ポチくんのひとりごと    

M
「生の確認」

富士山はもともとは登る山ではなかったらしい
眺める山だったのか?

富士山に人が登るようになったのは 
足利時代に修験者が 山岳信仰の対象として登り始めてからである

江戸時代になると富士信仰(浅間神社信仰)が盛んになって
一般の人も登るようになった

また 富士山に100回登ると極楽往生できるといわれ 
ますます盛んになった 
もちろん100回も登れないからミニチュアの「お富士山さん」をつくり 
そこに富士山で拾ってきた石を置いて代用した 
小さい富士山なら 何回でも登ることができる

ある党の元代表が
頭を丸めて 四国八十八ヶ所をお遍路さんの姿で巡礼したと
テレビで報じられた
きっと 何か思うところがあってのことだろう

神社や寺院は決して便利なところにあるとは限らない
そこに信仰があるから人が通う 人が通うから 道ができる
たすけられた喜びがあるから 遠くても 不便でも 人が通う

求めるものは各人様々
極楽往生 人格の形成 善悪の判断など 全ては「生の確認」である

「生かされて 生きている」 このことを知るのに時間がかかるのだ
全てはそこから始まるのだけれど…
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