この感情、この気持ち。


―――土方さんっ土方さんっ!!
土方さんが…死んでしまう!!!
急げ!もっと速く!
速く走るんだ!!


沖田は急に膝に力が入らなくなりがくっと道に崩れ落ちた。
肩が大きく揺れ喉ががらがらと痛く、足の感覚はすでに無かった。

空の赤い部分がだんだんと闇に飲み込まれていく。
影が見えなくなり始めた。
灯りは無い。
日が落ちきってからでは前が見えない。
沖田はキッと顔を上げ大きく息をすって再び走り出した。
土方のいる日野へ――。


沖田が日野の佐藤家に着いたのは結局日が落ちきってからだった。
灯篭の光がぼんやりと部屋から漏れていた。
沖田は音を立てないように土方の部屋のほうへ外から回り込んだ。

土方の部屋に着いた。
今は土方独りなのだろうか。
もし誰かいてもかまわない。
早く土方さんの顔が見たい、声が聞きたい。
息が大分落ち着いてきた。
すうっと息を吸い込んで吐き出した。
「…土方さん」

返事は無かった。
もう一度さっきより大きな声で土方を呼んだ。
「土方さん」

少しの間があってから部屋の中から土方の返事があった。
「…総司か…」
沖田はほっとした。
土方の声が聞こえるだけでこんなにも安心するとは思っていなかった。
緊張の糸が切れたように沖田は縁側の前で座り込んでしまった。

「どうして…こんなトコにいるんだよ」
土方のドスの聞いた声がした。
しかしそんな声も今の沖田にはただ安心させるものでしかなかった。
懐かしい土方の声。

「…そうか、勇さんか」
土方が呟いた。

土方の声の余韻に十分に浸った後で沖田は言った。
「どうして皆して隠してたんですか」

―――土方さんが病気のことを。
誰もが知っていたのに俺だけが今日までまったく知らなかった。
そのことを考えると沖田は無性に腹が立った。
ぎゅっと拳を握り締めた。
「お前、もういいだろ、俺はこの通り元気だよ」

その声が妙に沖田の癇にさわった。
「土方さん…入りますよ」
部屋の中からがたっという音がした。
「駄目だ!!入ってくんじゃねぇ!」
土方の焦ったような声がした。
「…どうしてですか」
「…どうしてもだよ」

沖田は障子を無理にでも空けてやりたくなった。
「なにかあるんですか、その中には」
沖田は無理矢理障子を開こうとした。
が土方が反対側からそれを邪魔する。
「なんでだめなんですか?!答えてくださいよ!」
「お前がこれ空けたらうつっちまうだろうが!」
その言葉に沖田の力が抜けた。
「…土方さん…もしかしてそれで…」
土方の返事は無い。

私が土方さんが病気だと知ったら必ず駆けつけるとわかってたから。
だから私のことを思って…。
沖田の中になんとも言えない感情が沸いてきた。
あまずっぱく、締め付けるような苦しい感情。
「土方さん、心遣い有難うございます。でも心配なんていりませんよ、俺、若いし」

結局沖田は土方の顔を見ないまま道場に帰った。
土方の心遣いを無下にしたくは無かった。
沖田はくすりと笑った。
また少しこそばゆいような感情が沖田のなかで膨らんだ。




日置徳尚さまから頂いた小説です。
私が病ネタ好き…という事で書いて頂きました。
日置さま、有り難うございました


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