銃声が響き、腹部を熱いものが通り貫ける。
体が大きく揺れ、青い草が生い茂った地面が近付いて来た。
肩を強く打ち、自分が落馬したのだと気付く。
霞んでいく視野に移ったのは目も眩むような蒼。
「あんたが生まれたのは菖蒲が綺麗に咲く頃だったのよ」
いつだったか、多分、まだ幼かった頃に姉に云われた事がある。
「よく晴れていたわ。蒼い空が何処までも広がっていてね」
姉さん、遠く離れた北の地にも遅い春が訪れました。
俺が生まれたという皐月の空もこんな風だったのでしょうね。
「皐月のよく晴れた日に生まれたんだってなぁ」
菖蒲の咲く季節が来るたびに義兄に云われていた。
「からっとしていて明るくて、お前を表わしているような季節じゃねぇか」
義兄さん、俺は京都で冷酷だ陰険だと嫌われていたんですよ。
でも義兄さんの思い描く俺が、いつまでも皐月空のままで居て欲しいと思うのです。
「今日は端午の節句だな」
皐月の五日が来ると兄は光を映さない目を空に向けていた。
「今日はよく晴れている。目が見えなくてもそれくらいは判らぁ」
兄さん、俺はその晴れた空に還っていきます。
年の順で行くと逆だと思いますが、不孝を許して下さい。
「全くお前らしいよ」
知り合って間もない頃、端午の節句に生まれたと話した時に勇さんに笑われた。
「向こうっ気が強くて変な所で漢らしいんだもんな」
勇さん、気が強いってだけで此処まで来ちまった。
流山であんたを投降させた事は今でも後悔している、すまねぇ。
「年を取るのは正月って決まっちゃあいるがな」
柏餅を頬張りながら、試衛館の濡れ縁で新八っつぁんは頷いた。
「こんな判り易い日なら、あんただけ今日年を取りゃあ良いんじゃねぇか」
結局喧嘩別れしちまったが、お前が一緒なら心強かったのにと幾度思ったか。
今、何処で何をしている、達者で居るか。
「菖蒲の咲く季節だなぁ」
風流とは縁の無さそうな左之が菖蒲を一厘折ってきて呟いた。
「あんたは梅の方が好きなんだろうけど、菖蒲も綺麗なもんじゃねぇか」
思慮深くは無かったが、京都では上手に十番隊を率いてくれたな。
喧嘩早いお前の行く末が気に掛かっている。
「菖蒲湯に浸かって健康にならなきゃな」
菖蒲を片手に湯殿に向かう平助。
「あんたは色白で一見体が弱そうなんだから、しっかりと菖蒲湯に浸かれよ」
お前の最期は新八っつぁんと左之から聞いた。
伊東ら御陵衛士は斬ってもお前だけは助けたかったんだ。
「君は一見、この皐月の空の如く朗らかだが」
時勢について討論している時、不意に山南が語りだした。
「内心で何を思っているか図り難い眼をしている」
博学で洞察力があり、対立すると手におえないと感じていた。
切腹をしたあんたと俺、負けたのはどっちなんだろうか。
「今日はよく晴れているよ」
稽古を済ませた源さんが副長室に来て障子をからりと開けた。
「今日くらいは笑ったら如何だ、試衛館に居た頃のように」
あんたはいつも笑っていたよな。
寒空の下、傷を負った時は如何だったのだろうか。
「菖蒲も雨に濡れる時季の晴れ間に生まれるなんてね、出来すぎなんですよ」
昨夜までの雨に濡れた庭を眺めながら総司は云った。
「折角だから一句捻ってみては如何です、駄句を」
年下の癖に生意気な口を叩いていた総司。
それを睨みつけながらも依存していたのは俺の方。
痛む腹、霞む視野。
草に抱かれ、皐月の陽を身に浴び、光を映さなくなった目を閉じる。
瞼に映ったのは、何処までも広がる蒼。
そして差し伸べられる手。
「お迎えに参りました」
懐かしい声が聴こえて瞼を上げる。
見える筈のない風景、居る筈のない人物。
「充分に生きたでしょう、もう休んで下さい」
蒼い蝦夷の空、その下で柔らかく微笑む男。
「総司」
差し出された手を握ると、腕を引かれて抱きしめられた。
体は軽く、先程まで感じていた痛みもない。
「今迄お疲れ様でした、土方さん」
何処までも広がる蒼。
銃声と同時に傾いた馬上の人物。
駆け寄る隊士たち。
動かなくなった体はそれでも満足げな表情を浮かべていた。
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