おさむの絵日記

   
   
  2021年10月2日
  コロナ禍で困った事はたくさんあるが、会いたい人と会えない事もその一つ。最近感染者が減ってきたので、若い友人のYさんと1年ぶりで会った。天ぷらと十割割子蕎麦を食べ、喫茶店で会話を楽しんだ。Yさんがベランダで育てたというミニ胡瓜、ミニトマトと黄色のミニバラを頂く。それと沢山のスルメが入った大きな瓶も。スルメは私の大好物。私の好きなものを覚えてくれていたのがとてもうれしかった。

   
   
   
  2021年9月20日
  1999年のゴールデンウィークにアメリカ東海岸へ人権教育の研修に行った。昼間も夜も講演を聴いたり、ワークショップで学んだ。国連本部やホロコースト博物館なども訪れ、小学校や大学にも行って交流したりもしてとても充実した10日間だった。
 1日だけあった休みに朝からタクシーでメトロポリタン美術館へ出向き、誰もいない部屋でゴッホやドガの絵を楽しみ、念願だったセントラルパークで散歩をした。サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』を読んで、セントラルパークを是非訪れたいと思っていた。シープメドウという広場でスケッチもして、そばにあるティファニーの本店で連れ合いへの土産を買い、憧れのニューヨークの街を歩き、多様な肌の色に合わせたカットバンを見つけたりもした。夜には本場のJAZZを楽しもうと、クラブ「スィートバジル」へ行ったが、「それだけではもったいない」とタクシードライバーが世界貿易センタービルへ連れて行ってくれた。最上階の売店で買ったのがこのスノードーム。
 私が好きなイラストレーターの安西水丸の『地球の細道』にこのスノードームと同じもののイラストが載っている。水丸さんがスノードームを集めていたのは知っていたが、同じものを持っているとは。数年前に亡くなった水丸さんの娘さんが水丸さんの絵や好きなもの、暮らしぶり等を綴った『ブルーインク・ストーリー』を読んだ。活字もイラストもブルーで統一されたおしゃれな本だったし、娘さんが水丸さんの事をとても好きだった事が伝わってきた。
   
   
   2021年9月11日
 YouTubeに水彩画の制作過程をアップしている人がいるのを知って、よく見ている。いろんな描き方をしている人がいるが、私が苦手としている樹木や水面への映り込みをどう描いてはるか勉強している。この絵はベルギーのブルージュ。運河を描くのが難しかったが、何事も練習と思って描いた。
 コロナ感染が心配だが運動不足も気になるので2ヶ月ぶりにプールへ。いい天気の日だったのでガラス張りの天井から陽光が射し込み、水中の手のひらの影がゆらいでいた。
   
   
 
 2021年9月7日
 三浦綾子著『塩狩峠』を読んだ。新聞に載っていた大学生の感想文に心を打たれ、読みたくなった。明治40年2月28日に北海道の塩狩峠であった鉄道事故で自分の命を犠牲にして乗客を救った一人のキリスト教者の実話を元にした小説で、泣きながら読んだ。帚木蓬生の『守教』を読んだ時と同様に、信仰をもつ人の勁さを感じた。
絵は旧北海道庁。
   
       



   2021年8月30日
 8月も数日を残すところとなった。この時期になると小学生だったある夏休みの最終日の夜を思い出す。図工の宿題が出来てないのが母親の知るところとなり、夜遅くまでかかって状差しか何かをカステラの木箱を使って半泣きになりながら作ったのだ。宿題をせずに新学期を迎えるような勇気はなかったのだが、その年はどうしたものか、本当に忘れていたのかもしれない。
 教員をしていた時は一番長くて、行事が多く、忙しい2学期が始まるのだと憂鬱になったが、いざ学校が始まると生徒たちの元気さに救われた。今はエアコンがあるので夏休みが短くなり、9月1日を待たずに2学期を迎える所も増えている。コロナ感染が子どもたちにも広がって、学校での対応も難しいだろう。
   
       2021年8月17日
 15日は敗戦の日。父の命日でもある。7年前に95歳で亡くなったが、連れ合い(私の母)に先立たれ、最後の1年ほどは施設や病院で過ごしていたが10年以上元気に独り暮らしをしていた。酒もたばこも嗜まず、麻雀だけを愉しみにしていて、私が生まれた頃に大三元、字一色、四暗刻単騎を上がったことがあると自慢していた。父にはかなわないが、私は国士無双の13面待ちを上がった事がある。
 和歌山の有田にある「あらぎ島」には一度出向いてスケッチしたいと思っていたが、ネットの写真を見て描いた。有田川が蛇行している所にある棚田の形が絵心をそそる。奥に高速道路が通っているようだが省略。建造物がほとんどなく樹木や山、川、田んぼだけなので苦手な画題だが練習だと思って描いた。




       
       2021年8月8日
 亡くなって16年になる母は夏になると鬼灯を口に含んで中身を出し、笛のように吹いていた。幼い頃にそうやって遊んでいたのだろう。私がまねしてやってみてもすぐに皮が破れ、笛にはならなかった。
 その頃、家には一台の扇風機しかなかった。それで家族5人が暑さをしのいでいた。暑がりの私は汗をよくかくので、スヌーピーの漫画に出てくるライナスのようにいつもタオルを持っていた。
 鬼灯を描きながら、そんな事を思い出した。







       
       
   2021年8月3日
 奈良県立美術館でやっているウィリアム・モリス展に行ってきた。モリスは1834年英国生まれ。「モダンデザインの父」と呼ばれるが詩等も書いたりしている才人。
 壁紙が有名だが植物や果実、鳥などを取り入れたデザインは少しも古くさくなく魅了された。展示されていたモリスが新婚時代に住んだというレッドハウスの写真を見て、絵に描きたいと思ったのでネットで探して描いてみた。
   
       2021年7月5日
 先月のスケッチ教室で描き、「今月の一枚」にアップした南米ベネズエラの北のカリブ海にあるキュラソーの首都ウィレムスタットの街角をもう一度描いた。
 前に描いたのに納得いかなかったから。特に角度があまい気がしたので縦と横の比率を測って慎重にアウトラインを決めた。絵の具もいつも使っているウィンザー・ニュートンではなくホルベインのを使った。
 コロナワクチンの2回目を1日に受けた。翌朝、軽い頭痛と眠り薬を飲まされたような眠気に襲われた。テレビを観ていても、本を読んでいても眠くて仕方がなかったが3日目には解消した。


       
       2021年6月11日
 昨日コロナワクチンの接種を受けた。会場の市役所にはたくさんの高齢者が来ていた。接種は痛みもなく無事終わったが、歩くのが苦手な者としてはもう少し配慮してほしかった。持ちにくいバインダーを持たされてあっちこっちと巡るのはしんどかった。私のように感じた人はきっと他にもいたことだろう。
 一昨日には映画「HOKUSAI」を観てきた。まだコロナ感染が心配だが早く映画館で観たかった。50年振りに再会した中学時代の友人のYくんが盛んに映画館に通っているのに刺激されたこともあるかもしれない。
 若い頃の北斎を演じた柳楽優哉が良かった。私などは、北斎と比べたら月とすっぽんにもならないが、絵を描いている者として共感する所−自分の絵に手を入れられる事を嫌う、自分の好きなように描いている、見たままを描いているのではない 等があった。老いてから病に倒れた北斎が杖をつきながら独りで絵を描く旅に出かけるのを見て、私にも出来るだろうか、と思った。







       
       2021年6月4日
 待っていたコロナワクチンのクーポン券がやっと届いたので、ダメ元で電話すると1回でつながり、あっさり予約できた。それも10日と7月1日と早い日程。電話、インターネットがつながらなくて苦労している人も多いのに、ラッキーだった。
 得意?料理のちりめん山椒を作った。帰省した私が帰る時に亡母が手早く作って持たせてくれた思い出の味。先日50年ぶりに再会したYくんの家に持って行くと、「絶品でした」と書かれた葉書が届いた。
 数年ぶりにぬか漬けを仕込む。和辛子、大豆、青梅などを加えて、胡瓜と茄子を漬けている。晩酌の後にご飯を食べるとき、ちりめん山椒とぬか漬けがあれば何もいらない。







       
       2021年5月25日
 大相撲夏場所が終わった。応援している宇良が十両で初優勝。寝屋川出身で親近感があるし、居反りや足取りなどの業師振りが魅力だったが、2度の怪我から復活してきたら見違えるような体格になっていた。きっと相撲が取れない間に筋肉トレーニングを積んだのだろう。来場所は幕内に上がるだろうが、怪我なく活躍してほしい。
 桑名にある六華邸を描いた。鹿鳴館やニコライ堂を設計したイギリス人建築家ジョサイア・コンドル(当時23歳 私が尊敬する画家河鍋暁斎の愛弟子でもある)の設計で1913(大正2)年に竣工した和洋折衷の旧諸戸清六邸。
 数回訪れたことがあり、洋館部分のブルーの色とレストランで食べたハマグリが印象に残っている。

       
       2021年5月18日
 スケッチ教室で南海電鉄浜寺公園駅へ。西口を出てすぐのところに保存されている旧駅舎を描いた。東京駅などの設計で知られている辰野金吾の作で1907(明治40)年建設。好きなものが多い大阪の建物のなかでも、特に好きなものなので、コロナ禍の最中だが感染対策をして出かけた。参加者は7人で、用心して欠席された方が多かった。初めて電車で訪れたが、ホームの待合室のデザインに駅舎と共通するものを発見したのが収穫だった。
 反省会の後、メンバーから教えてもらった駅前の和菓子店で名物「松露だんご」を土産に買った。
       
           2021年5月12日
 絵を描くようになるまでは花の名前は百合とチューリップぐらいしか知らなかったが、絵を描くようになってから一度描いた花の名前は覚えるようになった。アフリカ原産のオーニソガラムはその造形が魅力的で何度か描いていて、名前もすぐに覚えた。
 





 
           
       2021年5月6日
 連れ合いが「杜若(かきつばた)が絵になりそう」と教えてくれたので、天理にある長岳寺へ。そんなに有名なお寺ではない ? から空いているだろうと思っていたら駐車場は満車。係のおじさんに親切にしてもらい、なんとか駐めて本堂の前にある池へ。
 急な坂や階段があって私にとってはしんどい道のりで、何度も休みながら、なんとか池の前にたどり着くと杜若がいい感じに咲いていた。写真をとっていた女性が「毎年来ているが、今年はいつもの半分ぐらい」と話していた。いい天気だったが木陰では少し肌寒く、2時間ほどで引き上げる。
 帰りに「M」で鰻を食べようとしたら、コロナ対策か「持ち帰りのみ」との張り紙。感染を気にしながら店で食べるより、遅くなるが家で食べる方がいいかもしれない、と鰻弁当でビールを飲んだ。



       
       2021年5月1日
 こないだ映画館で観た「ノマドランド」がオスカーの作品賞、監督賞、主演女優賞を獲得した。映画館へ行くのはコロナが心配だったが、ストーリーに惹かれたし、「スリービルボード」の演技で存在感を示していたフランシス・マグドーマンドを是非スクリーンで観たかった。
 夫に先立たれ、不況で仕事と家を失い、アマゾンの配送センターなどで働いたりしてキャンピングカーでの移動生活を送る60代のファーンは「さみしい」とか「孤独で辛い」とか泣き言を言わないし、妹や思いを寄せてくれる男性が一緒に住もうと言ってくれても移動生活を続ける。アメリカの荒涼とした情景とファーンの誇り高い生き方がマッチしていて、生きる意味を考えさせてくれる映画だった。
 ネットで見て気に入ったパリ・モンマルトルの土産物店とサクレクール寺院。季節外れの冬の風景だが描いてみた。
       
       2021年4月19日
 今年も筍の季節になった。先週にNさんが宅配便で送ってくださったし、昨日もSさんが朝に掘った大きな筍を袋いっぱい届けてくださった。他にも野菜と匂いのたつ淡い黄色の花も頂いたので小さな絵にしたが、教えてもらった名前を忘れてしまった。
 筍はすぐに湯がいて、鰆と照焼にした。テレビの料理番組で紹介されていて、作ってみたいと思っていた。これまでは天ぷら、若竹煮、筍ご飯だけだったが、初めてにしてはうまく出来、ビールが進んだ。
 コロナ感染が広がり、ワクチン接種もまだまだなので家にいるしかない状況では、料理は楽しめるし、うまくいけば美味しい物を食べられる。
 「美味しい物を食べるのではなく、美味しく食べるのだ」という魯山人の言葉は、料理の一番の醍醐味が工夫にあるということだろう。




       
       2021年4月4日
 スケッチ教室で京都・伏見桃山城へ。住宅街の急な坂を上がりながら「こんな所にお城があるのだろうか?」と思っていたら駐車場の前に着いた。桜は散りかけでちょっとさみしかったが、しだれ桜を満開にさせて天守閣と描いたが、城は形が取りにくく苦労した。途中でベトナム人青年が「写真を撮ってもいいですか」と声をかけてきたので了解し、携帯に送ってもらった。
 今日は先日連絡が取れた小中で一緒だったKくん、Iくんら7人での昼食会。美味しい料理、楽しく懐かしい会話に時間を忘れた。帰り道、桜を見て芭蕉の「さまざまな事を思い出す桜かな」という句が心に浮かんだ。
 お世話になったUさんに感謝。



       
       2021年4月1日
 先週は中学校時の友人と50年ぶりの再会を果たし、それがきっかけになって、ずっと会いたいと思っていた人たちにも連絡がとれて近々会えることになるなど刺激的な日々を過ごした。
 昨日は黄砂もおさまり風もなく、穏やかな晴天だったので連れ合いと若草山ドライブウェイへ。頂上に行く途中にあるビューポイントで桜と大仏殿をスケッチする。絵の本を再読して覚えていた「見たまま描かなくてもいい」「桜の色は不透明水彩の白に透明水彩の赤を少し混ぜる」を心がけて描いた。
 絵を描きながら、カメラを持ったご夫婦と言葉を交わし、油絵のキャンバスを携えたおじさんとも絵談義を楽しんだ。家でネットの写真を見て絵を描いていたら、こういう楽しさは味わえない。やっぱり外でスケッチするのは楽しいな、と思った。
       
       2021年3月21日
 録画しておいた映画「グラン・プリ」を観た。1966年ジョン・フランケンハイマー監督作品でイブ・モンタン、ジェームズ・ガーナー、三船敏郎(本田宗一郎を彷彿とさせる役柄)などが出ている。世界を転戦するF1レーサーと彼らを取り巻く人間模様を描いている。勿論レースそのものも大迫力で撮っている。CG等がない時代だから迫ってくる映像の力が違った。
 この映画は私にとって忘れられない映画の一本。中学卒業後の春休み、当時住んでいた奈良から梅田の今はなきOS劇場へ出向き、シネラマで観た。近くで叔母が商売をやっていたので寄って小遣いをもらったのかもしれない。
 ひょっとしてパンフレットが残ってないか、と書棚を探すと発見!物持ちの良さ(家族から「物欲の塊」とそしられている)は自覚しているがチケットの半券まであったのには驚いた。3月27日に600円の席で観ていた。
 この映画を観た頃はプラモデル作りに夢中で、好きな飛行機ばかり作っていた。レベル、モノグラム等の箱まで大事にしていた。
       
       2021年3月9日
 6日は誕生日だった。友人や教え子などからお祝いのメッセージをもらった。
 7日は「日曜美術館」で紹介されていた花森安治の展覧会へ。神戸ゆかりの美術館は初めてだったが1時間ほどで着いた。『暮らしの手帖』の編集者を死ぬまでやり(死んだ前々日まで仕事をしていたらしい)、彼の広告を載せない雑誌づくりは真似されていないと本にあった。(私が定期購読している「週刊金曜日」も広告を掲載していないが真似たのだろうか。)
 女性のように髪を伸ばしてスカートをはいていた花森は何を考えてそうしていたのだろう。私は彼が戦争へ突き進んだ男性としての反省と悔恨をそういう形で表現していたのでは、と思っている。
 美術館の中は少ししか人がいなかったので「密」を避けることができたし、ゆっくり見て回ることができた。残念だったのは小倉遊亀などの原稿が読めなかったこと。字が小さいし、暗いし、文が長いのであきらめざるを得ず、絵に集中した。
 昼は連れ合いの希望で「フロインドリーブ」で。ここへ行くのも初めてだったが絵になる建物だったし、クラブハウスサンドイッチなどが美味しかった。付け合わせのマカロニサラダとピクルスも良かった。




       
       2021年3月2日
 換気を充分にやっているので感染の心配が少ないらしいので、1年以上ぶりに映画館へ出向き、「すばらしき世界」を観た。監督が西川美和だし、好きな役所広司、梶芽衣子、六角精児が出ているので観たかった。録画してあった映画「心の旅路」などを家で観るのも良かったがやっぱり映画館で観るのは格別。
 更衣室などでの密に気をつけたら大丈夫と教えてもらったので、今年初めてプールにも行った。陽光が射し込み、水をかく手指の影を美しいと思いながら泳いだ。
 先週の土曜日のように外で絵を描きたいが、調子にのって出歩きすぎるのはよくないと、インターネットの写真を見てポルトガルのリスボンを走る路面電車を描いた。


 





       
       2021年2月23日
 今月のスケッチ教室は大阪城天守閣近くのミライザ大阪城。暖かくなりそうだし、天気も良いので参加したかったが気になる事があった。まずコロナ。大阪は感染者が減少傾向にあるので気をつければ大丈夫と判断。大阪城近くまでは電車とタクシーで行けるが、そこからミライザまで歩くのに不安を感じた。調べるとエレクトリックカーが近くまで行くのがわかりこれも解決。
 ミライザ大阪城は1931年(昭和6年)に府民の寄付で大阪城天守閣とともに第四師団司令部庁舎として建てられた。戦後は大阪市立博物館等として利用され、現在は商業施設となっている。単純そうに見えるが複雑なデザインのファサードを持ち、描きごたえがあった。3歳の女の子が絵を見に来てくれ、楽しく言葉を交わしながら色をぬった。
 ひさしぶりに外で楽しくスケッチ出来てとても気持ちよかった。
       
       2021年1月15日
 年末年始はラジオを聴いていた。大晦日の午後11時から元日の1時まで京都から生放送された「村上ラジオ」。山中伸弥、山極寿一と村上春樹の対談はコロナ禍、政治からゴリラについてまでとても面白かった。元日の「美輪明宏の黄金の時間」は美輪明宏と林真理子の対談。「金」や「老い」についての話は含蓄に富んでいたし、淡谷のり子の「別れのブルース」はとても心にしみる歌声だった。
 毎週愉しみに聴いている高橋源一郎の「飛ぶ教室」は通常より長い放送で瀬戸内寂聴と高橋源一郎の対談もあった。
 今日は松の内が明ける15日。葉がとても元気よく広がっているシクラメンを描く。



       
       2021年1月4日
 寒い年明け。大きな事件などはないようだが、コロナウィルスが猖獗を極めている。政府や自治体の動きがにぶく、仕事や住まいを失った人たちなどの苦しみがわからないのだろうかと怒りが沸いてくる。
 昨年11月雑誌「サライ」に運慶作の円城寺の大日如来のレプリカが紹介されていたので購入。念持仏として自室で毎日拝んでいる。自分は無宗教だと思っていたが、きっかけがあるとよすがとするものを求めるものなのだろうか。







       
       2020年11月21日
 スケッチ教室で京都の同志社大学のアーモスト館を描く。留学生の母親などの寄付を基に1932年に建てられた。設計は私の好きなボーリーズ。
 ずいぶん前に中庭からスケッチさせてもらった事があった。管理人さんによると冷暖房がなく、過ごしにくいとのことだった。

 
       
       2020年11月12日
 紅葉が進んでいる奈良公園の浮見堂へ。寒いかなと思ったが陽光がふりそそぎ、シャツ一枚でも暑いぐらいだった。人が少なく、静かで風もなく、池の水面に波もたたなかった。途中で京都・勧修寺に住んでいるという男性が話しかけてくれた。面白い話を聞きながら楽しくスケッチできた。








       
       2020年10月30日
 パソコンとハードディスクが修理から戻ってきたと思ったら、今度はプリンターが故障しスキャン出来なかったので、絵のアップは久しぶり。
 今月のスケッチ教室は伏見桃山城の予定だったが雨で(このポイントが雨で流れるのは3度目)肥後橋の教室内で。イタリア・フィレンツェのポンテベッキオの写真を見て描いた。1998年の8月に訪れた時、この橋を渡ったがスケッチは出来なかった。橋の上に金を扱う店がたくさん並んでいたのを覚えている。



       
       2020年9月24日
 福島に住む教え子が今年も葡萄をたくさん送ってくれた。出会ったのは45年前。大学を卒業してすぐに担当した学年の生徒の一人。教師という仕事の楽しさと難しさ、厳しさを私に教えてくれた学年だった。
 小さな絵にしてから食べるととても味わいのある甘さだった。




       
       2020年9月15日
 パソコンが壊れてしまった。そういう場合にデータを失わないための外付けハードディスクも同時に壊れてしまった。
 そういうわけでサイトを長期間更新出来なかった。その間もアクセスしてくださった方々は「どうしたんだろう?」と不審に思われたかもしれないが、連絡のしようがなかった。やっと両方とも修理でき、データも復旧できたので、今日からまた更新していきたい。
 この絵は上高地の河童橋。今から45年前、教師になって初めての夏休みに先輩のH先生が「穂高に登りに行かへんか」と声をかけてくださった。本格的な登山はしたことがなかったが、ザックと登山靴を兄に借りて、お供した。横尾〜涸沢〜吊尾根〜岳沢というルートで無事上高地へ。
 「上高地は初めて」という私に「じゃあ、一日遊ぼう」とH先生が言ってくださって大正池でボートに乗ったりして「日本にこんないい所があるのか!」と思った。そんな思い出のある上高地の河童橋。もう一度訪ねてみたい。
       
       2020年6月29日
 コロナ禍が一段落?したので日常を少しずつ取り戻している。プールに行き、スケッチ教室でスケッチもした。26日には3ヶ月ぶりに電車に乗って天王寺へ行って、大学時代の友人2人と老舗居酒屋の「明治屋」で飲んだ。阪堺電車の通る道沿いにあった店には何度か行った事があるが、阿倍野のビルの中に入った店は初めて。以前の店と全く同じと言っていいほどの佇まい。カウンターで若い女性が燗酒を独りで呑んでいたが、それが似合う店。出される料理が全て美味しかったが名物の焼売のうまさにすぐに追加注文したぐらい。
 楽しかったその夜の事を思い出しながら大糸線を走るキハ28形と雪の残る北アルプスと田植えしたばかりの田んぼを描く。





       
       2020年6月16日
 昨日行きつけの蕎麦屋「O」さんのご主人が庭で育てた枇杷をたくさん持って来てくださった。不作だったという去年と違って色もきれいでおいしそうだった。
 「O」に初めて行ったのはもう20年以上前。「お勧めは?」と尋ねると「辛味大根蕎麦はいかがですか」と教えてもらった。それ以来、わさびではなく辛味大根を薬味にして食べるこの蕎麦以外は注文したことはない。
 なぜか子どもの頃からざる蕎麦が好きだった。新世界の「更科」、お初天神近くの「瓢亭」の夕霧そば、信州上田の「刀屋」、そして東京の3軒の「藪蕎麦」など美味しい蕎麦屋さんはたくさんあるが、「O」さんが一番だと思っている。
       
         2020年6月7日
 4月1日以降休みが続いていたピアノレッスンだが、先生が自宅に招いて特別レッスンをしてくださった。2ヶ月独習していた3つの課題が合格になってうれしかった。
 スケッチ教室も今月から再開されるようで楽しみ。プールも閉鎖が解かれたのでそろそろ行って身体を動かしたいし、映画館にも出向きたい気持ちが募ってきた。
 左は、亡母が愛用していた白い器にパンジーをいれて。右は、何年か前に学習支援した学校でお礼にもらった蘭がたいした世話もしていないのに元気な花をつけてくれたので描いた。




         
       2020年5月31日
 村上春樹の本をを再読していたら、自分にとってかけがえのない思い出は?と考えた。読んでいた本が主人公が高校時代に仲の良かった4人の友人を訪ねる話だったからか、高橋源一郎さんの「人間は自分の未来を、ただ自分の過去だけを材料として作る生き物です。その過去がどれほどみすぼらしいものであっても」という言葉を覚えていたからだろうか。
 恥と後悔ばかりでみすぼらしい私の人生だが、かけがえのない思い出を書きだしてみるといくつかあった。それらが私を励まし、これからの人生の糧になってくれるといいのだが。




       
       2020年5月22日
 拙宅の前の一条通りを西に突き当たった所に東大寺の西の門−転害門(てがいもん)がある。762年建立で国宝。戦乱をくぐりぬけ、奈良時代の建築を保っている。
 小学校6年の4月に大阪市内から奈良に引っ越し、この門の奥にあるT小学校に通った。元々学校嫌いだったし、初めての転校ということもあってなじむのに時間がかかり、楽しいとは言えない学校生活を送った。
 35年後、同じクラスにいたMくんと思わぬ所で再会。その頃、大阪の人権教育研究団体に所属していた私が奈良であった全国的な研究会場で本売場にいるとMくんが声をかけてくれたのだ。面変わりもしていただろうによくわかったと感心すると同時に懐かしさでいっぱいになった。
 後日、酒を酌み交わし、それぞれの来し方を話し合ったが、Mくんは残念なことに何年か前に亡くなってしまった。 2020年5月31日
 
       
       



2020年5月10日
かがやきを さらに青葉にそえてゆく
五月の雨はうつくしと つぶやきたまいし母なりき
コバルトを 川の水面にときながす
五月の空はうつくしと つぶやきたまいし母なりき
やわらかに 夜のわが家をおとずれる
五月の風はうつくしと つぶやきたまいし母なりき

            
  部屋を片付けていたら24年前の5月に
描いた絵が出てきた。
サトウハチローが詠ったような母ではなかっ
たが、逝って15年になる母を思う。
今日、母の日。








       
       2020年5月3日
 コロナウイルスで2月末から家にとじこもっている。もう2ヶ月以上だが感染はおさまらない。アメリカやヨーロッパなどの状況をみるとこれからもっと広がるのではと考えてしまう。
 一番疑問に思うのは、PCR検査数が絞られていること。感染したのでは?と思った人はまず検査してほしい、と思うはず。検査数を増やすと病床がいっぱいになる・・・等というのは管理者の発想で患者の思いを考えていない。韓国や台湾のようになぜ出来ないのだろうか。
 家にいる時間が長いのは悪いことばかりではない。古い映画の良さを再発見したり、自室を片付けたり・・・結構退屈せずに過ごせている。








       
       2020年4月9日
 コロナウィルスに感染しないように、また自分が既に感染しているが発症していないだけということもあるので感染拡大させないように家に閉じこもっていたが、このままでは今年の桜を描く事が出来ない。なんとか出来ないかと考えた。
 法隆寺の近くにある法起寺には車で行けるし、ポイントは畑の中だから、気をつければ誰とも接触しないでスケッチして家に帰って来られるはずと、出かけた。
 この日はちょっと風があったが暖かい晴天で、久しぶりの野外でのスケッチを楽しめた。法起寺の三重塔と満開の桜を見ているだけでも気持ち良かった。
 途中、自転車に乗った人が挨拶してくれたり、ウォーキングしている人が何組か通ったが濃厚接触はなしだった。


       
       2020年4月2日
 コロナウィルスに感染しないように家にとじこもっている間に4月になった。1975年の4月1日、T市のY中学校に赴任した。市役所で辞令をもらい校長室へ緊張して入ったのをよく覚えている。37年間の教員生活のスタート。
 5年後の4月1日にD市のM中へ転勤。新設校だったので運動場でブルドーザーが動いていた。それから何回か4月1日に新しい職場に赴き、2012年の3月末に定年退職。
 友人夫妻が慰労会をしてくれてからもう8年経った。まだ数年しか経っていない気がする。そんな事を想いながら、連れ合いが「描いたら」と勧めてくれたラナンキュラスを玄関先に座って描いた。










       
       2020年3月21日
 スケッチ教室で京都駅近くの旧柳原銀行へ。
 柳原銀行は「1899(明治32)年に町長であった明石民蔵ら地元の有志によって設立されたもので、被差別部落の住民によって設立された日本で唯一の銀行」(パンフレットより)で、現在は資料館になっている。
 一度訪ねてみたいと思っていたので、少し早く行って資料館を見学。  
 「当時、差別のために資金を得られなかった町内の皮革業者等に融資を行い、産業の育成・振興に大きく貢献したほか、その利子を地元の小学校の運営資金や道路建設資金に充てるなど、自力で差別を撤廃していく模範とされました」(パンフレットより)という貴重な建物は大切に保存されている様子だった。
 この日はとても暖かい日で、柳の新芽が微風に揺れているのが春を感じさせた。
 反省会後、連れ合いと駅ビルにあるデパートの鮨店で待ち合わせし、ビールを飲み、にぎりを味わう。あまり好きではない蛍烏賊のにぎりがびっくりするほど美味しかった。満足して帰宅し、京都の菓子で一番好きな「阿闍梨餅」で緑茶を飲む。
       
       2020年3月18日
 朝、いつもより早く目覚めたら鶯の啼き声が聞こえてきた。すぐそばにいるような感じだったので2階の窓を開けると鶯の姿は見られなかったが、庭に鹿が10頭ほど入って来たところだった。
 ウィルスの影響で観光客が減り、鹿せんべいをもらえないから、空腹でこんな所にまでやってきたのだろうか。庭の草を食み、しばらくすると奈良公園とは反対の方へ去っていった。
 この日は晴天で暖かかったので、昼前に奈良町へ。こないだのスケッチ教室でY先生が描いてはった小塔院の古い門とそれに続く奈良町らしい町並みを描く。
 途中、フランスからという女性2人が話しかけてきた。そのうちの1人がとても日本語がうまいので尋ねると、大阪で13年も暮らしていて「大阪人」だと言っていた。
       
       2020年3月5日
 引っ越される隣家のMさんに絵をあげたいと言う連れ合いが、Mさんも垣根越しに毎年見てくれていた中庭に咲く侘助がいいと手折ってきた。蕾、開きかけ、そして開いている3つの花の具合がいいので開ききらないうちにと急いで描いた。
 日曜日には大学時代の友人3人が我が家に集まり、麻雀卓を囲んだ。もう50年ぐらいの付き合い。みんなそれなりに身体の不具合などを抱えているが元気そうで良かった。よく笑い、よく食べ、よく飲んだ。
 明日の誕生日で68歳になる。歩くのが少し不自由なこと以外は薬も飲まずに元気なのが有り難い。







       
       2020年2月17日
 今月のスケッチ教室は自宅から近い奈良町。先月先生から教えてもらった屋根の角度に気をつけて描く。反省会は「K庵」の茶房で。銘菓とほうじ茶のセットを頼むと、茶葉の入った急須とお湯の入ったポットが出てきた。焼きたての美味しいお菓子と淹れ立ての香ばしいお茶が冷えた身体に染み渡った。
 昨日はD市退職教職員の音楽イベントで、好きなジャズピアニストのトミー・フラナガンもレコーディングしている「With malice toward none」を弾いた。腕が痛くなるぐらい練習して臨んだが、あがってしまって演奏はボロボロ。
 家に帰って落ち込んでいたら、同僚だった人が「ステキな演奏で、ホテルのバーで飲みがら聴いているような・・・」とうれしいメールを届けてくれた。
       
       2020年2月10日
 昨日は友人2人と神戸に住むS宅へ。震災以来だから25年振り。療養中のSは思っていたより元気そうで、4人で楽しい時間を過ごす事が出来た。4人の付き合いはもう50年で、久しぶりに会っても一瞬で大学時代に戻れる。
 暖冬のためかよく花をつけている庭の侘助を描く。







       
       2020年1月18日
 昨日は神戸の震災の日だった。6343人もの人が亡くなった大惨事で、まだ眠っていた6時前に揺れを感じて飛び起きたのをよく覚えている。その週末には、地震の数日前に麻雀の卓を囲んだ神戸に住む友人Sの家へ、同じ友人のYと甲子園から歩いて水などを届けた。
 そんな1月17日だが、1983年のその日に私の人生が大きく動いた。
 仕事から夜遅く帰って風呂から出ようとしたら左脚が動かなかった。入院手術をしてなんとか歩けるようになったが、多くの人たちに迷惑と心配をかけた。
 その後、周りの人たちによくしてもらい定年まで仕事を続けられて幸せだったととても感謝している。
 庭に咲いている水仙を描いていると、そんな事が心に浮かんできた。絵は、脚が動かなくならなければ描いてなかったはず。今の私にとって水彩画はなくてはならないものになっている。
       
       2020年1月5日
 昨日、私が大学卒業後すぐに勤めたT市Y中学校のOB・OG新年会に参加。Y中学には英語科教員として5年間勤めたが、その頃に同じ学校におられた先輩方が18名集合。37年間の教員生活でいくつもの学校に勤めたが、Y中が一番中身が濃く、忙しく、楽しい学校だった。当然一番懐かしく、思い出も多い。
 去年お連れ合いさんを亡くされたA先生の元気な姿が見られたし、同期でよく麻雀したTさんが「Yさん(私のこと)が参加してくれてうれしい」と言ってくれた。Tさんと私が一番若手で、ほとんどが年上の先生のためか、近況報告ではご自分の病気や家族の介護の話が多かった。
 お元気なら参加されていたはずのH先生に教えてもらったシングルモルトのグレンフィディック(美味しい!)と岡山の郷土人形の座り天神を描く。





       
       2019年12月23日
 21日はスケッチ教室で京都の茶わん坂へ。寒さはそれほどでもなかったが、坂道を描くのは難しく苦労したし、清水寺がすぐそばにあるので外国人などの観光客がとても多く、通り過ぎるのを待つことが度々あって時間がかかった。
 脚が少し不自由なので、スケッチに行く時、車で行ける所は車にするが近くに駐車場がなかったり、観光地で満車の可能性が高い場合は電車やタクシーを利用する。この日、京阪の清水五条駅から乗ったタクシーの運転手さんが親切な人で、帰りもタクシーに乗りたいと話すと迎えに来てもらえ、とても有り難かった。


       
       2019年12月13日
 ある日、家の近くの奈良女子大の前を通ると正門わきの楓が輝いていたので、翌日名残の紅葉を描きに出向いた。正門前にあるベンチは陰になっていて寒かったが、先日購入した熱線ベスト(かなりの優れもの)を着ると快適で、気持ち良くスケッチできた。
 望月衣朔子著『新聞記者』を読み、映画化されたものも観た。両方とも良かったので、森達也監督が望月記者を追ったドキュメンタリー映画「i 新聞記者」も観に行った。
 菅官房長官の記者会見で独り食い下がり、取材妨害とも果敢に闘う望月記者の姿を見ていると身体が熱くなった。



       
       2019年12月9日
 今年も残りを数える時期になってきた。毎年春には筍、年末には野菜を届けてくださるSさん夫妻だが、今年もどっさり手作りの野菜−大根、小芋、白菜、くわい、キウィなどを持って来てくださった。帰られる時に「絵に描いて!」と声をかけてもらったのでくわいを信楽焼の器に入れて描いてみる。
 先週の金曜日は友人2人との忘年会。大阪・道頓堀でふぐを食べた。ふぐとはあまり縁がないがとても美味しかったし、値段がリーズナブルだった。いつも通りに最近読んだ本の話などで盛り上がり楽しく過ごして外に出ると、すごい人波に驚く。杖をついている私など吹っ飛ばされそうで、2人に左右を守ってもらって歩いたほど。




       
       2019年12月7日
 南アフリカでアパルトヘイトを経験した後に渡日し、詩集を出したり英会話学校の講師をしながら、壊れたり捨てられたりしている車椅子等を修理して祖国へ送っているトーマス・カンサさんに出会ったのはもう20年ぐらい前。H中学校の人権クラブでワークショップをしてもらい、その人間力に惹きつけられた。
 それ以来、彼の活動を応援するために毎年わずかな「気持ち」とカレンダーを届けている。今年も届けたらカンサさんから南アフリカの手彫りのコースターが送られてきた。左の容器に5枚入っていて動物などがレリーフ状に彫られている。
 英文の手紙と彼が支援している祖国の少女2人が写っている写真も同封されていた。その笑顔を見ていると涙が出てきた。
       
      2019年11月27日
 35年前に担任したNくんが奈良に来てくれた。日本酒が好きとうれしい事を言うので奈良町のお気に入りの店で豊祝、春鹿を燗で4合も飲んでしまった。いろんな話をしたが、以前会った時に私が「文を書いたらいいのでは」と言ったのをきっかけに文章修行をしていると聞き、驚く。
 昨日は京都でやっている「円山応挙展」へ。長年見たいと思っていた「郭子儀図」は「孔雀松図」と共に会場入口近くにあって、もうそれだけで満足してしまうぐらい。巻物のような紙にたくさんの鳥が描かれているのにも瞠目。あの写実の技には実物以上の気を感じさせられた。
 Y先生のグループ展が開かれている寺町のギャラリーへも出向く。自分の描きたいような絵を描けるようになってきたのも10年以上指導してもらっている先生のおかげ。
 「イノダ本店」でビーフカツサンドを食べる。池波正太郎が東京へ帰る新幹線内で食べるためにテイクアウトしたというから味は折り紙付き。珈琲−アラビアの真珠もいつも以上に味わいがあった。
       
       2019年11月24日
 23日は快晴で風もなかったので大仏池でスケッチ。苦手な樹木と池だが練習のつもりで描く。スイスから来たという女性と木津川市の女性が声をかけてくれた。そろそろ引き上げようかと思った4時頃、紅葉が夕陽を受けて輝きを増し、まるで別の風景を見ているようだった。
 今日は現役の頃に所属していた大阪・D教組のフィールドワークに参加。小6と中学の3年間住んでいた所のすぐ近くにあるH地区のフィールドワーク。その歴史などを学んぶ機会がこれまでなかったので貴重な経験となった。
       
       2019年11月19日
 今年から代表になったD市の退職教職員作品展が終了。特に何をしたわけでもないが何事もなく終われたのでホッとした。今回もお世話になった先生方や元教え子らがたくさん来てくれた事を思い出しながらピンクのコスモスを描く。
 出展品ではUさんの鉱物標本が素晴らしかった。小学校1年の時にお母さんから勧められて始め、66年間続けてきたという鉱物採取。ケースに入った鉱物とともに並んでいた採取についてまとめたノートをじっくり読ませてもらう。




       
      2019年10月23日
スケッチの先輩方2人と天理にある石上神宮へ。最近雨が多いが、この日は絶好の秋晴れ。閑かな境内には烏骨鶏などが放し飼いされていて元気な啼き声を響かせていた。紅葉はまだ少し先のようだったが気持ち良くスケッチできた。



       
      2019年10月5日
 今年も奈良きたまち(近鉄奈良駅より北側)のスケッチ会に参加した。奈良女子大前にある旧鍋屋交番を拠点にして地域活性化活動をされている団体「なべかつ」主催行事で9回目。
 どこかいいポイントはないだろうか、と考えていると、家からすぐ近くの一条通りにある法蓮橋付近を思いつく。古い石造りの橋、お地蔵さん、通りの奥に見える転害門、遠くには三笠温泉の建物と、描くものが多くあって時間がかかったが気持ち良くスケッチできた。
 女子大のラウンジであった交流会に行くとピアノ教室で一緒だったKさんに声をかけてもらった。数ヶ月前から絵を始めたそうで、「人生最後の挑戦」と話されていた。 
       
       2019年9月23日
 連れ合いが沖縄旅行へ行った。3日間独りで過ごすのに不安はなかったが、結婚してからやったことがなかった洗濯だけが気になっていた。連れ合いのメモを見ながら洗濯機を動かし、杖をつきながら干す。意外にスムーズにできた。
 土産のミニパイナップルとボンタンアメを描く。ボンタンアメは亡父が出張の時に買ってきてくれた思い出があり、味と箱のデザインが懐かしかった。



       
       2019年9月12日
 猛暑が長引いていたが、やっと秋の気配が感じられるようになった。
 連れ合いが「描いたら」と持って来てくれたガーベラを描く。花は知っているが葉っぱがついているガーベラは初めて見た。
 10年ほどリハビリを受けていた診療所が外来リハビリを止めることになった。デイサービスでなら今までのようにリハビリを受けられるらしいので、必要な介護申請をする。調査を受けて、「要支援1」と判定された。介護保険証が届いた時には「まだだいぶ先やな」と思っていたが2年後に使うことになった。
 昨日はその1回目で、信頼している療法士のSさんがつきっきりでリハビリをしてくれた。それが今までの倍以上のメニュー。終わったらヘトヘトになったがSさんが私のために考えてくれたメニューなのでとても有り難かった。
       
         2019年8月17日
 今月のスケッチ教室は暑さを避けて肥後橋の教室で。持参した顔の写真をデホルメして描くというのが課題。絵を描くなら好きな女性がいいので、鈴木京香、山口百恵、コン・リー(中国の女優)などを考えたが、描きやすそうなグレース・ケリーにする。
 写真にマス目を引き、水彩画用紙にもデホルメしやすいように縦長の湾曲したマス目を引いて描いた。
 グレース・ケリーに怒られるような絵になったかもしれないが、ちょっとモジリアーニ風で気に入っている。

         
2019年6月1日
 先週の土曜日、習っているピアノの発表会に出た。ビリー・ホリディの伴奏者として有名なマル・ウォルドロン作曲のジャズの名曲レフト・アローンを憧れのジャズピアノトリオ編成で。
 リハーサルでは自分でもびっくりするほどうまく弾けたのだが肝心の本番ではあがってしまったのか何度も間違ってしまった。
2019年5月19日
 昨日、スケッチ教室で京都・大山崎にある聴竹居(重要文化財)へ。話には聴いていたが訪れるのは初めて。藤井厚二という建築家が90年前に立てた「環境共生住宅」。
 めざす建物は、JR山崎駅近くの踏切を渡って坂を登っていくと木立の中に。説明によると、家族5人が夏涼しく、冬暖かく過ごすため等の様々な工夫がなされていてとても感心。説明の前においしい弁当も頂いたので、もう絵を描かなくてもいいという気分になるほど満足できた。
 スケッチは大きな木と縁側のガラス戸の向こうに天王山が見える庭から。


2019年5月6日
 10連休というゴールデンウィークも最終日。27日に法善寺横丁で会食、4日に大学時代の友人に誘われて茨木ジャズを聴きに行った以外は自室の片付けと溜まっていた録画を観ていた。
 4日の野外ライブは楽しめた。6時間ほど会場にいたが退屈することは全くなかった。高槻、茨木など無料のジャズライブ運営を長年続けていくのは大変だと思うが内容が充実しているし、椅子テーブルまで用意されていて感心した。
 楽しみな外出もいざ出かけるとなると転けないか、近くなってきたトイレは大丈夫かとかの不安でおっくうになる事も多いが、この日はとても楽しみだった。それはジャズを聴けるのもあるが久しぶりに友人2人と会えるから。
 いつもお世話になっている電器店のご主人が持って来てくださったアッツザクラを描く。木箱に入っているのが面白い。北太平洋のアッツ島とは関係ない花で北アフリカ原産らしい。
2019年4月20日
 今月のスケッチ教室は奈良・高畑。自宅からすぐの所だし、親戚の家も近くにあるので時々通っているはずなのだが、こんな造り酒屋があるとは知らなかった。
 晴天で良かったのだが、陽射しがきつく2時間日向にいたらとても疲れた。








2019年4月19日
 今年もSさん夫妻が筍を持って来てくださった。その朝に掘り出してくださったもので有難く頂く。若竹煮、筍ご飯...と食欲が先走るが、茹でる前に小さな絵にする。
 昨日は神戸でやっている河鍋暁斎展へ。Eテレの「日曜美術館」で紹介されているのを見て、是非原画を見たいと思っていたが、記念美術館のある埼玉は遠い。何年か前に京都でやっていた展覧会は不満が残ったが、今回のは質、量とも良かった。特に下絵と絵日記が見られたのがうれしかった。あの大胆かつ繊細な絵がどのように生み出されたのか、その一端を知る事が出来た。
 昼は長田にある「元祖平壌冷麺」。初めて食べたが透明なスープは薄味だが味わいがあり、麺も歯ごたえが十分で美味しかった。
2019年4月13日
 1月のスケッチ教室を欠席されたSさんが「小学校の遠足で行った所だから是非描きたい」と京都から出て来はったので一緒にスケッチ。
 修学旅行生や外国人観光客で混雑していたし、少し寒かったが晴天で気持ち良く描けた。
 Sさんは私より大部年上だが最初にお会いした時から注目した。それは私と同じパパス愛好者でうまく着こなされているから。
 釜上げうどんで暖をとり、若草山ドライブウェイから桜と大仏殿の絶景を楽しみ、喫茶店でゆっくり話。





2019年3月28日
 昨日は暖かい晴天だったので、久しぶりに二月堂裏参道へ。
 白木蓮が咲いているのを陽射しを浴びながら見ているだけでもいい気持ちになれた。このポイントは奈良で一番好きな場所で、今までで一番多くスケッチしている所。
 そろそろ色をぬろうかと思っていると、朝6時半に栃木の家を出て来たというおじさんがすぐ後ろに陣取って油絵を描き始めはった。去年も来られたそうで、そこまでしてでも描きたくなる場所なんだと納得。





2019年3月24日
 今日はDくんの水彩画レッスンの日。前回下描きしたモンサンミシェルの彩色。壁や樹木の色に工夫をしていた。
 4月から中学3年になるのでレッスンは今回で一段落。小学4年生から6年間53回一緒に楽しく絵を描いた事を思い出しながら、春の干菓子を描く。


2019年3月7日
 昨日は67歳の誕生日だった。子どもから大好物である蟹のプレゼント、友人や教え子、知人からお祝いメッセージをたくさんもらった。
 せっかく春が始まるいい時期に生まれたのだから、もう少し人生を楽しみたいと思う。
 BS放送の「日本百名山」を観て、中央アルプス木曽駒ヶ岳の千畳敷カールを描く。







2019年2月25日
 D市退職教職員会の音楽イベント「午後のひとときサロン」でジャズの名曲「レフト・アローン」を弾いた。
 急に家族が入院することになったので大幅に遅刻したが順番を調整してもらい参加できた。
 十分練習してきたつもりだが何度も間違ったり止まったりしてしまった。それでも部分的にジャズらしく弾けたところもあったので楽しかった。






2019年2月18日
 連れ合いがなじみの花屋さんで買い物したらプレゼントされたという2本のバラを描く。難しいのでやめようかと思ったが、何事も練習と描いてみる。
 朝起きた時に、今日はあの本を読もう、と読みたい本があると一日幸せのように感じるが、今年はいい本の当たり年のようで、読む本読む本がすばらしい。なかでも辻原登の『不意撃』と乙川優三郎の『この地上において私たちを満足させるもの』がとても良かった。


2019年2月9日
 連れ合いが水仙を見に行った淡路島の土産として買って来てくれた丸干を描く。スーパーのはプラスチックの容器に入っているがこれは藁でつながれているので絵になると思った。
 少し不自由な脚のリハビリになると思って水泳を始めて2年と9ヶ月。週1回通っているプールは自宅から車で15分ほどの所にある。奈良市営で障害者向けの教室。無料なのが年金生活者には有り難く、インストラクターさんが指導もしてくれる。一緒泳いでいる人たち(独りで車椅子に乗って通って来る人もいる)と話すことも楽しみだし、教えられることもある。
 昨日、通うまで全く出来なかったクロールで100m泳げた。「よくがんばったね!」と誰かに頭をなでてほしい気がする。






 
2018年1月22日
 子どもの頃からの映画好き。脚が不自由になってからはレンタルで観ることが多い。シネコンは客席が階段になっていて、手すりもない所が多いので行きにくいから。でも、これという映画は映画館で観るようにしている。
 「ボヘミヤンラプソディー」もそういう作品で映画館へ出向いた。クイーンのリードボーカル フレディ・マーキュリーの栄光と苦悩が彼の歌声とともに迫ってくるような映画だった。
 もう一本気になる映画があった。「こんな夜更けにバナナかよ」だ。筋ジスで車椅子生活をしている主人公鹿野とボランティアたちの話。重度の障害者をどう描くのかとても興味があったからレンタルになるまで待てなかった。
 鹿野はボランティアによって24時間休みなしに支えられているが、実はボランティアたちも鹿野によって支えられているのをうまく映像化していた。ジャズシンガーの綾戸智恵が鹿野の母親役で存在感を示していたのも良かった。
 2本の映画を思い出しながらムスカリを描く。
2019年1月20日
 スケッチ教室で東大寺・南大門へ。家から近いが何年も訪れたことはない。大寒の前日だが寒さがそれほどでなく陽も照っていた。
 参道は鹿に餌をやる外国人観光客らで賑わって真っ直ぐ歩けないほど。
 天平時代に創建された門は平安時代の大風で倒壊し、鎌倉時代に東大寺を復興した重源上人によって再建された。高さは25.46mで国宝。
 そのスケールの大きさを表現するため、手前に鹿と人を入れてみた。





2018年12月31日
 大晦日になった。今年は災害が多く、中には人災ではないかと思うものもあった。住居の修理が出来なくて避難生活をしている人も多い。早く安心して穏やかな生活が出来るようになってほしい。
 個人的には風邪もひかずに元気に1年間過ごせたことがうれしい。長年抱えている悩み事も少しいい方向に向かっているような気がする。
 毎年末にお世話になった方々に翌年のカレンダーを届けているが、今年は12枚の絵のベスト3を尋ねてみたら、1.東大寺大仏殿 2.浮見堂と桜 3.姫路城 という結果だった。
ご協力有り難うございました。
 今年の最後−48枚目の絵として、花がフリルのようになっているシクラメンを描く。





2018年12月27日
 去年はクリスマスに北村英治さんのライブに出向き、コースターの裏にしたスケッチにサインしてもらえた。今年は同じホテルのジャズバーへ宇崎竜童さんの弾き語りライブへ出向いた。
 高槻ジャズストリートで「中国行きのスローボート」など、何度かその歌声を聴き、ダウンタンブギブギバンドととは違う魅力を感じたから楽しみにしていた。
 「港のヨーコ、ヨコハマヨコスカ」から始まり、好きな山口百恵のナンバーもやってくれた。デビュー曲という「知らず知らずのうちに」がしっとりしていて気に入った。
 帰りにエレベーターを降りるとステージが終わったばかりの宇崎さんとバッタリ。サインをもらうチャンスだったが、会場が暗すぎてスケッチ出来なかったので残念だった。

2018年12月18日
 16日の日曜日、Dくんの水彩画レッスンで、11月3日に鉛筆描きした遣唐使船の色を塗った。この日はとても寒かったので私の部屋で実施。Dくんはいつも通り2時間ほど集中して取り組んでくれた。アドバイスしながら私も色を塗る。
 Sさんから大きな白菜を頂いたので白菜漬けを作った。半日陽に干し、塩、昆布、昆布茶、鷹の爪で漬け込む。数日後に食べてみるとスーパーで買う物とは違う素朴な味わいで美味かった。

2018年12月9日
 東京に住んでいる連れ合いの友人は毎年年末にプレゼントを贈ってくれる。大の猫好きだそうで、猫に関わるグッズが必ず入っている。
 今年のプレゼントの箱の中には猫のクリスマスツリーがあった。
 ツリーの枝に様々なかっこうでぶらさがっている猫を描きながら今年2月に亡くなったミーちゃん(我が家の飼い猫)を思い出していた。






2018年11月28日
 スケッチの先輩お二人と奈良市中心部から柳生に向かう途中にある円成寺へ。
 池のむこうにある石段と楼門、紅葉を描く。物音がまったくしない静寂の世界。時折参拝する人が訪れていた。国宝である快慶の初期の傑作大日如来に招かれてか。








2018年11月26日
 ホテルになるため最後の公開イベントが開催されている旧奈良少年刑務所へ。
 門は何度も描いた事があるが内部の建物をスケッチした事がなかったので、問い合わせるとスケッチ可との事だったので出かけるとものすごい人。
 私が小学生の頃、父親がこの刑務所に勤めていたので、宿直する父親に弁当を届けにこの建物の中に入って行ったことなどを思い出しながら描く。
 「すごーい!」「絵を写真に撮ってもいいですか?」などと何人もの人に声をかけてもらう。




2018年11月5日
 昨夜、難波で大学時代の友人2人とビールを飲む。いつも通り、互いの近況、趣味や本、映画等の話で盛りあがって楽しかった。     48年間にわたる付き合いだが、3人とも退職してその関係の有り難さをより感じているようだ。それぞれ身体や家族でいろんな事があったし、今もあるがその時々に話をし、聴き会う関係は本当に貴重だ。60代のなかばを過ぎたがなるべく3人の関係が続くように長生きしようと話した事を思い出しながら、庭に咲くつわぶきを描く。




2018年11月3日
 中学2年生のDくんと平城京跡・朱雀門ひろばで、復元された遣唐使船を描く。秋晴れで暑いぐらいの陽気。Dくんにアドバイスしながら私も鉛筆描きを進める。色塗りは来月の予定。
 先週、京都でやっている藤田嗣治展に行って来た。乳白色の裸婦もいいが、猫を抱いた自画像や静物、パリの風景などもゆっくり楽しめ満足出来た。
 昼は河原町今出川の商店街にある「M」で、鯖寿司とうどんのセットを食べた。初めて訪れた店だがとても良かった。雑誌で写真を見た時に「この鯖寿司は美味しい!」と働いた食い意地の感に間違いはなかった。
2018年10月18日
 いつの間にか朝晩は肌寒さを感じるようになってきた。
 連れ合いが買ってきてくれたコスモスを描く。秋を代表する花だから何度も描いたことがあるが、あのピンクの色を出すのにいつも苦労する。今回は黄色なのでなんとかなったかな。
 最近読んだ本−@姫野カオルコ著『彼女は頭が悪いから』実際にあった東大生による集団レイプ事件をヒントにした小説。学歴社会の歪みとSNSの怖さを実感させる。A原田マハ著『リーチ先生』柳宗悦、濱田庄司、河井寛次郎らと共に民芸運動に関わったイギリス人のバーナード・リーチと助手の亀ちゃんを描く。ピカソの「ゲルニカ」、ルソーの「夢」など画家とその作品に関わる小説が多い著者だがこの本では陶芸を取り上げていて、私の好きな富本憲吉も出てくる。

2018年10月8日
 昨日、私の住まいもある「奈良きたまちスケッチ大会」に参加。去年は雨で中止になったし、今年も台風のために実施が一週間延びたが、この日は良すぎるぐらいの天気で奈良女子大正門前のベンチに座っていると汗をかくほどだった。
 正門と奥に見える記念館を描いていると和服を着た上品な白髪の女性が「卒業生なんですが写真を撮りたい・・・」と警備員さんに話しかけてはった。母校の様子に何を思ってはるのだろう、と思いながら筆を進めた。
 交流会では参加者それぞれの作品の紹介などがあって楽しかった。20年ぐらい前に参加していたK先生の教室で一緒だったSさんとも久しぶりに会えた。
2018年10月2日
 先日スケッチの先輩方3人と奈良県庁屋上広場へ。南側を見ると興福寺の五重塔が見上げるのではなく、目の高さに見え、東側は若草山、大仏殿、小さく二月堂、南大門などが一目で見渡せる。こんな眺望はなかなかないので早速スケッチ。苦手な木が多いというかほとんど木なので苦労したがなんとか仕上げる。
 スケッチ後に珈琲を飲みながらスケッチ談義。この夏は猛暑だったので皆さんあまり絵が描けなかったらしい。




2018年9月22日
 春日大社創建1250年ということで境内の林檎の庭で行われた小野リサのライブに出向く。
 雨が降ったりやんだりしていた日で、夕刻からのライブは「♪雨に濡れてた たそがれの街...」の「黄昏のビギン」から始まった。キーボードとギターをバックに小野リサのちょっとハスキーな歌声が神殿前の自然な静かさの空間に響く。「イパネマの娘」「マシュケナダ」などお馴染みのナンバーもやってくれた。
 限られた照明でほのぐらいなか演奏中の小野リサさんをスケッチしたが・・・。





2018年9月7日
 昨日、琵琶湖東岸沿いにある佐川美術館へ田中一村展を見に出かけた。奄美大島の自然を描いた一村はそんなに有名ではないと思っていたが、NHKの「日曜美術館」で紹介されたためか平日なのにすごい人。
 一村は多様な描き方を駆使していたようだが植物の葉、一葉一葉がとても活き活きと描かれていたのが印象に残った。特に、第2会場入ってすぐの所に展示されていた「白い花」が気に入った。
 「来て良かった」と満足して、美術館に行く前に予約しておいた「たねや玻璃絵館」のケーキバイキングに連れ合いのお供で出向く。90分間ケーキ食べ放題だが、そんなに食べられるものではなく、後半は絵を描いて過ごした。




2018年9月1日
 猛暑の8月がやっと終わり、今日は朝から雷雨。8月は連日35度を超すような暑さだったので、ほとんど家の中で過ごした。出かけたのは生駒・宝山寺参道でのスケッチぐらいで、読書、レンタル映画、リハビリ、プール、ピアノで過ごした。
 絵がほとんど描けなかったのが残念なので、雨露にぬれて庭に咲いている高砂芙蓉を描く。ムクゲという花かなと調べてこの名前がわかった。
 八月は父が亡くなった月。今年もいろんな人が亡くなった。翁長沖縄県知事、菅井きんさん、さくらももこさん...。テレビで菅井さんを観ると亡母を思い出したもの。








2018年8月6日
 毎日命に関わるような暑さが続いていて外でのスケッチができないから、スケッチ教室のメンバーであるOさんから頂いたノイシュバインシュタイン城の写真を見て描く。この城を描くのは2回目だが今回は山や湖、紅葉した樹木もあって描いていて楽しかった。

 一番好きな映画は?と尋ねられたら「007ロシアより愛をこめて」と答えるが、その次は?となると、いろんな映画が浮かんでくる。そのうちの一つである「おもいでの夏」をレンタルして観た。アメリカの少年のある夏の経験を描いた映画だが、夫を戦争で亡くすドロシーを演じたジェニファー・オニールとミシェル・ルグランのテーマ音楽の素晴らしさを再認識。大学生の時に京都河原町の映画館で観た時の胸の痛みというか何とも言えない心持ちが蘇った。
2018年7月17日
 脚のリハビリに通っているK診療所では2人の女性スタッフにお世話になっている。お二人とも腕は確かで、私の脚が悪化せずに現状を保てているのはそのおかげと感謝している。
 お酒が好きで話していて楽しいSさん。もう一人のMさんが大型バイクに乗っているのは最近知った。駐車場に駐めてあったMさんのアメリカンスタイルのバイクをスケッチさせてもらう。











2018年7月12日
 先週の土曜日、私が大学卒業後すぐに受け持ち、1年〜3年まで担任した最も思い出深い教え子たちとの同窓会に参加。  当時、私は英語の授業でビートルズの歌を取り上げていた。それをきっかけに今もビートルズを聴いていて、ポールのコンサートにも行ったとU君が話してくれた。卒業以来初めて会った人が何人もいて、楽しい時間があっと言う間に過ぎていった。
 京都へスケッチに行きたいが35度以上の暑さが続いているので写真を見て京都国立博物館明治古都館を描く。





2018年7月6日
 6月18日の地震には驚いた。朝食中だったが思わずテーブルの下に入った。震源地は5年間勤めたことのある高槻だった。知人、友人たちに大きな被害がなかったが、続いての大雨で屋根などに被害があった方々はさぞや困ってはることだろう。早く止んでほしい。
 明日は大学卒業後、すぐに勤めた高槻Y中の同窓会で、懐かしい教え子たちやお世話になった先生方に会えるのがとても楽しみ。
 このところ暑いのでスケッチ出来てなかったので絵を描きたい気持ちが募ってきた。何か描く物がないかと探し、本棚に飾ってある沖縄で求めた酒器を描く。
2018年6月17日
 昨日、スケッチ教室で神戸・北野へ。異人館通りにある英国館を描く。こういう古くて美しい西洋建築を描くのが一番好きなので、以前から一度描きたいと思っていた。
 梅雨の晴れ間で太陽が照っていたが、案内所の女性に許可してもらい、庇の陰に座らせてもらう。観光スポットだから人が多いが、異人館を巡るのに夢中な様子で話しかけてくる人は少ない。
 トイレに行きたくなったが近くに無いらしく、困っていると案内所の女性が英国館の人に口添えをしてくださり、借りる事が出来きとても有難かった。



2018年6月2日
 ピアノの難しい課題をなんとかクリアーしようと毎日力を入れて練習していたら右腕が痛くなった。マッサージしてもらったりして治ったと思ったら、今度は脚に痛みが。普段は歩きにくいだけなのだが、歩くとお尻から太ももにかけて鋭い痛みが走る。少しずつマシになっているような気がするが、学習支援や会合、プールも行けなくて迷惑をかけている。
 外でスケッチできないので、シャクヤクを描く。













2018年5月24日
 玄関先の階段に置いてある鉢にエーデルワイスのような花が咲いているので描いてみる。調べるとオーストラリア原産のフランネルフラワーと分かった。そう言えば花びらが毛織物のような感じがする。描いていて気づいたが花が全部同じ方向を向いている。太陽の方に向いて咲くのだろうか。
 応援している宇良が休場しているが毎日相撲を観ている。今日、栃ノ心が白鵬を破った。とても力の入る相撲だった。これで大関昇進確定だろう。ここまできたら全勝優勝してほしい。
 解説者も話していたが、栃ノ心は大けがをして幕下下位になり、そこから復活したので、怪我で苦しんでいる力士は励まされているはず。脚が少し不自由な私が応援するのもそういうことかもしれない。



2018年5月20日
 スケッチ教室で大阪市住之江区にある加賀屋新田会所跡へ。地元の人にもあまりなじみがない施設らしかったが手入れが行き届いたいい所だった。  加賀屋新田は両替商だった加賀屋甚兵衛が18世紀半ばに開発したもので、この会所は1500坪弱の広大な敷地に小堀遠州風の庭園や書院、茶室などを構えている。
 ほとんどのメンバーは庭園の方で描かれたようだが、私は冠木門(かぶきもん)を見たとたん、ここで描きたいと思った。
 京都・大徳寺から拝領の瓦を模したという瓦と「古見堂(古きをたずねて新しきを知る)」と書かれた扁額、節が見られる二本の柱などに惹かれたから。書院に続く道の角度が難しかった。


2018年5月6日
 こどもの日はとてもいい天気で風もなかったので二月堂へ。暑くも寒くもなく、輝く新緑を見ながら気持ち良く描けたが舞台がちょっと傾いてしまったような。帰りに「O」さんで食べた蕎麦がとても美味しかった。
 今日は毎年恒例の「M先生を囲む会」。車椅子生活をされているMさんにお世話になった15人が集まり楽しい一時を過ごした。会が15年ほど続いているのもMさんの人柄とだんどりをしてくれるUさんのおかげ。







2018年5月2日
 30日は友人Yが誘ってくれたので堺ブルースフェスティバルへ出かけた。ブルースはジャズやロックに比べてもマイナーだから、愛好者も少ないのではと思っていたが、登場するグループのレベルの高さに認識を改める。
 心地よい風が吹く晴天の野外で生の音楽とYの連れ合いさんが作ってくれたおにぎり弁当を味わう。
 猫がいなくなり、私は何か忘れ物をしたような気分になることがあるが、連れ合いは夢にまで見るペットレス状態。その連れ合いの誕生日に子どもがプレゼントしてくれた猫のオルゴールとクロワッサン形のラスクを描く。



2018年4月21日
 スケッチ教室で京都へ。予想最高気温が30度だったが風があり気持ちよく東大路近衛にある京大楽友会館を描く。創立25周年を記念して1925年に建てられたスパニッシュ様式の建物。オレンジ色の瓦屋根とY字柱の玄関が印象的。
 大学時代、この周辺を時々歩いたがこの建物は知らなかった。講評会は少し離れた所にある日仏会館で。
 杖をついて参加している私を先生やメンバーの方々がこの日も気遣ってくれ、親切にしてもらった。







2018年4月13日
 絵や建築物等を紹介する「美の巨人たち」を欠かさず観ている。内容もいいが、高校で同じクラブにいた小林薫がナレーターをしているのも観る理由。あの声を聞くと疏水沿いの高校に通っていた頃が自然と思い出される。
 その番組で奈良・東大寺をやっていたので、録画して大仏殿を描いた。
 今日、雑誌「サライ」5月号が送られてきた。投稿した北村英治さんを描いた絵がP112に掲載されている。






2018年4月9日
 そろそろ桜も終わりなので、名残の桜を描きに出かけたいが天気がはっきりしないし、寒の戻りというのか寒い。
 そういうことで雑誌「サライ」に載っている写真を見て、長野の大町市にある須沼の一本桜を描く。地元では「田打ち桜」と呼ばれ、農作業の目安にされているそうだ。雪を残す北アルプスをバックにした姿を現地で描きたいものだ。





2018年3月26日
 昨日、若い友人のYさんとカトリック豊中教会をスケッチ。桜が咲き出し、暖かい日で気持ち良かった。
 設計は聖路加病院なども手がけたチェコスロバキアの建築技師ヤン・ヨセフ・スワガーで、彼の日本での最後の作品。第2次大戦の直前のもので外観や内部の格天井など、和風や中欧など様々な雰囲気を感じさせる。
 通りかかられた神父さんが「いい絵を描いてください」と声をかけてくださった。









2018年3月19日
 土曜日のスケッチ教室は大阪城の北側にある極楽橋で。森ノ宮から乗った園内を走るロードトレインで一緒になった韓国からの若者2人との会話を楽しむ。
 絶好の天気で気持ち良くスケッチ出来たが城は形が取りにくく苦労したがなんとか描きあげる。
 日曜日には四国丸亀から30年前の教え子が訪ねてくれた。京都の病院に就職が決まった娘さんの所に来たついでに奈良を観光しに来たそうだ。大仏殿、二月堂、春日大社を巡って拙宅に来てくれた。
 会うのは4年ぶり。カルボナーラをご馳走し、ゆっくり話をする。「出会う人とは出会うべくして出会う」「人間の幸せの量は決まっていて、前半で使うか、後半で使うか」等と意味深い事を話していた。
 

2018年3月13日
 久しぶりに京都に出て文化博物館でやっているターナー展へ。ターナーも使っていたという絵の具を使い、映画も観たが原画を観るのは初めて。風景や人物の繊細な描写に瞠目。カメラのない時代、荒れる海の様子をどうやって描いたのだろうと思った。
 館内の元金庫室にある前田珈琲店で昼食。沢野ひとしが京都に行ったら必ず食べると書いていたイギリスパンセットはなかったがサンドウィッチ、珈琲とも美味しかった。 
 連れ合いが周辺をぶらぶらする間、ずっと描きたいと思っていたアールデコ建築の旧大阪毎日新聞京都支社(武田五一設計、1928年竣工)をスケッチ。今は色んな店が入っているおしゃれなビルになっているが、星形のマークが当時を偲ばせる。大学時代、三条通りのこのビルの前を通ってすぐ近くにあるYMCAの英会話教室に通っていたので懐かしく、いろんなことを思い出しながら描いた。
 新京極のメンズショップ「イノハナ」がなくなっていると連れ合いから聞き、ショックを受ける。高校時代の憧れの店で、そこの紙袋を持っているだけで羨ましがられるような存在だったが、私はウィンドウに飾られているセーターやシャツなどを指をくわえて見ているだけだった。働くようになってその店で購入したウィンドブレイカーなど何点かは今も愛用している。





2018年3月10日
 連れ合いが買ってきたマーガレットをオリーブオイルが入っていたガラス瓶に入れて描いてみる。
 明日は東北の震災の日。7年前のあの時刻の事はよく覚えている。F小学校の職員室に座っていると大きな揺れ。学校放送で校庭への避難を指示。先生方と相談して集団下校させた。
 現在も3万人もの人が仮設住宅に住まいし、その内13000人がプレハブ。報道によると福島原発の廃炉は進んでいないし、見通しもたってないよう。それなのに原発を再稼働させ、何かあったら政府が請け負うという約束までして他国へ原発を売り込むとは!
 実際にあったことを無かったかのように、小さなモノだったように見せようとする動きが日本で広がっている気がする。







2018年3月6日
 66歳の誕生日。友人や教え子らから沢山のメッセージをもらいうれしかった。
 ついこないだ定年退職したつもりなのに、もう6年も経ったのかというのが実感。歩きにくい以外は一応健康で、リハビリと水泳で少しでも歩きやすくなるように努力している。あとは月数回の中学校での学習支援、スケッチ、ジャズピアノなどで過ごしている。心配な事もあるが自分らしさを大事にして過ごしていきたい。
 BSの「日本百名山」の水晶岳を観ていると、鏡池からの風景が素晴らしかったので小さな絵にする。


2018年2月18日
 昨夜遅くに猫のミーが死んだ。一ヶ月ほど調子が悪く、点滴を受けたりしていたが昨日は呼吸をするのもしんどそうで見ているのが辛かった。7年前に捨てられているのを連れて帰ってきた次男がちょうど来ていて、それを待っていたように逝った。
 子どもの頃の出来事がトラウマになって猫は苦手だったが、いつの間にかなじんだ。自室のドアを叩き、開けてやるとソファーに座ったり、本を読んでいる私の膝の上から動かなかったりした。心が沈んでいる時に限って膝に乗ってくることが多く、癒やされたものだ。
 そんな事を思い出しながら中庭に咲き始めた侘助を描く。










2018年1月29日
 大相撲1月場所はファンである宇良が休場でさみしかったが、平幕の栃ノ心が優勝したのはうれしかった。
 グルジアから来日した時にはグルジア語の辞書もなかったというから苦労したことだろう。また膝の大けがで幕下下位まで番付を下げたこともあった。何度も辞めようとも思ったそうだが復活してきたその姿を見て応援していた。
 インタビューでは親方への感謝の言葉を繰り返し述べていた。彼の締め込みは親方が現役の時に使っていたもの。そういう所にも彼の人間性が表れている気がする。
 Mさんがフェイスブックに、栃ノ心はゴルゴ13のデューク東郷によく似ていると書いてはった。気がつかなかったがそういえば目、眉毛、鼻筋などよく似ている。ゴルゴ13のように無敵な存在になるのだろうか。
 厳しい寒さの中、庭に咲く水仙を描く。











2018年1月9日
 7日、私が最初に勤めたT市立第四中学校のOB・OG会に10年ぶりぐらいに参加。懐かしい先生方が20名ほど集まった。近況報告のために私は一枚の学級通信を持って行った。
 40年前のある日、授業を終えて職員室に戻ってきた私の机上にその日配った学級通信が置かれていて、ある先生の私に対する励ましとアドバイスのメモが貼り付けてあった。
 生意気なだけで何も知らかった私はその学校での5年間で沢山の事を多くの先生方から教えてもらった。
 その証拠みたいなそのメモを紹介して「この場におられる先生がこのメモを書いてくださったのです。憶えてはりますか?」と尋ねても皆顔を見合わせるばかり。
 「T先生です!」と告げると少し離れた所に座られていたT先生の目から涙が流れた。










2018年1月2日
 穏やかな年明け。外でスケッチしたいが、寒いので40年以上前に金沢で購入した加賀人形を描く。確か五木寛之の『内灘夫人』を読んで金沢に行きたいと一人で出かけたはず。内灘海岸のニセアカシヤ並木と弾薬庫跡が思い出される。
 正月の食べ物といえば松前漬け。亡き両親がずっと作っていたものを引き継いだというか自分が食べたいので毎年末に作っている。するめ、昆布、にんじんを細く切り(これが大変で指と肩が痛くなる)、大豆を茹で醤油と酒を入れて漬け込み、最後に数の子を混ぜる。松前というから北海道の料理だろうが、両親は私が生まれた仙台にいた時に覚えたのだろう。
 ある人の年賀状に「明珠在掌」という言葉があった。調べてみると、禅語で「明珠」とは非常に価値のあるもの。それはもうすでにあなたの手の平(掌)に在る。真に大切なものは、どこか遠くに探すものではなく自分の手の中にある、という意味らしい。「物欲の塊」と家族からそしられることの多い私には噛みしめるべき言葉かもしれない。
2017年12月24日
 昨夜、奈良市内のホテルであったジャズクラリネットの第一人者である北村英治カルテットのライブへ連れ合いと出向いた。聴きたいと思っていた「メモリーズオブユー」「ムーンライトセレナーデ」などのスタンダードナンバーも良かったが、ビールを飲んで少し酔った私の心に沁みたのは、ザ・ピーナッツが歌ってヒットした「小さな花」。スローテンポでの演奏に癒された。
 合間にコースターの裏に演奏中の北村さんをスケッチしたので、ステージから降りて来はった時に見てもらうと、喜んでくれはった。その場でサインをしてもらい、握手もしていただいき、思わぬクリスマスプレゼントをもらったような気分になった。







2017年11月14日
3日間開催した大東退職教職員作品展に500名近くの人が観に来てくださった。事務局を引き受けていたので無事終了できてホッとした。案内葉書を出した人やフェイスブックなどで繋がっている教え子らが来てくれてうれしかった。最終日に私の絵のファンという人が来られて、私の絵を買いたいと言ってくださったと知り、とても励まされた。3日間の事を思い出しながら、Sさんが持って来てくれたシクラメンを描く。















2017年10月31日
28日のM中学校1期生3年3組の同窓会は本当に楽しかった。当たり前だが卒業から35年経って、みんな立派な大人になっていた。挨拶では啄木の短歌「わかれ来て年を重ねて年々に恋しくなれる君にしあるかな」を紹介した。別れた人への思いは年月が経てば経つほど大きくなる。
副担任をしてくださっていたF先生に15年ぶりに会えたのもうれしかった。
みんなからプレゼントされたプリザーブドフラワー(同窓会委員のIさんの手作り)を描く。




2017年10月29日
秋晴れの先週の木曜日、スケッチの先輩と新薬師寺へ。東側の道を描く。訪れる人が結構いたが、あの十二神将に惹かれてだろうか。
昨日はM中学校1期生3年3組の同窓会。35年前の教え子に会えて、懐かしくうれしかった。進路選択直前の1月17日に左脚が動かなくなって休むことになり多大な迷惑をかけた彼らだが、みんな元気そうで良かった。同窓会委員が企画してくれたクイズ等で大いに盛りあがり、3時間があっと言う間だった。雨の中、Tくん夫妻が家まで送ってくれた。





2017年9月18日
福島にいるBさんが今年も葡萄を送ってくれた。先月も桃を送ってくれたばかりなのに。有り難いことだ。新鮮で、甘く、味わいがあった。ロイヤルコペンハーゲンの皿に盛って描く。
Bさんは私が最初に勤めた学校の生徒だが、今日は次に勤めたM中一期生のMさんとラインでやりとりできた。彼女のメッセージから、人生にはいろんな事があるな、と改めて感じた。






2017年8月12日
 今年も福島に住んでいるBさんが桃を送ってくれた。彼女は私が初めて教壇というところに立って出会った忘れられない生徒たちの一人。礼状を出すのために小さな絵にする。
 昨夜、山廃仕込みの日本酒を初めて飲んだ。とても濃厚なので氷を入れて。氷が少し溶け始めた頃がちょうどいい感じ。深い味わいで美味しかった。














2017年8月6日
 今日は広島原爆忌。昨日テレビで仲代達也さんと歌丸さんが「戦争は絶対にしてはいけない」と話していた。戦争体験者の言葉は重い。
 暑いので家にこもって本ばかり読んでいる。こないだ桂南光さんが創刊号から置いてあった「サライ」を連れ合いさんに処分されたと話していたが、私も溜まった「サライ」を読み返して泣く泣く処分している。
 明治村の本を見て、明治23年に京都・河原町三条に建てられたという聖ザビエル天主堂を小さな絵にした。









2017年7月29日
 頭が大きいので子どもの頃からサイズの合う帽子を探すのに苦労してきた。友だちが好きな野球チームの帽子を被っているのに一人だけ大人用の地味な色の帽子を被っていた。
 憧れのパナマ帽子も被りたいのだが私の頭に合うのが無くあきらめてきた。ところが先日好きなブランドの店で「どうせ合わへんやろな」と思いながら試してみるとピッタリ!しかも本場エクアドル製。ちょっと高かったが、クロールで50m泳げるようになった自分へのプレゼントやと言い訳した。
 その帽子とロンドンの風景がデザインされているティーポットとカップのセットを描く。
2017年7月16日
 昨日、スケッチ会で春日大社近くにある水谷茶屋へ。奈良公園内にはたくさんの茶屋があるが茅葺きなのはここだけらしい。猛暑日の予報が出る暑い日だったが、周囲の樹木が作ってくれる陰に座ってスケッチ。夏らしい緑の色合いを出すのに苦労した。反省会は茶屋の床机に座って。
 葉室麟の『はだれ雪』を読んだ。所謂忠臣蔵外伝だが、浅野内匠頭の最後の言葉を聞き出した事で流罪になった旗本が主人公。本の中に「人の真」という言葉があった。この言葉から先頃国会で証言した前文科省事務次官の姿と言葉を想った。



2017年6月21日
いつも美味しい蕎麦を食べさせてもらっている蕎麦店のご主人が自宅の庭で育てられた枇杷を今年も沢山持って来てくださった。こないだお店にうかがった時に「快慶展」のチケットを頂いたところなのに。
このところ頂き物が続いている。いろんな物を頂けるのがありがたいのは勿論だが、私のような者の事を思いだし、気遣ってくれる人がいてくれるという事が心に沁みる。









2017年6月12日
昨日小さな絵を描いたら、外でスケッチしたくなったので、家から車で5分ほどの不退寺へ。
ずっと前に業平格子の本堂を描いたことがあるが、門が重要文化財とは知らなかった。いいアングルを探してウロウロしていると「そのポールは便利ですか?」と声をかけてきた人がいた。杖を使われているので私のポールに興味を持たれたようだった。
話をしていると大阪のある市の教育長をされていたとかで、私が知っているその市の先生の名前を告げるとよくご存知だった。なんかうれしい出会いだったので、気分よくスケッチ。ちょっと奥まった所にある寺だが、在原業平縁の寺だからかタクシーで乗り付ける参拝者も。



2017年6月11日
このところ気分が沈む事があって絵が描けていない、というか絵を描く気分になれないでいる。
そういう時こそ絵を描いて気分転換を、とずっと部屋に置いているイタリア製の釣りの人形を描く。
絵を描いていたら、気が沈む事ばかりではなく、うれしいこともあったと気付いた。
Aさんと短時間だが久しぶりに会えた。元気そうで良かった。
ピアノはジャズの醍醐味であるアドリブづくりに入った。「そんなんできんの?!」というのが実感だが先生は「できる!」と。
25m泳げたり泳げなかったりが続いていた水泳はやっと自信をもってクロールで25mを立ち止まらずに泳げるようになれた。1年以上かかったが、子どもの頃からの「クロールができない」というコンプレックスから解放された。
インストラクターの「息継ぎする時に天井を見るつもりで」というアドバイスのおかげだ。少し不自由な足のリハビリ目的に始めた水泳だから、出来なかったキックが少しずつ出来るようになってきたのもうれしい。












2017年4月16日
昨日、スケッチ教室で神戸へ。摩耶ケーブル駅近くにある桜のトンネルを描くということで、楽しみにしていたが、三宮からバスで30分ほどと遠いし、天気も怪しい。電車に乗っていると小雨が降ってきた。どうなるか、と思ったがポイントに着いた時には青空が見えた。
名残の桜はまさにトンネルという感じで空をおおっていた。坂道と桜、両方とも難しい画材で、どう描くか困ったが、先生に指導してもらってなんとか仕上げる。講評会は王子動物園近くの喫茶店で。
阪神の駅まで乗ったタクシーの運転手さんに親切にしてもらい、甲子園帰りの人で満員の電車でも若い女性に席を譲ってもらった。





2017年4月11日
好きな洋館と桜が描けると思い、大阪の泉布観へ。
コロニアル形式の瀟洒な館の前には桜が今を盛りに咲き誇り、大川沿いの桜並木も満開で銀橋がいつも以上に輝いて見えた。
「泉布」は貨幣を意味するそうで、造幣局の応接所として1871(明治4)年に建てられた。当時から水洗式トイレを備えていたというのには驚く。
描いていたらタイから新婚旅行に来たカップルが話しかけてくれた。年月が経ち、2人が新婚旅行を振り返る時、きっと満開の桜を想い浮かべるだろうな、と思いながら色を塗った。




2017年3月30日
昨日、スケッチの先輩お二人と今井町へ。ずっと前に一度スケッチしたことがあるが久しぶり。
今井町は16世紀に一向宗本願寺坊主の今井兵部豊寿によって形成された寺内町。現在も古い町家が軒を重ね、実際に住居として使用されている家が多いそうだ。この河合家は古くから酒造業を営んでいる。
本格的な春の到来を感じさせる暖かい陽光に恵まれ、気持ち良く描けた。








2017年3月24日
田舎から頂いた蕗の薹を描く。絵に描くのもいいが天ぷらにしてあの苦みを日本酒と一緒に味わいたい。
相撲を見ている。大阪出身の豪栄道を応援したいが、休場しているのでもっぱら宇良に注目。ハラハラする取り口以外にも取り組み前のタオルを断る所作などに人柄が表れているような気がする。ある日取り組みが終わって支度部屋に戻る途中で観客の落とした物を拾って渡す姿がテレビに映っていたが、そういう事をしたお相撲さんは見たことがない。なんとか勝ち越してほしい。


2017年3月19日
スケッチ教室で大阪へ。玉造カトリック教会聖マリア大聖堂は長方形の建物で装飾も多くないため絵にしにくいと思ったので、道をはさんだ所に座って電柱や歩いている人、自転車に乗っている人などを入れることにする。
大聖堂の近くに細川越中守の屋敷跡と伝えられている「越中井」が残されているからか大聖堂前には高山右近と細川ガラシア夫人の石像が立っている。
描いていると町歩きの情報発信活動をされているという男女3人連れが声をかけてくれた。頂いたパンフレットを見ると大阪の町歩きのポイントが素敵なイラスト入りで紹介されいて、スケッチしたいと思うところもあった。





2017年2月27日
友人に撮ってもらった発表会の動画を見ながら描く。発表会は2回目だが、前回と違って少しだけだが演奏を楽しむ事が出来たので自分では上出来だと思っている。









2017年2月26日
退職後に習い始めたピアノ教室の発表会が昨日、神戸であった。私はジャズのスタンダードナンバー「ウィスパーノット」を演奏し、先生や伴奏者のみなさんのお陰でなんとか最後まで弾き通す事が出来た。大学時代の友人夫妻が4人も聴きに来てくれたのは大きなプレッシャーだったが演奏が終わったら大きな喜びに変わった。頂いたフラワーアレンジメントを描く。






2017年1月30日
昨年末に浮見堂の横を通りかかった時、冬枯れの木立と浮見堂の取り合わせが心に残ったので、寒さのゆるんだ先週土曜日に出かけた。風がなく陽射しもあって絶好のスケッチ日和。何度も描いている浮見堂だが冬は初めて。
時折お客さんを乗せた人力車や散歩する人が通るぐらいで静かだったが、カリフォルニアから来たという若い男性が「Beautiful !」と声をかけてくれたので少し英語で話す。若草山の山焼きを見に来たのだろうか。枚方のご夫婦?も話しかけてくれた。水入れや絵の具、紙について尋ねはったので絵を描いてはるな、と感じたら、その通りでしばし絵談義を楽しんだ。





2017年1月22日
昨日、スケッチ教室で奈良少年刑務所の門を描く。この3月末で閉鎖されホテルになるとか報道されているためか見学者らしい人がいた。
陽射しがあったが時折風が吹いてちょっと寒かった。講評会をやる喫茶店が近くにないので拙宅に来てもらい、皆さんに熱いお茶を飲んでもらった。

昨年末から教え子との「新たな出会い」が続いているが、33年前の3年のクラスにいた2人の教え子が先週来てくれた。そのクラスを担任していた1月17日に左脚が動かなくなって入院手術をしたので、進路選択を目前にしたクラスのみんなには大変迷惑をかけた。
授業中笑いすぎて私に無視された事があるというIさんはウォーキングポールの専門家になっていた。リハビリの指導者に教えているそうで、私のために使いやすいポールを持って来てくれた。Kさんは33年間保存していたという卒業記念のレコードと私が手書きした学級通信を持って来てくれた。33年前の歌声を聴いたり、当時の写真を見たりする。同窓会委員である2人が中心になってクラスの同窓会を計画してくれるらしいのでとても楽しみ。
2016年12月31日
昨日はDくんの今年最終のレッスンだったが寒いので私の部屋で。Dくんはサンマリノ共和国にある世界遺産のグアイタの塔の写真を見ながら集中して描いていた。私はアドバイスをしながらシクラメンを描いた。
2016年も今日で終わる。この1年で心に残ったことは−
@M中同窓会での元生徒との「新たな出会い」A湖北への一泊旅行でのハプニングと鶏足寺の十一面観音との出会いB水泳にトライし苦手だったクロールで少し泳げるようになったCSさんに担当してもらいリハビリが楽しくなったD安西水丸の展覧会
個人的にはいいことの方が良くないことより多かった気がするが、安保法制、原発、沖縄などを考えると、いい年だったとは言えない。











2016年11月30日
湖北へ一泊旅行。1日目は八日市でヴォーリーズ建築をスケッチして長浜の琵琶湖畔にある「紅鮎」へ。友人のTさんに教えてもらってからずっと訪ねたいと思っていた宿。通された部屋の大きな窓からは初冬の琵琶湖に浮かぶ島と水鳥の姿が見られ、その手前の柳の木のレースのような葉が逆光のためにシルエットになって美しかった。夕食は鴨鍋会席。
2日目は鶏足寺の十一面観音と対面。井上靖の『星と祭』を読んで湖北には十一面観音が多くあると知ったのはいつだったろう。渡岸寺の十一面観音を見に行き「これが一番」と思ってきたが、鶏足寺の観音を目にした瞬間、思わず手を合わせてしまった。こんな経験は初めてで自分でも驚いた。
昼は鯖素麺を食べ旧開知学校を小さな絵にする。


2016年11月24日
昨日は小6のDくんと奈良ホテルを描いた。ちょっと寒い日だったがいつも通りDくんは集中して描いていた。
先週末の3日間、長年勤めた市の退職教職員作品展に4点水彩画を出展した。会場に行くとUさんが「山中さん、この人があんたの絵を見て習いたい、と言うてはるよ」と教えてくれた。その人の絵を見せてもらうととてもお上手で私が教えることはないと感じたが、「習いたい」と言ってもらっただけでとてもうれしかった。卒業生がたくさん来てくれたこともうれしかった。絵を描いていて良かった、と改めて思った。





2016年11月7日
近所の人が我が家の前に植えてくれた柿の木が大きくなり、実をつけるまでになった。渋柿だが焼酎で処理したのをもらったので食べてみると味わいのある甘みがした。
今朝見てみるといい色になって葉っぱも紅葉していたので絵に描いてみた。
今年は寒くなるのが早いような気がする。








2016年10月31日
昨日は梅田で催されたM中学校4期生の同窓会に参加。テーブルの隣に座ったSさんが「授業で先生が話したことをずっと覚えていて、先生に会ったら話したいと思っていた」と言った。どんな事だろう、とドキドキしながら聴くと、私が授業で「人間は何のために生きるのか?」と尋ね、「幸せになるため」と話を続けたそうだ。
授業の始めにはすぐに授業内容に入らずに映画や音楽、本などについて話をするようにしていたが、その話は小説家の井上光晴の講演会で印象に残った話をそのまま生徒にしたのだ、とすぐに思い出した。30年以上前に私が話した事を忘れずにいてくれて、私に会ったら話したいと思っていてくれたとは、胸がいっぱいになった。
Sさんの話以外にも「教え子との新たな出会い」がいくつもあった同窓会を思い返しながらミニバラを描く。











2016年9月6日
毎年言っているような気がするが、今年の夏はことさら暑かった。そのため家に引きこもっていたので、すっかり出不精になり、8月は絵も1枚しか描いていない。友人のYさんは若いから暑い中でも屋久島や長野に旅行をし、その度にお土産をくれる。屋久島の醤油と焼酎、そして長野からはウィスキーのミニボトルとチョコレートなど。








2016年8月19日
数日前、在職中に会議などでよく利用したD市の市民会館に用事で出かけた。
用事を終えて玄関を出ると、一人の警備員さんが親しそうに声をかけてくれた。「おかしいな、ここの警備員さんに知り合いはいないはずだが・・・」と戸惑っていると、私が乗っていたローバー75を市民会館に駐めていた時に注目していたと教えてもらう。こっそり写真も撮ったとも。
しばらくローバー75の魅力について立ち話。あの車に乗っていたら、呼び止められ、写真を撮らせてと言われたり、「これ何という車ですか」と話しかけられたことが時々あった。車が好きな人には見過ごせない車だったのだと改めて思った。
2016年7月16日
祇園祭の宵山の日、スケッチ教室で暑い京都へ。京都女子大の前身である京都高等女学校の設立に尽力した大谷籌子の新居として建てられた錦華殿(2000年に再建)を描いた。南側のアールを描く屋根部分やバルコニー等は大正時代に建てられたとは思えないモダンなデザイン。
帰り、京都駅まで利用したタクシーを降りてすぐ、つまずいて工事のポールで顔を打った。唇が切れたようで血が出て、びっくり。どうしようと思う間もなく、小学生を連れたご夫婦が駆け寄って下さり、サッとポケットティシュを渡して下さった。親子3人に暖かい言葉をかけてもらい、ポケットティシュも袋ごと頂く。
傷口をもらったティシュでしばらく押さえていると出血は止まった。切れた唇の痛みは続いたが心持ちは親切にしてもらったうれしさで満たされていた。転けて怪我したのにうれしいというのは複雑な心境。



2016年7月2日
先週、京都伊勢丹でやっている安西水丸展に行って来た。ファンなので京都に向かう電車の中から胸がわくわくしていた。期待通りの展覧会で、ポスターやカラートーンを使ったイラストレーションをゆっくり楽しむ事が出来た。繋がっていない線、微妙なズレがなんとも言えない魅力を創りだしている。Yさんが教えてくれなかったら見逃していたかもしれない。見逃していたらきっと泣いていただろう。ミュージアムショップでは図録、ポスター、絵葉書、Tシャツなど、ほしいと思う物は全部買った。
今日描いたたばこの缶には安西水丸のイラストレーションが入っている。昔、義母がやっていた店で煙草を扱っていたので、店頭にあったのをもらったのだと思う。その頃は安西水丸の事は知らなかったはず。
昨夜は45年の付き合いになる友人2人と難波のミュウヘンでビールを飲んだ。定番の唐揚げは勿論美味かったが、隣のテーブルの人が食べていたのが美味しそうに見えて注文したビフカツサンドが気に入った。
3人とも一病息災という感じだが、それだけに時々会って話すひとときがとても貴重に思える。

2016年6月16日
昨日の朝7時過ぎに玄関のチャイムが鳴ったので、出てみると行きつけの蕎麦屋さんのご主人だった。庭になったという枇杷を箱一杯頂く。いつもならまだ寝ている時間だったが、用事があって起きていて、とても得をした気分になった。
子どもの頃、西瓜が苦手で食べない私のために母親が枇杷を用意してくれていたこともあって枇杷は大好き。母親が愛用していた赤絵の皿に盛って描く。



2016年5月17日
私がピアノを習っているからと、Hさんがピアノの形のパッケージに入ったチョコレートを送ってくださった。毎日練習していても思うように上達しないピアノだが、これからも楽しむことを大切にしてやっていこうと改めて思った。
県立美術館でやっている藤城清治展へ。4年前の展覧会で初めて作品を見た時に抱いた感動は大きく、同じ展覧会に2回行った。今回も大阪の町の巨大な作品など素晴らしかった。92歳になっても変わらない作成への姿に励まされた。




2016年4月25日
毎年カレンダーをプレゼントしているSさんは、お礼と言って手作りの野菜を年末に持って来てくださる。とても美味しい野菜でありがたく頂戴しているのだが、今朝は米袋いっぱいの筍を持って来てくれはった。聞けば、早朝に掘り出したのをすぐに届けてくれはったそうだ。茹でるための糠まで用意してくださっていた。
筍は好物の一つで天ぷら、わかたけ、木の芽和え、筍ご飯を食べると幸せを感じる。Sさん夫妻のご厚意とお心遣いに感謝してスケッチする。









2016年4月17日
今月のスケッチ教室は三月堂。気持ちのいい晴天で新緑と甍がまぶしい。正式名称は法華堂というらしいが二月堂の隣に位置していて西側から見ると奈良時代と鎌倉時代に建てられた部分が繋がっているのがよくわかる。その西側から見るのが一番美しいと思うが一度描いた事があるので、難しい斜めからのアングルを選ぶ。手前の空間の処理をどうしようかと考えていたら、ちょうど鹿が来てくれた。










2016年4月11日
8日、Mさんと久しぶりのスケッチレッスンで、興福寺の五重塔と東金堂を描く。何度描いても五重塔の形をとるのが難しい。
昨日は大学時代の友人3人と我が家で麻雀。名古屋のN,河内長野のY、伊丹のKとは45年以上の付き合い。みんな元気で集まれたことをまず喜ぶ。
麻雀の成績はいまいちだったが、昼に作ったカルボナーラとアスパラとベーコンのスパゲッティを「おいしい!」と言ってもらってうれしかった。









2016年3月7日
昨日は64歳の誕生日だった。
友だちやフェイスブックで交流している卒業生の皆さんからお祝いのメッセージをもらいうれしかった。
友だちの一人から「ビートルズにWhen I'm sixty-fourという曲があった」と知らされ、是非この日聴かなくては、と聴いてみた。
「今から何年も経って、僕の髪の毛が少なくなり、年をとっても、君はバレンタインや誕生日にワインをプレゼントしてくれるだろうか...僕が64歳になっても君は僕を必要とし、僕のために料理を作ってくれるだろうか...」というような歌詞。
私は若い時に自分が64歳になった時の事を考えたりはしなかったと思う。と言うか、考えてもきっと想像できなかっただろう。



















2015年12月6日
アパルトヘイトを体験した祖国南アフリカ共和国へ日本で捨てられていた車椅子を5000台以上修理して送る活動をしているトーマス・カンサさんと出会ったのはもう20年以上前。当時勤めていた中学校で人権教育の授業をしてもらい、その圧倒的な存在感と気さくな人柄に惹きつけられた。
それ以来、転勤した学校には必ず来てもらい、子どもたちに話をしてもらった。やんちゃな子どもたちも彼の話には聞き入っていたのが忘れられない。神戸や東北の震災時に、カンサさんはいち早く被災地に駆けつけ、ボランティアもしている。
そういう彼の活動を支援したいと、毎年カンパをしてきた。今年もわずかな「気持ち」を送ると最新刊の詩集(彼は詩人でもある)とこのキリンの置物が届いた。添えられていたカードには、ANY CHILD IS OUR CHILD というメッセージが記されていた。






















2015年11月8日
今年で10回目になるD市の退職教職員作品展に出品させてもらった。案内のはがきを元同僚など4人の人に出したら、4人とも来てくれはった。絵を描くだけでも楽しいが、それを見てもらい感想等を聞かせてもらうとより楽しく、時には幸せな気持ちになれる。
Sさんがプレゼントしてくれたブーケを描く。










2015年10月26日
旅の2日目は、まず正岡子規記念博物館へ。中学か高校の国語の教科書にあった子規の闘病しながらの歌作りの様子に驚いた事を思い出す。松山城へ行く途中で偶然「労研饅頭」の店の横を通ったので、2つ買って、ロープウェイで登ったお城の石垣をスケッチしながら食べる。
内子町へは1時間ほど。昼は下芳我邸の蕎麦屋で石臼挽きの蒸籠三段重ねを食べる。その後、是非描いてみたいと思っていた本芳我邸をスケッチ。明治時代に木蝋生産で財を成した豪商の屋敷で、鏝絵などの意匠が素晴らしい。
今夜の宿は「オーベルジュ内子」。和蝋燭の灯りだけで頂くフランス料理は地元の食材を活用し、味も驚くほど美味しかった。デザートを食べながらシェフさんとも少し話が出来た。






2015年10月25日
四国愛媛県の道後温泉と内子町へ2泊3日の旅行に出かける。15年以上前に出張で訪れて、是非再訪したいと思っていた所。
1日目は、しまなみ海道を通って四国へ。途中、生口島で平山郁夫美術館に寄り、駐車場のおじさんが勧めてくれた店で蛸飯を食べる。午後遅くに道後温泉に到着し、さっそく道後温泉本館をスケッチ。前回の訪問時に描いた時は失敗したので複雑な建物を慎重に描く。途中、近くの店の人や愛媛大学のインドネシアからの留学生が声をかけてくれて楽しかった。寒くなってきたので途中で引き上げる。名湯とおいしい料理と地酒を味わった後に絵を仕上げる。








2015年10月23日
京都国立博物館でやっている「琳派展」へ。本阿弥光悦作の国宝「舟橋蒔絵硯箱」を是非見たかった。あの時代にあの造形を創造することは正にアバンギャルド。宗達の絵と光悦の書のコラボ「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」も素晴らしく、好きな酒井抱一の作品も多く出ていて、「夏秋草図屏風」を再見出来たのもうれしかった。
四条河原町まで乗ったタクシーの運転手さんと絵や喫茶店の話で盛り上がった。イノダ本店、六曜社、フランソワ、ビックボーイ、マンホール、シャンクレール、蝶類図鑑、ブルーノートなど、京都で過ごした高校・大学時代によく通った。そういう喫茶店のいくつかはなくなってしまったが、今も健在な「築地」をスケッチ。この日は臨時休業で、店の前まで来て残念そうに立ち去る人が何人もいた。





2015年9月26日
大幅な改修が予定されている心斎橋大丸をMさんとスケッチする。御堂筋側の外壁の一部は既に養生のシートに覆われていた。ヴォーリーズのファンとしては、この名建築をなんとか残してほしいと強く願っている。御堂筋側のファサード、1階の天井とエレベーターホールのデザインは見飽きることがないほどの素晴らしさ。他にも階段の手すり等のデザインのセンスにまいってしまう。











2015年9月21日
19日にスケッチ教室で大阪の此花区伝法にある旧鴻池本店を描いた。アール・デコの本店はなかなかおしゃれな建物で気に入った。
伝法で教室があると知って思い出したのがAくんのこと。西天満小に通っていた5年生の時の同級生で、伝法にあるキリスト教会のお家に一度遊びに行かせてもらったことがあった。
調べると彼が牧師さんをしている事が分かり、迷ったが、思い切って連絡してみると会ってくれることに。
私は6年になる時に奈良に転校したので、52年振りの再会。かすかに面影の残るAくんと当時の写真を見ながら話す。
当時の私は今と変わらず目立たないパッとしない子どもで勉強もスポーツも苦手。学校も楽しくはなかった。遊びに行かせてもらった日にAくんの家でロールキャベツをご馳走になったのは数少ないいい思い出。
忙しいのに、帰りに駅まで送ってもらい有り難かった。




2015年3月23日
安西水丸さんが亡くなって1年経った。Eテレの「日曜美術館」で特集したのを見て、また好きになった。村上春樹が愛猫ミューズを抱いて本を読んでいるイラストレーション(水丸さんは「イラスト」とは決して言わなかったらしい)を模写する。水丸さんはスノードームの収集家としても有名だが、歴史にも詳しい。有名な武将より4,5番目ぐらいの士が好きだったようだ。
私が憧れを持っていた池波正太郎、三國連太郎に続いて水丸さんも逝ってしまって、さみしい。













2015年3月3日
先月末には大学時代の友人3人が来宅し麻雀卓を囲んだ。私が作ったチャーシューを入れたラーメンをみんなが美味しいと食べてくれた昼食をはさみ、半荘を6回。ギャグ連発のY、ピンフ上がりに精を出すK、名古屋から予定の1時間前に着くほど入れ込んでいるNと楽しく過ごし、夜は天ぷらとさぬきうどんのひやひやを食べる。呑めば知り合った40年前に戻れるのがうれしい。
昨日は亡き両親が長年住まいした京都のマンションの片付けの3回目。物持ちがいい親で、私の小1から中3までの通知表が残されていた。両親が使っていた物を処分するのではなく、なるべく持ち帰って使うようにしようと兄姉と相談したので、大きい家具は無理だが、文机などを持ち帰る。
このイノダコーヒ(イノダの看板には「コーヒー」ではなく「コーヒ」と書いてある)の人形ももらってきたもの。両親は私が連れて行った木屋町の蕎麦屋「D」とともにイノダが気に入ったようで街に出かけた時には寄っていたようだ。




2014年11月23日
21日に西宮の甲子園口にある松山大学温山記念会館をスケッチさせて頂く。大学の設立に関わった新田長次郎氏の雅号にちなんだ名前のついたスパニッシュ風の建物と広大な庭に魅了され、いつか絵を描きたいと願っていた。大学にお願いすると許可していただき、閑静な住宅街にある庭に一人座って絵筆を握った。現在は大学のゼミナールなどに活用されているそうだ。
スケッチ後、大谷記念美術館で催されている四谷シモン人形展へ。初めて見る人形だったが、予想した通りの素晴らしさ。ポール・デルヴォーの絵の世界と共通するものを感じた。













2014年9月21日
昨日、神戸・摂津本山にあるジャズバーで開かれたピアノ発表会に出場。ジャズのスタンダードナンバー「マイファニーバレンタイン」をベース、ドラムスの伴奏付きで演奏。人前で弾くのも、伴奏付きで弾くのも初めてなので、どうなることかと思ったが、60歳過ぎたら怖いものなし、と自分に言い聞かせる。途中2回しどろもどろになるがなんとか目標にしていた最後まで弾き通すことが出来た。
この絵はリハーサルを終えてから、自分の演奏している姿を想像して描いたもの。緊張するので誰にも聴きに来てもらわないつもりだったが大学時代からの友だち2人が来てくれた。







2014年8月30日
スケッチ教室で神戸・舞子にある孫文ゆかりの移情閣と明石海峡大橋を描く。雨の多かった8月だがこの日は晴天で陽射しがきつかった。時折浜風が吹いてくれて助かった。
今年の8月は私にとって忘れられない月になった。95歳の父親が亡くなったからだ。いつかは来る日だとは思っていたが、急だったのでなかなか受け入れることが出来なかった。7月の末には叔母も亡くなった。幼かった頃によくしてもらった人で、とても残念。
父との思い出では、小学校1年の時、七夕飾りを中之島公会堂の前の鉾流橋から流したこと。叔母との思い出は、同じ頃のクリスマスに阪急デパートのおもちゃ売り場でバイクに乗った人形が降りたり乗ったりするおもちゃを2人で見ていたことが思い出される。





2014年6月30日
義母の介護があるので旅行に行けない状態が続いていたが、やっと一泊旅行ができるようになった。友人が洋服を買った時の抽選で当たった旅館が良かったというので、知多半島の先端近くにあるその旅館に泊まることにする。知多半島を選んだもう一つの理由は、半田市に描きたい建物が2つあるから。旧中埜家住宅は現在修理中で外観さえ見ることができなかったが、カブトビール工場は絵にすることができた。1898(明治31)年に建てられ1943(昭和18)年までビールを醸造していた。設計は明治建築界の巨匠、妻木頼黄(つまきよりなか)。圧倒的な存在感を感じさせる。
旅館の檜の円形露天風呂と地酒「南吉の里」も気に入った。2日目に立ち寄った杉本健吉美術館にもカブトビール工場を描いた作品がいくつもあった。旅の最後に、名古屋熱田神宮近くのの「H」でひつまぶしを食べて帰る。




2014年6月23日
大阪の住吉大社近くにある400年続くという老舗池田屋本舗へ出向く。文化財の指定を受けている蔵造りの店の屋根に高燈籠がある独特の店構え。斜め向かいのソフトクリーム店の軒先をお借りする。途中で頂いたソフトクリームが美味しかった。
描き終えて、土産に名物の住乃江味噌を購入しようとしたら、ご主人が「絵を描いてもらったお礼や」とおっしゃってプレゼントしてくださった。
その日の夕食で早速頂く。ご飯の上に乗せて食べると深い味わいがあった。さすが大阪を代表する老舗の味と感嘆した。








 

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