涼やかな朝。朝露がキレイに窓ガラスを煌めかせて、気持ちよい一日が始まることを示唆ししているような、そんな時間。
 なかなかの洗濯日和かなと、かなみはニコニコっと笑おうとした瞬間。

「今日は一緒に行ってやるっつたじゃん!!!」

 同棲中(?)の男の子の怒鳴り声が、朝の静かな空気を綺麗に震わせてかなみの耳に届く。きぃぃんっとするような、大きな声。もともと16才のオトコノコにしては高くて可愛らしい声をしているけれど。声量はやっぱり女の子以上で。しかもかなりハイテンションに怒っているらしい。
 かなみは、目の前の物干し竿に靴下をひっかけながら…はぁ…と小さく溜息をつく。怒鳴り声の内容から考えて、原因は多分アレ。そして、怒鳴られている相手はきっと……

「もー、また今日もカズ君…仕事してくれないよ……」

 頭を抱えたくなってしまうけれど、それでも仕方ないよね…と思ってしまう辺り結局はかなみもカズマに甘かったりして。

 バカな子ほど可愛いとか言うけれど。

 ぱんぱんっと洗濯物をはたいて伸ばす。
 空はキレイに澄み渡った蒼。


 今日も一日、ガンバロウとかなみはカズマの怒鳴り声とその後に続く、ノーテンキな男の声をシャットアウトして、小鳥の声だけに鼓膜を集中させた。







 そして。

 怒鳴り声が聞こえてきた方。古ぼけた診療所の内部からその声は聞こえてきた。
 ほとんど人が住めるような場所でもないけれど、それでもかなみの掃除がある程度は行き届いていることを示すくらいに、中はこぎれいに整理されていた。そんな診療所の一室に、怒鳴り声の持ち主は、いた。
 ガラス張りの部屋は採光が良く朝日を受けていい感じに明るいけれど、部屋の雰囲気は…最低だった。

 きぃぃぃっとまるで子猫が怒って毛を逆立てているような状態の少年と、はぁぁと溜息をつく、一つ年上の男と。


「あのさー、カズマ。仕方ねーだろ?仕事なんだから…」
「なんだよ、それ!?そんなのオレの知ったコトじゃねーじゃん!!このスケベ野郎!!」

 ポリポリと困り果てたような様子の男、君島はプンプン怒りの真っ最中のカズマを宥めようと近づこうとする。

 が、フゥゥ!!!!とまさに警戒心丸出しの様子でカズマは怒る。

「近づくなぁ!!この、エロ君島!!!」

 伸ばそうとした君島の手が、がくぅんっと下がる。
 それと同時に言いたい放題言わせていたけれど、いくら寛大な自分も堪忍袋が膨らみ始める。

「あのなぁ。オレがスケベでエロなら、そのオレに『もっともっと』って縋ってくるおめーは……って、どわぁぁぁぁ!!!」

 がっしゃーーんんっっと派手な音をたてて、イスが飛ぶ。たんまたんまと腕を振って君島はカズマを押さえようとするが、ピキンっと既に切れまくってしまった目の前の凶暴動物にはもう聞く耳なんて粉々に壊れまくりだ。

「そーいうイミでいってんじゃねーーーー!!!!!!」

 ぎゃぁぁぁぁ!!と今度はどこから持ってきたのか、古い注射器がカカカカっっと飛んでくる。間一髪ですべてを避けた君島に、チっとカズマは舌打ちする。

「おいおい…お前。殺す気か…?!」
「……死ね!てめーなんてっっっ!」

 とまた投げるモノを物色しようと、カズマがちらりと視線を自分からそらせた瞬間に、君島は素早くカズマの後ろに回り込んで、がちりと押さえつけてそのまま自分の腕の中に、その体を収める。

 すっぽり納まるとまではいかないけれど、もう既に馴染んだカズマの体温がフィットしまくりで、こんな危機的状況でも顔がにやけてしまうのはもう条件反射としか言いようがない。


「放せぇぇぇ!!このエローーー…ふがふがぁぁ」

 じたばたじたばた。ふがふがふが。
 後ろから両腕を抱えられて、その上口も塞がれて。
 腕力もかなりあるカズマだけれど、それはアルターの力が強くて。実際のカズマ自身はそれ程怪力でも、なく。
 細い腰を掴めば、もう一発。

「こらー、カーズマくん…大人しくしなさい♪」
「ひみしはーーーー(きみしまーと言っているらしい)!!!」

 なでなで、とそのまま手の平で掴んだカズマの腰の部分を撫で上げる。


「ぁ!!」

 ひくんっとカズマの体が小さく反応する。くるんっとカズマの体を反転させてこちらに向かせる。その間もひっきりなしに、カズマの弱い部分を確実に攻めてくれる指の動きのおかげで、カズマの体はすでにくにゃんっとなってしまっている。キツイ双眸は変わりないけれど、微かに涙が潤んでいるのを君島は見逃さない。

 その敏感な反応に気をよくして、可愛いなあと呟きながら、君島は耳元でカズマに言葉で攻める。

「朝から、敏感すぎだな?昨日シなかったの、そんなに欲求不満?」

 その言葉に、上目遣いできぃぃっとカズマは睨んだ後。


「!!!!!!!!!!!君島のぉ、ぶぁぁぁぁぁぁかぁぁぁぁぁ!!!」


 カズマは…足癖もかなり、悪かった……
 衝撃のファーストブリッド、足バージョン。


 確実に、君島の元気になりかかっていたアノ部分に狙いを定めた。






 洗濯かごを抱えながら、かなみは診療所の扉を開ける。
 がったーーーんっっ!!そして、人の悲鳴とは思えないような、悲壮な叫び声。

 でも気にしないで、そのまま扉を通りすぎる。ちらっと中を見て、ガラスが散乱しているのに気付く。はぁぁ…と溜息。
 いつものことで二人の痴話喧嘩には慣れっこのかなみだから。
 二人の仲がどうとか、そんな次元なんか考えることもなくて。

 心配の種はもっと現実的なこと。

「……カズ君……掃除してくれるのかなあ……」

 サルが木から落ちる以上に、確率のない願いを口にしたのだった。







「お前!!なんてトコロを狙いやがンだぁぁぁ!!」

 チっとまた舌打ちするカズマ。
 おいおいおいおい……マジだったってワケか?と君島はさぁぁっと顔を青ざめる。オレのコレが潰れたら、誰にアソコをなぐさめてもらうんですか?とか聞いてみたかったけれど、そんなことを口にしたら今度こそ確実にラストブリッドでアノ世行きだ。

 さっきの君島の愛撫で感じたのがまだ残っているのだろうか、カズマの頬がうっすらと紅く染まっている。可愛らしいのだけれど、色っぽいのだけれど。


―今はそれどころじゃないんだよな……


その時、胸の中の携帯電話がブルルっと震動を伝えてくる。
着信履歴は見たことのある電話番号。そして、ちらっと時間を見て、はぁっと溜息をつく。
 きっと早く来るようにとのサインだろう。



「……君島?」

 携帯を手にして溜息をつく君島に、不審感を覚えたのかさっきよりはトーンの落とした声で呼びかけるカズマを君島は見遣る。
 携帯をクルクルっと振り回して、君島は、ああ、とこちらも真面目な声で答える。

「これ以上、お前のワガママにはつき合えねーや。早く来いって、呼び出しかかっちまったし」
「……」

 視線をふいっと君島から逸らし、床の方に落としてしまったカズマの様子がなんだか無性に寂しそうに見えた。いつもが元気なためか、こういう様子を見せられるとどうしても放っておけなくなってしまう。
 ワガママを聞いてやるのも、何を言われても結局許しちまっているのは。
 きっとこういうカズマに自分が弱いからだろう。
 
 下を向いたままのカズマに近づくと、柔らかい髪をぽんとなでてやり、石鹸の香がするそれに、軽くキスをする。


「じゃあ、な。」

 来たとき同様、窓枠から飛び降りようとする。外には今愛用のジープがある。


 かたんっと物音がして、誰かが動いたような、空気の流れを感じ、君島は軽く後ろを振り向いた。
 じっと、こちらを見つめてくるカズマに君島は、どうした?と声をかけた。
 少し、何かを躊躇うような、どことなく拗ねたような。そんな子供っぽい表情で。きゅっと指が握りしめられる。


「……また、あのおんなのところ、行くんだろう?」

 ぽつんと突然告げられた言葉に一瞬イミが分からなくてぽかんとした。
その間抜けな顔にイライラしたのか、カズマは少し声を大きくしてもう一度言った。

「また、あのアヤコ?だっけ、あの女のトコロ、いくんだろっつってんの!!」
「…アヤセさんだ……いい加減覚えろや…」

 呆れた声の君島に、かぁぁっとカズマの頬が染まる。こんなセリフ、アイツによく言ってたよな…と赤い髪のスピード狂をカズマは思い出しつつ、そんなことは今関係ないやとぶんぶん、あの男の顔を追い払う。


「そ、そうだ!あの女!アヤセ!」

 間違った恥ずかしさを取り消すようにムダにエラソウにカズマはピシっと指を君島に突きつける。
 ぼへっとしたような君島の様子に、再びムカムカしてくる。

「そうだよ、今回のクライエントを紹介してくれたのが、アヤセさんだからな」

 何でもないように、さらりと言ってのける君島がなんだかムカツク。
 カズマは、ぶぅぅぅっと自分の頬が膨らんでいくのが分かる。

 何なんだ、と思う。
 確かに美人かも知れないけど。
 でもあんなに鼻の下のばす必要ねーじゃん?とか。
 しかも、なんかこんなにオレが怒ってるのに、君島のヤツ、めちゃくちゃ全然動じてないし…とかとか。


「まあ、な。美人に会いに行けるって考えたらそれはそれで楽しいしね」
「………!」

 自分との約束を破ってるくせに、アヤセとの約束だから?それだけで?
ぐぐぐっと握り拳を作る。

 今まで、ずっと君島は自分の言うことはほとんど聞いていてくれたのに。
絶対、他の約束があったって、そっちをキャンセルしてくれてたのに。


(あんな女なんかより、きっとオレの方が…腰も細いし。顔だって可愛いって言われてるし…ってーか、違うぅぅ!!)


ワガママし放題、甘やかされてきたのを全く自覚していないお姫様に、何を言っても今の状況は受け入れられない様だ。
 それ自体がちょっと間違っているということに気付いていないところが既にダメだったりするのだけれど。




 1人百面相をし始めるカズマの様子に君島はくくくっと笑いをこらえるので必死だった。さっきの言葉といい、機嫌の悪さといい、なんでココまで怒っているのかの理由なんて一目瞭然だ。
 しかも考えていることも、顔に現れているというか…百面相の内容まで見ただけでおおよそ想像がついてしまうんだから、可愛くて仕方がないと思う。

 アルター使いで便利屋で、エッチも教育されまくってるけど。
 でもまだまだ16才なんだよなとか思ったり。
 かくいう自分も一つ年上なだけだが。ココで、まあ宥めるのが大人ってものかもしれないけど。自分だってまだまだそこまで老成したわけでもないし。もっとこの、可愛いカズマを堪能したいし、さっきまでボロクズの様に悪し様に言われ続けていたんだからちょっとは苛めてもバチは当たらないだろう。


 なんてことを君島が考えていることは露も知らず、ぐるぐる考えすぎてショート寸前の状態にカズマは1人陥っていた。


「もぉぉぉ、わけわかんねーーー!!」

 1人ギレ。むなしい。けど仕方ない。



 がぁぁぁっと、まさに目の玉クルクル♪な状態のカズマに君島はたまらず吹き出してしまう。ぷぷぷぷーーっっという楽しげで間抜けな声に、カズマはキィっと再び君島を睨め付ける。

「何笑ってンだよ、君島!」
「ああ、いやいやいや、すまんすまん!!」

 そういうと、君島は窓から体を外へ乗り出そうとする。

「とにかく、美人なアヤセさんとの仕事の約束と、お前のワガママとじゃ、優先すべき事項は決まってるって感じじゃん?」

 くるっと振り向きざまに言い聞かせる口調で言葉をカズマに与える。

「…!オレのはワガママじゃねーよ!!ふざけんなぁぁ!」

 そういって子供じみた様子でじたばたするカズマにピシっと指を突きつけて。

「そーれが、ワガママってんだ。仕事なんだ、仕方ねーだろ?」

 まじめな顔で、君島はカズマに迫り。
 その君島の急激な表情の変化と、彼の言うことの正当性にも何も言い返せなくて。
 カズマはぐっと言葉を詰まらせるだけしかできなかった。

 かなり意地悪だと、自分でも思いつつ、君島はカズマイジメが楽しくて仕方なかった。

「それに、何だってそんなにアヤセさんの悪口ばっかり言うんだ?最初の印象から悪そうだったけどさ」

 分かり切ったコトを、カズマに聞いてみたりして。
 なんて意地悪なんだろうなと思うけれど。こんな可愛いコ相手に…。


「べ…別に、ちげーもん!!アヤセだからとか、そーじゃなくて!!」
「でも今までだって、ドタキャンくらいあっただろう?」

 そうだ、確かに今までだってカズマとの約束を反故にしたことは…何度も…いや、少なくとも1,2回は…あったハズだ。

「……なんで。そんなにアヤセさんにこだわるわけ?」
「…こ、こだわってなんかねー!お前こそ、鼻の下のばしやがって!!みっともねーんだっ!」

 そんな可愛らしいヤキモチも顕わなカズマの言葉に、わざと君島は大げさに溜息をついて見せる。
 両手を組んで、崇めたてまつるように虚空を見つめながら、『アヤセさん』を思い浮かべる「フリ」をしてみたり。


「しかたねーよ、オレだって男だよ?あんな美人で、アルター能力者で…」
「オ…オレだって……」

 ちらっと君島はカズマの様子を見る。じっと自分を見つめてくるカズマの目が微妙に潤んでいる気がして心の中で勝利を感じて。

「きつそうに見えるけど、すっげー弟想いで、優しくてさ」
「……っ」

 カズマから視線を外して、窓の空をわざとらしく見上げてみる。カズマの黒い瞳でじっと見つめられると、こちらの理性ももたないのも確かだから。
 でもどうしても、ヤキモチを焼くカズマなんてそうそう見れるモノでもないから堪能したいってのが本音だったりする。

「いい人じゃねー?でも繊細そうなトコロが、また守ってやりてーつーかさ」
「そんなの……」

 さっきまでの勢いはどこへいったかのような、かなり微妙なトーンになっているカズマの声に、もうやめないと可哀想かなと思った君島だったが。
 よどみなく続くセリフは自分の意志とは関係なくつづられてしまった。

「ま、女の子はいいよな、やっぱり」
「…ぅく……」
「そーそー、そんな感じで泣かれちゃったらやっぱ、男として…って、オイ!」

 さすがにカズマの様子がおかしいことに気付いて君島は慌てて振り向いて、ちょっと言葉をなくしてしまう。

 カズマはぽろぽろと涙を何筋も流して、自分をじっと見つめていた。
 確かにカズマの涙くらい何度でも見たことがあったけれど。
 こんな風に泣いているのを見たのは初めてで。

 強い光の瞳が、今はどことなく頼りない小さな子供のような眼差しで、君島は小さく舌打ちをする。

 苛めすぎたことと、多分。自分が面白がって苛めるのに使った言葉が、かなりショックだったのかも知れない。やりすぎたことに気付いたけれど。
 もう、後の祭りだということは、誰の目にも明らかだった。



 カズマは自分の意識とは関係なくどんどん溢れてくる涙を持て余し気味に、手の甲でくいっと拭う。

「カズマ…?」
「しかた…ねーもん、……っ…オレ、…女じゃ……ッねーし」

 その言葉に、君島は自分が言った言葉の地雷を理解する。発した君島にとっても、ただすらすらと言葉に出てしまっただけの心にもないコトバだったけれど。

 目の前でじっと泣いている少年にはかなりの痛かったのだろう。
 そりゃ、そうだと君島も思う。面白がってとはいえ、思い返せばかなりヒドイコトバだっただろう。女とか男とか。女の方がイイからとか、そんなのは。カズマにはどうしようもないことだし、自分たちの関係にもそんなことは関係ないはずだったのに。
 
 いくら目をこすってもどんどん出てくる涙に、ごしごしと何度も拭っているカズマの傍まで行くと、君島はその腕を取って、代わりに自分の指でその綺麗な涙をぬぐい取った。

 不意に触れられた感覚に、カズマは弾かれたように自分の前に立つ君島を凝視する。

「……」
「カズマ…悪かった。ひでーこといっちまった」

 そう言ってカズマの体ゴト再び自分の胸元に引き寄せる。ぎゅっと抱きしめると、涙がじぶんのTシャツに吸い込まれて濡れた。
 自分のブレザーをカズマの指が握るのを感じる。目の前にある、カズマの細い首筋に、唇を落として。

「ごめん、カズマ」
「……じゃぁ……」

 カズマの吐息が、自分の空いた胸元にかかる。
 少しくすぐったく感じたけれど、君島はしかし、カズマの後のコトバを自分の声で黙らせる。セリフは分かるから。



 そして…コレが……カズマの……


 

「悪いけど、ダメダ、カズマ」

 そのコトバに胸元に顔を寄せて完全に甘えている様子だったカズマは、ぴくんっと顔をあげる。
 そのカズマの顔には、涙は既に消えていて。


 ワガママいっぱいの、可愛らしい顔が覗いていた……


―やっぱり……


 君島は再び脱力する。
 引っかかりそうになって、っていうか、完全に引っかかってしまったけれど。

「君島ぁ……」

 にゃんっと子猫系に甘えてくるカズマに、ぐらぐらきてしまうけれど。
 さっきの、涙にもほとんど引っかかって負けてしまったけれど。


 ぴんっと、腕の中のお姫様にデコピンを食らわせる。

「いてっ!何すんだぁ!!」

「ったく、このオトコノコは…オレにそんな手は通用しねえよ」

「……!!!」


 君島のコトバに、びくんとカズマの体が可愛く揺れた。
 ウソはつけないってやつでしょうか?



「涙は、女の武器ってね。マジ、可愛かったよ、カズマ君」

 もう一つ、可愛い唇にキスを落とそうとして、しかし腕の中の少年はするっとそれを回避して逃げてしまう。
 てててっと壁の方にまで行くと、見破られてしまったコトにむかついたのか、マジで君島のコトバにむかついていたのか、それでも偉そうな態度は変わらない。

「君島!オレが、ここまでやってるんだぞ!?お前の好きな、えすえむ…?みたいなコトだってしてやったんだぞ?」
「……え、エスエム?!」
「そーだ!苛めるのが好きなんだろう?オレ、素直に苛められてやったじゃん!!」
「……」
「それに、オレ、男だけど、きっとアヤセなんかより、ずっとずーーっと上手にお前のこと入れてやれるもん!!」
「…………………………………」

 えっへんと、訳の分からないところで指を突きつけて自信満々に話すカズマのバカっぷりに頭を抱えつつも、可愛いと思ってしまう辺り君島も毒されてしまっているようだ。
 このままだと自分もカズマのバカ菌に感染してしまいそうで、君島は話を元に戻すことにした。


「とにかく、オレは今から仕事」


 さっきからひっきりなしに、携帯がブルブルしている。これ以上ワガママで騒いだら、この携帯アソコに突っ込んでやるぞ?と凶悪なことまで考えてしまう。しかも、それもいいかも、なんて思いつつ。

 時間はかなり遅れている。マジでやばい。
 さっさと窓際まで移動する。

 しかし、君島の上着をぎゅっと握るのは、カズマの指。
 次はどんな手でくるんだろう…?とかなりビビって、カズマの方に視線を見遣る。

 そこには。

 にっこりと、凶悪に可愛らしく。君島が弱い笑顔で…
 微笑むカズマの綺麗な唇から紡がれた言葉は。




「オレと、仕事と…どっちが大切?」


「その言葉…新婚さんみてーだぞ?」


 即行で突っ込む。が。
 ガシっと殴られる。

 君島は、しかしにやりと笑って、カズマを引き寄せると。
 その無理な質問を紡ぎだした唇に、オシオキとばかりに深いキスを施す。


「…ぅぅ…ふぁ!」


 かくんっとカズマの体から力が抜けたのを確認すると、唇を話して。
 ちゅっと、今度は軽めに赤く染まった頬にキスをする。

「続きは、夜な?」
「…!!!!」

 カズマの体を優しく離してから。
 じゃぁなっ!と軽く体を窓枠に載せ、飛び降りようとした瞬間。



「やだっ!!オレ、待てねー!」



 後ろにぐいっと引かれたかと思うと、どぁぁっと君島は部屋の中に再びひっくり返る。
 そんな無様に床にべちょっと倒れる君島を、カズマは冷ややかに見下ろす。
下から見ても、なかなかカズマって綺麗な顔、してるよな…なんて浸ってる場合でもなく、君島は起きあがろうとして、カズマにぐいっと踏まれる。

「何すんだ、」
「うるせー、君島のクセに。」
「……お前、オレを何だとおもってんだ……」



「下僕」



しーん……異様な静寂が部屋を包む。
君島は、ずきずきと床に激突しただけの痛みだけとは思えない頭痛を感じる。



「じゃあ、なんだお前は…わがままなお姫様か?」



「そーだ。…でもワガママは余計だ」



しーん……否定されることを前提に発したコトバを肯定されて二の句が継げなくなってしまう。
 はぁ…と今日何度目になるだろうか、特大の溜息をつく。コレで今日つく溜息は最後にして貰いたいモノだ。無理な注文だろうが…

 とにかく生産的な会話を、と思い、自分が床に落っこちたコトバの真意を確かめるため君島はなんとかコトバを発する。

「で?何だ?」
「…夜までなんて、まてねーっつったの」
「……待てねーっていってもね、カズマ君」

 ズキズキ痛む頭に手をやりながら、君島は体を起こす。あちこちに砂がついているのを払いのけながら、カズマの方を見遣る。
 カズマは、ふんっと鼻を鳴らしながら、べぇっと赤い舌を出す。


「いーよ、もぅ。君島には、頼まねーもん」


 そう言い置くと、カズマはすたすたと扉の方へ行ってしまう。
 突然の展開に驚くのは今度は、君島の方だ。

「…って、どこ行くんだよ?」

 そう慌てる君島を一瞥して、カズマは再び、ちろっと舌を出しながら答える。

「お前になんか、かんけーねーよ」

 カズマの革手袋をした指がドアノブにかかる。
 いきなり展開の主導権がカズマの方に行ってしまっていることに、気付く余裕すら君島にはない状態だった。


「おい、カズマ!!」


 立ち上がって、ドアから出ていこうとするカズマの手を取ろうとして、ぺしっとその手をはたかれてしまう。
 くるんっと振り向いたカズマは。
 にこっと。可愛く可愛く。艶やかに。わらって。



「ホーリーに行ってくる」



君島の、お姫様は。
爆弾発言をカマしてくれたのだった。



 あんぐりと口を開いて自分を見つめてくる君島の様子が、いたくお心に召したようで、カズマはとびっきりタカビーで、しかし可愛く笑顔を浮かべる。


「ホーリーには、お前なんかより、ずーーーーーっっと素敵な王子様がいるからな!」


 カズマはいくつかの顔を思い浮かべる。

―あの隊長さん…はパスだな、クーガー…はアレは王子様だとなんかヤだし……。ちょっと性格的には問題があるが、顔だけなら、あの劉鳳とか…?ちょっと変態入ってそうだけどなぁ……




「…な、何考えてんだ?!お、おい、マジかよ!?」


 君島は慌ててカズマの前に回り込む。

「マジだよ?オレのこの可愛い顔と声と、お前にちょーきょーされた細い腰でゆーわくすれば……」
「ぎゃぁぁぁ!!なんてコト言ってンだぁ!」


絶対行かせないとばかりに君島は、その部屋から出る唯一のドアの前に立ちふさがる。すでに携帯電話は床の上にほっぽりだされたまんまだ。ブルブルとうるさい音をたてているが、今の君島の耳には全く入っていない。
 それよりこの貞操観念ゼロ(にしたのは、君島の教育によるモノでもあるのだけれど)の問題児お姫様をどうにかして阻止することが大問題だった。


「どけ、下僕!」
「おいーーーー、カズマぁぁ」
「オレは、わがままなヒメらしいからな。お前みたいな女好きの下僕より、オレの言うことを聞いてくれる心の広い王子のトコのが似合ってんだぁ!」


君島の体を押しのけて、ドアノブに手をかけようとするカズマの体に自分の体重をかけて、力づくで床に押さえ込む。


「何しやがるぅ!!さっさと、仕事行けばいーじゃんかぁぁ!!」
「行けるわけねーだろ!!!」


 ぎゃーぎゃーと暴れるカズマの体の上に自分の体を乗せ、両手を床に縛り付ける。組み敷かれた状態になったカズマは、暴れても仕方ないことを悟りつつも、視線は合わせようとしない。
 そんな子供じみたカズマに。そしてそんな子供じみた挑発に乗ってしまった自分に、君島はまたしても大きく溜息をつく。

 そんな様子の君島が気になったのか、カズマは少し首を傾げつつ、きょとんっと自分を組み敷く男の顔を見遣る。そんなカズマに、もう、君島は抵抗する気力もなくて。降伏する。
 計算尽くしなのか、何も考えずに行動してるのか。いまいち分からないヒメサマだけど。もう、これ以上どうしても、叶わないことは君島には分かっていた。


「君島?」
「…あー、もう。分かったよ。分かった」

 君島は床に拘束していたカズマの腕から自分の手を離し、上に上げる。まさにお手上げ。
 カズマの体の上から降りて、床の上に座り込む。
 その様子を見たカズマの顔に、ゆっくりと嬉しそうな笑顔が広がっていく。

「じゃー、君島!」

 カズマも自分の体を起こして、君島の前に両手を置いて、くぃっと体を近づける。

「今日はオレと一緒にいるか?」
 にこにこにこー。
 否定されることは考えにすら入れていないだろう、答えを確信した鮮やかな笑顔。
 あまりにも表情に現れるカズマが可愛くて、君島はもう苛めようとも思う気力すらなくなってしまう。


「はいはいはい。一緒にいさせてもらうよ、オヒメサマ」
「ん!」


 所詮はこうなるんだけどね。
 結局は頭は上がらない。
 何したって、許してしまうし。言うこと聞いてしまって。
 かなみちゃんには、甘やかし過ぎと怒られてしまうかな…とおもいつつも。
 目の前でこんなに嬉しそうに笑われたら。
 それこそ守っちゃる、なんて思っちゃうしさ。



「まったく、オレも…惚れた弱みってやつかね」


 床の上に無造作に落とされた携帯電話に視線をやる。もうピクリとも動かない。いくつの着信履歴が入ってしまっているのか考えるのも恐ろしいけれど。

 心の中でアヤセさんに両手を合わせて。
 やっぱり、オレ、コイツには弱いみたいです……



「じゃ、いこーぜ!君島!!」

 窓からぴょこんっと飛び降りるようとするカズマを見て。

「その前に、…」


 報酬頂きますよ


「んっ!ふぁ…」
「べろ、入れちゃる」

 ふかーい、キスを一つして。
 くたっ、てなる華奢な体にもう一つキスマークを施して。

「きみしまぁ…」
「なんですかい、オヒメサマ」


 表の職業、情報屋。
 真の職業、ワガママジャジャ馬オヒメサマの下僕、かつコイビトで。

 よろしく、ってトコロかな。
 
 こんな二人で。
 ずっと、二人で。
 結局、やっていくみたいです。




 




「よいしょっと…」
 斜め掛けの鞄を肩に掛ける。
 耳をすますと、さっきまでの物音は消えてしまっている。
 かなみは、ふぅっと息をつくと、例のケンカが終わったことを知る。

 嬉しそうなカズマの声が庭の方から聞こえてくる。それとともに、エンジンの音。
 小さく笑って、ケンカの結果を悟る。

「また、今回も君島さんの、負けですか?」

 もう数えるのもばからしくなってしまってるけど。

「カズ君が負けたコトなんて、ないもんね」

 君島の困った表情をしているクセに、でも特権といわんばかりにカズマを甘やかしまくる姿を思い出して。かなみは、苦笑する。

「…ま、仕方ないか。」


 ―カズ君の笑顔には、勝てないや……


 庭の方から、君島の声が聞こえてくる。

「じゃー、かなみちゃーん、ちょっとカズマ預かるよー!」

 こちらの返事も聞かず。そのまま車の排気音が去っていく。
 
 かたんっと、ドアを開いて玄関に出ていく。
 ドアを開くと、空は蒼くて。透き通るようにキレイ。


「……どーでもいいけど……カズ君、今日も仕事……」


 はぁー
 空高くで輝く太陽が、かなみの髪をキラキラと煌めかせる。
 ぶるんぶるんっと砂埃のする方を見つめて、そしてにっこりと告げた。



「ここまで甘やかしたんだから。君島さん、最後までカズ君、責任取って幸せにしてあげて下さいね」



 誰にも聞こえないけれど。
 まあ、それはいつか。

 その前に、君島にはカズ君の部屋の掃除をしてもらわないと…そうかなみは割れたガラスを見て心に誓ったのだった。








おまけ

「で…どこ行きてーんだ?」

 ぶるんぶるんっと派手な音をたてながら君島は、助手席にちゃっかりと納まるカズマにもっともな質問をする。
 これだけ騒いで、大したコトでもなかったらマジギレしちゃる、とばかりに聞く君島だったけれど。カズマの方は、我関せずで。

「ん…?あれ、ゆってなかったっけ?」
「きいてねーぜ?」

 カズマはそっか、と言うと、指を前方の方に向ける。


「…?」
「ん?だから、アッチ」


 指の差す方向を見つめる。けれど、分からない、というようにちらっと、カズマの方を振り向く。


「アソコだって…」


 指先。確かに、あるけれど。


「……もしかして」
「そ、」


 カズマの指がピコピコっと指さす方向にあるのは。



「市街♪」



 目の前に、壁らしきものがそびえ立つ。
でーんっとムダに威力の感じる壁の群。

「はぁぁぁ!?市街に何しに行くんだよ!?」
「あ、そこでいいや、君島!」

 カズマが飛び降りようとしている気配に気付いて、君島は慌てて急ブレーキをかかけた。
 壁でへだたれた、ウチと外の世界。向こうには、カズマの天敵、ホーリーがいるわけで。

「何か、仕事かよ、カズマ?」

 自分は何も仕事を頼んだ覚えもないし。また自分以外からの依頼なんて、カズマが受けるはずもない。
 君島からの質問に、カズマは首を大きく振って、無邪気に楽しそうに答える。


「ううん、ちげーよ。だから言ったじゃん。王子様に、会いに行くって」



「……………はぁぁぁ?」



 ぽかーんっと口を開けて呆然とする君島の姿が面白かったのか、カズマは面白そうに笑う。その声には何も、企んだモノも何も、感じないのだけれど。


「王子様、みたいなヤツ。蒼っぽい髪、してるんだ」

 ぴきんっとその蒼い髪、というキーワードが君島の嫉妬心を見事にくすぐってくれる。

「あ、劉鳳じゃねーから。前に、戦ったことのあるヤツでさー、アスカってゆーんだけどさぁ。なかなか、芯のあるヤツっていうかぁ」

 楽しそうに、ニコニコ笑いながら、その「王子様」の話をされても君島には全然面白いはずもなく。
っていうか。じゃあ自分は何だ、ただのカボチャの馬車ってかい!?



「でさ、そいつ、すっげー面白いんだよ。『僕のタマがぁぁぁ!!!』って叫ぶんだぜ」
「……」
「しかも、オレ、そいつのタマ、体に入れちゃったみたいで……って、オイ!うわぁ、君島!!!」

 ぐいっと、手首を引き寄せられて、カズマはしゃべるのを中断させられる。



「タマ、入れられたって…?」
「…え…?あ、いや、それは……」



 カズマは完全に目の据わった下僕、いや君島の様子にびびってしまう。自分の言い方が悪かったようだ、完全に誤解を招いてしまっているコトに鈍感カズマも分かるくらいに、君島の目が…怖い。



「お前、まさか他の男にも……!」
「違うぅぅぅ!!タマってのは、その、っていうか別にオレが望んでってわけじゃなくて、勝手に、その…ぎゃぁぁぁ!!ふがぁぁぁ」


 くいっとどこから出してきたのか分からないヒモとガムテープで口をふさがれて、両腕を縛られてそのままお持ち帰り。



「ぅぅぅんんん!!!」

 ピョコピョコと暴れる、オヒメサマに。
 イっちゃった下僕が、静かに告げる。

「ワガママにも、程があるってコトだよ。」
 意味なく優しく笑われて、カズマはひいぃっと背筋が凍る。
 
 オヒメサマの、オイタが、過ぎてしまったようで。
 その夜のオシオキは、かなりのモノ…だったとか。



 人間限度を知りましょうってところですかね?






で、その頃の王子様は。
 腕時計のホログラムを、キャミーからいつの間に撮ったのか不明の、にっこり笑ったカズマに変えて。
 僕の心に刻まれた、あのオヒメサマがいつくるかと、タマを回りに侍らせて幸せに待ちぼうけしていたのだった……
   
                                   〈終〉
COMMENT*第2弾君カズ。題名にイミはありません・・・付けたかっただけ。
 書いていると、楽しくて仕方ないこの二人。今回もまたしても、ただのバカっぷるになってしまいました。カズくんに頭の上がらない、君島。コレ、ウチのファースト設定。っていうか、むしろオフィシャル設定か?
ラストはアスカ落ち。タマ夫くん。大好きです。かっこよくなって戻ってきてくれると最高です。
アスカ様。アスカズ。なんだか、アスカキチクっぽくてよいかもしれません。オイオイ。
ていうか、アスカって何歳なんだろう・・・てーか、君カズコメントしろよ・・・