クンジュラブ峠を越えて、フンザ、ギルギット、チラスの街々に泊まり、ベシャムのぼろいモーテルの寝苦しい夜を過ごして翌朝、カラコルムハイウェーと別れて進路を西にとりました。
落石の確率の高いカラコルムハイウェーは、茶色の瓦礫の山合いを断崖絶壁に寄り添うように延々と続きます。いつ落ちてくるかもしれない不安定な岩が不気味です。ニュートンの力学に逆らっているとしか思えないような岩がごろごろ。事実、四月にはお気の毒に日本人の乗った車に落石があってお亡くなりになっています。 でも、進路を西に取ったこの辺りから、山に緑が見え始めそれが次第に増えていくと、どこかで見慣れた懐かしい気持ちになりました。
それでも、落石の恐怖はまだまだ続く悪路です。
その日の目的地ミンゴラ目指してシャングラ峠越えです。峠まで、地図で見るとそれほどの距離ではなさそうなのに、悪路でなかなか前に進みません。そんなときおまけに、行く手に材木を満載している大きなオンボロトラックが立ち止まっていました。どうやら故障しているようです。狭い山道を塞いでしまっています。
ボンネットを開けて頭を中に突っ込んでお尻だけ出している運転手がいました。
このトラックが前に進まない限り後続車は動けません。通行量の少ない山道でも、やがて何台かの車がつかえ出しました。わたしの車の運転手や通訳が応援に行くも原因不明。
そのうちに、どういう話しからかわかりませんが、ガス欠ではないかということになりました。こんな長距離の山道でまさかガス欠はないだろうと思いましたが、聞いてみると燃料計など壊れていて正常な計器のトラックは珍しいと言います。で、わたしの後続のガードマンの乗っている車でガソリンを買いに走ることになりました。
いったいどこまで走ったらガソリンスタンドがあるのだろうか?と漠然と考えながら時計を見ると、ここにもう一時間も立ち止まっていることになります。このまま動かないとなるとどうなるのだろうか。
以外と早くガードマンが戻ってきて、ポリ容器のガソリンをトラックに注入。
さて、本当にガス欠?
エンジンをかける。
空回りするエンジン音が静かな山間に響くばかり。やはり、ガス欠ではないのか?
みんなの期待はずれと落胆のため息の合唱が伝わってきます。
とすると、突然大きな音を立ててエンジンがブルブルバリバリとけたたましく音を立てました。
信じられない!!やっぱりガス欠だったのです。
エンジンのかかった瞬間、その場にいた人たちが思わずみんな拍手。そして握手をして喜び合いました。
トラックの運転手も、我々も、後続車の人々も。みんなのその笑顔は、人間は国境を越えて同じ感情なんだとうれしくなりました。うれしいことは同じようにうれしいし、悲しいことは同じように悲しいのです。当たり前のことなのに、顔の形や風俗や宗教が違うだけで勘違いしている場合が多いようです。日本人は特にその傾向が強いかもしれません。
例えば宗教。パキスタンはイスラムの国ですが、一部突出した急進派に目を奪われて誤解もあると思いますが、普通の人ははそんなことはありません。日本人に宗教心がなさ過ぎるので、礼拝している姿が奇異に見えるかもしれませんが、実際には、敬虔な姿勢にむしろ頭が下がる思いがします。一日に五回も礼拝するなんて聞いただけで、大抵の日本人はそれを素直に受け入れられないでしょう。一日五回の礼拝にしても、ケースバイケースでいろいろあるのですが、イスラムのモスクや集会場で礼拝している姿をここぞとばかりにシャッターを切るのは、やはり珍しいからでしょう。
日本人は、西欧のキリスト教徒が熱心に教会に行くのをみていてもなんともなく、むしろ憧れにさえ思うくせに、イスラムなど後進国の人たちが礼拝する姿を見て、キリスト教のそれと同じように見ないことは日本人の不徳の至りだと思います。中世ヨーロッパのキリスト教建築を見てうーんバロック調だなぁ、とか云々言うくせに、古いモスクには近づきません。
イスラム教徒もキリスト教徒も、いずれも宗教心に変わりはなく、宗教心のない日本人こそ奇異なのだと思います。
キリスト教をファッションとしてしか捉えていないのです。明治以来の西洋かぶれの名残でしょうか。
やっとのことでシャングラ峠に到着。そこからスワート渓谷を見下ろしながらしばし一服。傍らに峠のレストラン(↑写真)が有りました。丁度昼時。レストランは、運転手などでごった返していました。5ルピーの焼きたてのナンはこれまで食べたナンの観念をすっかり変えてしまいました、その塩味の効いた熱々のナンの美味しさは最高でした。
パキスタン・シャングラ峠のレストランにて 2004.7.15
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