。


「ながれ…ぼし?」


 その言葉に、小さい頃の記憶が重ねられる。
 赤い髪の、青年の話。
 こんな夜に、教えてもらった話。
 優しくて大きな腕の中で、楽しげに話してくれた。
 夜が怖いと泣く自分を。慰めるように。空の星の神秘さを語ってくれた。


 カズマは流星が見たくて、君島の腕の中で方向転換する。空が見上げられるように、くるっと、君島の胸に背中を預けるよう座り直した。
 君島の腕が、無意識にカズマの腰に回される。ぎゅっと組まれた手に、カズマは少し苦しかったけれど、敢えて苦情を漏らすことはしなかった。

 ゆっくり、二人で空を見上げる。途切れることなく与良を縦断していく、星星。風景の壮大さ。





「流れ星に願い事かけると、叶うって…知ってるか?」

 カズマはそう小さい声で呟く。君島は、簡潔に、しらねーと答えた。
 子供の頃、教えてもらった話。

『流れ星が見えなくなるまでに、3回心の中で願い事を唱えるんだ。そーすれば、願いが必ずいつか、叶うんだとさ』
 豪快に笑う青年が話す内容としては、あまりにもかけ離れたものだと思えたけれど、カズマにはとても心躍る話だった。
 小さな、純粋な心を持っていた頃だったから、本気で信じられたこと。
 それから、夜空を見るのが楽しくなった。


 夜が、怖くなくなった。


 ずっと、空を見上げていた。
 願いを、叶えて欲しくて。







「願い事かー。でも、今日はこんなに流れ星あるからなあ…」

 そういって、はははっと笑う君島にカズマもそだな、と笑い合う。

「こんなに願い事は、ねーよなぁ…」

 そういうカズマに君島は「いや、オレあるぜ?」と笑って答えていく。

「お前と、もっとエッチしたいし、いろんな体勢でヤりたいし、いつかは大人のオモチャ……」
「…きーみーしーまぁぁぁ!!」

 欲望まっしぐらな君島の『願い事』に、カズマは赤くなって遮る。じたばたと暴れるカズマの体を腕で閉じこめる。

「うそだよ、ウソウソ」
「どーだか…」

 じっと疑いの声で責められて、君島はくくくっと笑う。
 


 濡れたカズマの髪も乾いていて、さらさらっとしたそれが、優しく風になびいた。
 なんとなく甘い香りがしてきて、君島は唇を緩める。一瞬抱きしめた手に力を込めてしまい、カズマが小さく体を竦めたが、意識は星に行っているのかも知れない、特に声での反応はなかった。

 星空は相変わらず、流星の通り道になっていた。






「いくつも願い事なんて、いらない。
  オレは、一つだけでいい」



 ちいさく呟くようにそう言葉を紡ぐカズマの吐息が、かすかに自分の腕を掠める。


「お前にも、叶えて欲しいような願い事なんて、あんだな」

 そういって笑う。願うなんて、非生産的なことに委ねるなんてコトをカズマがするとは意外な気がしたから。
 その言葉に、カズマは微かに笑ったようだけれど、ゆっくり星を見上げて、それから君島の胸に、頭をもたれさせた。

 カズマの体温が、ゆっくり君島に伝わっていく。そのカズマの体の感覚が、柔らかかった。

 静かだからこそ聞こえる、小さな吐息と共に。カズマは微かな声で、答える。


「あるよ」 と。


 そして、尋ねた。



「君島は、ないのか?」



 君島は、少しだけ沈黙した後、答えた。



「あるよ、一つだけ、な」








 星に願うなんて、ロマンティスト。
 夢のような話。
 流れ星に願いを唱えるだけでそれが叶うのなら、誰も苦労しない。
 そうじゃない、未来を切り開くのは自分たちの力と、行動。

 でも、それでも。

 何かに縋りたいこともあって。
 それが本当に、心からの望みなら。


 いくつものいくつもの、流れ星。
 星の数ほど願いはあるけれど。


 本当の、願いは。たった一つだけ。



 ひとつだけでいいんです、だから、どうか、どうか。





――――――――――――――――――――――― ……





 目を閉じる。
 カズマの指が、君島の指に触れる。
 そして、絡み取られていく。


 共鳴し合う鼓動と、伝え合うぬくもり。

 一番大切な、居場所。
 二人で居ることの証明、幸せ。



 何もいらないんです、本当に。
 こんなトキを、どうか。
 こんなトキがあったことを…どうか……





 君島の胸に体重が少しずつかかっていく。
 無防備に目を閉じて眠るカズマの姿が、ただ嬉しくて、首筋に唇を寄せる。
 抵抗もなく、散らされた首筋の赤い花弁を、君島はゆっくりと見つめた。

 微かに腕に温かいものを感じて視線を遣る。
 透明な一粒の滴。カズマの瞳から生まれた至宝の輝き。


「お前って、実は泣き虫なんだよなぁ」


 そういって、もう一度、視線を空に向けて、そして湖を見遣った。
 まるで水に飲み込まれていくように落ちていく星たち。


 でも。水の中に落ちていくのは、消えるんじゃなくて。
 この星を見た、何人もの人の願いによって、また新しく生まれ変わる。

 だから、だから。


 儚い願いだけれど。



 どうか、どうか。





 君島は静寂に耳を傾けながら、目を閉じた。











―なあ、カズマ。オレのこと、忘れんなよ?

―何言ってんの?忘れるわけねーじゃん


 甘えるように答える、君の声が、愛しかった。





―なあ、君島。
  …どこにも、行くなよな


―行かねーよ。そばに、いてやるからよ


 優しく包み込むような、あなたのこえが。
 幸せで、哀しかった。




 
 願い事ひとつだけ 叶えてくれるなら――――――――――――――


                FIN
 COMMENT:君カズ第4弾。純愛編(涙)とある情報を聞いて、たまらず書いてしまいました。少しネタバレがありそうな気がしないでもないので、注意。つーか、ここで書いてしまっても意味ないか・・・出来れば「君島邦彦」の回以前に読んでもらえれば・・と。って、限定一日かい。ああ、ここのコメント、水曜すぎたら変えよう。
 でも、二人の関係を書きたかった。私の中の、君カズ。理想です、こういうの。
二人の、願いはなんでしょうか。続きそうですが、続きません(笑)ただの私の力不足。カズマは、願い事をかけるとかしないタイプだとは思うのですが、でも、強い人でも、全部自分の力でできると思っている人でも、やっぱり何かに頼りたい気持ちってあるとおもうので。っていうか、私結構そういうタイプなんで。お守りを持っていると力が出るとか(笑)でも、そういうのって弱いとかじゃ、ないと思います。少なくとも私は。だって、流れ星をみて、とっさに思い浮かぶ願い事を3回心の中で唱えるなんて、かなり大変ですよ。思い入れがないと、できない芸当だと・・・って、そう言うことでもないけどね。