不審ヶ辻子の鬼


 昔、御所馬場の松浦という長者の家に、ある夜ひとりの賊が忍び込んだ。長者はこれを
捕えて、鬼隠山から谷底に投げ落として殺してしまった。その後、この賊の霊が鬼となっ
て、毎夜元興寺の鐘楼に現われて人々を驚かせたり捕えたりして人々を悩まし、夜も眠れ
ぬほど困り果ててしまった。これを当時元興寺にいた小僧が退治しようと申し出て、元興
寺鐘楼で待ち伏せし、鬼と激しく格闘した。
そのうちに、まだ勝負がつかないうちに夜が明けてきた。朝日を浴びると鬼ではいられな
くなるので、鬼はあわてて鬼隠山の方へ逃げ出し、小僧もその後を追ったが、現在の不審
ヶ辻子の辺りまで来た時、たちまち鬼の姿を見失ってしまった。それ以後、この辺りを不
審ヶ辻子と呼ぶようになったという。この小僧は後に道場法師という高僧になった。当時
の元興寺の鐘は、現在新薬師寺の鐘楼にかかっており、鬼と格闘した際の鬼の爪あとが片
側にたくさん残っている。


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