意気軒昂


 如月の乾いた冷たい空気が、歩き通しで熱を孕んだ頬を心地良く刺す。中仙道の街道沿いに立ち並ぶ落葉樹の枝は、晴れ渡った空から差す陽を遮り、足元にその影を落としている。
 しかし沖田総司にはその様なものなど如何でも良かった。彼は前方を歩く土方歳三の姿だけを只、じっと見つめている。
 土方は羽織を着た肩から荷を掛け、刀を差し、菅笠は被らずに手に持ち、背を真直ぐに伸ばして歩く。その歩みに合わせて漆のような艶やかな髪が揺れ、時折白い首筋が露わになる。その僅かに汗ばんだ項に、沖田は本日幾度目かの生唾を飲み込んだ。
 あの首に触れたい。
 肌に口付けたい。
 思わず伸びそうになった手を押し止めるのも、もう何度目だろうか。
 土方は沖田の念友である。だが、江戸を発ってから十三日もの間、触れるどころか口すら吸っていない。此れが土方との二人旅ならば、沖田とて遠慮せずに旅籠に身を寄せた時に彼を抱いていただろう。
 沖田は周りを見渡して、大袈裟に溜息を吐いた。
 前方も後方も浪士で溢れている。聴いたところに依ると、総勢二百三十余人の旅路らしい。
 この大勢の浪士達は、広義に於ける攘夷実現の為に召集されたもので、近く上洛する将軍家茂の警護の為、先に京都へ向かっていた。彼等は二月四、五日に小石川伝通院に集められて七番までの組を編成し、八日に江戸を出た。途中、宿場にて宿をとったが、何せこの人数である、一つの部屋に幾人も押し込められ、念友と情を交わす事など出来る状況ではなかった。土方は兎も角、年若い沖田には我慢しきれないところまできていた。
 今宵は何処の宿場に泊まるのだろうか。
 今朝、加納宿を出て、既に河渡宿、赤坂宿と通り過ぎてきた。次の垂井宿まで一里と十一町、その位の距離ならばそこに泊まる事にはならない筈だ。宿を取る町が何処であろうとも、今夜こそは土方を抱きたいものだ。



 美濃と近江の国境を越えた浪士の一行は、日が落ちてから柏原宿に入った。
 大きな宿場である。道沿いに商店や旅籠がずらりと並び、未だに往来を行く人が絶えない。
 浪士達は幾つかの旅籠に分宿する事になり、三番芹沢組の沖田、土方、山南、永倉、原田、藤堂ら試衛館の門人他数名は、同じ部屋に押し込められた。
 草鞋を脱いで畳に上がると、荷を肩から下ろし、疲れた身体を解すように身を捻る。原田と永倉、藤堂は早速寛ぎだした。
 土方は辺りを見回し、沖田の姿が無い事に気付く。同じ宿の同じ部屋を指定されている筈の、常に傍に居る彼の姿がない。それだけで居心地の悪さを感じてしまう。
「総司は如何した?」
 原田に問うと「さぁ」と当てにならない応えが返された。
 一体何処に居るのだろう、と落ち着かない気持ちでいると、間もなく食事が運ばれてきて、それと共に沖田が部屋へと入ってきた。
「何処に行っていた?」
 不機嫌さも露わに言う土方に、夕餉の膳の山菜に目を輝かせていた沖田は彼を向く。
「旅籠の旦那とちょっと話していたんですよ」
 私が居なくて不安でしたか、と軽口を叩くと、土方は頬を染めて「そんなわけがあるか」と忌々しげに呟いて膳に着いた。照れる土方が可愛く思えて沖田はくすりと笑い、箸を取る。口に入れた山菜は、見た目以上に舌を楽しませた。



 食事も終わり、一同は床に敷いた蒲団に横になったり、他愛もない戯れ言に興じたりと、各々がしたいように時間をつぶしていた。
 沖田はぼうっと空を見上げる土方の許へにじり寄る。小声で名を呼ぶと、土方がその闇色の瞳を向けた。真直ぐに見つめられ、その体躯を掻き抱きたい衝動に駆られる。
「折角だから物見にでも行きませんか」
「寒いから嫌だ」
 予想通りの言葉が返ってきた。それでも如何しても土方を、この人数の多い部屋から連れ出したい。
「こんな所で暇つぶしをするよりは有意義だと思いますよ。此処の旦那に聴いたんですが、付近に成菩提院と云う古刹があるんですって。山門に竜の彫刻があって此れに言い伝えがあるみたいですよ。観に行きましょうよ」
 旅籠の主人と話していたというのはこの事だったのか。土方は溜息をつくと苦笑した。
「おめぇはそれが観たいのか?」
「観たい」
 仕方ねぇな、と呆れ半分に呟き、土方は腰を上げた。衣文掛けに引っ掛けていた羽織を取り、部屋の隅で莫迦噺に笑い転げている永倉に「ちょっと総司と散歩に行ってくる」と告げ、夜の街に繰り出した。



「で、山門の竜の言い伝えって何なんだ?」
 旅籠で借りた提灯で足許を照らしながら歩く土方が沖田に問う。流石にこの時刻ともなると人通りは絶え、通りは静まり返り、己の声がよく響く。
「如何やら山門から離れて人里にやって来ては悪戯を繰り返していたようですよ。耐えかねて竜の目に釘を打ったら静まったんですって」
 云いながら沖田は、通りを逸れて傾斜を登り出した。土方もそれに従う。
「寺の彫刻を釘で打つか?他にやりようは無かったのか」
「さぁねぇ。山門の竜を破壊するわけにもいきませんからね」
 軽口を叩きながら木の生い茂る山道を歩いていると、古びた山門が見えてきた。近くに寄って見ると、確かに竜が彫られている。
「此れがその竜か」
 土方は提灯を掲げて彫刻を眺めた。
「釘が打たれているのかどうか判り難いな」
「そうですねぇ」
 陽の出ている時に見れば、判別つくのかも知れないが、明日はまた京都に向けて進まねばならなく、此処へ来ている余裕などない。
 二人は山門を潜り本堂へと向かった。本堂の扉は閉じられ、その手前に賽銭箱が置かれている。二人とも賽銭になるような小銭など持ってきていない。それでも土方は提灯を足許に置き、両手を合わせた。
――旅の無事を願っているのだろうな。
 沖田は土方の横顔を見つめ、それから扉の向こうの本尊――十一面観音だと聞いた――に向かって手を合わせた。
――この人といつまでも共に居られますように。
 そう願い閉じた目を開くと、土方が提灯を取り「行くか」と踵を返した。沖田は足を速めて彼に追い付くと横に並ぶ。
 山門を出て暫く道を下った辺りで、おもむろに沖田は土方の腕を掴んだ。そして脇の木立の中へと引き摺り込む。
「総司っ?」
 突然の事に驚いた土方が叫ぶが、沖田は彼から提灯を取りあげ枯れ草の上に置くと、その華奢な躰を抱きしめた。
「総司、何しやがる」
 土方が狼狽した声を上げる。
「抱かせて」
「巫山戯るな、宿へ戻…」
 沖田は猶言い募る土方の口を吸った。身を捩って腕から逃れようとする土方の躰をより強く抱きしめ、貪るように口付けた。
「止せ」
 僅かに離れた唇の隙間から土方が呟く。
「無理。もう限界」
 言いながら沖田は、土方の着物の合わせ目から手を差し入れ、首を舐めた。胸を這う冷えた掌に、土方は身震いする。
「こんな所で盛るな」
「無理ですってば」
 切羽詰った声を上げた沖田の指が胸の突起に触れそれを摘む。土方が息を詰めた。
「止めろ。明日も十里ほど歩かなきゃならねぇんだ」
 土方は腕を突っ張って抵抗するが、沖田は離そうとしない。
「もう我慢しきれない」
 胸元を肌蹴けさせ、沖田の唇が夜目にも目立つ白い胸を吸い、指で弄った箇所に軽く歯を立てた。堪らず土方の口から甘い吐息が漏れる。
「総司、止め……挿れるのは勘弁してくれ…」
 言いながら、腰へ下りてきた沖田の手を掴んだ。
「く…口で……してやるから」
 それで欲を吐き出せるのなら。
 その台詞に沖田が動きを止めた。
「本当?」
「ああ」
 頷くと躰に回されていた腕が離れた。それに土方は些か胸を撫で下ろす。
「じゃあ、してよ」
 土方は応えずに膝をついた。沖田の袴に手を掛け、結び目を解く。袴を落とし衣を捲ると、膨らんだ下帯が露わになった。
「この助平」
 土方が呆れたように呟く。
「限界だって言ったでしょう?」
 沖田は自ら下帯を取った。土方は今更になって迷うような眼差しを向けたが、見下ろしてくる視線に促され、半ば勃ち上がったそれに唇を付け、口に含む。
 それに舌を這わせ舐めあげると沖田が小さく呻き、土方の髪を掴んで腰を押し付けた。より深くまで咥えさせられた事で、それが喉の奥に当たって嘔吐感が押し寄せる。提灯の薄暗い灯りに照らされた苦しげに眉を寄せた白い面は何処か嗜虐的で、欲を深めた沖田自身の質量が増した。舌が筋を伝い、窄められた唇が吸う、その快感に沖田の目の前は真っ白になった。
「土方さん…」
 息の間から掠れた声をあげる。
「もう…達く」
 言葉とほぼ同時に沖田は精を放った。澱む思考と開放感の端で、咽て咳き込む声が聴こえる。
「満足したか」
 土方が涙目で沖田を見上げた。紅い唇の端から顎にかけて精液が伝い落ちている。その姿が沖田の劣情を煽った。彼は土方の腕を掴むと、前に引き摺り倒した。
「…総司?」
 土方が肩越しに驚愕の眼差しを向けてくる。
「何をするつもりだ」
「自業自得と思って下さい」
 冗談じゃねぇ、と暴れる躰を抑えつけ、袴の上から股間を握る。土方の背がびくっと撥ねた。
「なんだ、あなたも勃ってるじゃないですか」
 言われて土方は羞恥の余り顔を伏せた。沖田は笑みを浮かべ、土方の袴を脱がし、衣を捲り上げて下帯を解く。
「止せ…」
 駄目だ、と土方は焦った。沖田は若い為か容赦が無い。此処で抱かれてしまっては、明日の行動に差し障る。それでも、快楽を知っている躰は期待に震えた。
 沖田は土方の硬くなったそれを掌で包み込む。
「…総…っ」
「私の物を咥えてこんなになったの?」
 耳元で囁きゆるりと扱いてやると、土方の息が上がり、甘い呻きが漏れてきた。それでも沖田の言葉を否定するかのように頭を振る。
「この、糞餓鬼……」
 枯れ草を握りそれに顔を埋め、怨み言を吐いた。
 逃れなければと思うのだが、沖田に触れられた躰は自分の意志を無視して動こうとしない。雫を零したそれは沖田の掌との摩擦に依って卑猥な音をたて、扱かれる快感に思考が定まらなくなっていく。意味を成さない声が口を付き、悦楽を欲して腰を揺らめかした。
「可愛い」
 沖田は、土方の汗の滲んだ項に唇を付け、衣の合わせ目から空いた方の手を差し入れてしっとりと吸い付くような胸に触れる。
「そう…じ……もう…っ」
 達きたいと訴える土方に目を細め、沖田は根元から射精を促すようにと扱く。それと共に土方が掠れた悲鳴を上げ、精を吐き出した。
 沖田は濡れた指をぺろりと舐め、それを荒い息を吐く土方の後ろに当てがい、固く締まったそこに挿し入れる。途端に、弛緩していた躰が強張った。
「総司、駄目だ」
 理性は未だに抗おうとする。
 沖田はそれを黙殺し、挿し入れた指を内部で蠢かせた。その指がある場所に触れた瞬間、土方が啼いた。しかし、己の出した声に気付き、衣の袖を噛み締める。
「そんな事をしても無駄ですよ」
 沖田は口の端を吊上げ、そこを執拗に攻めた。もう一方の手で、再び勃ち上がってきた土方の一物を握り扱く。
 頭を振って愉悦に耐えようとする土方は、その姿が沖田を更に煽っているとも気付いていない。咥え込んでいる指の本数が増やされた事にも気付いていない。
 不意に後ろに感じていた圧迫感が失せ、
「ごめん」
と耳元で囁かれたかと思うと、先程とは比べ物にならない程の質量と熱が齎された。
「あ…っ」
 声にならない悲鳴を上げて土方の躰が撥ねた。沖田は背後から腰を掴むと、自らを捩じ込む。侵入を果たしたその内側は、覚えていた筈なのに酷く熱い。
「…総司…」
 涙を溜めた瞳が振り向いた。その眼差しには最早避難の色は無い。濡れた唇が音を出さずに言葉を紡いだ。
 沖田は目を細めて小さく頷くと、その望み通り腰を動かした。
「…あぁっ」
 吐息と共に口を吐いた悩ましい声と水音が辺りに響いた。
 浅い所と奥を行き来する愛しい男の熱に、全身が侵されていく。枯れ草に頬を押し付け、土方は「悦い」とうわ言のように繰り返し、沖田はそんな彼を更に追い上げる。
「そうじ…達く…」
 呟き、次いで一際高く啼き、土方は沖田の掌の中に欲望を放った。それに依って沖田も達する。
 霞む思考の中、体内に注がれた精に土方の唇が綻んだ。



 翌朝、目覚めるなり沖田は土方の恨みがましい視線を受けた。
 昨夜は立てなくなった土方を負ぶって旅籠へと戻り、湯を頂戴して互いの身体を清めてから床に就いた。その間ずっと土方の怨み言を聴かされたが、望みの叶った沖田はそれすらも心地良かった。
 案の定、土方は身体がだるいらしく、動くのも億劫そうだ。
 旅籠を引き払い街道を歩く道すがら、土方は時折沖田に支えられねばならなかった。それをみて原田が揶揄すると、沖田は無邪気に笑みを浮かべる。
「土方さんは昨夜、散歩をしている時にすっ転んで腰を強打したんですよ」
 土方は、「ふうん」と頷いた原田に眉を寄せ、そして然も楽しげに笑う沖田の耳を引っ張った。
「なんて事を言いやがる。あれじゃ俺が間抜じゃねぇか」
 そもそもおめぇが変な気を起こすから悪いんだ、と不貞腐れて呟く土方の耳元に、沖田は口を寄せた。
「でも、満更でもなかったでしょう?」
 言われて土方の頬が朱に染まる。それでも睨み付けてくる瞳に微笑みかけ、沖田は前に向き直った。
 晴れた空から降り注ぐ陽が眩しい。頬を撫でる空気は鋭さを和らげ、春の訪れが遠くない事を告げていた。




これを書く為に中仙道と柏原宿について調べてみたんですが
調べていると行ってみたくなってきました。
今でも昔の風景を残しているそうなんですよ、この宿場。

『秘密えっち』とのリクエストだったので張り切って書いていたんですが
如何にも中途半端感が拭えません…

指定を下さった皐月さま、こんなのでも気に入って貰えたら幸いです〜



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2005.11.12