コミックマスター:暫定話 〜新たなる世界への旅立ち〜

あらすじ:過去のログを読んでくださるとわかりやすいですが長いので、簡単に申しますと鉄男さんが少女漫画家でその取り巻きがアシスタントで我らが三井くんがヒロイン(?)の変なパラレルです。なつしゃん&きらさんがお忙しい合間に書いて下さった番外編が面白いヨ。
お2方が執筆して下さった作品より前の話になります・・・






神奈川湘南地方の一画にそびえる、とある築15年アパート―――通称トキワ荘(嘘)。その中の一室で物語は進行する。

ところどころ剥がれかけた壁紙にすえた畳の臭い。8畳ほどしかない部屋にはそれ以外にもタバコや汗の臭いなど、女子供は入り込む余地も無い微妙な空気が充満していたが、それでもある種を極めた生活感が漂っていた。

物がやたらに多いその部屋の隅にはサンドバッグやボクシンググローブが天井から吊るされ、ここに立ち寄る者がいたなら一見して格闘技系を専攻する孤独な青年の住居かと納得してしまうだろう。

サンドバックなどよりはるかに目立つ、原稿用紙の山を見るまでは。
そしてほつれかけた網戸を揺らす、飛び交う罵声を聞くまでは。


「おいノリオぉー!Gペンのペン先買っとけっつたのに、こりゃスクールペンじゃねぇかよ!鉄男にこんな繊細なペンが扱えると思うのか?ドクターグリップ(←太いシャーペン)も親指で曲げる男だぜ花咲センセはよぉーっ」
「竜・・・うるせぇぞ・・・」
「で、でも少女漫画は大抵丸ペンかスクールペンでペン入れをするってリ・ボーンの投稿スクールに載って・・・」
「あーほーかお前は!この道ン十年の鉄と雑誌の初心者漫画投稿講座のコーナーとどっち信じてんだっつの!言っとくがてめぇにアシ代ハラッてんのはてっちーなんだぜ!?」

以上のやり取りは全て程度に差はあれど立派な男性の声で交わされた。一人病的なまでにハイテンションな短髪の男が、とにかく横幅は一番デカい巨体に説教をかまし、そして机に向かって黙々と作業を続けるボクサータイプの男が合間にツッコミを入れる。ちなみに売れないコント集団ではない。彼らはある世界では非常に“売れている”のだから前述のものなどと比べるのは失礼に当たるというものだ。

「竜・・・ネームに詰まってた俺が徳男に指定出してやれなかったんだ。責めんなら俺を責めな」
「で、でもよう鉄男。徳男の失敗は今に始まったことじゃねぇぜ?この前だってアンドルーとエミリーの気合の入ったキスシーンで、点描のトーン指定間違えやがってフラッシュバックなんて貼ってやがったじゃねぇか。おかげで少女漫画にあるまじき鬼気迫るラブシーンに・・・」
「過ぎたことを言うんじゃねぇさ竜。そのシーンだって締め切り2時間前に担当の福田脅しまくってなんとか仕上げられたじゃねぇか・・・まぁ福田はその後3日胃潰瘍で入院したけどよ・・・」
「はっ・・・花咲せんせい・・・」

 先ほどから名詞が飛び交っているが、鉄男・鉄・てっちー・そして花咲先生というのは全て同一人物を指している。鍛えられた体から滲む並ならぬ威圧感に野生の獣を思わせる鋭い相貌。そして無精ひげに癖のついた黒い長髪。都会の裏通りの地下酒場や闇市場、風俗街を仕切ってそうなこの男が、乙女の夢の明日を担う少女漫画の教祖:花咲まりあ(ペンネーム)などと誰が信じるだろうか。
 そんな濃い花咲まりあ=本名鉄男にもひけをとらない眼光を放つのが、竜という花咲まりあ直属チーフアシスタントである。その名のとおりアシスタントを強力に纏め上げ、細かい背景と特殊効果はお手の物。しかし少し問題もあるようなのだが・・・
 そして最後にこの場でのヒエラルキーがその巨躯に反比例して著しく低いのが、堀田徳男という新人アシスタントだった。先述のように度重なるミスで竜に弄られてへこむ彼に、唐突に鉄男が声をかける。

「そういやてめぇ・・・先日竜が気まぐれで拉致ったガキと知り合いだったみてぇだな・・・」
 酒と女とバイクと締め切りを延ばす言い訳以外のことで滅多に働かない口に問い掛けられ、幾分緊張して堀田は返答した。
「うっ、うん!俺今湘北高校ってトコで番張ってるんだけど、同じクラスなんだ三井君とは・・・確かバスケ部だったはずだけど辞めて、学校にもあまり来てないみたいだけど・・・」
 『あんなところで出会うとは思わなかったよ・・・』と続けようとする堀田を遮り、竜は物見高そうな表情で唇を歪めた。
「はは〜ん。イジメによる登校拒否だなそりゃー。なまじ綺麗な面してっから目ぇつけられたんだろ。かわいそーに」
「いや、学校にも来てないからイジめてる暇もなさそーすよ・・・」
「・・・どっちにせよ福田以外編集部にも曖昧にしてある俺の素性を知られたんだ・・・このまま黙って・・・っつーわけにはいかねぇな」
 原稿から目を離さず冷淡に鉄男が呟く。原稿どころか下のライトボックスまで削りそうな男らしいペン入れを横目に入れつつ、竜が後ろ向きにチェアを跨ぎ舌なめずりをした。

「やっちまうかぁ鉄男?口止めなら俺に任せてくれよ。新しいデザインナイフの威力試してぇんだよ」
「てめぇが飛び道具で使うから悪いんじゃねぇか・・・危ないことはすんじゃねぇ」

 うざったそうに竜に釘はさすものの、三井の口止めに関しては介入しない鉄男に堀田は内心焦った。
(どうしよう!三井君とは殆ど喋ったことも近づいたこともましてや触れ合ったことも無いけど、クラスメートが竜チーフの制裁に合うのは嫌だなぁ・・・)

「・・・と思ったんだがよ。悪いようにはしねぇからこの件俺に任せてくんね?鉄男、あいつは磨けば光るぜ」

 そう言って意味ありげに笑ったのは先ほど危険人物っぷりをひけらかした竜チーフだった。堀田はとりあえず危惧は去ったとほっと胸をなでおろす。竜の台詞に鉄男が今日初めて原稿から目を上げると興味の視線を走らせた。

「・・・まさか竜、本気でこの業界に引き込む気かあの小僧・・・」
「心配すんな鉄男。俺はちいと人を見る目はあんのさ。器用そうな指してたし、きっとベタ・トーンワークあたりはすぐマスターするだろ。先週のアパート脱走で床下から一階に落ちる時に2人骨折入院して、実質アシ俺と徳男だけじゃん」
「ちっ、どいつもこいつも足腰が弱ぇ・・・やむおえないな」

 漫画家のアシスタントが落下に備えての足腰の強化を必要とするのかは謎だが、とにかく鉄男は納得した。徹夜3日目の身体に喝を入れるべく、読者からもらったボルドーワインをラッパでかっ喰らうと(連載マンガの舞台がフランスの葡萄農家なのだ)竜に「行って来い」と目だけで語る。
 すでに竜はインクまみれのボーダーシャツを外行きのスーツに着替え、何やら色々詰め込んだアタッシュケースを玄関に無造作に投げた。

「おら徳男!てめぇが湘北まで案内すんだよ!つか切り込み隊長な」
「ええっ!俺も行くの?今日はサボろうと思ってたのに・・・」
「徳男のくせに俺に口答えすんじゃねー。とっとと行ってとっとと拉致ってとっとと仕事させて俺は人間らしい睡眠時間を確保する!」

 もちろん鉄男と同様この2人もかれこれ3日は横になっていない。ともすればふらつきそうになる足を叱咤して、竜は堀田を先に突き飛ばしてから玄関口で振り返ると鉄男に手を振った。

「じゃちょっくら行ってくるぜ!帰り弁当買ってくるな」
「おう。ついでに画材屋寄って、トーンの35番と墨汁買ってこい・・・あとタバコ」
「あいさー」

 返事もそこそこに錆びの浮いたドアが閉められる。一人残された花咲まりあこと鉄男は、向かうデスクの引出しからピースを取り出し一本に火をつけた。
 ―――ああ、今日の夕方には福田が原稿の収集にくるんだっけか・・・だりぃな。フケちまおっかな・・・
 前回の畳裏からの降下脱出はバレてしまったので、今回は台所脇に作った回転扉から脱走するか(もちろん2階からのダイブは最早日常茶飯事である)それとも机下に掘った抜け穴から地上に出るか・・・いづれにせよ借アパートを悪の組織並に大改造してしまったことが大家にバレなければいい・・・と鉄男は自嘲した。


「ん・・・?つか今日の夕方までが締め切りなのになんで俺一人で原稿やんなきゃなんねーんだ・・・」

 バッと振り返るが、もうそこには2人のアシスタントの姿は無い。
 ふと気づいた優先順位の間違い。3日の徹夜という今どきバラエティの企画でもやらなさそうな事にチャレンジしていたせいで想像以上に頭がパーになっていたらしい。

「竜!待っ・・・!!」

 本当に珍しいことに、鉄男は慌てて窓を一気に開けると―――モロに日光に目を直撃され一瞬床に崩れ落ちた。
「おおうっ・・・!!」
 吸血鬼の気持ちを理解している場合ではないのに、鉄男はおよそ2日ぶりの太陽の力に嫌という程己の無力さを思い知らされた。その下で750ccの唸りが、まだ午前の空気に溶ける。

「あー・・・え〜と、これでエンジンかかったよな?」
「やっぱり電車で行きましょうよ!徹夜明けに運転はキツイっす竜さん!」
「うるせぇな!給料全部宝くじにつっこんで今月やべぇんだよ!」
(↑ちなみにガソリンは夜中に鉄男のハーレーから頂戴している)
「じゃあヘルメットぐらいかぶって下さいよ!・・・ってああ!何逆にかぶってるんすか!?」
「うーるーせー!!」

 アホな会話も排気音とともに彼方へ消えていく。途中急ブレーキの音や何かにぶつける音もしたが、ようやく復活した鉄男には最早どうでもよかった。

「・・・まぁいいか。いざとなれば逃げればいいんだし」

 重いタバコのせいで体力は落ちているが、一時期ボクサージムに通っていた経験もある鉄男は瞬発力なら自信があった。いつも正面から突っ込んでくる学習能力の無い福田に一発キメてから逃亡する事だって造作も無い。

RRRRR・・・

 そんな鉄男の思考を咎めるように突如空間に電話が鳴り響く。

「・・・おう、花咲だが」
「あっ!花咲センセ!?福田ですがもうゲンコ」

ガチャ。

 早速脅威の瞬発力でもって鉄男は受話器を置くと、同時に足の指で電話線を引っこ抜いた。
「あぶねぇとこだった・・・」
それは同時に幾度となく繰り返されてきた、漫画家vs担当編集の戦いのゴングがまた鳴らされたことを意味していた。









 

 教師の言っている事が耳に入らない。
 いや、もはや、なにも。

 机に広げた古典の教科書の上にそのまま顔を突っ伏し、三井寿は寝ているふりをして校庭の学生たちに目を馳せていた。窓際の席だけあって面白いほど運動場の様子は見て取れる。いや、三井には面白いことなど何もなかったが。

(かったりい・・・どーでもいい・・・授業も、バスケも・・・)

 “バスケ”という単語をボヤけた頭の中に過ぎらせた瞬間、ズキンと左足の膝が熱を持った。それが嫌という程三井に現実という名の絶望を思い知らせてくれる。
 このままではどんどん気分が悪くなりそうだったので、三井は無理やり思考を転換させることにした。

(そう言えば・・・)

 三井はつい先日起こった、忘れたくても忘れられない“濃い”出来事を思い出す。マッチョと漢とインクと原稿と倒錯に彩られた形容のしがたい一日だった・・・

(漫画家か・・・いいよな漫画家はよ・・・足が使えなくたって仕事はできらぁな・・・)

 そういう問題ではないのだが、三井はここ最近“自虐”しか趣味が無いので、彼の平穏のためにも目をつぶってやって欲しい。

(しっかし世の中わかんねーよな・・・あんな殺し屋みてぇな男が目がキラキラの少女漫画書いてんだから・・・ひょっとして「筋肉マン」とか妙齢の美女が書いてんじゃねーの?)

 さらに疑心暗鬼(ちなみに「筋肉マン」は男性2人が執筆。あしからず)。2度の怪我の再発のショックからいまだ抜け出せないでいる三井にどう話し掛けていいかわからず、友人も徐々に遠巻きにして減っていった。三井は何も思わなかった。
 やがて時が過ぎ、古典の眠気を誘う朗読も終盤に差し掛かる。まだ1時間目・・・三井はふぅーっと長いため息を吐くと、再び机に突っ伏して、視線を窓の外に再び走らせた―――


―――それが運の尽きだった。


 ヴォオオオン!!
 湘北高校の校庭いっぱいに明らかに改造された趣きのある大型二輪の排気音が轟いた。

「なんだなんだ出入りか?」
「やだー。こわーい」
「静かにしなさい!授業中だぞ」

 途端にざわつく生徒一同を宥めながら、気難しい古典の教師は窓から校庭を見渡した。

「なんだ。別に何も来とらん。学校前の道路を通りすがっただけだろう。授業に戻るぞ〜」

 再び始まる長ったらしい朗読は、硬直している三井の耳を右から左へ抜けていった。
 そう、彼は―――教師が外界へ注意をはらうその前から校庭へ視線を遣っていた彼には―――

「せっ、先生!早た・・・じゃない。トイレへ行ってきていいすか?」
「ああ?しょうがないな三井。早く戻ってくるんだぞ」

 戻ってくる気はさらさらないが、戻ってきたいと願っても戻れる確立は低いだろう。
 三井は例の恐怖の一日体験で知り合った(?)竜とやらと堀田徳男が、ここからは死角になっている駐輪場に思い切りバイクで突っ込むのを目撃してしまったのだから。






「いっつぇ〜!!いってぇなこのタコ!!お前重過ぎんだよ!!」
「酷いっすよ竜チーフ!竜さんが途中でブレーキ壊したんじゃないですか!生きた心地がしなかったっすよ!!」

 竜と堀田徳男はカラカラ回るひしゃげた自転車群をあえて視界にいれず、互いを罵りあった。3日間の徹夜はかなり神経に負担をきたすらしい。
「俺の睡眠時間のために早く三井ぶっ捕まえるぞオラ。案内しな」
「竜チーフ今は授業中だしもうちょっと待ちましょうよ!!」
 目の下にできたクマのせいで余計人相が凄まじいことになっている竜にビビりつつも、堀田はバイクを起こして竜を止める。
「ああ〜?てめぇ何のために番張ってんだよ。授業中に乗り込んでこそ真の男だろうが!」
「それはただのプチテロリストだよ!!」
「あ〜!てめぇと話してると頭痛くなってくる!とにかく三井拉致ればいいんだ。早くしねーと締め切りに間に合わねぇ・・・」
 竜はいらいらとタバコに火をつけると、そう言えば締め切りは今日の夕方ではなかったかと思い出す。竜の台詞で堀田もそれに思い至ったようでみるみる強面を蒼白に染めた。
「竜チーフ・・・花咲先生一人で原稿やって今ごろ発狂してるんじゃ・・・」
「いや、鉄男のやつなら福田をなんとかして一日くらい締め切り延ばしてるだろ・・・」
「福田さんがクビにならないのが不思議っすね・・・」
 余談だが福田がクビにならないのは、いかにも「2、3人殺ってます」的なオーラを纏う鉄男の担当になど誰も進んではなりたくないからだ。福田の数十枚に至る辞表はことごとく上層部のシュレッダーにかけられてきた。本当に余談だが。
 
 キーンコーンカーン・・・竜と堀田が言い争ううちにチャイムがなったので彼らは行動を開始する。

 そしてチャイムが鳴り響いたころ。三井はこっそり持ち出した平べったい学生カバンをさげて、全力で普段使われていない非常階段を降りていた。
(これなら!これならある程度俺の行動範囲が読める可能性のある堀田も追ってこねぇだろ!)
 36計逃げるにしかず。堀田だけならまだしも竜がいる時点で自分がらみだと推測した三井はひたすらETのようにゴーホームを目指していた。松葉杖を器用に操って階下を目指していたのだが・・・やはり焦りが判断を狂わせるのか、踊り場もまだ遠い段で思い切り杖を滑らし、あろうことか全身のバランスまで崩してしまう。
(やべッ・・・)
 重力を感じなくなる瞬間―――思い浮かべたのはやはり体育館と一つの球体だった。

「三井君!!」
「!?」

 衝撃に備えて硬直させていた筋肉が、別の意味で硬直する。階段から落ちる寸前、確かに自分は・・・身長が176センチもある自分は「軽々と抱き上げられた」
クラスメートである堀田徳男の手によって。
「ほ、堀田!?」
「ご、ごめん三井君。こんな体勢なんだけど聞いてくれるかな?鉄男さん絡みのことなんだけど・・・」 
 ああ、やっぱり。
幸運なのか最悪なのか・・・それは三井にもわからなかった。



「・・・で、どうしてお前がここにいるわけ?」
階段の踊り場に腰と松葉杖を預けて、あきらかに不機嫌そうに同じく座る堀田に問う。
一応助けられたのだから三井は柔らかく言ったつもりだったのだが、表情がそれに5馬身差くらいあったらしく堀田徳男はやたらにびくびくしていた。
「い、いや、チーフ―竜さんがね・・・」

―――わずか数分前。
「おい徳男。騒ぎになるとマズイからてめぇがまずは教室に行って三井の行動を監視してきな」
「ええー!?竜さんはどうするんですか?」
「・・・バイクの修理だよ。文句あるか」
―――回想終了。

「まぁこんなわけなんだけど」
「そうじゃなく!俺に何を求めてんだよ!?制裁ならとっととしてくれ・・・痛くない程度に」
 三井は先日、花咲まりあこと鉄男の部屋に連れられたのだがそこで逃げ遅れ、鉄男の担当である福田にまんまと捕まり鉄男の秘密を始終聞いてしまったのだ。少女漫画という、鉄男の雰囲気とはまるっきり対象の世界に位置するカテゴリーの中ではそれはかなりの禁忌であったに違いない。それを部外者の自分が聞いてしまったとあっては・・・処刑もまぬがれまい。
 ああ、最近本当にまったくついていない。人生右肩下がりにも程がある。
 悲壮としか言い様のない三井に、堀田は怪訝な目線を送った?
「制裁?み、三井君なにを・・・」

「しけてんなぁ坊主!!んなことじゃ修羅場はノリきれねーぜ?」
「!!」

 いつのまにそこにいたのか。光沢が上品な黒いスーツにワイシャツを着込み、日差し避けのサングラスが反射して光る。そして手元には銀色のアタッシュケース―――ヤのつく自由業まるだしの風体に、三井も同行者であるはずの堀田も一瞬恐怖した。
 正体はもちろん竜アシスタントチーフであるのだが。

「探したぜ三井ィ。先日はずいぶん世話になったなぁ・・・」
「別に何もやってねーじゃん!!」
 三井がやった事と言えば、せいぜい担当の福田とやらを張り倒したことくらいである。
「まぁつれねーこと言うなよ。痛めつけにやってきたわけじゃねーんだ。漫画家のアシスタントがそんな暴力的なことはしねぇって。紳士的に話をだな・・・」
 容姿と口調に微塵も説得力が無いのだが、逆らうとその理論が一瞬で崩されそうなので三井は黙っておいた。心の中で恩師である安西先生の姿を思い浮かべ、目の前の悪魔と相殺させて精神の平穏の中和を図る。
「・・・じゃあ何しにきたんだよ」
「三井の坊ちゃんに新しい世界を提供しに来たのさぁ」
 三井の興味が引かれたのを確認して、竜は長細い両手を広げて見せた。
「その新しい世界ではお前の力が必要になる。どうだ?俺らに協力してくれねーか?」
 ドクン。三井の心臓が久しく高鳴った。
「・・・俺を必要と?」
「ああ、必要なんだ三井・・・」
 見詰め合う2人――― 

(ああ、いつのまにかメロドラマになっている・・・)
 と、堀田は思ったが、それ以上に竜が要点を全く喋っていないことに気づく。
(漫画家のアシスタントになるなんて・・・普通いきなりは承諾してくれないよなぁ・・・)
 “必要”の2文字に酔っている三井は気づかないようであったが、堀田はどうしようかここでなにか突っ込みを入れるべきか悩んでいた・・・が。

「って、何流されてんだよ俺!都合のいいように俺を利用する気だろ!?そーはいかねぇぜ!」
 なんとか自我を取り戻した三井に、堀田は内心賞賛を送る。
 よく言ったみっちゃん!(←馴れ馴れしい)人間不信もそこまで行くと凄いよ!!
「人聞きがわりーな三井。俺はただお前を俺たちの仲間―――花咲まりあのアシスタントに迎えてやるって言ってんだよ」
「わりーけど俺は一度として少女漫画の世界に興味持ったことはないんだよ!その、屈強な男がアレを描いてるなんてことは言わねぇからほっといて―――」
 そう言いつつ竜と堀田に背を向けた三井の頬の横を瞬間ひゅんと何かが高速で通り抜けた。
 お約束のように三井の滑らかな頬には一筋の血が。

「・・・俺の雲形定規手裏剣から逃れられると思うなよ・・・?」

 お前はどこの忍者の末裔だ。そう突っ込む間もなく堀田が悲壮な悲鳴をあげる。どうやら(どういう原理かは知らないが)ブーメランのように戻ってきた定規に顔面を直撃されたらしい。
「竜チーフぅぅぅ!!雲形定規は高いんですから扱いは大切にー!!」
「んなもん鉄男の経費でおとしとけ!三井がにげるぞっ!!」
「てめーらが強引に話進めるからだろー!!」
 すでに階下から響く三井の声に、竜は堀田を引きずって階段を駆け下りる。

「ひぃぃぃ!!竜のヤロウ紳士的に話を進めるとか言っといて、やっぱり最終兵器彼氏じゃねーか!言いなりになってたまるかってんだ!」

 松葉杖を放り出し走る三井に、こくこくと竜達が迫ってくる。(またこのとき少し足をいためることになったことは知る由も無い)途中すれ違う幾人かの生徒に何事かという視線を向けられたがもはやそれらを気にしている場合ではなかった。
「三井!!アシスタントは3食付きでおやつも出るぜ!!」
「三井君!!もちろん鉄男さんは給料もくれるよ!?」
「う・・・」
 物で釣りはじめるアシスタント軍団(ただし2人)に三井の足がくじけそうになる。
「で、でもなんか徹夜とかして体ぶっ壊しそうじゃねーか!」
「力をあわせればなんとかなるよー!!」
 ならないから堀田たちは困り、鉄男は締め切りを延ばしているわけなのだが。
 もともと短気な竜が逃げる三井に業を煮やしたか、アタッシュから取り出したスーパーボール(雑誌の全員プレゼント)を投げつつ三井に叫ぶ。

「つかうぜーんだよこの根性なし!逃げてばっかりじゃなく立ち向かうくらいの根性みせろやそれでも男か!?」
「だっ誰が根性なしだぁっ!!」
「つかチーフ!スーパーボール危ないっすよ!!」

 竜は知る由もないが、痛いところを突かれた三井は反射的に止まって振り向いた。その動作にサングラスの奥の爬虫類を思わせる目がキラリと光る。

「スキあり!!」
 三井に追いついた竜が彼に足払いをかけすかさずマウントポジションを取る。
「し、しまった!竜テメっ・・・!!」
「チーフ!!暴力はっ!!」

 教師が来るのも時間の問題であろう。しかも暴力沙汰はこんなところではご法度きまわりなく、堀田は竜の行動に真剣に焦った。
 凶悪な表情で竜はアタッシュケースをおもむろに開き、その中から一つの道具を取り出し胸元に翳す。三井はそれを見て一瞬恐怖のカタチに表情を引きつらせると―――また次の瞬間疑問の形に眉を歪めた。

「・・・なんだその・・・羽根?」
「無知だな三井。これは“羽箒”っていうのさ」

 硬い羽根を幾重にも重ねて一本の軸に纏めた、扇を切ったような道具―――三井には、そして殆どの一般人には知る由も無かったが、それは原稿の上にたまった消しゴムのカスなどを効率よく除去するための用具の一つであった。漫画家以外にも需要はありそうだが竜は自分の仕事以外には興味がとんと無いのでよくは知らない。

「そ、それが今どう関係あんだ・・・」
「そう強がってられんのも今のうちだぜ三井?」

 竜はうっとりとした恍惚の表情で、引きつる三井の端正な顔を羽箒の先端でなぞると・・・
予定調和のように三井の身体をくすぐりだした。
(ああ、やっぱりね)
と、堀田は思った。


「先生こっちです!1年の三井君がケンカを!!ケンカ―――・・・?」

 三井たちの騒ぎを聞きつけ、慌てて教師に報告しに行った生徒は、廊下を這う2つの物体を目に入れて眉を顰めた。眼鏡の教師も同様に。

「降参しろ三井!!俺たちと共に働くと言え〜!!」
「だっ誰がマンガなんて描くかよ!好きな奴がやってりゃいいだろ!!ぐははははは・・・」
「これまで募集したアシは全員30分で辞めてんだよ!!」
「せめて一日もたせろよ・・・!!うわは、やめっ!ぜーぜー・・・」

 いい年だろうに羽箒で少年の身体をくすぐりつづける青年と、その下で涙と笑いとで呼吸困難寸前の芋虫のようにのた打ち回る少年―――
 高校ではまずありえない光景に教師と常識人の生徒は固まった。
 彼らの動向を見守っているらしき巨躯・強面の生徒に教師は尋ねる。

「彼らは何をしとるのかね・・・?」
「ああ・・・三井君と保護者の人がふざけあってるだけだと思います・・・」
「・・・そうかね」

「諦めちゃダメだ諦めちゃダメだ諦めちゃダメだ・・・うっくギャはっ、ヤメっ、竜!!」
「アシになると言えー!!」

 それ以上は誰も何も言わなかった。
 2人の世界に没頭する彼らに関わるのはある意味無粋というものだ―――





―――たっぷり10分後。呆れた教師含むギャラリーも去っていた・・・
息を切らした竜がよろけながらも立ち上がる。
「三井寿ゲットだぜ。ハハハ凱旋だぁ〜!!」
 だれ〜んと伸びている三井を引きずりつつ竜は高笑いしながらバイクの置いてある駐輪場へと向かった。
(竜チーフ寝不足でハイになってるね・・・)
 と、堀田はもはやコメントがどうでもよくなっていた。そういえば花咲先生のリ・ボーン巻末コメント、今週はなんて捏造しよう・・・たまには鉄男さん自分で書いてくれないかな・・・ 

 そして鉄男のことは思い出したものの、その鉄男に買って帰る弁当やタバコや画材のことなどこの2人が覚えているわけは無かった。





【続く・・・?】



三井サン仲間になる編。

めちゃくちゃすぎでゴメンサ〜イ。
メンバーと文章が壊れすぎでいかんともしがたいです(苦)
続きは・・・気が向いたら・・・(おい)