矛盾撞着


 歳三が惣次郎とそういう仲になっている事は、試衛館中に知れ渡っていた。
 そもそもの原因は惣次郎にある。
 よりにも依って彼は夕餉の席で歳三に想いのたけをぶつけた。居候達は勿論、歳三も突然の惣次郎の言葉に当然ながら驚いた。周りが、男同士だとか色事には早い年だと惣次郎を窘める中にあって、歳三はひとり眉を顰めて俯いていた。
 歳三が惣次郎と初めて会ったのは六年程前の事で、その時は彼を小さくて頼りない餓鬼だと思っていた。しかし幼かった惣次郎は、いつの間にか歳三よりも背が高くなり、声も幾分が低くなった。子供っぽさは抜けきれていないが、纏う雰囲気の妙に大人びた所や、見つめてくる眼差しの真剣さに、歳三はいつしか心奪われていた。しかし懸想した相手は自分と同じ性を持ち、九つも年下である。故にこの想いは諦めねばならないと思っていた。その矢先の出来事なだけに、嬉しくて仕方がない。嬉しさの余りに涙が滲んできて、それを零すまいと唇を噛み締め眉を顰めた結果、嫌悪の表情として周囲の目には映った。
――惣次郎はふられたな。
 試衛館の門人達は一様にそう思い、そして歳三の反応に安堵した。
 すっかり肩を落としてしまった惣次郎には可哀想な事ではあるが、男同士で恋仲になるなど不毛以外の何でもない。
 しかし翌朝、惣次郎は喜色満面の笑みを浮かべ、門人達の前に姿を現した。
「もう、吹っ切れたのか」と言われた彼は然も嬉しそうに首を振り、漸うに起きてきた歳三を振り返った。惣次郎と視線が合うや歳三は頬のみならず耳まで朱に染め、ついと明後日を見る。その様に総てを悟った門人達及び勇は、盛大に溜息を吐くしかなかった。

 全身で歳三への想いを表現する惣次郎に対して、歳三の言動からは惣次郎への慕情は全く感じ取られない。少しも惚れている様子を見せないばかりか、相変わらず兄貴風を吹かせて小言を吐き、些細な事で口論に至らしめている。
 そればかりか、惣次郎が閨に誘うと瞳を潤ませ、あからさまに眉を顰めるのだ。
 余程、嫌なのだろう。
 歳三は女好きだ。その上、容貌優美な為に女に不自由はしない。そんな彼にとって未だ元服も済ませていない子供に抱かれるのは――試衛館の誰もが、衆道は少年を抱くものだという一応の知識があるにも関わらず、歳三が挿れる方だとは微塵も考えていなかった――耐えられない程に苦痛なのだろう。
 俯き唇を噛み締め、惣次郎について部屋を出て行く歳三の後ろ姿を、門人達は憐憫の眼差しで見送るしかなかった。



 身に染み付いた習慣から、惣次郎は卯一つに目覚めた。
 覚醒すると同時に、腕の中に温かい存在がある事に気付き瞼を開けると、歳三の白皙がそこにあった。彼は惣次郎に身を預け、安心しきったように眠っている。昼間は態と年上だと意識させる風を装うものの、閨では年下の念友に縋り付いて甘い声で啼く、その差が何とも愛しい。
 内弟子の仕事として朝餉の仕度をせねばならない惣次郎は、歳三の眠りを妨げないよう気遣いながら、そっと身を起こした。蒲団から出ると歳三が身動ぎし、ゆるりと瞼を上げる。
「惣次郎」
 横になったまま、歳三は掠れた声音で呼びかけた。
「あ、起こしてしまいましたか」
 惣次郎は衣を纏いながら、振り返った。如何いうわけか歳三は、惣次郎が蒲団を抜け出すと必ず目を覚ます。
「まだ早い。あなたはもう少し眠っていて下さい」
 昨夜の疲れもあるでしょう、と付け加えると、歳三は頬を真っ赤に染めて蒲団で顔を覆った。
「莫迦。さっさと出て行け」
 怒ったような声が些か寂しげに響く。
「じゃ、また後ほど」
 惣次郎は掛け蒲団をずらし露わになった歳三の額に口付けると、部屋を出て行った。
 微かに音をたてて襖が閉まると、歳三は目を閉じる。ひとり残された蒲団は広過ぎて、これ以上眠れそうになかった。



「惣次郎」
 その日の稽古が終わるや否や、惣次郎は勇に呼び止められた。
「ちょっと良いか?」
 はい、と頷き、惣次郎は手にしていた竹刀を片付け、勇に従って道場の裏へと行く。
「何でしょうか?」
 勇は暫く考え巡らすように顎に手を当てていたが、
「これは、皆の意見なんだがな」
と話を切り出した。
「おめぇは歳の事が好きなんだろうが、あいつはそうではないと思う」
「如何いう事ですか?」
 惣次郎は笑みを刷き、それでも勇を見る双眸は不快な色を湛える。
「歳と別れてやれ。おめぇは未だ人生経験が少ないから察してやれないんだろうが、歳は嫌がっているんじゃねぇのか」
「嫌がっている…ですって?」
 不気味な程に低い声で呟き、惣次郎は口角を吊り上げた。
「嫌なのか如何かは土方さんに聴いて下さい」
 勇は腕を組み溜息を吐く。
「あいつの態度で一目瞭然だ。少し考慮してやれ」
 話はそれだけだ、と勇は惣次郎に背を向けた。
「嫌なら」
 惣次郎は去っていった勇の、最早見えない後ろ姿に語りかける。
「嫌だと思っているなら、私に抱かれたりするような人じゃない」
 その台詞は吹き抜けていく風に依って、掻き消されていった。



 夕餉が済んで寛いでいた歳三は、源三郎から話があると言われ、彼と共に勇の部屋へと向かった。
 勇は二人を招き入れると襖をきっちりと閉める。歳三が畳の上に胡座をかくと、勇と源三郎が向かい合うような格好で目の前に座った。
「で、話って何だ?」
 歳三が問うと源三郎が勇をちらりと見る。視線を受けて勇は頷き、首を傾げた歳三を見遣った。
「歳、おめぇ惣次郎と別れろ」
「嫌だ」
 速攻で返された言葉に、ふたりは面食らう。互いに顔を見合わせ、それから再び歳三に目を向けた。
「だって歳さんは、惣次郎に誘われたら物凄く嫌そうな顔をするだろう?」
 歳三は俯く。
 惣次郎の誘いを嫌だと思った事など一度もない。
「いつも泣きそうな表情で、惣次郎について行くじゃねぇか」
「あれは…」
 泣きそうなのは事実だ。惣次郎が自分を好きでいてくれる事が嬉しくて、彼と情を交わす事が幸せで涙が溢れてくる。それを堪えている時の表情が、もしかすると『嫌そうな顔』に見られているのかも知れない。
「嫌なんじゃねぇ」
 膝に置いた手を握り締め、歳三は俯けていた顔を上げ、ふたりを射るような眼差しで見る。
「だから別れるつもりはねぇよ。話はそれだけだな」
 言い切ると彼は勢いよく立ち上がり、襖に手をかけた。
「歳、おめぇは本気で惣次郎の事が好きなのか?」
 勇の言葉に歳三はその白い顔を朱に染め、呟くように
「好きじゃねぇのに男なんかと寝るかよ」
と言い、部屋から出て行った。
 残されたふたりは再び顔を見合わせ、諦めたかのように溜息を吐くしかなかった。

 歳三は、ひとり闇の落ちた廊下を歩く。
 まさか惣次郎との付き合いに口を出されるとは思ってもみなかった。しかも原因は自分にある。周囲が気にする程に不愉快な表情を浮かべているなど、全く気付いていなかった。
 彼等は惣次郎にも同様の事を言ったのかも知れない。もし言っていたとしたら、惣次郎は何と答えたのだろうか。
 その考えは悪い方へと向かい、歳三は足を止めて唇を噛んだ。そして思考を払拭するように頭を振る。
 惣次郎に限って、ウンと言う筈がない。先に好きだと言ったのは彼の方だ。
 暗い天井を見上げた時、不意に軽快な足音が聴こえてきた。
「土方さん?」
 応えずに黙ったまま、闇の中から近づいてくる人物を眺める。
「やっぱり土方さんだ。何処へ行っていたんです?探しましたよ」
 そう言って笑みを浮かべた男の首に、歳三は腕を回した。
「なぁ惣次郎。俺が好きか?」
 突然の問いに目を瞠りつつも、惣次郎は己の肩に頬を寄せる年上の恋人の躰を抱きしめ「好きですよ」と囁いた。その一言が心を満たして溢れ出してくる。
 知らず、背が微かに震えた。それをそっと撫でてくれる掌が愛しい。
「惣次郎、好きだ」
 はい、と耳元で囁く声も愛しい。
 別れるつもりなどない。離れるつもりもない。
 たとえ周囲から何と言われようとも、如何思われようとも、共に居たいと思う。
 ただそれだけを願う。




リクエスト内容は

沖田に誘われると嬉しくて泣いてしまう土方
それを見て嫌々付き合っていると勘違いして二人を別れさせようとする周り
そんな周りの考えを知りながらも土方にだけ優しくする黒い沖田


だったのですが、書いているうちに微妙にずれてきてしまい……
すみません!
如何しても、泣く歳三が書けずに、涙を浮かべる程度になってしまいました
しかも沖田があんまり黒くない

何気に難解だった今回のお題ですが
公認カップルや別れ話を持ち出される二人を書くのは楽しかったです



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2006.1.16