おさむの絵日記

2018年8月6日
 毎日命に関わるような暑さが続いていて外でのスケッチができないから、スケッチ教室のメンバーであるOさんから頂いたノイシュバインシュタイン城の写真を見て描く。この城を描くのは2回目だが今回は山や湖、紅葉した樹木もあって描いていて楽しかった。

 一番好きな映画は?と尋ねられたら「007ロシアより愛をこめて」と答えるが、その次は?となると、いろんな映画が浮かんでくる。そのうちの一つである「おもいでの夏」をレンタルして観た。アメリカの少年のある夏の経験を描いた映画だが、夫を戦争で亡くすドロシーを演じたジェニファー・オニールとミシェル・ルグランのテーマ音楽の素晴らしさを再認識。大学生の時に京都河原町の映画館で観た時の胸の痛みというか何とも言えない心持ちが蘇った。
2018年7月17日
 脚のリハビリに通っているK診療所では2人の女性スタッフにお世話になっている。お二人とも腕は確かで、私の脚が悪化せずに現状を保てているのはそのおかげと感謝している。
 お酒が好きで話していて楽しいSさん。もう一人のMさんが大型バイクに乗っているのは最近知った。駐車場に駐めてあったMさんのアメリカンスタイルのバイクをスケッチさせてもらう。











2018年7月12日
 先週の土曜日、私が大学卒業後すぐに受け持ち、1年〜3年まで担任した最も思い出深い教え子たちとの同窓会に参加。  当時、私は英語の授業でビートルズの歌を取り上げていた。それをきっかけに今もビートルズを聴いていて、ポールのコンサートにも行ったとU君が話してくれた。卒業以来初めて会った人が何人もいて、楽しい時間があっと言う間に過ぎていった。
 京都へスケッチに行きたいが35度以上の暑さが続いているので写真を見て京都国立博物館明治古都館を描く。





2018年7月6日
 6月18日の地震には驚いた。朝食中だったが思わずテーブルの下に入った。震源地は5年間勤めたことのある高槻だった。知人、友人たちに大きな被害がなかったが、続いての大雨で屋根などに被害があった方々はさぞや困ってはることだろう。早く止んでほしい。
 明日は大学卒業後、すぐに勤めた高槻Y中の同窓会で、懐かしい教え子たちやお世話になった先生方に会えるのがとても楽しみ。
 このところ暑いのでスケッチ出来てなかったので絵を描きたい気持ちが募ってきた。何か描く物がないかと探し、本棚に飾ってある沖縄で求めた酒器を描く。
2018年6月17日
 昨日、スケッチ教室で神戸・北野へ。異人館通りにある英国館を描く。こういう古くて美しい西洋建築を描くのが一番好きなので、以前から一度描きたいと思っていた。
 梅雨の晴れ間で太陽が照っていたが、案内所の女性に許可してもらい、庇の陰に座らせてもらう。観光スポットだから人が多いが、異人館を巡るのに夢中な様子で話しかけてくる人は少ない。
 トイレに行きたくなったが近くに無いらしく、困っていると案内所の女性が英国館の人に口添えをしてくださり、借りる事が出来きとても有難かった。



2018年6月2日
 ピアノの難しい課題をなんとかクリアーしようと毎日力を入れて練習していたら右腕が痛くなった。マッサージしてもらったりして治ったと思ったら、今度は脚に痛みが。普段は歩きにくいだけなのだが、歩くとお尻から太ももにかけて鋭い痛みが走る。少しずつマシになっているような気がするが、学習支援や会合、プールも行けなくて迷惑をかけている。
 外でスケッチできないので、シャクヤクを描く。













2018年5月24日
 玄関先の階段に置いてある鉢にエーデルワイスのような花が咲いているので描いてみる。調べるとオーストラリア原産のフランネルフラワーと分かった。そう言えば花びらが毛織物のような感じがする。描いていて気づいたが花が全部同じ方向を向いている。太陽の方に向いて咲くのだろうか。
 応援している宇良が休場しているが毎日相撲を観ている。今日、栃ノ心が白鵬を破った。とても力の入る相撲だった。これで大関昇進確定だろう。ここまできたら全勝優勝してほしい。
 解説者も話していたが、栃ノ心は大けがをして幕下下位になり、そこから復活したので、怪我で苦しんでいる力士は励まされているはず。脚が少し不自由な私が応援するのもそういうことかもしれない。



2018年5月20日
 スケッチ教室で大阪市住之江区にある加賀屋新田会所跡へ。地元の人にもあまりなじみがない施設らしかったが手入れが行き届いたいい所だった。  加賀屋新田は両替商だった加賀屋甚兵衛が18世紀半ばに開発したもので、この会所は1500坪弱の広大な敷地に小堀遠州風の庭園や書院、茶室などを構えている。
 ほとんどのメンバーは庭園の方で描かれたようだが、私は冠木門(かぶきもん)を見たとたん、ここで描きたいと思った。
 京都・大徳寺から拝領の瓦を模したという瓦と「古見堂(古きをたずねて新しきを知る)」と書かれた扁額、節が見られる二本の柱などに惹かれたから。書院に続く道の角度が難しかった。


2018年5月6日
 こどもの日はとてもいい天気で風もなかったので二月堂へ。暑くも寒くもなく、輝く新緑を見ながら気持ち良く描けたが舞台がちょっと傾いてしまったような。帰りに「O」さんで食べた蕎麦がとても美味しかった。
 今日は毎年恒例の「M先生を囲む会」。車椅子生活をされているMさんにお世話になった15人が集まり楽しい一時を過ごした。会が15年ほど続いているのもMさんの人柄とだんどりをしてくれるUさんのおかげ。







2018年5月2日
 30日は友人Yが誘ってくれたので堺ブルースフェスティバルへ出かけた。ブルースはジャズやロックに比べてもマイナーだから、愛好者も少ないのではと思っていたが、登場するグループのレベルの高さに認識を改める。
 心地よい風が吹く晴天の野外で生の音楽とYの連れ合いさんが作ってくれたおにぎり弁当を味わう。
 猫がいなくなり、私は何か忘れ物をしたような気分になることがあるが、連れ合いは夢にまで見るペットレス状態。その連れ合いの誕生日に子どもがプレゼントしてくれた猫のオルゴールとクロワッサン形のラスクを描く。



2018年4月21日
 スケッチ教室で京都へ。予想最高気温が30度だったが風があり気持ちよく東大路近衛にある京大楽友会館を描く。創立25周年を記念して1925年に建てられたスパニッシュ様式の建物。オレンジ色の瓦屋根とY字柱の玄関が印象的。
 大学時代、この周辺を時々歩いたがこの建物は知らなかった。講評会は少し離れた所にある日仏会館で。
 杖をついて参加している私を先生やメンバーの方々がこの日も気遣ってくれ、親切にしてもらった。







2018年4月13日
 絵や建築物等を紹介する「美の巨人たち」を欠かさず観ている。内容もいいが、高校で同じクラブにいた小林薫がナレーターをしているのも観る理由。あの声を聞くと疏水沿いの高校に通っていた頃が自然と思い出される。
 その番組で奈良・東大寺をやっていたので、録画して大仏殿を描いた。
 今日、雑誌「サライ」5月号が送られてきた。投稿した北村英治さんを描いた絵がP112に掲載されている。






2018年4月9日
 そろそろ桜も終わりなので、名残の桜を描きに出かけたいが天気がはっきりしないし、寒の戻りというのか寒い。
 そういうことで雑誌「サライ」に載っている写真を見て、長野の大町市にある須沼の一本桜を描く。地元では「田打ち桜」と呼ばれ、農作業の目安にされているそうだ。雪を残す北アルプスをバックにした姿を現地で描きたいものだ。





2018年3月26日
 昨日、若い友人のYさんとカトリック豊中教会をスケッチ。桜が咲き出し、暖かい日で気持ち良かった。
 設計は聖路加病院なども手がけたチェコスロバキアの建築技師ヤン・ヨセフ・スワガーで、彼の日本での最後の作品。第2次大戦の直前のもので外観や内部の格天井など、和風や中欧など様々な雰囲気を感じさせる。
 通りかかられた神父さんが「いい絵を描いてください」と声をかけてくださった。









2018年3月19日
 土曜日のスケッチ教室は大阪城の北側にある極楽橋で。森ノ宮から乗った園内を走るロードトレインで一緒になった韓国からの若者2人との会話を楽しむ。
 絶好の天気で気持ち良くスケッチ出来たが城は形が取りにくく苦労したがなんとか描きあげる。
 日曜日には四国丸亀から30年前の教え子が訪ねてくれた。京都の病院に就職が決まった娘さんの所に来たついでに奈良を観光しに来たそうだ。大仏殿、二月堂、春日大社を巡って拙宅に来てくれた。
 会うのは4年ぶり。カルボナーラをご馳走し、ゆっくり話をする。「出会う人とは出会うべくして出会う」「人間の幸せの量は決まっていて、前半で使うか、後半で使うか」等と意味深い事を話していた。
 

2018年3月13日
 久しぶりに京都に出て文化博物館でやっているターナー展へ。ターナーも使っていたという絵の具を使い、映画も観たが原画を観るのは初めて。風景や人物の繊細な描写に瞠目。カメラのない時代、荒れる海の様子をどうやって描いたのだろうと思った。
 館内の元金庫室にある前田珈琲店で昼食。沢野ひとしが京都に行ったら必ず食べると書いていたイギリスパンセットはなかったがサンドウィッチ、珈琲とも美味しかった。 
 連れ合いが周辺をぶらぶらする間、ずっと描きたいと思っていたアールデコ建築の旧大阪毎日新聞京都支社(武田五一設計、1928年竣工)をスケッチ。今は色んな店が入っているおしゃれなビルになっているが、星形のマークが当時を偲ばせる。大学時代、三条通りのこのビルの前を通ってすぐ近くにあるYMCAの英会話教室に通っていたので懐かしく、いろんなことを思い出しながら描いた。
 新京極のメンズショップ「イノハナ」がなくなっていると連れ合いから聞き、ショックを受ける。高校時代の憧れの店で、そこの紙袋を持っているだけで羨ましがられるような存在だったが、私はウィンドウに飾られているセーターやシャツなどを指をくわえて見ているだけだった。働くようになってその店で購入したウィンドブレイカーなど何点かは今も愛用している。





2018年3月10日
 連れ合いが買ってきたマーガレットをオリーブオイルが入っていたガラス瓶に入れて描いてみる。
 明日は東北の震災の日。7年前のあの時刻の事はよく覚えている。F小学校の職員室に座っていると大きな揺れ。学校放送で校庭への避難を指示。先生方と相談して集団下校させた。
 現在も3万人もの人が仮設住宅に住まいし、その内13000人がプレハブ。報道によると福島原発の廃炉は進んでいないし、見通しもたってないよう。それなのに原発を再稼働させ、何かあったら政府が請け負うという約束までして他国へ原発を売り込むとは!
 実際にあったことを無かったかのように、小さなモノだったように見せようとする動きが日本で広がっている気がする。







2018年3月6日
 66歳の誕生日。友人や教え子らから沢山のメッセージをもらいうれしかった。
 ついこないだ定年退職したつもりなのに、もう6年も経ったのかというのが実感。歩きにくい以外は一応健康で、リハビリと水泳で少しでも歩きやすくなるように努力している。あとは月数回の中学校での学習支援、スケッチ、ジャズピアノなどで過ごしている。心配な事もあるが自分らしさを大事にして過ごしていきたい。
 BSの「日本百名山」の水晶岳を観ていると、鏡池からの風景が素晴らしかったので小さな絵にする。


2018年2月18日
 昨夜遅くに猫のミーが死んだ。一ヶ月ほど調子が悪く、点滴を受けたりしていたが昨日は呼吸をするのもしんどそうで見ているのが辛かった。7年前に捨てられているのを連れて帰ってきた次男がちょうど来ていて、それを待っていたように逝った。
 子どもの頃の出来事がトラウマになって猫は苦手だったが、いつの間にかなじんだ。自室のドアを叩き、開けてやるとソファーに座ったり、本を読んでいる私の膝の上から動かなかったりした。心が沈んでいる時に限って膝に乗ってくることが多く、癒やされたものだ。
 そんな事を思い出しながら中庭に咲き始めた侘助を描く。










2018年1月29日
 大相撲1月場所はファンである宇良が休場でさみしかったが、平幕の栃ノ心が優勝したのはうれしかった。
 グルジアから来日した時にはグルジア語の辞書もなかったというから苦労したことだろう。また膝の大けがで幕下下位まで番付を下げたこともあった。何度も辞めようとも思ったそうだが復活してきたその姿を見て応援していた。
 インタビューでは親方への感謝の言葉を繰り返し述べていた。彼の締め込みは親方が現役の時に使っていたもの。そういう所にも彼の人間性が表れている気がする。
 Mさんがフェイスブックに、栃ノ心はゴルゴ13のデューク東郷によく似ていると書いてはった。気がつかなかったがそういえば目、眉毛、鼻筋などよく似ている。ゴルゴ13のように無敵な存在になるのだろうか。
 厳しい寒さの中、庭に咲く水仙を描く。











2018年1月9日
 7日、私が最初に勤めたT市立第四中学校のOB・OG会に10年ぶりぐらいに参加。懐かしい先生方が20名ほど集まった。近況報告のために私は一枚の学級通信を持って行った。
 40年前のある日、授業を終えて職員室に戻ってきた私の机上にその日配った学級通信が置かれていて、ある先生の私に対する励ましとアドバイスのメモが貼り付けてあった。
 生意気なだけで何も知らかった私はその学校での5年間で沢山の事を多くの先生方から教えてもらった。
 その証拠みたいなそのメモを紹介して「この場におられる先生がこのメモを書いてくださったのです。憶えてはりますか?」と尋ねても皆顔を見合わせるばかり。
 「T先生です!」と告げると少し離れた所に座られていたT先生の目から涙が流れた。










2018年1月2日
 穏やかな年明け。外でスケッチしたいが、寒いので40年以上前に金沢で購入した加賀人形を描く。確か五木寛之の『内灘夫人』を読んで金沢に行きたいと一人で出かけたはず。内灘海岸のニセアカシヤ並木と弾薬庫跡が思い出される。
 正月の食べ物といえば松前漬け。亡き両親がずっと作っていたものを引き継いだというか自分が食べたいので毎年末に作っている。するめ、昆布、にんじんを細く切り(これが大変で指と肩が痛くなる)、大豆を茹で醤油と酒を入れて漬け込み、最後に数の子を混ぜる。松前というから北海道の料理だろうが、両親は私が生まれた仙台にいた時に覚えたのだろう。
 ある人の年賀状に「明珠在掌」という言葉があった。調べてみると、禅語で「明珠」とは非常に価値のあるもの。それはもうすでにあなたの手の平(掌)に在る。真に大切なものは、どこか遠くに探すものではなく自分の手の中にある、という意味らしい。「物欲の塊」と家族からそしられることの多い私には噛みしめるべき言葉かもしれない。
2017年12月24日
 昨夜、奈良市内のホテルであったジャズクラリネットの第一人者である北村英治カルテットのライブへ連れ合いと出向いた。聴きたいと思っていた「メモリーズオブユー」「ムーンライトセレナーデ」などのスタンダードナンバーも良かったが、ビールを飲んで少し酔った私の心に沁みたのは、ザ・ピーナッツが歌ってヒットした「小さな花」。スローテンポでの演奏に癒された。
 合間にコースターの裏に演奏中の北村さんをスケッチしたので、ステージから降りて来はった時に見てもらうと、喜んでくれはった。その場でサインをしてもらい、握手もしていただいき、思わぬクリスマスプレゼントをもらったような気分になった。







2017年11月14日
3日間開催した大東退職教職員作品展に500名近くの人が観に来てくださった。事務局を引き受けていたので無事終了できてホッとした。案内葉書を出した人やフェイスブックなどで繋がっている教え子らが来てくれてうれしかった。最終日に私の絵のファンという人が来られて、私の絵を買いたいと言ってくださったと知り、とても励まされた。3日間の事を思い出しながら、Sさんが持って来てくれたシクラメンを描く。















2017年10月31日
28日のM中学校1期生3年3組の同窓会は本当に楽しかった。当たり前だが卒業から35年経って、みんな立派な大人になっていた。挨拶では啄木の短歌「わかれ来て年を重ねて年々に恋しくなれる君にしあるかな」を紹介した。別れた人への思いは年月が経てば経つほど大きくなる。
副担任をしてくださっていたF先生に15年ぶりに会えたのもうれしかった。
みんなからプレゼントされたプリザーブドフラワー(同窓会委員のIさんの手作り)を描く。




2017年10月29日
秋晴れの先週の木曜日、スケッチの先輩と新薬師寺へ。東側の道を描く。訪れる人が結構いたが、あの十二神将に惹かれてだろうか。
昨日はM中学校1期生3年3組の同窓会。35年前の教え子に会えて、懐かしくうれしかった。進路選択直前の1月17日に左脚が動かなくなって休むことになり多大な迷惑をかけた彼らだが、みんな元気そうで良かった。同窓会委員が企画してくれたクイズ等で大いに盛りあがり、3時間があっと言う間だった。雨の中、Tくん夫妻が家まで送ってくれた。





2017年9月18日
福島にいるBさんが今年も葡萄を送ってくれた。先月も桃を送ってくれたばかりなのに。有り難いことだ。新鮮で、甘く、味わいがあった。ロイヤルコペンハーゲンの皿に盛って描く。
Bさんは私が最初に勤めた学校の生徒だが、今日は次に勤めたM中一期生のMさんとラインでやりとりできた。彼女のメッセージから、人生にはいろんな事があるな、と改めて感じた。






2017年8月12日
 今年も福島に住んでいるBさんが桃を送ってくれた。彼女は私が初めて教壇というところに立って出会った忘れられない生徒たちの一人。礼状を出すのために小さな絵にする。
 昨夜、山廃仕込みの日本酒を初めて飲んだ。とても濃厚なので氷を入れて。氷が少し溶け始めた頃がちょうどいい感じ。深い味わいで美味しかった。














2017年8月6日
 今日は広島原爆忌。昨日テレビで仲代達也さんと歌丸さんが「戦争は絶対にしてはいけない」と話していた。戦争体験者の言葉は重い。
 暑いので家にこもって本ばかり読んでいる。こないだ桂南光さんが創刊号から置いてあった「サライ」を連れ合いさんに処分されたと話していたが、私も溜まった「サライ」を読み返して泣く泣く処分している。
 明治村の本を見て、明治23年に京都・河原町三条に建てられたという聖ザビエル天主堂を小さな絵にした。









2017年7月29日
 頭が大きいので子どもの頃からサイズの合う帽子を探すのに苦労してきた。友だちが好きな野球チームの帽子を被っているのに一人だけ大人用の地味な色の帽子を被っていた。
 憧れのパナマ帽子も被りたいのだが私の頭に合うのが無くあきらめてきた。ところが先日好きなブランドの店で「どうせ合わへんやろな」と思いながら試してみるとピッタリ!しかも本場エクアドル製。ちょっと高かったが、クロールで50m泳げるようになった自分へのプレゼントやと言い訳した。
 その帽子とロンドンの風景がデザインされているティーポットとカップのセットを描く。
2017年7月16日
 昨日、スケッチ会で春日大社近くにある水谷茶屋へ。奈良公園内にはたくさんの茶屋があるが茅葺きなのはここだけらしい。猛暑日の予報が出る暑い日だったが、周囲の樹木が作ってくれる陰に座ってスケッチ。夏らしい緑の色合いを出すのに苦労した。反省会は茶屋の床机に座って。
 葉室麟の『はだれ雪』を読んだ。所謂忠臣蔵外伝だが、浅野内匠頭の最後の言葉を聞き出した事で流罪になった旗本が主人公。本の中に「人の真」という言葉があった。この言葉から先頃国会で証言した前文科省事務次官の姿と言葉を想った。



2017年6月21日
いつも美味しい蕎麦を食べさせてもらっている蕎麦店のご主人が自宅の庭で育てられた枇杷を今年も沢山持って来てくださった。こないだお店にうかがった時に「快慶展」のチケットを頂いたところなのに。
このところ頂き物が続いている。いろんな物を頂けるのがありがたいのは勿論だが、私のような者の事を思いだし、気遣ってくれる人がいてくれるという事が心に沁みる。









2017年6月12日
昨日小さな絵を描いたら、外でスケッチしたくなったので、家から車で5分ほどの不退寺へ。
ずっと前に業平格子の本堂を描いたことがあるが、門が重要文化財とは知らなかった。いいアングルを探してウロウロしていると「そのポールは便利ですか?」と声をかけてきた人がいた。杖を使われているので私のポールに興味を持たれたようだった。
話をしていると大阪のある市の教育長をされていたとかで、私が知っているその市の先生の名前を告げるとよくご存知だった。なんかうれしい出会いだったので、気分よくスケッチ。ちょっと奥まった所にある寺だが、在原業平縁の寺だからかタクシーで乗り付ける参拝者も。



2017年6月11日
このところ気分が沈む事があって絵が描けていない、というか絵を描く気分になれないでいる。
そういう時こそ絵を描いて気分転換を、とずっと部屋に置いているイタリア製の釣りの人形を描く。
絵を描いていたら、気が沈む事ばかりではなく、うれしいこともあったと気付いた。
Aさんと短時間だが久しぶりに会えた。元気そうで良かった。
ピアノはジャズの醍醐味であるアドリブづくりに入った。「そんなんできんの?!」というのが実感だが先生は「できる!」と。
25m泳げたり泳げなかったりが続いていた水泳はやっと自信をもってクロールで25mを立ち止まらずに泳げるようになれた。1年以上かかったが、子どもの頃からの「クロールができない」というコンプレックスから解放された。
インストラクターの「息継ぎする時に天井を見るつもりで」というアドバイスのおかげだ。少し不自由な足のリハビリ目的に始めた水泳だから、出来なかったキックが少しずつ出来るようになってきたのもうれしい。












2017年4月16日
昨日、スケッチ教室で神戸へ。摩耶ケーブル駅近くにある桜のトンネルを描くということで、楽しみにしていたが、三宮からバスで30分ほどと遠いし、天気も怪しい。電車に乗っていると小雨が降ってきた。どうなるか、と思ったがポイントに着いた時には青空が見えた。
名残の桜はまさにトンネルという感じで空をおおっていた。坂道と桜、両方とも難しい画材で、どう描くか困ったが、先生に指導してもらってなんとか仕上げる。講評会は王子動物園近くの喫茶店で。
阪神の駅まで乗ったタクシーの運転手さんに親切にしてもらい、甲子園帰りの人で満員の電車でも若い女性に席を譲ってもらった。





2017年4月11日
好きな洋館と桜が描けると思い、大阪の泉布観へ。
コロニアル形式の瀟洒な館の前には桜が今を盛りに咲き誇り、大川沿いの桜並木も満開で銀橋がいつも以上に輝いて見えた。
「泉布」は貨幣を意味するそうで、造幣局の応接所として1871(明治4)年に建てられた。当時から水洗式トイレを備えていたというのには驚く。
描いていたらタイから新婚旅行に来たカップルが話しかけてくれた。年月が経ち、2人が新婚旅行を振り返る時、きっと満開の桜を想い浮かべるだろうな、と思いながら色を塗った。




2017年3月30日
昨日、スケッチの先輩お二人と今井町へ。ずっと前に一度スケッチしたことがあるが久しぶり。
今井町は16世紀に一向宗本願寺坊主の今井兵部豊寿によって形成された寺内町。現在も古い町家が軒を重ね、実際に住居として使用されている家が多いそうだ。この河合家は古くから酒造業を営んでいる。
本格的な春の到来を感じさせる暖かい陽光に恵まれ、気持ち良く描けた。








2017年3月24日
田舎から頂いた蕗の薹を描く。絵に描くのもいいが天ぷらにしてあの苦みを日本酒と一緒に味わいたい。
相撲を見ている。大阪出身の豪栄道を応援したいが、休場しているのでもっぱら宇良に注目。ハラハラする取り口以外にも取り組み前のタオルを断る所作などに人柄が表れているような気がする。ある日取り組みが終わって支度部屋に戻る途中で観客の落とした物を拾って渡す姿がテレビに映っていたが、そういう事をしたお相撲さんは見たことがない。なんとか勝ち越してほしい。


2017年3月19日
スケッチ教室で大阪へ。玉造カトリック教会聖マリア大聖堂は長方形の建物で装飾も多くないため絵にしにくいと思ったので、道をはさんだ所に座って電柱や歩いている人、自転車に乗っている人などを入れることにする。
大聖堂の近くに細川越中守の屋敷跡と伝えられている「越中井」が残されているからか大聖堂前には高山右近と細川ガラシア夫人の石像が立っている。
描いていると町歩きの情報発信活動をされているという男女3人連れが声をかけてくれた。頂いたパンフレットを見ると大阪の町歩きのポイントが素敵なイラスト入りで紹介されいて、スケッチしたいと思うところもあった。





2017年2月27日
友人に撮ってもらった発表会の動画を見ながら描く。発表会は2回目だが、前回と違って少しだけだが演奏を楽しむ事が出来たので自分では上出来だと思っている。









2017年2月26日
退職後に習い始めたピアノ教室の発表会が昨日、神戸であった。私はジャズのスタンダードナンバー「ウィスパーノット」を演奏し、先生や伴奏者のみなさんのお陰でなんとか最後まで弾き通す事が出来た。大学時代の友人夫妻が4人も聴きに来てくれたのは大きなプレッシャーだったが演奏が終わったら大きな喜びに変わった。頂いたフラワーアレンジメントを描く。






2017年1月30日
昨年末に浮見堂の横を通りかかった時、冬枯れの木立と浮見堂の取り合わせが心に残ったので、寒さのゆるんだ先週土曜日に出かけた。風がなく陽射しもあって絶好のスケッチ日和。何度も描いている浮見堂だが冬は初めて。
時折お客さんを乗せた人力車や散歩する人が通るぐらいで静かだったが、カリフォルニアから来たという若い男性が「Beautiful !」と声をかけてくれたので少し英語で話す。若草山の山焼きを見に来たのだろうか。枚方のご夫婦?も話しかけてくれた。水入れや絵の具、紙について尋ねはったので絵を描いてはるな、と感じたら、その通りでしばし絵談義を楽しんだ。





2017年1月22日
昨日、スケッチ教室で奈良少年刑務所の門を描く。この3月末で閉鎖されホテルになるとか報道されているためか見学者らしい人がいた。
陽射しがあったが時折風が吹いてちょっと寒かった。講評会をやる喫茶店が近くにないので拙宅に来てもらい、皆さんに熱いお茶を飲んでもらった。

昨年末から教え子との「新たな出会い」が続いているが、33年前の3年のクラスにいた2人の教え子が先週来てくれた。そのクラスを担任していた1月17日に左脚が動かなくなって入院手術をしたので、進路選択を目前にしたクラスのみんなには大変迷惑をかけた。
授業中笑いすぎて私に無視された事があるというIさんはウォーキングポールの専門家になっていた。リハビリの指導者に教えているそうで、私のために使いやすいポールを持って来てくれた。Kさんは33年間保存していたという卒業記念のレコードと私が手書きした学級通信を持って来てくれた。33年前の歌声を聴いたり、当時の写真を見たりする。同窓会委員である2人が中心になってクラスの同窓会を計画してくれるらしいのでとても楽しみ。
2016年12月31日
昨日はDくんの今年最終のレッスンだったが寒いので私の部屋で。Dくんはサンマリノ共和国にある世界遺産のグアイタの塔の写真を見ながら集中して描いていた。私はアドバイスをしながらシクラメンを描いた。
2016年も今日で終わる。この1年で心に残ったことは−
@M中同窓会での元生徒との「新たな出会い」A湖北への一泊旅行でのハプニングと鶏足寺の十一面観音との出会いB水泳にトライし苦手だったクロールで少し泳げるようになったCSさんに担当してもらいリハビリが楽しくなったD安西水丸の展覧会
個人的にはいいことの方が良くないことより多かった気がするが、安保法制、原発、沖縄などを考えると、いい年だったとは言えない。











2016年11月30日
湖北へ一泊旅行。1日目は八日市でヴォーリーズ建築をスケッチして長浜の琵琶湖畔にある「紅鮎」へ。友人のTさんに教えてもらってからずっと訪ねたいと思っていた宿。通された部屋の大きな窓からは初冬の琵琶湖に浮かぶ島と水鳥の姿が見られ、その手前の柳の木のレースのような葉が逆光のためにシルエットになって美しかった。夕食は鴨鍋会席。
2日目は鶏足寺の十一面観音と対面。井上靖の『星と祭』を読んで湖北には十一面観音が多くあると知ったのはいつだったろう。渡岸寺の十一面観音を見に行き「これが一番」と思ってきたが、鶏足寺の観音を目にした瞬間、思わず手を合わせてしまった。こんな経験は初めてで自分でも驚いた。
昼は鯖素麺を食べ旧開知学校を小さな絵にする。


2016年11月24日
昨日は小6のDくんと奈良ホテルを描いた。ちょっと寒い日だったがいつも通りDくんは集中して描いていた。
先週末の3日間、長年勤めた市の退職教職員作品展に4点水彩画を出展した。会場に行くとUさんが「山中さん、この人があんたの絵を見て習いたい、と言うてはるよ」と教えてくれた。その人の絵を見せてもらうととてもお上手で私が教えることはないと感じたが、「習いたい」と言ってもらっただけでとてもうれしかった。卒業生がたくさん来てくれたこともうれしかった。絵を描いていて良かった、と改めて思った。





2016年11月7日
近所の人が我が家の前に植えてくれた柿の木が大きくなり、実をつけるまでになった。渋柿だが焼酎で処理したのをもらったので食べてみると味わいのある甘みがした。
今朝見てみるといい色になって葉っぱも紅葉していたので絵に描いてみた。
今年は寒くなるのが早いような気がする。








2016年10月31日
昨日は梅田で催されたM中学校4期生の同窓会に参加。テーブルの隣に座ったSさんが「授業で先生が話したことをずっと覚えていて、先生に会ったら話したいと思っていた」と言った。どんな事だろう、とドキドキしながら聴くと、私が授業で「人間は何のために生きるのか?」と尋ね、「幸せになるため」と話を続けたそうだ。
授業の始めにはすぐに授業内容に入らずに映画や音楽、本などについて話をするようにしていたが、その話は小説家の井上光晴の講演会で印象に残った話をそのまま生徒にしたのだ、とすぐに思い出した。30年以上前に私が話した事を忘れずにいてくれて、私に会ったら話したいと思っていてくれたとは、胸がいっぱいになった。
Sさんの話以外にも「教え子との新たな出会い」がいくつもあった同窓会を思い返しながらミニバラを描く。











2016年9月6日
毎年言っているような気がするが、今年の夏はことさら暑かった。そのため家に引きこもっていたので、すっかり出不精になり、8月は絵も1枚しか描いていない。友人のYさんは若いから暑い中でも屋久島や長野に旅行をし、その度にお土産をくれる。屋久島の醤油と焼酎、そして長野からはウィスキーのミニボトルとチョコレートなど。








2016年8月19日
数日前、在職中に会議などでよく利用したD市の市民会館に用事で出かけた。
用事を終えて玄関を出ると、一人の警備員さんが親しそうに声をかけてくれた。「おかしいな、ここの警備員さんに知り合いはいないはずだが・・・」と戸惑っていると、私が乗っていたローバー75を市民会館に駐めていた時に注目していたと教えてもらう。こっそり写真も撮ったとも。
しばらくローバー75の魅力について立ち話。あの車に乗っていたら、呼び止められ、写真を撮らせてと言われたり、「これ何という車ですか」と話しかけられたことが時々あった。車が好きな人には見過ごせない車だったのだと改めて思った。
2016年7月16日
祇園祭の宵山の日、スケッチ教室で暑い京都へ。京都女子大の前身である京都高等女学校の設立に尽力した大谷籌子の新居として建てられた錦華殿(2000年に再建)を描いた。南側のアールを描く屋根部分やバルコニー等は大正時代に建てられたとは思えないモダンなデザイン。
帰り、京都駅まで利用したタクシーを降りてすぐ、つまずいて工事のポールで顔を打った。唇が切れたようで血が出て、びっくり。どうしようと思う間もなく、小学生を連れたご夫婦が駆け寄って下さり、サッとポケットティシュを渡して下さった。親子3人に暖かい言葉をかけてもらい、ポケットティシュも袋ごと頂く。
傷口をもらったティシュでしばらく押さえていると出血は止まった。切れた唇の痛みは続いたが心持ちは親切にしてもらったうれしさで満たされていた。転けて怪我したのにうれしいというのは複雑な心境。



2016年7月2日
先週、京都伊勢丹でやっている安西水丸展に行って来た。ファンなので京都に向かう電車の中から胸がわくわくしていた。期待通りの展覧会で、ポスターやカラートーンを使ったイラストレーションをゆっくり楽しむ事が出来た。繋がっていない線、微妙なズレがなんとも言えない魅力を創りだしている。Yさんが教えてくれなかったら見逃していたかもしれない。見逃していたらきっと泣いていただろう。ミュージアムショップでは図録、ポスター、絵葉書、Tシャツなど、ほしいと思う物は全部買った。
今日描いたたばこの缶には安西水丸のイラストレーションが入っている。昔、義母がやっていた店で煙草を扱っていたので、店頭にあったのをもらったのだと思う。その頃は安西水丸の事は知らなかったはず。
昨夜は45年の付き合いになる友人2人と難波のミュウヘンでビールを飲んだ。定番の唐揚げは勿論美味かったが、隣のテーブルの人が食べていたのが美味しそうに見えて注文したビフカツサンドが気に入った。
3人とも一病息災という感じだが、それだけに時々会って話すひとときがとても貴重に思える。

2016年6月16日
昨日の朝7時過ぎに玄関のチャイムが鳴ったので、出てみると行きつけの蕎麦屋さんのご主人だった。庭になったという枇杷を箱一杯頂く。いつもならまだ寝ている時間だったが、用事があって起きていて、とても得をした気分になった。
子どもの頃、西瓜が苦手で食べない私のために母親が枇杷を用意してくれていたこともあって枇杷は大好き。母親が愛用していた赤絵の皿に盛って描く。



2016年5月17日
私がピアノを習っているからと、Hさんがピアノの形のパッケージに入ったチョコレートを送ってくださった。毎日練習していても思うように上達しないピアノだが、これからも楽しむことを大切にしてやっていこうと改めて思った。
県立美術館でやっている藤城清治展へ。4年前の展覧会で初めて作品を見た時に抱いた感動は大きく、同じ展覧会に2回行った。今回も大阪の町の巨大な作品など素晴らしかった。92歳になっても変わらない作成への姿に励まされた。




2016年4月25日
毎年カレンダーをプレゼントしているSさんは、お礼と言って手作りの野菜を年末に持って来てくださる。とても美味しい野菜でありがたく頂戴しているのだが、今朝は米袋いっぱいの筍を持って来てくれはった。聞けば、早朝に掘り出したのをすぐに届けてくれはったそうだ。茹でるための糠まで用意してくださっていた。
筍は好物の一つで天ぷら、わかたけ、木の芽和え、筍ご飯を食べると幸せを感じる。Sさん夫妻のご厚意とお心遣いに感謝してスケッチする。









2016年4月17日
今月のスケッチ教室は三月堂。気持ちのいい晴天で新緑と甍がまぶしい。正式名称は法華堂というらしいが二月堂の隣に位置していて西側から見ると奈良時代と鎌倉時代に建てられた部分が繋がっているのがよくわかる。その西側から見るのが一番美しいと思うが一度描いた事があるので、難しい斜めからのアングルを選ぶ。手前の空間の処理をどうしようかと考えていたら、ちょうど鹿が来てくれた。










2016年4月11日
8日、Mさんと久しぶりのスケッチレッスンで、興福寺の五重塔と東金堂を描く。何度描いても五重塔の形をとるのが難しい。
昨日は大学時代の友人3人と我が家で麻雀。名古屋のN,河内長野のY、伊丹のKとは45年以上の付き合い。みんな元気で集まれたことをまず喜ぶ。
麻雀の成績はいまいちだったが、昼に作ったカルボナーラとアスパラとベーコンのスパゲッティを「おいしい!」と言ってもらってうれしかった。









2016年3月7日
昨日は64歳の誕生日だった。
友だちやフェイスブックで交流している卒業生の皆さんからお祝いのメッセージをもらいうれしかった。
友だちの一人から「ビートルズにWhen I'm sixty-fourという曲があった」と知らされ、是非この日聴かなくては、と聴いてみた。
「今から何年も経って、僕の髪の毛が少なくなり、年をとっても、君はバレンタインや誕生日にワインをプレゼントしてくれるだろうか...僕が64歳になっても君は僕を必要とし、僕のために料理を作ってくれるだろうか...」というような歌詞。
私は若い時に自分が64歳になった時の事を考えたりはしなかったと思う。と言うか、考えてもきっと想像できなかっただろう。



















2015年12月6日
アパルトヘイトを体験した祖国南アフリカ共和国へ日本で捨てられていた車椅子を5000台以上修理して送る活動をしているトーマス・カンサさんと出会ったのはもう20年以上前。当時勤めていた中学校で人権教育の授業をしてもらい、その圧倒的な存在感と気さくな人柄に惹きつけられた。
それ以来、転勤した学校には必ず来てもらい、子どもたちに話をしてもらった。やんちゃな子どもたちも彼の話には聞き入っていたのが忘れられない。神戸や東北の震災時に、カンサさんはいち早く被災地に駆けつけ、ボランティアもしている。
そういう彼の活動を支援したいと、毎年カンパをしてきた。今年もわずかな「気持ち」を送ると最新刊の詩集(彼は詩人でもある)とこのキリンの置物が届いた。添えられていたカードには、ANY CHILD IS OUR CHILD というメッセージが記されていた。






















2015年11月8日
今年で10回目になるD市の退職教職員作品展に出品させてもらった。案内のはがきを元同僚など4人の人に出したら、4人とも来てくれはった。絵を描くだけでも楽しいが、それを見てもらい感想等を聞かせてもらうとより楽しく、時には幸せな気持ちになれる。
Sさんがプレゼントしてくれたブーケを描く。










2015年10月26日
旅の2日目は、まず正岡子規記念博物館へ。中学か高校の国語の教科書にあった子規の闘病しながらの歌作りの様子に驚いた事を思い出す。松山城へ行く途中で偶然「労研饅頭」の店の横を通ったので、2つ買って、ロープウェイで登ったお城の石垣をスケッチしながら食べる。
内子町へは1時間ほど。昼は下芳我邸の蕎麦屋で石臼挽きの蒸籠三段重ねを食べる。その後、是非描いてみたいと思っていた本芳我邸をスケッチ。明治時代に木蝋生産で財を成した豪商の屋敷で、鏝絵などの意匠が素晴らしい。
今夜の宿は「オーベルジュ内子」。和蝋燭の灯りだけで頂くフランス料理は地元の食材を活用し、味も驚くほど美味しかった。デザートを食べながらシェフさんとも少し話が出来た。






2015年10月25日
四国愛媛県の道後温泉と内子町へ2泊3日の旅行に出かける。15年以上前に出張で訪れて、是非再訪したいと思っていた所。
1日目は、しまなみ海道を通って四国へ。途中、生口島で平山郁夫美術館に寄り、駐車場のおじさんが勧めてくれた店で蛸飯を食べる。午後遅くに道後温泉に到着し、さっそく道後温泉本館をスケッチ。前回の訪問時に描いた時は失敗したので複雑な建物を慎重に描く。途中、近くの店の人や愛媛大学のインドネシアからの留学生が声をかけてくれて楽しかった。寒くなってきたので途中で引き上げる。名湯とおいしい料理と地酒を味わった後に絵を仕上げる。








2015年10月23日
京都国立博物館でやっている「琳派展」へ。本阿弥光悦作の国宝「舟橋蒔絵硯箱」を是非見たかった。あの時代にあの造形を創造することは正にアバンギャルド。宗達の絵と光悦の書のコラボ「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」も素晴らしく、好きな酒井抱一の作品も多く出ていて、「夏秋草図屏風」を再見出来たのもうれしかった。
四条河原町まで乗ったタクシーの運転手さんと絵や喫茶店の話で盛り上がった。イノダ本店、六曜社、フランソワ、ビックボーイ、マンホール、シャンクレール、蝶類図鑑、ブルーノートなど、京都で過ごした高校・大学時代によく通った。そういう喫茶店のいくつかはなくなってしまったが、今も健在な「築地」をスケッチ。この日は臨時休業で、店の前まで来て残念そうに立ち去る人が何人もいた。





2015年9月26日
大幅な改修が予定されている心斎橋大丸をMさんとスケッチする。御堂筋側の外壁の一部は既に養生のシートに覆われていた。ヴォーリーズのファンとしては、この名建築をなんとか残してほしいと強く願っている。御堂筋側のファサード、1階の天井とエレベーターホールのデザインは見飽きることがないほどの素晴らしさ。他にも階段の手すり等のデザインのセンスにまいってしまう。











2015年9月21日
19日にスケッチ教室で大阪の此花区伝法にある旧鴻池本店を描いた。アール・デコの本店はなかなかおしゃれな建物で気に入った。
伝法で教室があると知って思い出したのがAくんのこと。西天満小に通っていた5年生の時の同級生で、伝法にあるキリスト教会のお家に一度遊びに行かせてもらったことがあった。
調べると彼が牧師さんをしている事が分かり、迷ったが、思い切って連絡してみると会ってくれることに。
私は6年になる時に奈良に転校したので、52年振りの再会。かすかに面影の残るAくんと当時の写真を見ながら話す。
当時の私は今と変わらず目立たないパッとしない子どもで勉強もスポーツも苦手。学校も楽しくはなかった。遊びに行かせてもらった日にAくんの家でロールキャベツをご馳走になったのは数少ないいい思い出。
忙しいのに、帰りに駅まで送ってもらい有り難かった。




2015年3月23日
安西水丸さんが亡くなって1年経った。Eテレの「日曜美術館」で特集したのを見て、また好きになった。村上春樹が愛猫ミューズを抱いて本を読んでいるイラストレーション(水丸さんは「イラスト」とは決して言わなかったらしい)を模写する。水丸さんはスノードームの収集家としても有名だが、歴史にも詳しい。有名な武将より4,5番目ぐらいの士が好きだったようだ。
私が憧れを持っていた池波正太郎、三國連太郎に続いて水丸さんも逝ってしまって、さみしい。













2015年3月3日
先月末には大学時代の友人3人が来宅し麻雀卓を囲んだ。私が作ったチャーシューを入れたラーメンをみんなが美味しいと食べてくれた昼食をはさみ、半荘を6回。ギャグ連発のY、ピンフ上がりに精を出すK、名古屋から予定の1時間前に着くほど入れ込んでいるNと楽しく過ごし、夜は天ぷらとさぬきうどんのひやひやを食べる。呑めば知り合った40年前に戻れるのがうれしい。
昨日は亡き両親が長年住まいした京都のマンションの片付けの3回目。物持ちがいい親で、私の小1から中3までの通知表が残されていた。両親が使っていた物を処分するのではなく、なるべく持ち帰って使うようにしようと兄姉と相談したので、大きい家具は無理だが、文机などを持ち帰る。
このイノダコーヒ(イノダの看板には「コーヒー」ではなく「コーヒ」と書いてある)の人形ももらってきたもの。両親は私が連れて行った木屋町の蕎麦屋「D」とともにイノダが気に入ったようで街に出かけた時には寄っていたようだ。




2014年11月23日
21日に西宮の甲子園口にある松山大学温山記念会館をスケッチさせて頂く。大学の設立に関わった新田長次郎氏の雅号にちなんだ名前のついたスパニッシュ風の建物と広大な庭に魅了され、いつか絵を描きたいと願っていた。大学にお願いすると許可していただき、閑静な住宅街にある庭に一人座って絵筆を握った。現在は大学のゼミナールなどに活用されているそうだ。
スケッチ後、大谷記念美術館で催されている四谷シモン人形展へ。初めて見る人形だったが、予想した通りの素晴らしさ。ポール・デルヴォーの絵の世界と共通するものを感じた。













2014年9月21日
昨日、神戸・摂津本山にあるジャズバーで開かれたピアノ発表会に出場。ジャズのスタンダードナンバー「マイファニーバレンタイン」をベース、ドラムスの伴奏付きで演奏。人前で弾くのも、伴奏付きで弾くのも初めてなので、どうなることかと思ったが、60歳過ぎたら怖いものなし、と自分に言い聞かせる。途中2回しどろもどろになるがなんとか目標にしていた最後まで弾き通すことが出来た。
この絵はリハーサルを終えてから、自分の演奏している姿を想像して描いたもの。緊張するので誰にも聴きに来てもらわないつもりだったが大学時代からの友だち2人が来てくれた。







2014年8月30日
スケッチ教室で神戸・舞子にある孫文ゆかりの移情閣と明石海峡大橋を描く。雨の多かった8月だがこの日は晴天で陽射しがきつかった。時折浜風が吹いてくれて助かった。
今年の8月は私にとって忘れられない月になった。95歳の父親が亡くなったからだ。いつかは来る日だとは思っていたが、急だったのでなかなか受け入れることが出来なかった。7月の末には叔母も亡くなった。幼かった頃によくしてもらった人で、とても残念。
父との思い出では、小学校1年の時、七夕飾りを中之島公会堂の前の鉾流橋から流したこと。叔母との思い出は、同じ頃のクリスマスに阪急デパートのおもちゃ売り場でバイクに乗った人形が降りたり乗ったりするおもちゃを2人で見ていたことが思い出される。





2014年6月30日
義母の介護があるので旅行に行けない状態が続いていたが、やっと一泊旅行ができるようになった。友人が洋服を買った時の抽選で当たった旅館が良かったというので、知多半島の先端近くにあるその旅館に泊まることにする。知多半島を選んだもう一つの理由は、半田市に描きたい建物が2つあるから。旧中埜家住宅は現在修理中で外観さえ見ることができなかったが、カブトビール工場は絵にすることができた。1898(明治31)年に建てられ1943(昭和18)年までビールを醸造していた。設計は明治建築界の巨匠、妻木頼黄(つまきよりなか)。圧倒的な存在感を感じさせる。
旅館の檜の円形露天風呂と地酒「南吉の里」も気に入った。2日目に立ち寄った杉本健吉美術館にもカブトビール工場を描いた作品がいくつもあった。旅の最後に、名古屋熱田神宮近くのの「H」でひつまぶしを食べて帰る。




2014年6月23日
大阪の住吉大社近くにある400年続くという老舗池田屋本舗へ出向く。文化財の指定を受けている蔵造りの店の屋根に高燈籠がある独特の店構え。斜め向かいのソフトクリーム店の軒先をお借りする。途中で頂いたソフトクリームが美味しかった。
描き終えて、土産に名物の住乃江味噌を購入しようとしたら、ご主人が「絵を描いてもらったお礼や」とおっしゃってプレゼントしてくださった。
その日の夕食で早速頂く。ご飯の上に乗せて食べると深い味わいがあった。さすが大阪を代表する老舗の味と感嘆した。








 

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