初秋


暗い部屋。不動堂村屯所の一角。
 隊士が余り寄り付かない一室。それは私の部屋だからだ、と沖田総司は自嘲気味に笑った。
 沖田は労咳に罹っている。西本願寺の屯所からこちらに移って来てからは病状が進み、隊務すら休むようになってしまった。本当は休むつもりなどないのに、一番隊の巡察の日は勝手に二番隊の組長が出て行ったり、十番隊の組長に変わっていたりするのだ。自分が出動出来るようにと一番隊の隊士と共に庭に出ていようものなら、血相を変えた土方歳三が飛んできて宥めたり怒ったりして、結局のところ部屋に戻されてしまうのだ。
 確かに最近剣が重たいと感じるようになった。しかし未だあの人の為に働くことは出来るというのに。
 くそ、馬鹿にしやがって。
 沖田は寝返りをうった。夏が過ぎ暑さも引いたというのに如何にも眠れない。
 彼は溜息をついた。すると、急に大量の空気を吸った所為か咳が出た。すぐ収まるだろうと思ったが、なかなか止まらない。喉の奥に血の味がし、溢れてきた物を吐くと発作は収まった。
 沖田は灯りに火を入れた。案の定、掌と蒲団を汚してしまっていた。それを拭こうと手拭を取った時、部屋の障子がすっと開かれた。
「総司…」
そこに立っていたのは土方であった。彼は沖田の血に塗れた掌と顎を見て蒼白になった。
駆け寄り、顎を拭おうとした腕を押さえて自らの白い手で赤い物をこする。
 沖田はその手を払うと、土方を睨み付けた。
「何しに来たの」
忙しさにかまけて最近はちっとも来てくれなかったのに、如何してこういう間の悪い時に来るんだ。
「灯りが点いているから起きているのかと思ってさ」
 土方はそう云って視線を蒲団に向ける。沖田はさっとそこについた染みを上掛で隠した。しかし強張った土方の表情からも判るように、血痕を見られたのは確実だった。
「あんたが来たついでに言っときたいんだけど」
それでも沖田には言いたい事がある。
「いい加減、巡察に行かせてよ」
「無理を言うな」
 予想通りの言葉が返ってきた。
「病も治ってきたようだし。いつまでも休んでいたら身体が鈍っちまう。」
 土方はゆっくりと沖田に視線を向ける。
「今だって血を吐いたんだろう。完全に治すまでは行かせられねぇ。」
 沖田はちっと舌打ちをする。この病が治るものか。
「土方さんは私が治ると思っているわけ?」
 土方の瞳が揺らいだ。「治る」と呟く唇が震えている。
「馬鹿言わないでよ。私は労咳なんだよ。死病が治るわけないじゃないか。誰もこの部屋に寄り付かないのは病を移されるのが怖いからだ。
 土方さんだってそう。忙しいと云うのは口実で本当は労咳持ちの私を避けているだけなんだ」
 土方は沖田を睨んだ。怒っているわけではない。ただ、哀しいのだ。
「如何思おうと勝手だが、隊務はもうしばらく休め」
 否定するでもない言い方に沖田は腹が立った。土方が自分を避けているわけではない事など、沖田自身がいちばんよく判っているのである。少し痩せた土方を見ても判る通り、本当に彼は忙しかったのだ。
 何故、否定しないのだろうか。
「あんた、馬鹿にしてるのか」
 忙しかったと、何故そう云わないのだろうか。
「どうせ、もうすぐ死ぬ奴の戯言と思っているんだろう」
「総司」
 土方は息をついた。
「何を苛々してやがる」
「煩い」
「怒ると身体に響くぞ。我儘云わずに、今は養生しろ。いいな」
 諭すように云う土方に、余計に向かっ腹が立った。如何してこんなにも心にゆとりが無くなったのか。その所為で、大人ぶっている土方が憎く思えた。
次の瞬間、沖田は己を心配そうに覗き込む土方の細い腕を掴み、畳の上に引き倒していた。両腕を押さえつけて首に唇を付ける。
「総司」
 土方は叫び、沖田から逃れようともがいた。
 沖田に抱かれるのが嫌なのではない。彼が発病してからも幾度となく肌を重ねているのがその証拠である。こうして押さえつけられて貪られるのが嫌なのだ。
「止せ」
 そう云った土方の頬を沖田は殴った。何が起こったか判らず、一瞬土方の動きが止まる。漸く殴られたと気付き、土方は怪訝な表情で沖田を見上げた。しかし沖田には、その眉を寄せた不安げな顔すら気に食わない。
 沖田はもう一度土方を殴った。苦しげにうめく土方に一瞥をくれ、沖田はその着物を剥ぎ取った。乱暴に着物を脱がされて土方は再び抵抗する。それをまた殴り、僅かに抵抗を止めた隙に邪魔な下帯も取り払う。
 そして何の前戯も無いまま猛った己を、硬くしまったそこに捻じ込んだ。
「…ぐっ…」
 土方が苦しそうに顔を歪めてうめくのを無視して、沖田は腰を押し進めた。そこが避けて血を流しても、沖田は土方を苛むのを止めなかった。止められなかった。
 彼にあたっても仕方の無いことだと判っていた。判っていたが止まらなかったのだ。
 土方は最早逆らうのを止め、虚ろな瞳で己を犯す沖田を見つめていたが、やがて意識を手離した。


 暗い部屋。隊士たちが避けて通る、労咳持ちの住まう一室。
 そこに僅かな時間を見つけては訪ねて来てくれる愛しい人。
 多分、今日も仕事に忙殺されていて、それが片付いたから、こんな時間なのに、疲れていて横になりたかった筈なのに逢いに来てくれたのだろう。
 それなのに、犯すように抱いてしまった。
 甘えているのだと思う。自分を大切にしてくれているのを良いことに、甘えて酷い事をしてしまった。


 半刻ほどしてから土方の意識が戻った。
 彼は沖田の姿を認めると、少し微笑んで上体を起こした。
「気は済んだか」
 土方の問いに沖田は「すみませんでした」と呟いた。己の精神の弱さから、傷つけてしまった。
 土方は俯いた沖田の顔を覗き込んだ。
「子供扱いするわけでも馬鹿にするわけでもねぇが、おめぇは病を治すことに専念しろ。病なんてものは気の持ちようでなんとでもなる。治ると思っていりゃ不治の病だって治る。
だからおめぇは、その病を治せ。よくなったら巡察に出させてやるから。」
 沖田は顔を上げた。
「労咳だよ。治るもんか」
「治るんだよ。治ってもらわなきゃならねぇ。新撰組の為にも、それに…」
 土方は沖田の顎に手を添えた。彼が何をしようとしているか悟った沖田は顔を背けようとしたが、それより早く土方の唇が、沖田のそれに重なっていた。先ほど殴った時に口内を切ったのだろう、僅かに血の味がした。
 ゆっくりと土方は唇を離す。そして
「治らなかったら、俺は如何すればいいんだよ」
と、頬を染めてぶっきらぼうに言い放った。
 睦言めいたことを言う土方が愛しくて、沖田はその華奢な身体を胸に抱きこんだ。
「治しますよ、きっとね」
 返事の代わりに土方の手が沖田の背に回される。その手が暖かくて、沖田は涙が出そうになった。


 夜明けまでには、まだ数刻ほどある。
 しかし暗かった筈のこの部屋は明るさを帯びてきていた。



会津旅行のお土産…と称して明け烏さまに押し付けた小説です。
※注・会津でこのようなことを考えていたわけではありません(笑)
秋の風をおすそ分け〜…痛い?

ヒラメ…好きなんですよ、本当に。



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2002.11.9