おすすめ観光スポット


花小路せせらぎの道(約7km)

季節によって詩情豊かな古代のロマンを物語る、 伝説と緑と野の花に包まれた、“花小路せせらぎの道”を紹介します。

法隆寺iセンター

徒歩1分(約80m)

初代奈良丸碑

明治期に浪曲界で一世を風靡した初代吉田奈良丸の功績をたたえ、弟子たちによって建られた石碑。

徒歩1分(約80m)

法隆寺献灯一対

徒歩7分(約550m)

日切地蔵(継子地蔵)

日切地蔵は、弘法太子の作で継子地蔵とも言われています。 むかし継子が母親にいじめられていました。『お前、あの五百井の地藏さんに飯を食べさせたらお前にも食べさせてやる』と、言われたので継子は一心不乱になって、『どうかお地蔵さまご飯を食べてください』と哀願するとお地蔵さんが口を開いてご飯をおたべになった。これを知った継母も悟り、以後は継子を実の子と同様にかわいがったそうです。

徒歩9分(約700m)

龍田神社

聖徳太子が16歳の時(589)、飛鳥から来られて、法隆寺建立の地を平群川(竜田川)に沿って
探しておられました。この折りに白髪の老人が現れて「ここから東に斑鳩が群棲している郷がある。
優れた土地である。そこに伽藍を建てなされ。」と告げ、そこは仏法が末永く興隆する地として伽藍
建立に適したところであるという。太子が白髪の老人にどういう方かとお尋ねすると、「私は龍田山
の裾に住み、秋の紅葉を楽しんでいる間に千余年を過ごしてしまった。」といったので、太子は
「あなたはこの地の守護神なのですね。私の建立する寺をお守り下さい。」とお願いすると、
「吾、守護神たらん。」といわれた。この老人こそが、龍田明神の化身であったという。
しかし、三郷立野の龍田大社(本宮)は遠いので、斑鳩に龍田神社を祭り、法隆寺の鎮守とした
のだと伝えられています。
この境内の蘇鉄の巨樹は昭和32年(1957年)に、県の記念物の指定をうけました。

徒歩6分(約450m)

龍田の町並み

国道25号線の竜田大橋から猫坂まで通りそこから左上に伸びている道にそれて斑鳩町役場付近まで龍田の街並みがあります。
建物は切り妻作りで中二階建ての家が多く見られます。

徒歩9分(約700m)

竜田公園

斑鳩町の南西部に位置し、竜田川沿い総延長約2km、総面積14haの都市公園です。

かつて、
「ちはやぶる 神代も聞かず たつ田川 からくれなゐに 水くくるとは」 (在原業平)
「嵐ふく 三室の山の もみじ葉は たつ田の川の 錦なりけり」 (能因法師)

と詠われた、紅葉の名所です。
平成12年4月に新たに駐車場、管理事務所を追加し、現在計画面積14.0haを
全面開園 しています。春には三室山を中心に、竜田川に桜が咲き乱れます。

徒歩4分(約300m)

龍田城跡

慶長6年(1601)、賤ヶ岳の7本槍で名をはせた片桐且元が4万石の大名として構えた城の跡。堀が縦横にめぐらされて雄大であったという。

徒歩5分(約400m)

三室山

標高82mの三室山の「みむろ」は「御室」「三室」と書き、神の鎮座する山や森を表します。
飛鳥時代、聖徳太子が斑鳩宮造営にあたり、太子の出生地の飛鳥神名備の産土神を龍田に
近い山に勧請された。その山を神名備山とも、三諸山ともいったという。太子は宮の裏鬼門に
神を祀られたというのである。
頂上の五輪塔は、高さ1m90cmで、無銘の遺品であるが、もともと神南の集落にあったもので、
能因法師の五輪塔と伝えられている。
春の「桜」、秋の「紅葉」の名所。

徒歩2分(約150m)

神岳神社

法隆寺の西側にあたる三室山の中腹に位置し、古代は社殿などの建造物はなく、自然の森や山を神地としての信仰であったといわれている。
 聖徳太子は飛鳥より産土神(神名不明)をこの地に安置し、太子の勅願所として祭祀されていたが、いつしか祭神は須佐之男命を奉祀している。
 須佐之男命は別名を牛頭天王と呼び、内陣鳥居前には『牛頭天王』と刻んだ4基の石灯籠が、その歴史を今日に伝承させている。
 旧村社。神岳神社は延喜式神名帳巻9(延長5年・927)に平群郡神岳神社と、また大和国平群郡神社明細帳(明治12年7月調・1879)にも社格を明記されている

徒歩5分(約400m)

神南重要文化財収蔵庫

恵宝殿で、延久元(1069)年7月11日の造像銘がある聖観音立像と、平安時代初期の作で右手で衣の端をつまむという珍しい姿をしている地蔵菩薩立像を安置している。二体とも国指定重要文化財である。

徒歩20分(約1.3km)

吉田寺(きちでんじ)

浄土宗・清水山と号し、別名を『ぽっくり寺』という。
創始は、天智天皇の勅願と伝えられ、
本堂の西側には妹の間人皇女を葬るといわれている古墳があり、永延元年(987年)に
恵心僧都源信が寺を創建したとされます。ぽっくり寺のいわれは、恵心僧都が、母の臨終に際し、祈願をした衣服を着せかけるとなんの苦しみもなく往生をしたといわれることからです。
本尊の阿弥陀坐像(像高225.8cm)は丈六の金色、木造で奈良県下最大。定印を結び、千体仏の光背を持っており、重要文化財です。
同じく重要文化財の多宝塔は室町時代 (1463年)の創建の1辺3mあまりの小塔で、内部には大日如来像が安置されており、普段は秘仏となっていますが、9月1,2日と11月1~3日の5日間のみ特別公開されます

徒歩5分(約400m)

龍田神社

聖徳太子が16歳の時(589)、飛鳥から来られて、法隆寺建立の地を平群川(竜田川)に沿って
探しておられました。この折りに白髪の老人が現れて「ここから東に斑鳩が群棲している郷がある。
優れた土地である。そこに伽藍を建てなされ。」と告げ、そこは仏法が末永く興隆する地として伽藍
建立に適したところであるという。太子が白髪の老人にどういう方かとお尋ねすると、「私は龍田山
の裾に住み、秋の紅葉を楽しんでいる間に千余年を過ごしてしまった。」といったので、太子は
「あなたはこの地の守護神なのですね。私の建立する寺をお守り下さい。」とお願いすると、
「吾、守護神たらん。」といわれた。この老人こそが、龍田明神の化身であったという。
しかし、三郷立野の龍田大社(本宮)は遠いので、斑鳩に龍田神社を祭り、法隆寺の鎮守とした
のだと伝えられています。
この境内の蘇鉄の巨樹は昭和32年(1957年)に、県の記念物の指定をうけました。

徒歩20分(約1.3km)

斑鳩の里 観光案内所 法隆寺iセンター

奈良法隆寺をはじめとする斑鳩の里を案内します。
また、歴史街道の情報や、奈良大和路の観光情報を提供します。

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