酸素プール。


夜の帳を無力化させる照明に、きらきらと光を弾きつつ揺れる水面よりも。

俺のピアスが眩しいと言って、彼はすっと切れた眼差しを細めた。



眩しいものは今、人工的な容器に注がれた水に奪われてその底に
沈んでいる。膨大なその質量。酸素のない透明のどこかに。
まるで財宝のように。








叔父に無料券をもらって出向いた都心のビルの最上階は、自分たちのような
学生が入場するのはいささか憚られる高級フィットネスクラブだった。
受付では上品そうな若い女性が、紅をひいた薄い唇に絶えず笑みを上らせ、
その奥には更衣室・シャワー室そして鍛錬用の器械が並べられた部屋が
広がっていた。どうやらこの階、全てこのクラブが占拠しているらしい。

「凄ぇなオイ・・・本当にここであってんのかよ」
「ま、間違いねーすよ多分・・・」

紺のスリープTシャツにアーガイルデニムパンツというラフな姿の長身の先輩が
戸惑ったように眉をひそめるのを横目に入れて、俺もなんとなく退け腰になりながら
モスグリーンのチケットを何度も確認した。
そして意を決したように先頭にたって歩き出す。とはいっても自分の他には
後ろで「み、宮城」と気後れしたような声を上げる彼一人しかいないわけだが。
その呼ばれなれた名前を聞き流し、俺は受付のお姉さんにチケットを2枚提示した。
彼女は嫌味にならない微笑みを絶やさずそれを受け取ると、すいと左手を
掬うように上げ唇から言葉を滑らせた。

「この度はお越しくださり有難うございます。どうぞごゆっくり」




「誰もいねぇから貸切みてぇ〜!!すげぇなオイ」
「平日の昼間だったらこんなもんでしょ。俺ら学生だからこんなときに
来れるんすよ」
2人きりになってからは思う存分喋り捲る年上の彼に、呆れながら俺は言葉を
返して着ていたラッドメスのシャツを一息に脱いだ。その横で落ち着きなく
360度に好奇心丸出しな視線をはしらせながら、ちんたら着替えている男の
シャツの隙間から覗く白い肌に知らず目線が固定される。
ああこれだ。病ですよ。
無理やり本能の誘惑を振り切りTシャツとハーフパンツに着替えると、
隣りの男はいつのまにか運動仕様の格好に変わっていた。
そのまま締まった腰に手を当て、心持ち首を傾けてにっと笑う。
「遅ぇよ宮城。てめぇ俺ばっか見てるから」
「!」
目の下が勝手に熱を蓄えるのが分かった。小心者でトロいように見えて
かなりの曲者、であることは知っていたはずなのに。
そんな彼が全力を解き放つコート上と、寸分たがわぬ鋭い洞察力を発揮させたこと
に驚いた。
「・・・ほっといてよ。俺が何見てても勝手っしょ」
「あのな、見られるほうは落ち着かねぇんだよ。さりげなく見ろ。恋は秘めろ」
最後だけ少し照れくさそうに言った彼に「なんすかそれ」と軽く笑い飛ばして、
俺はグラスグリーンのロッカーをばたんと閉めた。
そうだ。笑ってしまうような恋をしている。

「さぁいこーか、三井サン」
「・・・?それどっかで聞いたな」
「気のせいでしょ」

名前さえ、特別な言葉のように秘められる。




訪れたのはフィットネスマシーンが無数に敷き詰められた白い部屋だった。
何から使おうか、はたまたアレはどう使うのか。
うるさい三井サンに辟易しつつも、俺はにやりと笑いながら広い部屋の最奥に
鎮座する四角いリングを親指で示した。こんなものまであるのか凄ぇ。

「三井サンスパークリングやりましょ」
「よっしゃ!望むところだ!」

見慣れぬモノに興奮しているらしい三井サンは軽々と挑戦に乗って、天井から
吊るされているサンドバックに、常備されているらしいグローブで殴りかかっていた。
筋張った腕の筋肉が収縮するスピードは速いが、パワーが少々付いて行ってない
みたいだ。俺は冷静に考えると自分も赤のグローブを嵌めてみた。
「この紐みたいなん巻くの難しいっすね」
「口でやんだよ口で」
聞きとがめて振り向いた三井の額は、すでに透明な雫で濡れていた。
きゅっとシューズを回転させると俺を覗き込むように少し背を折る。
「待ってな」
三井サンは自分の青のグローブを口を使って器用に外すと、俺の中途半端にひっか
かったグローブを長い指先で固定した。慣れた手つきでよどみなく紐を巻きつける
仕草と近い距離にまた勝手に体の芯がどうしようもなくなる。
どうしようもなくなるんだ。
「終了ー。たいしたもんだろう。中3のときやったことあんだよ」
にぃと屈託なく笑って三井はまた自らの拳を同じモノで覆った。どうやら今日は
彼の機嫌は相当いいらしい。いつもならこの間「こんなこともできねぇの!?」
とか「とっろくせぇな」とかいういらない台詞が挟まれるほうが自然だから。
最も自分も同じくらいの彼に対する暴言を吐いてきているのだが。

手首にグローブの裾を固定する皮ひもを、三井サンの少し乾いた唇が掠め取り、
くるっと何回かグローブを回して締め付けた。滑らかな顎をくっと上げ完了させる。
「アンタその仕草すっげエロいよ」
と言ったらようやく殴られた。いてぇなヘッドギアなんてないのに。
三井サンは紅潮させたままの険しい顔でリングに上ると、パアンと両の手を打ち付
けて俺に向かって細い腕を突き出した。

「こいよ宮城。史上最悪の誕生日にしてやる」
うっわぁ勝つ気マンマン。甘さのカケラもない空気に俺はくっと笑うと身軽に
リングに飛び上がった。先手必勝。唇を開く。
「アンタが俺の誕生日覚えてたってだけで、最悪の気配になりそうはないんですけどね?」
茶化してるけど、嬉しいんだ本当は。
「ほざけ!!」
照れのためかそれとも怒りか。踏み込まれた素早いステップとストレートを辛うじて
交わすと、俺も三井サンの腹に向かって抉るように拳を突き出した。
汗が水色のマットに散る。




「ぜっ、は・・・暑ぃ〜。冷房きいてんのかここ」
「来るときっ、ガンガンに冷えてたじゃないスか。俺らが〜真っ白に燃え尽きスギ
ただけスよ・・・」
リングの上に寝転がって、搾れそうなくらい汗を含んだシャツを脱いで起き上がる
体力も無い。荒い呼吸に薄く開いた唇と、かすかに上下する胸に、宮城は這って
近づいていった。やらしいことを考えているのがバレたのか、俺の手は三井サンの
身体に触れる寸前で力投げに払われた。
「ヤメロ宮城・・・今なんかされたら吐くぞ俺・・・」
「やれやれ体力無いんだから・・・ちゃんと食べてんの?」
「食べてもテメェが見境無くヤるから、それでプラマイゼロなの!」
威嚇する三井サンに、なんだ元気なんじゃんと突っ込もうとしたが、これ以上
怒らせてせっかくのデートが台無しになるのも気が引けるので、黙って起き上がる動作に
留めておいた。ふと思いついて三井サンを振り返る。
「・・・やっぱ夏場ヤるのは体力消費する?」
「ばっ・・・かやろう。てめぇとは立場が違うだろうが」
僅かに苦味を混ぜた先輩の台詞に、俺も少し気まずく頬を掻いた。
こんなときにする話では無かったと。

「熱いならプール行こうぜプール。水着持ってきたっしょ?」
「・・・そうだな」
俺の提案に三井サンは緩慢に身を起こすと、座り込んだ俺の隣りに長い足を引きずって
きた。足と同じく均整の取れた腕を伸ばすと、そのまま頭を抱きこまれて耳元で囁かれ
たので驚いた。
「夏でもいつでも・・・いつもお前とヤると俺は全部持ってかれちまうのよ」
「・・・っ」
ぞくりとするほど官能的な低い声に鳥肌が立った。にやりと赤い唇をゆがめると、
三井サンはゆらりと立ち上がり別室のプールの方へと消えて行った。
残された俺も身体の熱をやり過ごし、筋張った足でロープを跨ぐ。
紅いままの顔で、K―1チャンピオンのようにぐっと握りこぶしを作ってみた。
「・・・誕生日万歳」





そうだ。まるで一点の光のように吸い寄せられた。
可愛い女の子も、輝くような笑顔で笑うチームメイトもいたのに、
なんで無愛想な彼だったんだろう。
世間一般で言うお付き合いとは程遠いその関係に俺たちがなってから
まだ日も浅く、ことあるごとに俺は理性を削られていく。
例えば全開の笑顔に、危うげな表情に。
知らず突き動かされるモノがある。
それは少しずつ“自分”というもの自体を削られているようで酷く息苦しい。

三井サンと部活で1on1をやるとき、もう今では五分は抜ける。
俺の持つボールがリングに吸い込まれたとき、決まって彼は言った。
「てめぇのピアスが眩しいから油断した・・・」
逆光に白く輝いて、三井サンの双眸を射るシルバーピアス。
そう?じゃあ今度は俺だけ見てやってよ。
決まって俺は笑いながらその銀色を指先で外した。
俺で無いものの一部分にも三井サンはやれない。
俺だけが手を伸ばして触れてその内部まで入ることを許されて欲しい。
だから俺は心地よい友情にケリをつけてまで手に入れたのだ。




「三井サン!俺は後悔なんて一生しないすからね!どこへでも行って一生一緒に
いるんすよ!!」
白いドアを乱暴に開けて、声を限りに湿気交じりの空気に叫んだ。
大きな目を見開き硬直する三井サンの前に広がる巨大な水槽。
贅沢に透明な水が注ぎ込まれた、クラブの売りのプールだ。
これが海だったとしても、負けるもんか。
「い、いきなり何言ってやがんだてめぇ!正気か!?」
白い身体にハーフパンツの水着と白いシャツだけ身に付けて、慌てて四方に視線を
投げる三井サンに俺は着替えもせずに近づいていった。
「正気っすよ。ときどき叫びたくなるんだ俺。アンタの色々が引き金になって・・・」
「あぶねぇ奴だな!!おい!」
そんなこと、俺がアンタに惚れてアンタが俺に惚れてからずっと自覚している。
俺は汗と湿気で湿ったTシャツを脱ぐと、三井サンの隣りのコース台にすっと
立ち上がった。身長が高くなったようでなんとも心地よい。
いつもの視点よりもずっと低いところにいる彼を見て笑う。
「三井サン目ェ細めると人相凶悪」
「るせぇな。テメェのせいだ全て。変なこと言うしピアスは眩しいし・・・」
「ああピアスね・・・」
俺は軽く呟いて、いつものように金具を外した。じっと手の中の輝きを見つめて、
それをおもむろに思い切り遠くへ投げる。
「なっ、宮城!?」
三井サンのこえにかぶって。
水面を平行に飛行する小さな銀の輪は、適当なところで失速し広い水面に微かな
波紋を広げた。

「あ〜あいいのかよ。誰か怪我でもしたらどーすんだ」
そんなことは関係無い。
「三井サンあのピアス・・・」
「あ?」
「軽く5万したんだよね」
「バカヤロウ!!早く言えよそういうことは!!」
高級な差し歯を入れているだけあって金の価値を知っている三井サンは、足から
プールに飛び込んで青いタイルの上をさまよい歩きそしてトプンとその姿を水中に消した。
俺は上半身裸のまま、コース台の上にしゃがみ込み、剥き出しの足を水面すれすれに
投げ出す。
「いつも眩しいと言ったね。アンタならきっと見つけられる・・・」
揺れる波間のように、不安定な関係は。ときどき確かめずにはいられなくなる。
それは俺が動くことでもあり、そして今日の彼だ。
俺のために三井サンが行動すると思うと、ゾクゾクしてしまう。
本当にアブナイ。

(たまに試合中チラチラ光るからなんだろうと思って見てたら、てめぇのピアスだった
わけよ。それで時々てめえのいる位置把握してたのは秘密な。つかなんで俺お前ばっか
見てるんだよ・・・)

無防備にそんなこというなよ。俺がアンタのことをたまらなく好きになってる時に
んなこと言われちゃ告白しないわけにはいかなくなった。
(知ってたぜ。俺もアンタのこと見てたもん)
逃げないように、片手で彼の手首を掴んで。
禁忌の言葉を空気に混ぜたときのことは、全世界の空気が無くなったみたいに
あまりにも苦しくてよく覚えていない。




「ねぇ!ねぇぞ!こっちだったかマジで!?」
「俺に聞かれても覚えてねっすよ!!」
全身を水の底から引き上げ、頬をしたたる大量の水を手の甲で拭いながら目の前に三井サン
が上半身だけ出す。肌が弱いのか引っ掛けてるシャツがぴったりと筋肉の形を浮き上がらせて
いた。長い指がそれを乱暴に身体から引き剥がす。
「邪魔!持ってろ!」
「アンタ意外と必死すね・・・なんで?」
「決まってんだろ!見つけたら俺のモンだ!!」
にやりと卑猥に濡れた唇は孤を描き、しなやかな身体を再び彼は水中に沈めた。
この広大な海のどこかにある小さな財宝を探すため。
唐突に三井サンが水面に小さな頭を覗かせた。
「宮城!てめぇは探さねーつもりなのかよ!!マジもらうぞ!!」
「いいよ!!誕生日だからやるよ!」
聞こえるよう叫んだ。
「お前の誕生日なのに変だな!!」
彼は悪戯に笑う。
「いんだよ!!俺がいいんだから!」
そう、彼にもらわれるなら、売り飛ばされたって全然いい。
俺の財宝はもうそこには無い。
ただいつもそばにあるのは、苦しい日常の中にいるアンタだけだ。
声に出しては言えなかった。今彼は水中に持っていかれてるから。
「待ってるよ。早く見つけてよ三井サン・・・」
高級クラブにふさわしい、贅沢な願いだ。




「・・・ねぇまだ探してるんすか?」
「待て。マジで見当たらん・・・ゴーグルでもあればな・・・」
まさか夜になるとは誤算だった。これ以上いるとふやける!!と焦った俺は無理やり
三井サンを一時引き上げたのだが、また懲りずに水中へと財宝探しに果敢に挑んでいる。
今度は俺も一緒に。カーキ色のハーフパンツが水を含んで濃い色に変色していた。
「排水溝とかに集まってるんじゃないスかね?どこだ?」
「さっき探したけど無かったっつの」
「じゃあ水面だよ水面。小さいし浮いてるかもしんね」
「水面照明で光るからなぁ・・・探し辛ぇ」
文句をいいつつ俺たちは再び水の中で緩慢に歩き出す。まるで女性向のダイエット運動
のようだ。事実ここで行うこともまれにあるらしい。
「アンタこれ以上痩せたらパンツずってくるんじゃね?この前買ったジーンズもやべーかも」
「うるせぇバカヤロウ!!ボクサーになるからいいんだよ!!」
「うわっダンナに言ってやろ・・・♪」
「てめぇは・・・」
三井サンは長い足で水面を蹴り上げ俺に盛大に水しぶきを浴びせると、俺とは反対方向に
向かって泳いで行った。
三井サンといるとからかいたくなってしまうのは何故だろうか。素直になれない自分が
なかなか歯がゆい。
「俺も若いなぁ・・・」
呟いて片手で水を掻き混ぜたところ、何かが指先に掠った。明らかに水ではないもの。
スティールを狙うバスケ小僧の視線で、水面の光に反射した銀光を拾い上げた。
手のひらの透明の中光るそれは間違いなく綺麗な細工の銀のピアス。
知らず呼吸が詰まる。

還ってきた。俺のものだ。
―――もしかして、もうそれはずっと俺の一部だったのかも知れない。


「み、三井サン・・・」
ずっと長時間探してくれた彼にはとてつもなく申し訳ないが・・・
「ん?なんだよ宮城・・・ってああ!!てめぇそれ見つけたってのか!?」
「はぁスンマセン・・・」

スパーリングで死にかけてた割には元気に泳いでくる三井サンにぺこりと頭を下げ、
食い入るようにピアスを見つめた。
まさかこの広い世界で、俺の手に帰ってくるとはマジで思わなかった。
額辺りに微かな吐息を感じて視線を上げる。水に濡れて青白く色を変えた端正な顔が、
先ほどまで凝視していた物体を鳶色の双眸で捕らえていた。せわしく呼吸を繰り返す
唇が、彼の全てを物語っている。いつも以上に目の前で収縮する滑らかな胸が愛しかった。
すいとその前に銀を握った拳を突き出した。
「あげる。付き合ってくれた礼すよ。どうにでもしてよ」
「わかった・・・どうにでもする」
透明が筋を引いた艶かしい指で、俺の手の中から摘み上げる。ふぅーっと長い息を吐いて、
色気の滲む仕草でくっと銀光を目の前に翳してにっと笑った。

「宮城、目ぇ閉じな」
「?」
彼の笑顔に見惚れたので、俺は素直にそれに従った。
一瞬後、濡れた冷ややかなものが左の耳に添わされる。感触に驚いて思わず目を見開いた。
僅かな先には屈んで同じ視線になった三井サンの顔があって、伏せた双眸と目元がが時々
濡れて光って俺は勝手に体温が上昇するのを感じた。
「うわバカ目ぇ開けんなよ。びっくりしたー」
三井サンも俺の視線に気づくと僅かに頬を染め、手早く俺の耳の先にあたる指先を動かした。
耳元で聞きなれたパチンと言う金具の音がした。
三井サンは今度は躊躇も見せず俺の顔を覗き込んだ。もっとも覗かれた方はたまったものでは
ないが。

「うん。やっぱりそれがあった方が宮城って感じだ。5万はもったいねーけど」
「三井サン・・・」

慣れた仕草で耳元に触れる。同じく馴染んだ硬質な物体が指先に触れた。
ああ、何故彼に惹かれたのか。
ちゃんと見てるからだ。俺よりも俺自身を。一点の曇りもごまかしも無い視線で。

そして俺もきっと、三井サンより三井サンを分かっていた。
自分の見つけた、財宝のようなものだから。確かめずにはいられなかった。
「三井サンあんがと・・・そしてごめんな」
「んだよ。バカヤロウ気持ちわりぃ・・・」
「いや、色々と申し訳ないと思ってるんですよ。これからすることとか」
「何?」
僅か引いた三井サンを、逃がさないよう濡れた肌を密着させ、体温と力強さを伝える。
うわ、心臓バクバクいってら。何度抱きしめてもこればかりは慣れない。

「てっ、てめ、こんなトコで何盛ってやがんだ!」
三井サンの体温の上昇も苦しそうなくらい早い鼓動も感じる。
今自分たちが冷たい水の中にいるなんて到底信じられないくらい熱い。
「俺の誕生日なのに三井サンが優位くせーからさ・・・俺もう我慢できねぇ感じ・・・」
「てめぇがいつ我慢したよ!お、俺を引きずり込みやがって!」
「でも引きずられたのはアンタだよ。そんで俺も引きずられたんだ」

お互いに引き寄せ引きずられて。
苦しいほどの感情は今、人工的な容器に注がれた水に奪われてその底に
沈んでいる。膨大なその質量。酸素のない透明のどこかに。
まるで財宝のように。永遠に。

カルキくさい柔らかい髪に指を埋めて、仰向けに傾けた小奇麗な顔の唇を貪る。
まるで酸素を奪い尽くすような口付けに、三井サンの身体が強張り水面が細かく
波紋を作った。
「やべぇ、やべぇッて宮城・・・人が来たらやべぇ・・・」
跳ね上がった息の下掠れた声で繰り返す三井サン。そんな表情で言っても効力なんか無い。
「そっすね。プール上がってどっかいこっか。本当に二人きりになれるトコ」
「・・・やべぇそれももつかどうか自信ねぇやべぇ・・・」
片手で額を押さえて紅くなって連呼する三井サンがどうしようもなく可愛くて、俺も
テンパってきた。若いのも考え物だ。

「やっぱ最悪の誕生日になるかもしれないっすよ三井サン。俺ここでヤッて他の人に見つ
かる可能性大って感じ・・・」
「それは俺が最悪だ!!せ、せめてシャワー室で・・・」
「それだ、それで行きましょう」

2人の波長がぴったりあってデキル機会なんて今までになかった。この熱を逃したくなくて、
広そうなシャワールームに水滴を飛ばしながら駆け込む。
それでもプールに誰が入ってくる気配も無かったけれど、俺と三井サンは高鳴る心臓を
押さえ、少し狭くなった清潔そうなシャワールームで息を潜めた。

「宮城息荒ぇよ・・・落ち着け・・・ッ」
「無理。俺最初からアンタのことこういう目で見てたわ今日」
「このケダモノッ」

会話の最中にも俺の指は肉の薄い裸のわき腹をなぞり、背中に回した片方では背筋の
浮き出る感触を楽しむ。そして再度熱い口内を思う存分味わった。
細めた視界に入る閉じた目元に、三井サンの感じてる証が浮かび上がる。
「苦し・・・宮・・・」
「悪ぃ・・・俺も苦しいけどとまらね・・・」
今までで一番卑猥な水の音が、俺の脳裏をどんどん溶かしていった。

苦しい。苦しい。でも、幸せだ。
関係を確かめ合う行為。

離した唇の隙間、額を寄せて息を整えて(殆ど無駄だけど)
三井サンの潤んだ目元が少し細められたのを確認する。

「やっぱそれ眩しい・・・」
「アンタが見つけたんだよ。俺のピアス」

笑って。
自分の一部である物体に嫉妬しつつ、広い壁に三井サンの抵抗を封じていく。
まだ乾かない濡れた太腿でもって彼のすらりとした同じものをなで上げた。
そこからまた、熱が走っていく。

また強引に何度となく口付けて、お互いの呼吸を奪っていく。
苦しいのはいつもどこでも同じで、互いがいるから今を生きていける。

酸素があってもなくても息苦しいこの日常で、幸せになるために。

「ああてメッ・・・やめんか・・・ッ」
「だめ。もうどうあっても止まんね・・・」

どうやらこうやって生きていくしかないらしい。







これ森川事件で消えた小説の焼き直しで、テキスト部屋にもリンクがあるんですが、
そこの紹介文とまったくもって違うでありますよ(汗)何を描くつもりだったんだね
藤原・・・無理やり誕生日巨編(誤)にでっち上げてしまいました。
もう一つのと似てしまった。テーマも小道具も(沈)
てゆうかちょっとエロじゃないすか!?ちょっとエロじゃないですか!?(興奮)
おおっ出来ましたよなんとなく。
ちなみに高級会員制フィットネスクラブなんてもちろん行ったことありません。
(田舎自慢)                            02.08.08