ONE NIGHT STAND 2

  
  
  ―――静寂。

  「たっ・・・」
   三井は口を半開きにして目を瞠った。
  「大変じゃねーか!!おい!何時からだよ!!?」
   三井はよろけながら立ち上がり、盛大に得点版に頭を打った。それでも何とか叫ぶのを
  堪え、跳び箱に腰を下ろしている流川に駆け寄る。
  「もうきっと始まってる・・・披露宴6時からだったから」
   三井はまたあちこちに細長い身体をぶつけながら、例の換気窓にしがみ付く。
  大分薄暗くなってきた外界に腕を翳し、腕時計の時刻を絶望的な声で読み上げた。
  「6時半!?もうそんな時間なのかよ!!」
   その三井の声に流川の肩が少し震えたが、それはそれだけのことだった。
  三井と反比例する落ち着いた声音で呟く。
  「・・・もーいい。明日か明後日、こっから出れたらちゃんと会いに行くから・・・」
  「よくねぇ!!ちっともよくねぇよ!!」
   三井はバレーボールのネットに引っかかりながら、勢いで流川の足元に倒れこんだ。
  ネットに絡まって躓いたのだ。流川は彼に手を伸ばそうとしたが、視界が悪いので
  それは見当違いの方向に伸びていた。
  「こっから絶対出してやっからよ!今日会いに行けよ!特別な日じゃねぇか・・・」
   三井は一人で立ち上がると、相変わらず手探りで、倉庫内のものを手当たり次第に
  物色し始めた。思うに―――三井は、流川が姉の為に必死になっていたのに密かに
  感動していたのだと思う。普段いかに流川をバスケだけの男と思っているかそれで
  知れようものだが、三井のその言葉に流川もまた少し感激していた。
  ―――案外イイ人だ。バカだけど。

  「よぉし。コレなら結構イイ感じに壊れてくれるだろ」
  
  しかし三井がそう言いつつ引きずり出してきたものに流川は盛大に疑問符を浮かべる。
  「・・・何すかこれ?」
  「見てわかんねーのかよ?バレーボールのネットポールだよ」
   続いて三井は、さっき盛大に躓いてこけた同スポーツのネットを引きずり出した。
  「これをこうして結びつけてだなー・・・」
   教育番組のお兄さんのようにいちいち説明しながら行動する三井に、また流川も
  頷きながらその続きを待った。
  「このネットの端をさっきの窓枠に括りつける・・・んでこのポールを立てて・・・」
   三井は床と垂直にネットを絡ませたポールを立てると、窓とは反対方向にそのポールを
  思い切り押し始めた。
  「必殺!テコの原理!!」
   ポールを力点・支点としつつ、窓枠に結びつけたネットを作用点として、窓枠とその
  周囲の壁を内側に引きずり倒す・・・流川は青褪めた。
  「テコの原理ってこんなんでしたっけ・・・?」
   しかし論点はずれていた。(筆者の乏しい知識をお詫びいたします)
  だが現実はどこまでも彼らに残酷であるらしい。三井が非力なわけでもないだろうに
  決して新品とは言えない窓枠はビクともしなかった。
  「先輩俺が行くっす」
   体力をすり減らす三井を見かねて、流川が周辺から金属バットを調達し、窓側に
  向かって振りかぶる。
  「うわー!お前はやめとけって!不祥事扱いされて国体出れなくなったらどーすんだ!」
   しかし三井が背後から叫ぶのにピタリとその動きを止めた。流川はインターハイでの
  活躍を認められ、10月に行われる秋の国民総合体育大会の日本高校バスケ代表選手に
  選ばれていたのだ。夏から何回か合宿にも参加している。
  「俺なら教育指導のサカモッチとは付き合い長ぇからさ。備品壊しても何とかなる」
   呟きながら今度はポールを憎々しい鉄製の扉の方に向けた。本格的に叩き壊す気らしい。
  「俺、ワルモノは慣れてっからさ」
   暗闇でも彼がにかっと笑ったのが解った。
   激しい音がして、鉄製のそれが少し凹む。誰かこの音に気付けよ。気付いてくれ。
  「・・・先輩は、そんなんじゃないすよ」
   流川ははっきり呟いた。最初はゲームのラスボスみたいな感じだったけど、三井の
  その腕は、仲間を何度も救った。
  「いつか一緒に行くっす。世界でもどこでも。強敵がいるところに」
  「俺に夢見てんな。まず今日のてめぇの行く所は世界じゃなく披露宴会場だ!」
   ―――本気なのに。これ以上なく。
   

  「万策尽きたって感じっすね・・・」
   ゼェゼェ息を吐きながら、流川は背後の冷淡な天の岩戸にその背を預けていた。
  隣りの年上の男に至っては声もない。2人の腹が同時に鳴った。
  「・・・腹減りましたね。風呂も入りたい・・・寝たい」
   珍しく流川が饒舌に呟いた。
  「先輩、有難う。前言撤回するっす。ここにいたのがアンタでよかった」
  「やめろよ・・・俺、何も出来てねーじゃん。何も・・・」
   その声は少なからず潤みを持っていて、流川は何も言えなかった。
  「グレてたときさー。俺も従兄弟のねーちゃんの結婚式あったんだよ。でも当然端から
  すっぽかしてさ。誰も何も言わなかったけど、俺、俺は、ねーちゃんにガキん頃遊んで
  もらったり、ねーちゃんが初恋の人だったりしたこと、後になって思い出してたよ」
   流川は長い睫毛を伏せ、三井の言葉を聞いていた。彼の言った通り、姉貴の綺麗な
  顔が浮かんできて、また流川は少しやりきれなくなった。少し高い花束を自腹で買って、
  彼女の鼻先に突きつけて、「オメデトウ」と言いたかった。好きな姉が他の奴に取られる
  それの何が「オメデトウ」なのかは理解できていなかったが、自分のバスケを好きだと
  言ってくれて、練習あるだろうし式には来なくていいから披露宴には顔出してね、と
  花のような笑顔を見せた彼女に―――あいたい。
  「・・・助けに来てくれんならどあほうでもいー・・・」
   体育座りの膝に顔を埋めて、流川は多分、生まれて初めて弱音をはいた。
  ふいに、肩口に温かいものを感じる。制汗剤の匂いと低い声。
  「・・・聞かなかったことにしてやんよ。気色ワリー」
   疲れた声で、しかし体温と同じ位温かいものを含んでいた。
   少し憧れたシュートフォームを形成する腕に抱かれている・・・流川は少し身じろぎ
  して、それでもその細い腕が離れていかないように願った。
  ―――自然に肩を抱くこなれた仕草。
  「先輩。やっぱりモテルでしょ?」
   また流川が突拍子もないことを言い出したので、三井は顔を上げた。そして苦笑する。
  「いんや、全然さっぱり。モテねーよ。遊んでソーとか陰口叩かれてっし」
   今はバスケで精一杯でヌイてるヒマもねーっつの。と、三井は下品に笑って、
  いつの間にか手にしていたバレーボールを両手で回した。
  「女見る目ねーな・・・先輩いいひとなのに・・・」
  「ギャハハハハ!なんだそれ何かお前に褒められるってのヘンな感じ!」
   ヒッヒッヒッと三井はまた変な笑い声をたてつつ、隣りの流川を肘でどついた。
  流川は、こんな下品な笑い方をしなければきっとモテるだろうに、と胸中で付け加えた。 
  「お前こそさ。モテるじゃん。親衛隊とかあるし、あんなかで手ェ打っとけよ」
  「それは・・・ちょっと・・・フロント3とかマジキツイし・・・」
   率先して応援に来る自分の応援団の目立つ3人を「フロント3」と名づけたのは確か
  三井だった。だから三井はまた笑う。まだ酸素が足りていないのか咳き込んだ。
  「芸能人になれよ流川。姉貴に一生楽させてやれる位稼げるぜきっと」
  「嫌っすよ・・・姉貴は俺のバスケが好きらしいすから」
  「あぁ?ヒヨッコが煽てに乗ってんなよ。まぁ俺も嫌いじゃねーけど・・・」
   前半部分は聞こえなかったことに処理を流川は施した。
  ―――三井の台詞の後半に、“感じた”
  「俺のプレイ嫌いじゃねぇ?」
  「・・・嫌いな奴は珍しいだろ。桜木とか?」
  「好きっすか?」
  「んだよー。好きなんて言えねーよ。勘弁してくれよ・・・」
   三井は見られるわけでもないのに勝手に熱をもつ顔を片手で隠しつつ、流川から
  距離を取るため身体をずらそうとした。しかし―――
  「!好きっていった。好きって言ったぜアンタ。俺のこと好きって」
   流川は本当に稀なことに、興奮したように声を上ずらせ、三井のもう片方の腕を
  探り当て、体温を通わせてくる。寒くなってきた室内で、それは心地よかったのだ
  けれど。
  「おっおめぇじゃねーよ!バスケだよ!なんだよ!お前ヘン!最高にヘンだって!」
   三井はいよいよ照れてうろたえた。流川の顔がさっぱり見えなくて良かったと、
  初めて思う。シャレにならない程全身が熱かった。もう、夏もとうに終わったというのに。
 
  ―――なんだろうこの感覚は。

  「俺も好きっすよ。好きってイイすね。俺ちゃんとわかったっす」
   流川の嬉しそうな声だけ、脳に浸透した。
  「これで心から「オメデトウ幸せに」って言えるっす。姉貴が誰かのものになるのは
  信じられねえけど、ちゃんと姉貴が誰かを好きで、そんで好きになってもらえて良かった」
   まくしたてる流川。こんな流川を三井は知らない。でも、悪くなかった。
  「ああ、何言ってんだ俺・・・すんませんワケわかんなくて・・・」
  「いや・・・」
   慌てる流川が可愛くて三井は微笑んだ。やっと身の熱が引いていくのを感じた。何だったのだ
  ろういったい。流川がもの凄い握力で掴んでいた個所をさすりつつ告げる。

  「でもお前もいつか、できるよ。絶対な」
  「?」
  「好きな奴が、だ」

  三井は兄のような気分で流川を見遣る。もう今は、あの端正な顔が見えなくて残念だ。

  「お前も誰かの為にバスケするときが来るんだ」

  想像つかねぇー・・・と、三井は冷やかしかけたが、ふと過ぎる光景が脳裏にあり、
  言葉を飲み込んだ。

  ―――背の高い美男子と、可愛い女の子。手には褪せたバスケットボールと乳飲み子。

  幸せの、光景。

  「・・・先輩も、できるんすか?」
   流川の声が、それに割り込んだ。
  「おう。出来るぜ。俺イイ男だしテクニシャンだし、まぁヤッタコトはあまりねーけど」
   慌てて答えたのだが、何故か相手は押し黙った。
  一つの感情を知った流川が、まさしく今それに翻弄されていたことを三井は知らない。

  ―――俺、三井先輩を好きみたいなのに、先輩は他の誰かのものになっちまうんすね。
  ―――そんなものか・・・そんなものか?

  「先輩の顔全然見えないの残念す。何かすげぇ見たい気分で・・・」
  「・・・・・・俺もだ」
   そして流川も三井が様々な感情の濁流に飲み込まれかけていたことを知らない。

  完全な沈黙がすっかり闇に閉ざされた世界を統べる前に―――光が満ちた。

  

  「流川っ!大丈夫か!?」
  「ミッチー!!いるかね!?」

   突然暗闇を引き裂いた閃光に、三井と流川は弾かれたように振り向き、そして 
  光に慣れない目を細め闖入者の正体を探る。数秒もいらなかった。
  
  「宮城キャプテン・・・」
  「桜木か・・・?」

   ナイロンパーカーにハーフパンツという見慣れない格好をしたバスケ部新キャプテン
  宮城と、ジップアップのシャツにジーンズを長い足につけた赤い髪の桜木が、懐中電灯を
  手に携えてビクともしなかった鉄製扉を開けた向こうに立っていた。
  「がっ・・・」
  「外界だ・・・」
   三井と流川は信じられない・・・と言うように目を見開き、無数のパイプ椅子やグレー
  シートを敷かれた床、そして夜の空気を網膜に焼き付けると、すぐさま行動をおこした。

  「流川!“まだ”10時40分だ!会いに行け!花なんて後で送りゃあいーから!」
   三井はその細い手でまず流川を、状況が把握できていない宮城達に向かって思い切り
  突き飛ばした。流川は踏みなれた板張りにたたらを踏んでようやく戻ることが出来た。
  日常空間に―――
  「うわっ!!」
  「何すんだミッチー!キツネなんかを!!」

   流川はそれでも振り向く。彼の、顔がどうしても見ておきたかった。
  探しに来てくれたのであろう2人が点けてくれたのか、体育館の照明が続いて外界へ
  出てきたその人の姿を映し出す。凛々しい目鼻立ち。スレンダーな体躯は見慣れたもので。
  ―――ああ、三井先輩だ。それだけ思った。
  
  「流川。早く行け!そんで言いたいことを言えよ!」
  「っす!!」
   
  流川は陸上でも活躍できそうなスピードで3人を置き去りに、体育館を疾風のように
  後にした。
  
  遠ざかる広い背中。あの奥に熱いものがちゃんと育っていることを今日知った。

  いつか、あいつも誰かのものになるのだ。姉ではない誰かの為だけに走る日がきっと来る。

  「切ねぇな―――」
   知らず三井は声に出して呟いていた。

  「三井サーン。アンタのお母様からのお電話で俺達必死こいて探しに来たんですけど、
  状況が何が何やら・・・」
  「ミッチー・・・この天才でもこの展開が読めん・・・」

  2人の救世主のジト目に晒されつつも、三井はさっきの夢のような空間を思い出し、
  そして忘れるべく瞳を閉じた。

  ――― 一夜限りの、な。流川。

  「まぁ、助かったぜ宮城、桜木。てめぇらよく体育倉庫なんて調べに来たよな〜」
  「・・・コレっすよ。コレ」

  宮城が緩慢に上げた右手を見ると、思い出したくもない紙片がその細い指に挟まっていた。
  「あ!それに騙されたんだよ!そのナナシメモ用紙!!」
  「ええ。俺も貰ったんス」
   三井が親の敵のようにそれを睨むと、宮城がすまして続ける。
  「他の部でもコレと同じ嫌がらせが相次いでるみたいでしてね・・・だから主将会議でも
  ちょっと話題になったし。でもまさかのこのこと出向く奴はいないと・・・」
  「りょ、リョーちん・・・」
   花道の何かを躊躇うような声が聞こえたと同時に、宮城は首筋に圧力を感じた。

  「宮城。言えよ。それを。部員に」
  「三井サン!!痛い!!痛いって!!」
  「ヘボ主将に手加減する温情なんざ、こちとら欠片も持ち合わせちゃいねーんだよ!!
  オラオラァ!!」
   サンドバックに掛けていたのと、そっくり同じ技を宮城の首に極める三井―――その彼の
  表情がストレスと疲労のせいでよほど怖かったのか、桜木花道でさえ、主将を助けに行こう
  とはしなかった。

  「あー・・・暴れたら余計腹減った!コンビニで何か買って食すぞてめーら!」
   宮城を思う存分締め上げた三井は唐突にそう言ってくるりと踵を返した。
  「・・・じゅーぶん元気じゃないすか。ゲホッ」
  「お、おごりかミッチー!」
  「ああ。宮城のな」
  「そんな!!俺達アンタ探すためにわざわざこんな時間に外出ってきたんすよ!?」
  「うっせぇなぁ・・・冗談だよ!」 
   下級生もそれに続き、騒がしい会話を繰り広げながら、通学路を逆に辿る。
  花道の言葉に、宮城が無邪気な笑顔を見せた。三井もふっと笑う。
  
  ―――今ごろ必死で走ってるアイツもお前らみたいに笑えるんだぜ。見たくねェ?

  前を行く、宮城と桜木のじゃれあいを視界に入れつつ三井は天を仰いだ。
  月が丸い。
  
  「ミッチー!!で、結局キツネと何がどーなったんだ!?」
  「そーすよ。なんか芽生えてなかったすか?ビミョーに・・・」
   三井は2人の後輩の疑問に、唇を歪めてにやりと笑う。
  
  「・・・イイ男同士の深い話し合いだよ。お前らに聞かせるにゃもったいねぇー」
  『なっ、なんですと!?』

  壊れたスピーカーのように騒ぎ出す後輩を置き去りに、三井はマイペースに歩き出した。
  そして目を閉じて、口元に笑みすら浮かべて思った。


  最低で最高の数時間だったと。




   ・・・どこが流三なのかお姉さんの目を見て言ってごらん?(にっこり)
  自分テーマは、何も悩みがないようなノーテンキ兄貴三井サン&仙流で出てくるような
  可愛い流川でした(なんじゃそりゃー)でも実際原作の流川の喋り方は初期からかなり 
  可愛いですよネ。つか青春が炸裂しててすみません。もう読み返せない・・・(恥)
            02.0527UP