indigo-indigo-flower
他人だった頃から、もうすぐ季節が一巡する。
人気のない中庭のペンキの剥げかけたベンチで。
2人で2人の在り方を探るのは、これ以上なく自由で素敵な行為だった。
「あんたがこっからいなくなるってぇのに、なんでだろ、俺楽しみで仕方がないよ」
少年らしい好奇心で頬を染めて宮城は言ったので、
三井はそれを興味深げに眺めて、すぐに特に感慨もなく視線を逸らした。
「俺も楽しみだ。朝起きて隣にてめぇがいる確率が0%になんだからな」
「わかりませんよ?三井サン恋しさに幽体離脱とかしてヤリに行くかも」
「そこまで飢えてると男として虚しいぞてめぇ。俺のいねぇ景色でも満足いくことを見つけろよ」
男のクセに荒れのない唇で三井は意地悪く笑った。
最もこの男の場合これがスタンダードな表情であるので、
含んだ感情など誰も気にすることもないだろう。
宮城は逆に、ははぁんと意味ありげに整った眉毛を片方器用に上げてみせた。
「憎まれ口を叩いちゃって。俺が楽しみ〜なんて言ったから寂しいんだろ?素直になれよコノ」
「誰がだよ!?てめぇな、先輩に対する口の聞き方を…」
「俺、あんたが卒業したらもう“先輩”だなんて呼ばないよ?」
「いつ呼んだ、いつ」
三井が憮然とするのも無理はない。人を食ったような後輩は彼を常時“三井サン”と呼ぶ。
語尾のサンがまた軽く聞こえるものだから、尊敬の意など感じようもない。
「そーだなー。なんて呼ぼうかな。なぁヒサシ?」
「決定事項なのかよ!?」
全開の笑顔で振り返る宮城の度を越した馴れ馴れしさに、三井は剣呑な視線をぶつけ返した。
構わず失礼極まりない男は三井に小柄な身体を寄せてくる。
周囲に人の気配が無いとはいえ、屋外でのスキンシップに三井は落ち着かなく喉を鳴らした。
「なぁヒサシ?」
「な、なんだよ…」
「キスしようぜ、キス。深いの。なぁ?」
普段よりも数段低く、ゆっくりと単語を紡ぐその声に、三井は撫で気味の肩を一瞬震わせて、
のしかかってきた後輩を片手で突き飛ばした。
「死ねこの色ボケ!気色わりぃ!」
「あいッ!それが恋人に対する反応ですか!?」
突き飛ばされて地面に尻餅をつく寸前、俊敏に足の力だけで体勢を整えた宮城に、
三井は思わず賞賛の口笛を吹きそうになる。
「どこでも四六時中盛ってりゃ、ありがたみも薄れるわバカヤロウ」
三井がにやりと笑ってベンチにふんぞり返れば、宮城も負けじと虚勢を張った。
彼の目には三井の面の紅潮の意味がわかっているのだろうか。
「あんたが卒業してココじゃないどっかへ行っちまうなら、絶対拒否ったこと後悔しますよ!
俺以外に恋も出来ないくせにー!」
近い将来、今のように気軽に会える立場ではなくなるということを、2人ともが理解している。
しつこく憎まれ口を叩く宮城も、三井にとっては(多少ムカつくが)愛しい存在であることに限りなかった。
「だからぁ、俺は今度アンタに会うとき、どんな可愛らしい台詞をかましてくれんのか、
楽しみでしょうがないんですよ。待つ期間は寂しくてしょうがないですけどね」
「矛盾かかえてんなー。そういうことか」
「そういうこと」
宮城は今度は歳相応に笑って、少し寂しげな色を大きな両眼の最奥に湛えた。
三井のいるベンチから、宮城に目線を送ると、
彼の後ろには駅からの通学路にもなっている桜並木が見通せる。
淡く蕾をつけるその木々は、なんであのような儚い色を宿しているのだろうか。
「…お前の後ろの桜がさー…」
「?なんすか三井サン?」
「春になったら何色に咲くか賭けよーぜ」
「はぁ?」
健康的な宮城の唇から漏れた疑問形は最もだった。
桜は桜色にしか咲かない。
額に雷のマークを持つ世界的な魔法使いでさえ、あの満開の美しさを変色させるには
ためらいを覚えるだろう。
「なんだよ。お前からでいいぜ。お前が勝ったら俺なんでもしてやんよ。
たまに帰ってきたら言って欲しいことも言ってやる」
「…勝ちに行きますよ?俺」
「とっとと決めろよ。どうせこいつらが咲く頃には俺はここにいねぇんだ。
あれが蒼い色に咲いたって聞かされても俺は疑わない」
まだ冷たいがどこか爽快でもある風が2人の間を貫いた。
額に揺れる繊細な髪が、三井の整った顔に陰影を散らす。
彼は空気に呑まれたような宮城に向かって、もう一度唇を開いた。
「俺も楽しみで仕方がねぇよ。お前から聞かされるその色が」
宮城はまだ暫くその場に突っ立っていたが、
一つ手を打つと一人でシリアスぶっている三井に詰め寄った。
「えー、つまりぃ、俺からアンタに連絡取らなきゃ、アンタ会いにも来る気ないってことスね!?」
「極端にあらわすとそーなるな」
「ずるい!三井サンずるい!いっつも俺ばっかり会いたいみたいじゃないですか!
俺だってたまには三井サンから何か声掛けて欲しいし!」
「っせーな!きっかけ作ってやってるだけでも感謝しろい!」
―――それでも2人がまたここでもどこかでも再会することに変わりは無いのだ。
「あー、楽しみだなぁ。宮城クンからの電話〜」
「ちきしょー、桜の色は決まってんだ。賭けに勝ってすんげぇこと言わしたりますからね!」
「じゃあ俺は桜の色、白色に賭けるな」
「…え?」
ベンチから立ち上がる長身を追って、つま先を翻した宮城はそのままつんのめりそうになった。
だって桜の一般的な色といったら―――
「ピンク…ですよね?」
「ああ宮城ぃ。その通りだ。
だがいつも裏門の駐輪所に原チャ突っ込んでるてめぇにはわからないだろうが、
ここらへんの山桜は俺が入学する前から白いんだ」
「……」
呆然とする宮城の背景に、およそ自然界ではありえない
“ずっこーん”というロゴが降ってきた気配がしたが、三井の気のせいだろう。
大人気ない先輩は、うわはははと高笑いしつつ、路を闊歩しながら宮城を悠然と振り返った。
「流石、湘北バスケ部イチの知性派って感じだよな俺様」
精一杯魅力的に見えるよう片目を瞑る。もう宮城にはどんな仕草も悪意にしか感じないだろうが。
「どこがだ、このペテン師がぁー!!」
つかまったら即刻犯されそうな宮城の俊足から、Bボタン連打ダッシュで飄々と逃げ回りつつ、
三井は軽やかなくちぶえを近い薫風に混ぜた。
遠くで彼を想うよりも、やはりこうしていた方が楽しくて愛しい。
でもお互いのために永劫浸ってるわけにもいかないので、次の再会への希望を繋げた。
宮城が離れても大丈夫だと、離れてもまた会うのが楽しみだと言ってくれるのなら自分は救われる。
三井は薄い胸の中に誓いを縛った、
お前が勝ったら俺なんでもしてやんよ。たまに帰ってきたら言って欲しいことも言ってやる。
嘘じゃねぇよ。今度はな。
追いついてきた宮城をその台詞で迎撃し、機嫌直しに口付けの一つでもくれてやろうかと、
三井は長い足でくるりと彼に向き直った。
ああ、好きだなぁ。
んなバカなとことかよ。
お前ん中では俺中心に地動説してるとことか、俺の面白くもねぇ体に痕つけたりする神経とかよ。
悲しいくらいお前に対する俺と同じ思考回路で泣けてくらぁ。
どうしようもないくらい2人だけだ。
俺以外に恋も出来ないくせにって?―――だから?
ぷっぷくぷー。また卒業ネタですよ。
でも結構バカップルらしく書けて安堵。
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