RING RELOAD RePLAYER.






   「・・・宮城?」
   「黙って」

   清潔そうなカッターシャツにそのままの輪郭で浮かび上がる背骨を頬で感じて、
   宮城はゆっくり目を閉じた。同時に両の腕を彼の腰の辺りに回す。思っていたより
   ずっと細かった。けれど引き締まっていて頼りなさは皆無だった。
   深い意味はない。
   ただずっとこうしたかった。こうできる機会を狙っていた。
   今自分たちは全く見知らぬ空間で2人きりで、息を詰めてお互いだけ知っている。
   他には何もない。
   彼の背中の匂いは暗室の空気の匂いに紛れて分からない。
   でも抱きしめたその身体は確かに三井寿だった。
   三井寿とこんなところにいる。

   閉じたときと同じようにうっすらと目蓋を上げる。薄い背中の感触だけでなく、周りの
   景色も再生を遂げた。
   どこだと思う?視聴覚準備室。
   絶対俺たちがこんなところで会うはずがないんだ。
   人一人身動き取るのもやっとなくらいにモノに溢れ返った狭い部屋。
   先客にアンタがいるなんてどういうアレだよ。

   だからたまらなくなって宮城は抱きしめてしまった。
   感情など後に付いて来るほどイタイ本能。

   「んだよ。あちぃな。邪魔すんじゃねぇよ」
   
   宮城の全てに気づかずにけれど少し動揺したように三井は低い声で告げると、
   再び発掘の作業に没頭し始めた。ぜんっぜん終わんねぇ。
   少し怒った背中が口を聞く。
   宮城は払われた腕を所在無くぶらぶらさせていたが、特に表情を変えることも無く
   静かに先輩の後姿に語りかけた。

   「何探してるんすか?手伝いますよ」
   「んー。頼むわ。写真なんだ。銀行の封筒に入ってる」
   「なんスかそれ」

   三井の示唆したものはおぼろげで、到底見つかるとは思えなかった。
   先刻の僅かに詰まった空気ももうここにはない。
   同様に彼の探すものもここには無いかもしれない。宮城はなんとなく
   その予感がした。
   三井とならずっと探しつづけてもいいという願望も含まれていることは否定しない。
   手を伸ばして彼を奪うよりも、
   ずっと隣りに立って同じようなことをしていたかった。

   「悪ぃな。てめぇも本当は用事があったんだろ?」
   「いや別にぃ」
  
   悪いヤス。俺は元素記号表を持っていけそうにも無い。
   友情よりも激情を取る。こんな自分を許しやがれ。
   宮城が頭の中で勝手に懺悔を始めると、頭上にいきなり紙の束とダンボールが
   落下してきた。鈍い音がして、宮城は声も無く床に倒れこむ。
   ヤスの祟りかと思えるほどナイスなタイミングだ。

   「うおっ宮城!すげぇ埃かぶってんぞ!?」
   「・・・客観的に述べていただいてどうも」

   グレーの埃を被ったシャツをはたきながら、宮城は目の前の子供くさい男に苦笑い
   して見せた。同時にいらだち紛れに落下物を蹴って壁沿いに静止させた。
   三井は探す手を止めてまだ宮城を凝視していたが、ふぅと息を吐くとふわりと立ち上がった。
   狭い部屋が余計狭く思えるほどにまっすぐ伸びた背筋だ。
   「ほらよ」
   無愛想に呟いて、長い指で宮城のピアスに触れたものだから何事かと思った。
   その滑らかな爪の先につまむ糸くずを見るまでは。
   
   「リングピアスは引っかかると大変だろう?糸くずだったからいいけどよ。
   ほつれた服とかにかかっちまったら耳千切れんじゃねーの?」
   「・・・アンタやったことあるんすか?」
   「いや、ねーけどよ。イメージだよ」
   「だったらわっかんねースよ。俺だってこのタイプのはあんましたことねーんだ」

   ふと無意識に胸元に手をやって、そこに入れたモノを思い出した。
   クラスメートの女子にもらった細い細い安全ピン。
   履き慣れない新品の靴の紐が緩むので、固定するように頂戴したものだ。
   今日この後部活に行って、帰宅する際に付けようと思っていた。
   それを指先で彼と同じようにつまみ出す。
   そこに明確な自分の意志は無かった。

   「・・・三井サン。あんた一生懸命探してる姿似合わないよ」
   その気になればどんなものでも、悠々と自分のモノにしてしまえるのに。
   ひとりの人間さえ。
   「ああ?んだよそれ?」
   険を宿した強い眼差しに真っ向から対峙して、宮城は書類やカセットテープ、
   許容量を越えた紙束を咥えるファイルの散らばる床に、這いつくばる三井と
   目線を合わせてしゃがみ込んだ。幼い顔で綺麗に破顔して見せる。
   「もっと楽しいことしようぜ」
   瞬間宮城は、三井のなだらかな肩を掴んで紙の海の中突き飛ばした。
   
   「ってぇ!!」
   積み重ねられたダンボールの箱に後頭部を打ち付け、高い声でうめく。
   足場の悪い不ぞろいな床を進み、宮城は三井が起き上がらないようにその
   長い足の間に割り込んで太腿辺りに自分のそれでもって体重をかけた。
   見上げる珍しい角度で、三井の尖った視線を受ける。
   「なんの真似だぁ宮城。フザケてんなら俺がキレねぇうちにやめろ」
   「やめない。今俺最高にノってんすよ」
   尊敬する師に諭されてから、彼の沸点は低くなった。そんなの命取りになるだけだ。
   年を重ねて丸くなんてならないで欲しい。ずっと炎のようなままで。
   宮城の行動をまだ後輩の甘えと見たか、三井は身じろいだだけで反撃には出ない。
   「何がだよ。時間ねーんだよ。部活が始まっちまう」
   「それは俺もなんすけどね」
   そんな悠長なこと言ってられませんよ三井サン。
   アンタそんな無防備な体勢じゃ犯されたって文句言えない。
   ともすればソレよりも酷いことを彼に施すために、宮城はつるっとした安全ピン
   を指の力で尖らせると、三井の端正な鼻梁の先に突きつけた。
   「痛みを語るなら痛みを知らねーと。これも有意義な経験になるかもよ?」
   「―――!?待てよ宮城!嫌だぞ俺は!」
   探し物にばかり執着していたような三井は、ここにきて宮城の意図を汲むと
   恐怖の色に顔を染めた。その様子に宮城はふっと笑む。
   きっとこの非日常的な空間では痛みすらも希薄だと、彼は信じて疑わなかった。
   俺でさえ俺を止められない。最速の感情は暴走することも容易で。
   銀の先端をねっとりと舌先で舐るだけの気休めの消毒をして、優位な体勢を
   利用し片手で三井の顔の形良い耳を掴む。
   他人になど触れられる機会の無いと思っていた部分にきた強い刺激に三井は
   怯んだ。まだ狂器は宮城の左手に握られているのに。
   「俺が悪かった宮城!やめろ!な?」
   宮城は訝しげに眉を跳ね上げ続いて唇だけ孤を描いた。
   いや、アンタ悪くねぇじゃん。俺が勝手にやってんのに。
   銀色が淀んだ空気をひらめかせた。   

   「ここで会ったこともあったこともアンタきっとすぐ忘れる」
   淡い肌色の耳の薄い皮膚。
   その一点を裂いて、針がアンタの体内を移動する。
   「―――っ!」
   三井は激しく熱を点す痛覚に支配され悲鳴を押し殺した。
   かぶりを振りたいのに、出来るはずもない。
   自分の一部にある異物と、目の前の男のせいで。
   「こんな穴も、すぐに消えちまう」
   涼やかな目で語りつつも、三井を抉る針を持つ手を緩めないまま
   宮城は更に深く、ゆっくりと差し入れた。三井の体が強張り、耳に近い
   皮膚がかぁっと赤味を増す。綺麗に筋の浮いた首が唾液を嚥下して艶かしく
   脈動し、声にならない悲鳴が呼吸に混じった。
   宮城はその様子を観賞しつつ、あくまで乱暴さを感じさせない手つきで貫通
   させた凶器を捻った。
   「いっ・・・!!」
   最初、邂逅したことを思い出す。あのときは何も分からずに、ただ三井を潰すこと
   だけ考えていればよかった。
   日本語にならない言葉の意味なんてわからない。
   今は違う。その雰囲気からさえも、俺は三井さんを分かることができる。
   
   「それでも感覚は覚えるんすよ。次アンタが痛みを感じるとき、きっと今と比べる」
   音も立てずに引き抜く。肉眼では確認するにも困難なそこからぷつりと血が
   溢れた。もうそれだけで彼がルビーのピアスをしているように見える。
   急転した状況へのショックか、主張する痛みのせいか三井は放心したように
   目を見開いて身体を重力に預けていた。
   次の言葉は聞こえなければいい。
   「嫌でも俺を思い出すさ。探し物なんて今だけでしょ?俺は、永遠になりたい」
   静かに見据えながら、自分の片耳を飾るシルバーリングを外す。
   鮮やかな赤の粒に無理やり押し込んで金具で留めたら、彼は泣きそうな顔をした。
   
   (スッゴイ!宮城くんピアス開けんの巧いね)
   クラスのかなりイケてる少女の左耳にも三井と同じことを施したことがあった。
   宮城に与えられた机に座って向かい合って、少女の華奢な顎を持ち上げる。
   その少しエロい光景に親友は悔しがり、アヤちゃんには複雑な表情をされた。
   安全ピンをライターで炙って器用にポイントを探る。普段はボールを操る指。
   (マジ全然痛くなかったしー。あ、やべセンセ来ちゃうよ)
   宮城の机からカットしたプリーツスカートを翻して飛び降りた可愛い女の子。
   そのストレートの髪の波間に自分が与えた小さな石が光る。
   作った穴を固定しないとすぐに無くなってしまうから、自分のをやった。
   代わりに彼女のモノであるヘアピンと使った安全ピンをもらった。
   一瞬だけ彼女の一部となったピンも、シンプルなメタルブルーのピンも
   どこへいったのだろう?

   「ってぇ・・・ズキズキする・・・」
   悲壮感溢れる潤んだ声に、ふっとリアルに引き戻される。凛々しい目をきつく閉じて、
   手のひらで耳元を多いぶつぶつと呟いている。
   「てめぇ最悪。わけわかんねぇ。いきなり抱きついたりンなことしたり何だよ・・・」
   最上級生のプライドか。涙は辛うじて流していない。ただ怒りを押し殺して静かに耐える
   その姿が回想のクラスメートよりも宮城には官能的に映った。
   「今ごろ気づいたの」
   そう言って挑戦的に笑って。もう一度手を伸ばして傷口を指で抉る。
   今度こそ三井は顔を顰めて叫んだ。
   「イテェ!!」
   「俺は痛くない」
   やっぱり三井の顔のパーツは一つ一つが独特の色気を持っている。その変化を
   楽しげに眺めながら宮城は指だけ膝の上に戻した。片膝を付いて告白するような
   姿勢を保って。
   「でもアンタの痛みは知っている。昔同じことを自分にした」
   言うと同時に殴られてバランスを崩す。骨ばった拳で殴られると流石に痛い。肉体は。
   「てめぇが言うんじゃねぇ!俺が何しやがんだって言ってんだ!人の身体に穴
   開けやがって!」
   「・・・だよなぁやっぱり。普通三井サンみたく怒るっスよね」
   「怒るに決まってんだろ!バカヤロウ!んな酷ぇ・・・」
   痛みを思い出したように三井は耳たぶを押さえた。だいぶ出血している。自分の指に
   付着した液体を視界に入れて三井はさっと顔を青ざめさせた。
   「宮城てめぇ自分が何したかわかってんのか?」
   「・・・わかってれば許してくれるんスか?」
   「理由があんなら言い訳くらい聞いてやんよ!」
   
   刹那味わった興奮ももう冷めた。試合中のように冷静に。
   なくした安全ピンとヘアピンの行方は知っている。
   きっと、深い海の底で生物の死骸に紛れて光ることさえ忘れている。
   彼と共に弔うようにきっと。
   宮城は自分も殴られた頬を押さえてダンボールに凭れかかった。
   もう霞んで輪郭すらない過去を思い出す。
   「怒る対象なんていないんだよな。自業自得だから」
   「宮城?」
   顰められていた端正な面が疑問に僅かに緩和した。
   「小さな石一つでも、大人になれると思っていた時代があったんスよ」
   自嘲気味に唇を吊り上げ、三井を見据える。
   彼より少し年上だった。生きてさえいれば。
   「その時代に見た兄貴の後姿がアンタに似ていたモンで、つい抱きしめちまいました」
   「お前兄貴なんていたのか?」
   「さあ・・・いたのかもしれないっすね」
   はぐらかして身を起こし、思う存分散らかした雑多なものをダンボールに投げ入れた。
   三井が「片付けんじゃねーよまだ見つけてねーのに」と抗議したが、聞こえないふりをした。
   
   「そして同じくらい憎らしかったんだ」
   伸びていくまっすぐな背中が。付いてくるなよと言って、それでも許される年齢を告げた。
   しかし自分がその年齢になる前に、彼は存在を無かったかのように消去した。
   んなのズリーよ。俺はもう17歳にもなったのに。
   「宮城!」
   「一回でも彼と共有できるものが欲しかったンすよ。それが例え物騒な痛みでも・・・」
   「宮城!」
   顔を上げる。
   三井サンは三井サンのまま眼前に立っていた。うっすらと汗の浮いた額と赤い皮膚が
   目に痛かった。

   「俺は俺で。兄貴なんかじゃねーよ。勝手に見立てて襲うんじゃねぇ」
   ピアスの外し方など知らない三井はいらいらと耳たぶをいじり、その度に痛みに紅潮した頬を
   引きつらせた。血が固まってきて粘度を増す。
   「おい・・・外れねぇぞ宮城」
   「貸して」
   「嫌だ!てめぇのサドっぷりにはもううんざりだ!」
   「これでも反省してるンスよ。取ったら病院付き添うから」
   出来うる限り殊勝な声を出して近づくと、躊躇いがちに拒否する手を脇に下ろした。
   弱ってると可愛いじゃないか。
   「へい取れた。いる?」
   「いらねー!」
   三井の返事に身を竦め、宮城は僅かにサビの匂いのするピアスを弾いて手の中に持った。
   三井が嫌そうなので再び距離を置く。とは言っても狭い部屋の中。表情の僅かな変化さえ
   見逃せやしない距離だが。

   「・・・兄貴じゃねぇけど頼るんなら頼りやがれよ。俺は年上だからな」
   
   空気に混ざった言葉に。思い知るのは自分の本当の感情だ。
   宮城は黙ってその言葉を受け止めた。
   頼りたいわけではないが、それも一つのステップであるから。

   「頼るよりも甘えたいすね」
   「うげ。気色悪ぃこと言うんじゃねぇ!!」
   「じゃあ三井のアニキ、とりあえず明日購買でサンドイッチ2つ買ってきて」
   「それモロにパシリじゃねーかよ!!ああ!叫んだら痛ぇ!」
   「うわっつマジすんません。大丈夫?」 
   傷口は広くないが、そこを中心に僅かに赤く腫れている。ああやっちまいましたよ。
   この器用な宮城さんがキングオブ不器用になるとは。
   
   「いいからてめぇはちゃんと部活行けよ!?キャプテンなったばっかなんだからな」
   「えーっ!三井サン一人で病院行けるんですか!?」
   「てめぇ俺を何だと思ってやがんだ!?」
   三井はひとしきり宮城にわめき倒すと腹立たしげに嘆息し、慌しく部屋を片付け始めた。
   「ああ俺がやっとくからあんた早く行きなよ。この詫びはすっからさ」
   三井の手首を掴んで行動やめさせ、そして笑って頭を下げた。

   「色々アレですが、三井サン誕生日にいてくれて有難うございました」
   突っ立ったままの三井の眼前に、制服のズボンの後ろから出した「モノ」を翳して
   地面に置いた。銀行の、封筒。
   「これはそのお礼とお詫び。写真、探してたんでしょう?」
   ヤスの呪いで降ってきた埃と紙品の中、これだけが鮮明に映った。
   中身は別に知らなくてもいい。
   三井は最後まで呆けたような表情を晒していた。

   片付けが終わると部活に間に合うように早足で部屋を縦断し、
   ドアを引いて硬質な床に足をつける。少し乱れた髪をかきあげ重い目蓋を
   細めると、宮城は最後振り向いた。
   そこに病院に行った三井がいるとでもいうように。
   (ああ、言い忘れてた。耳の怪我のこと教育指導に見つからないようにね三井サン)
   もしここに彼がいたら。
   これを言ったら怒るだろうな。でも言う。
   
   「兄貴の話はウソだけど、アンタに対する感情は全て本物だ。長期戦とわかりきってるから
   卑怯な手を使わせてもらったっスよ・・・」
   今日一日、きっと想い人は耳の激痛に悩まされ、宮城のことだけ考えてこの長い夜を
   すごすだろう。意地悪く笑みを浮かべる。
   誕生日とは、生まれ直すために自分に与えられた日だ。

   「ハッピーバースデイ俺!!今年こそ三井サンと―――!!」

   突風を突き抜けて銀の輪が空を駆ける。
   途中の窓から手の中に握ったものを、今度は空に還して。
   宮城は悠々と部活に向かった。


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  宮城誕生日記念ー!!(遅刻)
   というワケで宮城さんに三井さんをプレゼントです。思う存分サディスティックに
   三井サンをもてあそんでもらいました(最悪)
   ・・・いや、甘く行きましょうよ誕生日なんすからさぁ・・・最初の予定だってケーキで
   生クリームプレ・・・ゲフッ!!(省略)
   ・・・ヤンキーで悪い男な宮城もたまにはよろしいかと。でも何も今じゃなくたってさ!(汗)
   自己中でヤな感じですね。三井サンがへたれですね。ごめんなさい・・・(沈)
   こ、こんなんでもお誕生日おめでとう宮城!!

  さてここでアレですが、これ実は御大の「ピアス」のリョータの設定を…ゲフゲフ