| ◎正岡子規と法隆寺 |
| 子規は、従軍記者として日清戦争の戦地に赴任したが、からだをこわして帰国。 |
| 神戸での入院生活を経て、ふるさと松山に戻り、親友夏目漱石と過ごしました。 |
| その後、明治28年(1895年)秋、東京へ戻る途中、東大寺や法隆寺に立ち寄り |
| 「柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺」 の句が誕生しました。 |
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| 法隆寺境内・聖霊院(しょうりょういん)前の鏡池のほとりには、今も |
| この句を刻んだ高さ1.5メートルぐらいの、子規自筆の句碑が建っています。 |
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| 「柿と法隆寺」 |
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| ◎松山市「観光俳句ポスト」事業について |
| 松山市観光俳句ポストは、昭和41年に正岡子規・夏目漱石・柳原極堂生誕100年祭の |
| 記念事業の一つとして始め、昭和43年5月に松山城へ第1号の観光俳句ポストを設置。 |
| 以後、主要観光施設を中心に設置し、現在では道後温泉のホテル・旅館、また四国88ケ寺 |
| で松山市内にある8ケ寺、路面電車28両 合計89ケ所に設置しています。 |
| 投句数/年間約10,000句(投句人数 約6,000人) |
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| 松山市ホームページはこちらから |
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| 切手に描かれた、正岡子規の肖像と直筆の句。 |
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| ※お問合は 斑鳩町観光協会(法隆寺iセンター)まで |
| рO745−74−6800 |