おすすめ観光スポット


藤ノ木・業平つれづれの道(約5km)

大陸文化の香りを漂わせ、今もその謎を秘める藤ノ木古墳から始まって、 在原業平のロマンあふれる伝説の地まで、歴史へのタイムスリップと、 平安の恋心に触れるつれづれの道です。

法隆寺iセンター

徒歩4分(約300m)

法隆寺

法隆寺は、現存する世界最古の木造建築として今なお飛鳥の時代を伝えています。1400年もの伝統を誇り、仏教文化の研究の宝庫として人々の注目を集めています。また、1993年に日本で最初に世界文化遺産に登録され、世界的に見てもその地位は高まっています。

境内は国の指定史跡、南大門・五重塔・金堂をはじめとする19棟の建造物が国宝に指定されています。もはや風情や情緒といったものではなく、非日常の神秘的な雰囲気が漂っているスポットです。当時の栄華が伺えます。

徒歩3分(約250m)

ウォーナー塔

太平洋戦争未明、ランドン・ウォーナー博士の尽力によって、奈良と京都は爆撃を免れました。日本文化の恩人ともいうべき博士を賛えた供養碑。

徒歩5分(約400m)

西里の町並み

法隆寺の西隣りにあり、もともとは法隆寺を支えた大工集団の本拠地であった。今も、歴史を黙々と伝える土壁や鳩倉等が残る旧村60軒ほどの家が、およそ300m四方の範囲に、落ちついたたたずまいを見せている。

徒歩4分(約300m)

藤ノ木古墳

藤ノ木古墳は、法隆寺に残る記録には、「ミササキ」「ミササキ山」と記されており、崇峻天皇陵と記すものもあります。その後、発掘調査が進むに従い、斑鳩地方に勢力を持ったと思われる物部氏、蘇我氏、平群氏等の諸説が提示されていますが、定説化したものはありません。
古墳は円墳で直径50m以上、高さ9mの円墳で、出土品から、六世紀後半に築造された古墳であると考えられています。
1985年(昭和60年)の調査まで藤ノ木古墳は考古学の世界でもほとんど注目されることはありませんでしたが、この第1次調査以降、墳丘の測量や横穴式石室内の調査が行われ、玄室内は奥壁に接近して、奥壁と並行する形で、長辺を東西にして家形石棺がおかれており、未盗掘でした。石棺は二上山白色凝灰岩を使った刳抜式で、箱形の身と屋根型の蓋を別々に造りあわせたものでした。石棺の全面には朱が塗布されていました。
石室内には石棺北側から馬具などが発見され、又、埋葬後、攪乱を受けていない東枕にした2体の被葬者が確認され、そのそばには、鏡や刀など豪華な副葬品が確認されました。東アジアでもまれにみる優れた意匠や彫金技術を施したもので、金具などにパルメット文など共通の文様を用い、鞍金具には竜・鳳凰・象・などの禽獣文や鬼神像などを透かし彫りし、東アジアの様々な文様が集合したもので、仏教的要素・四神思想などの呪術的な世界の影響をみることができます。

徒歩4分(約300m)

桜池ポケットパーク

高台から目の前に藤ノ木古墳が望める休憩所。
正面に大和三山や、金剛葛城、二上山なども一望できるスポット。

徒歩15分(約1km)

竜田公園

斑鳩町の南西部に位置し、竜田川沿い総延長約2km、総面積14haの都市公園です。

かつて、
「ちはやぶる 神代も聞かず たつ田川 からくれなゐに 水くくるとは」 (在原業平)
「嵐ふく 三室の山の もみじ葉は たつ田の川の 錦なりけり」 (能因法師)

と詠われた、紅葉の名所です。
平成12年4月に新たに駐車場、管理事務所を追加し、現在計画面積14.0haを
全面開園 しています。春には三室山を中心に、竜田川に桜が咲き乱れます。

徒歩7分(約550m)

鹿塚

言い伝えによれば聖徳太子が家来を連れ鹿塚の辺りを通り掛った時、家来の犬が鹿に噛み付き足を怪我し聖徳太子が傷の手当てをして逃がしました
数日後再び犬が鹿を追い噛みつき鹿は噛み殺されてしまいました
太子は自室にこもり鹿の出来事を考え抜いた結果これは前世の宿業で嫉妬や恨みから来て恨みの深さは恐ろしいものだと悟りました。
そして宿業を断つ為鹿の冥福を祈り墓を造りました、時は流れ犬もこの世を去り鹿塚の側に犬の墓も造りました

徒歩2分(約150m)

龍田の町並み

国道25号線の竜田大橋から猫坂まで通りそこから左上に伸びている道にそれて斑鳩町役場付近まで龍田の街並みがあります。
建物は切り妻作りで中二階建ての家が多く見られます。

徒歩6分(約450m)

龍田神社

聖徳太子が16歳の時(589)、飛鳥から来られて、法隆寺建立の地を平群川(竜田川)に沿って
探しておられました。この折りに白髪の老人が現れて「ここから東に斑鳩が群棲している郷がある。
優れた土地である。そこに伽藍を建てなされ。」と告げ、そこは仏法が末永く興隆する地として伽藍
建立に適したところであるという。太子が白髪の老人にどういう方かとお尋ねすると、「私は龍田山
の裾に住み、秋の紅葉を楽しんでいる間に千余年を過ごしてしまった。」といったので、太子は
「あなたはこの地の守護神なのですね。私の建立する寺をお守り下さい。」とお願いすると、
「吾、守護神たらん。」といわれた。この老人こそが、龍田明神の化身であったという。
しかし、三郷立野の龍田大社(本宮)は遠いので、斑鳩に龍田神社を祭り、法隆寺の鎮守とした
のだと伝えられています。
この境内の蘇鉄の巨樹は昭和32年(1957年)に、県の記念物の指定をうけました。

徒歩9分(約700m)

斑鳩町役場

徒歩1分(約80m)

日切地蔵(継子地蔵)

日切地蔵は、弘法太子の作で継子地蔵とも言われています。 むかし継子が母親にいじめられていました。『お前、あの五百井の地藏さんに飯を食べさせたらお前にも食べさせてやる』と、言われたので継子は一心不乱になって、『どうかお地蔵さまご飯を食べてください』と哀願するとお地蔵さんが口を開いてご飯をおたべになった。これを知った継母も悟り、以後は継子を実の子と同様にかわいがったそうです。

徒歩3分(約250m)

業平道

平安時代の歌人であり、「伊勢物語」の主人公で美男で知られている在原業平が現在の櫟本(天理市)から高安(八尾市)の河内姫のもとへ通ったと伝えられている道です。

徒歩8分(約600m)

斑鳩の里 観光案内所 法隆寺iセンター

奈良法隆寺をはじめとする斑鳩の里を案内します。
また、歴史街道の情報や、奈良大和路の観光情報を提供します。

おすすめスポット!

伊弉冊命神社

五百井の集落の西北に所在し、祭神は伊弉冊命です。安永6(1777)年銘の奉献の石灯の銘文にも見られるように白山大権現とも称し、ま・・・

初代奈良丸碑

明治期に浪曲界で一世を風靡した初代吉田奈良丸の功績をたたえ、弟子たちによって建られた石碑。

史跡三井瓦窯跡

三井瓦窯跡は、法起寺西側の尾根丘陵に立地する瓦塚2号墳後円部の西側斜面に所在します。 昭和6年に果樹園を開墾中に偶然に発見さ・・・

龍田城跡

慶長6年(1601)、賤ヶ岳の7本槍で名をはせた片桐且元が4万石の大名として構えた城の跡。堀が縦横にめぐらされて雄大であったという。