『愛の肉じゃが劇場』
製作総指揮&助演 三井 寿
主演 流川 楓
提供 R&G(ラン&ガン)サンホーム
【第一回】 着火
昼時の湘北高校別棟の調理室から食欲をそそる煮物の匂いを風が運んで行く。
屋上で弁当を食べていた三井は微かな匂いをキャッチした。
「なんか旨そうな匂いしないか?」
隣で黙々と弁当を食べる流川にきいてみたが、べつに…とボソっと答えが返ってきただけだった。
「一年生の女子の調理実習か。肉じゃがだったら差し入れてくれる優しいコがいねえかなあ」
女子からの差し入れを期待する三井のニヤケた横顔に流川は内心、ムッとした。
別棟の渡り廊下から女子生徒数名がタッパを持って本校舎から屋上に上がって行く。
鉄製の重いドアが鈍い音をたてながら開くと、キャッという賑やかな声が屋上に広がった。
「流川くーん、肉じゃが作ったんだけど食べない?」
給水塔の壁にもたれて三井と弁当を食べていた流川は、顔を赤らめるクラスメートの女子に邪魔するなと言わんばかりに思いきり不機嫌な顔を向けた。
「いら…」
「肉じゃがくれんの?俺食ってもいい?」
仏頂面の流川の返事を遮って三井が横から手を伸ばす。
「ハイ!もちろん!三井先輩の分もあるんですよおー」
バスケ部復活後はその活躍とモデル並みのルックスで人気急上昇の三井の優しい返事に、更に女の子達の頬は紅潮し、流川の分まで三井に差し出されていた。
「俺、肉じゃが大好きなんだ。ありがと」
三井のとび色の瞳が微笑むと女の子達の目がハートになる。
「先輩のためならいつでも作ります!!」
舞い上がった黄色い声で我先に名乗りを挙げる。
「サンキュー嬉しいよ」
くっきりとした二重瞼が細められ、軽く口角の上がった唇から白い歯がこぼれた。
ダメ押しの三井の微笑みに有頂天になった女の子達はキャーと飛び跳ねながら帰っていった。
「ウメーじゃん」
ホクホク顔で三井が喜んで食べている肉じゃがのタッパを流川の長い指がさらっていく。
「テメーなに考えてんだッ!」
「サービスし過ぎ…」
真正面の手すりを睨み付ける流川は口がへの字に曲がっている。
あんなに優しい顔はオレにだってしねえのに…
流川の嫉妬がメラメラと音をたてて燃える。
「好きなんだからいいだろ。よこせ。大体、肉じゃがとかの家庭料理に男は弱いって相場が決まってんだ」
「俺は弱くねえ…」
「バーカ、お前と一緒にすんな。返せ。食い物の恨みは恐ろしいんだぞ」
三井はタッパを取り返すとまた食べ始めた。
「あーウマイ、やっぱり手作りっていいよなあ」
その幸せそうな顔が漆黒の瞳の怒りと嫉妬をより激しくさせ、負けず嫌いの性格に火をつけた事を肉じゃがに夢中の三井は気がついていなかった。
【第二話】 前兆
それから二日後。
部活帰りに駅に向かう途中で流川の自転車が急に止まり、後ろに乗っている三井を振り返った。
満月に輝く艶やかな黒髪の奥で思いつめたような漆黒の瞳が三井を捕らえる。
バスケ以外では見る事のない真剣な鋭い表情に三井は地面に足をしっかりとつけて心の準備をした。
「話しがある」
「どうした?何かあったのか?」
「明日の帰りウチでメシ食ってって」
「何だよ、そんな事か。行くに決まってんだろ。びっくりさせんなよ」
三井は何を今さら…と気抜けして返事をした。
「おじゃましまーす」
次の日の帰り、流川家の玄関で三井が挨拶する。
「誰もいねえから」
流川がパチン…と照明のスイッチを入れながらスタスタと廊下を歩いて行く。
「えッ?じゃあメシは?へ?…何それ…」
三井が少し遅れて居間に入るとエプロンと料理本を手にした流川がいた。
「メシはオレが作る」
「る、流川?正気か?オマエ…」
「ショーキだ。オレが肉じゃが作る」
「お、お前がッ?!これから?!」
仰け反る三井に対し、妙に落ち着いた流川が挑むように近付いて来る。
「センパイの好きな肉じゃがをオレが作る。待ってろ」
そう言い残し、颯爽と花柄エオプロンをなびかせながらキッチンに消えていった。
「しゃーねえなあ」
一度言い出したら聞かない流川の性格だから止めても無駄と諦めて、三井はソファーに座り新聞のテレビ欄に目を通した。
肉じゃがごときで負けず嫌いな奴だと、流川なりの愛情表現がかわいらしく思えて三井はプッ…と新聞に向かって吹き出した。
「なにがオカシイ」
キッチンにいたはずの流川が目の前に立っていた。
「お、おどかすなよ。何だよ?」
「コレでも飲んで待ってて」
テーブルにはいつのまにか三井の好きなカルピスの入ったグラスが氷り入りで置いてある。
「へえーお前にしては気が利くじゃねえか」
嬉しそうにグラスに手を伸ばし、三井の形の良い唇から乳白色の液体が飲み込まれ、白い咽をゴクリと大きく鳴らして通過した。
流川は三井からの賛辞を想像しながら、しなやかに上下する喉元の動きを見つめる。
「ゲホッ…ゲホッゴホッ…」
『ウマイ!』
…という言葉が聞こえる代わりに広いリビングに三井の激しい咳き込みが響いた。
「ゲホッゴホッ…」
三井は涙を滲ませながら咳き込みを静めようと体を丸めて胸を押さえる。
「センパイどうした?おいしいからって慌てなくてもイイ」
初めて作ったカルピスにそこまで感動してもらえて流川は嬉しそうに三井の背中を優しくさすった。
「バッカヤローーー!!」
三井は流川の手を払い除けると真っ赤な顔で怒鳴った。
「お前コレ希釈したのかよ?してねえだろッ?!思いきり飲んじまったじゃねえかよ!」
「キシャク?」
流川の頭の中には片仮名で“キシャク”が?マーク付きで回る。
「そうだよ、水で薄めんだよ。原液のまま出すバカがいるかよ、ったく。信じられねえ」
「ちょっと油断しただけだ…」
評価を上げるどころか不信感を大きくさせてしまい、カルピスを侮ったと流川は内心、歯噛みした。
「ケッ。カルピスも作れねえでメシが作れんのか?」
「やってみなくちゃわかんねえ」
痛いところを突かれたが、流川はいつもの涼しげな瞳で当然のように言ってみせた。
「…お前、まさか練習ナシのぶっつけ本番ってヤツ?」
『トーゼン』という顔で頷く流川を見て、三井は嫌な予感がした。
カルピスでさえまともに作れない奴に肉じゃがなんかできるはずがない。
考えただけで食の細い三井の胃袋がキュッと痛んだ。
「帰っていい?」
「オレだって本見れば料理ぐらいデキル。この前の肉じゃがは嬉しそうに食って、オレの作ったモンは食えねえのか?」
「…そうじゃないけど、いいって。男は料理に向いてないって。ファミレス行こうぜ?奢ってやるから」
「ファミレス…そーいえばレストランのコックは男だ。ウン、男の方が料理に向いてるからダイジョーブだ。肉じゃがぐらい作れる」
「たかが肉じゃがじゃねえか。しつこいよなあ。恨みがましいぞ」
「食い物の恨みは恐ろしいって言ったのはセンパイだ」
暖簾に腕押し、糠に釘…三井の体から力が抜けていく。
「…わかった。その代わり本の通りに作れよ。特に!味付けは慎重にしろよな…」
「ウス」
溜息混じりで話す三井の姿は仄かな色気があり、そんな三井の命令を流川は忠実に実行しようと心に誓った。
【第三話】 本領
流川の料理を見守る…もとい、監視するために三井はキッチンのカウンターに陣取った。
流川が手にしている母親のものと思われる料理の本には『誰でも作れる! 和風のおかず』と書いてある。
流川が本を読む姿は初めてで、しかもそれが料理の本とは、バスケ部の皆は信じないだろうなと三井が笑いを堪えていると、本を持ったまま流川がこっちをじっと見ている。
「どうした?もうギブか?」
「ミダレギリって何だ?」
「ミダレギリ?…なんだか格闘ゲームの技みたいだな、本、貸してみろ」
流川の指さす部分を見ると『乱切り』と書いてある。
「…流川、コレはミダレギリじゃなくて“らんぎり”って読まねーか?フツーは」
「ナルホド、乱れて切るってムズカシそうだ。で、“ランギリ”って何?」
「乱切りってアレだろ?形をバラバラに切るんだよ」
「フーン、バラバラ…」
流川は意外に簡単そうだと人参をまな板に置くと乱雑に切り始めた。
慣れない包丁を握る手つきが危なかしくて、怪我をしないかと自分の指のように三井は冷や冷やする。
際立つ容貌に加えてバスケは頭抜けた実力なのに、どうして他はこうもマヌケてるのか…まあ、そのギャップが無いと俺も立場ないし、そこが流川らしくて好きなのかもしれないと三井の口元がつい綻ぶ。
三井の監視下で流川は、たまねぎの皮剥きを延々と続けて最後まで剥いたり、野菜と同じように肉を洗ったり…数々の失態をやらかし、その度に三井が『バカヤロウ!』を連発し、何とか味付けも済み、あとは煮込むだけになった。
「ふうーやっとここまで来たか」
大仕事を終えたように感慨深げに三井は腕組みをする。
ガッツーン…
安堵する三井の前で流川が突然、胸の高さから鍋の蓋を床に落した。
そして落とした蓋を拾うとじっと見ている。
「なんも変わってねえ気がする…」
「…終わったと思ったら次は何だよ」
「だってフタを落として煮込むって書いてある」
流川は当然のように文章を指差しながら本を三井に見せる。
「バカ!こっちの写真見ろ!“落し蓋”ってコレじゃねえのか?よく見ろ!」
「センパイが書いてある通りにしろって言ったから、字しか見てねえ」
「はあ…そうか…」
花柄エプロン姿で堂々とそう言う流川に三井の怒りも空振りして萎えていった。
「ったく…お前は吉本にでも行ったほうがいんじゃねえのか」
どっと疲労を感じた三井はつぶやきながらリビングに行った。
「あとはできんだろ。できたら起こせよ」
三井はこんなに緊張したのは久し振りだと背伸びをしてソファーに寝そべった。
「よし、カンペキ」
目の前の大皿と小鉢を眺めて流川は会心のシュートを決めた時のように満足した。
早く食べさせたくてソファーで眠る三井の横に膝まづいて顔を覗き込む。
「センパイ、できた」
軽く肩を揺すると「う…ん…」と一瞬だけ眉間に皺を寄せて、すぐにスースーと寝息を立て始めた。
額にかかった薄茶の柔らかな髪、彫りの深い二重瞼を飾るクルンと上向きの睫毛、寝息の洩れる軽く開いた赤い唇…無防備な寝顔に流川の唇は迷う事なく突進した。
【第四話】 笑撃
うう…なんか苦しい…
ぼんやりした視界には切れ長の瞼を閉じた流川の長い睫毛があった。
「フファファ…フフヒイ」(流川…苦しい)
三井が目覚めたとわかると更に流川は激しく三井の唇を吸った。
「ハァ…ん…」
眠りから覚めきっていない三井の体に刺激が走り、寝起きの掠れ声が洩れる。
床に膝まずいた流川の上半身が三井の腕で引き寄せられ重なる。
ひとしきり甘い蜜と柔らかな唇の感触を味わうと流川の唇が離れ、首からぶら下がっているエプロンに三井の目がいく。
エプロン?…そう言えばコイツ、肉じゃが作ってたんだっけ…
甘美な快感に酔っていた三井の頭が少しずつ覚醒すると、先刻のギャグのような流川の腕前が思い出されて陶酔も次第に色褪せていった。
「…メシできた」
三井の頭がその言葉に完全覚醒する。
「…ちゃんと食えんだろうな」
「ウス」
自信有りげに頷く流川に引っ張られて三井はダイニングの椅子に座った。
「まずコレ…」
『まず』?…まだあるって事か?
流川の言葉に反応する三井をよそに、大皿にてんこ盛り状態の肉じゃが出された。
じゃがいもが溶けてベチャッとした、泥山を連想させる今にも崩れそうな盛り付けを見ると、三井の細い食は更に細くなっていったが、流川の瞳から“早く食えビーム”が連射されて顔が痛い。
「い、いただきます…」
目をつぶって箸を口に運ぶ。
「ウマイ?」
「…まあ食える…」
見た目と煮崩れた食感を我慢すれば食べれそうだと三井は一安心する。
そしてバスケ以外は無頓着な流川が自分のためにここまで作ったのがポイントが高い。
「うん、ウマイ。流川ヤルじゃん」
「もひとつある」
続けて箸を動かす三井の姿に満足した流川はキッチンに入っていった。
やっぱりあいつはまだ何か作ったのかと三井の箸の動きが止まる。
見たいような見たく無いような…
戻って来た流川の大きな掌にちょんと載っているのは小さな鉢。
「時間あったからコレも作ってみた。カニ缶見つけたから。どう?スゲエ?」
テーブルの向こうから得意げに差し出された鉢には、蟹の爪肉とさっき会得した“ランギリ”で切られた無骨なきゅうりが相性悪そうに混じっている。
「カニの酢の物。酢はスタミナにイイって書いてあった」
スタミナを心配する気持ちは嬉しいが、こういうシンプルな料理のほうが味のごまかしがきかない。
「酢の物って味付け微妙じゃねえのか。…大丈夫か?」
「ちゃんとセンパイの言う通り本見てやった。意外に簡単。切って混ぜるだけ」
へえ…肉じゃがも初めてにしては味だけはまともに作ったし、食えるかも。
三井は肉じゃがの味と自信満々モードの流川を信じて蟹の身をパクッと食べた。
「る、るか…ゴホッ…」
「ウマイ?焦んなくても全部センパイんだ」
「…味つけ本のとおりなのか?すげー酸っぱい。咽痛ェ…味見したのか?」
「カンペキだから味見はいらねえ。本の通りにやった。絶対にダイジョーブ」
水を流し込んで咽の痛みを和らげた三井は、流川に本を持ってこさせた。
確かに本には『夏場のスタミナ不足は酢の物で!』と見出しがある。
「ココに書いてある通りにやった」
流川作とは似ても似つかない上品な蟹の酢の物の写真横の手順に三井は目を通した。
「フンフン…切って混ぜる…ん?」
三井は眉間に皺を寄せると、基本編10ページ…と声に出してページを捜しだすと、しばらく考えてから顔を上げた。
「流川…ここ何て読む?」
三井は手順の最後『三杯酢であえる』を指差す。
「“サンバイノス”であえる」
「三杯ノ酢…それで、酢を三杯入れたんだな?」
ちゃんと大さじで量ったと流川が答える。
一瞬の沈黙のあと、家中に三井の爆笑が響き渡る。
「ヒイ〜〜腹痛えーー何だよその“ノ”っつーのは?!なんでいきなり漢文調になるんだよ?オメーは漢文、赤だろーが」
三井の笑いはまだ続く。
「しかもページ下に『三杯酢の調合は基本編10ページ参照』になってるだろ?ここに振りがな付きで説明がある」
ガハハ…と笑う三井から流川は『基本編』10ページ目を開いたまま渡された。
「“サンバイズ”…そうだったのか」
三杯分の酢で三杯酢…思い込みと勘違いに、珍しくシュンとして小鉢を引っ込めようとする流川の手を三井の手が包み込む。
「笑って悪かった。俺のためにやってくれたのにな。三杯酢なんて俺も知らないけど、流川のボケっ振りがおかしくて。ごめん」
ガタン…と立ち上がるとテーブルの向こうから三井の柔らかな唇が重なった。
「食おうぜ。この肉じゃがだけでも充分」
頭上のペンダントライトが色素の薄い三井の顔を柔らかに照らしだし、黄色の灯りが微笑みをより優しく見せる。
流川は魅せられて椅子から立ち上がると、愛しい顔を覗き込む。
「ファミレス行くなんて言わねえ?」
「言わねーよ」
どちらからともなく唇が重なると、チュッと音を立てて離れた。
「じゃあメシ食おうぜ」
椅子に座った三井は流川に手を差し出す。
「?」
意味のわからない流川は仲直りの握手と解釈して握り返す。
「違うって。くれって言ってんの」
「何を?」
ハアーッと溜息混じりで三井は苦笑する。
「メシだよ、メシ。ご飯。米のメシの事。炊いてあんだろ?」
「…ない。忘れた」
米の事など流川の頭から最初からすっぽりと抜けていた。
「…やっぱりファミレス…あ、お前が弁当屋かコンビニで飯だけ買って来い」
「一人ならヤダ」
「行け、おめーのミスだ」
「センパイだって肉じゃがだけでも充分だって言った」
「意味が違うだろーーーこのボケッ!!やっぱりオメーは大ボケだ!吉本でツッコまれて来い!」
「オレはいつもセンパイに突っ込…ピィーーーー(以下消音)
♪ピンポンパンポ〜ン♪
放送場不適切な表現がありました事をお詫び申し上げます。
愛の肉じゃが劇場…スポンサー降番にて強制打ち切り…
〜FIN
きら様より流三小説様・・・
きら様素敵なお笑いを有難うございました!!至福です。
パッパラな流川もおかんのような三井もたまりませんでした。
このSSを頂いた瞬間、私の中でこの2人は2002年度上方新人芸人
グランプリに輝きました。皆様の中でも燦然と輝かれたことでしょう。
強烈な文章の中にもほのぼのとした温かみと、何より熾烈な「愛」を
感じさせる素晴らしい文才!!きら様を抱えられていて三井受界は
幸せです。私なんぞの若輩者にお忙しい中素敵な小説を下さった
きら様の男前っぷりに心からの拍手と感謝を・・・!!
そして勝手にアップしてしまい申し訳ございませんでした!(汗)
なおグレードアップした改訂バージョンを戴きましたので
こちらに差し替えさせて頂きます。
謎の組織R&Gサンホームとは!?流川が主演ではないのか!?
さわやかな余韻を残しつつ、やはり料理の基本は「愛」でございます。
この後流川サンは三井先輩もその天才的な腕前で料理致して
しまうのでありましょう・・・ゴチになりました!!
著者:きら様
へっぽこレイアウト:藤原ゲス雄
(020713) (020715 改訂)
INDEX TREASURE