【グッドモーニング、ミスタープラネット】



黒の絹の生地に蛍光灯の光を反射する。
わかりやすい細身の長身は、教壇の数学教師が黒板の式を解く過程など聞いてもいない。
夢の国で舟を漕ぐことに精一杯で。

「こらそこー。三井ー。起きんか。大事だぞここは」

三井寿には本当に大事なものなど片手で足りるほどしか無かったが、そういう意味では無いのだろうと折った背を床と垂直に緩慢に引き起こした。視界の隅に心配そうな堀田徳男の姿が掠める。
三井はシャープペンシルで2度ほど白紙のノートを叩くと、すいと印象的な瞳で何事も無かったかのように公式を解き始めた。もちろん答えが完璧なものかは保証できるはずも無かったが、顰め面を晒していた教師はとりあえずは満足したようだった。再びわかり難い独りよがりな説明に明け暮れる。
三井は重いまぶたを親指と中指で押し上げ、覚醒に努めようとした。この身体はあまりにも休息を欲しがっている。
あのくそったれのバカヤロウのせいで。





「やっぱ縛っとくべきだった。畜生。あの人自分でヤッて逃げちまったんだもん。そのシーンが見れてたならまだしも野郎痕跡も残さずに…」
「…宮城。犯罪はやめとけ。仮にもインターハイ選手だろうお前」

南校舎の屋上の爽やかな秋風に。あまりにも似つかわしくないのは不穏な単語の数々だ。落下防止の鉄柵に腕を預け不満を漏らすパンキッシュな少年に、友人の声は呆れを含んで届いた。
それに抗議するように宮城と呼ばれた少年は両手を広げ向き直る。両の薬指には全く同型のくすんだシルバーのリングが光り、通説を信じるなら彼には深い付き合いの他人がいるのだろう。

「そうなんだよ俺優秀な選手らしいんだよ。だから夜の自由時間はそりゃもう貴重なわけよ。大統領のプライベートタイムよりレアレアだと思うね。ああ」
「だからって何やってもいいわけじゃないだろう」
「やりたい事をやるんだよ。何が悪い。終わりなんてどこにでも転がってんだ。だから」

宮城は片指からリングを抜き取るとコインを弾くみたいにそれを青の天井に放った。やがて重力に従いそれは宮城の手の中に納まる。傍目に観て意味の無い仕草だが宮城はうっすら満足げに唇を引いた。

「めちゃくちゃ苦労して手に入れたんだ。今楽しまなきゃ嘘になる。俺だけで快楽を感じるようにすんだ。逃げられなくなったらそこで優しくする」

冷淡な計画を語る彼を、彼の友人は冷めた眼差しで見つめる。同じ温度の脳でも考える。好きの程度がメイターをふりきるとその愛情はもうどのように成長するのか誰にもわからないだろう。彼と彼の想い人の行く末に興味はあったが少し怖かった。
こんなはずじゃあなかったろうなあの人も。宮城も。

「好きになってめちゃ苦労して手に入れたって…媚薬で縛って突っ込んでいいなんてどうして思うんだ。俺だって逃げるよマジ。怖ぇもん」
「逃げるからそんなことをするんだ。俺に怯えなかったらいくらでも優しくするさ。仮にも先輩なんだし」

宮城は低い身長とも相まって幼めの童顔を歪めると、手の中の銀の指輪を学生服のポケットに納めた。どうやら本来彼の物ではないらしかったそれが、誰のものであるかなんて検討がつき易すぎる。

「…恋にイカレちまってるお前のダサっぷりなんて見てたくねぇから、とっとと仲直りしろ。深くないキスでいいんだ。そういうのは」

友人の心配まじりの忠告に宮城は微笑んだ。

「…今の俺には難しいかもな。それが一番」





体育館の男子更衣室はむさくるしい盛りの男子達でごった返していた。
17,8の少年なんて、中身はともかく外見は青年に等しい。学校指定の芋ジャージの丈も2年前の寸法では足りないものが殆どで、袖から伸びる筋ばった手首は途中で綺麗に日焼けが分かれていた。

「三っちゃんどうしたの?授業始まるぜ」
「…んでもねーよ。先行っとけ徳男」

同級生の中でもひときわ目立った巨躯に、三井寿は己の白い手首を凝視しながらぞんざいに言い放った。自分に目を向けないどころか微動だにもしない親友に、徳男こと堀田徳男は訝しげに肩越しの表情を覗こうとした。彼の眼球に捕らえられるのは表情よりも其の先にある細い手首で、余計に巻き上げられた袖口からは、そこから色が伸びるように3つ4つの赤い斑点が不確かな距離を持って並んでいた。

「三っちゃん?なんだいそれ…」
「なんでもねーって。薬の副作用だ。多分」
「薬?風邪でも引いてるのかい?大丈夫…」
「大丈夫だ。大丈夫だがこの授業はフケるわ。先公によろしく言っといてくれ。じゃあな」
「あっ、ちょっ、三っちゃん!?」

つかつかとドアから出て行く三井に堀田の制止は届かない。ロッカーに残ったカッターシャツと学生服、チェーンベルトはどう言い訳をするのかと、堀田は少々途方に暮れた。


―――体育館でやる授業がバスケだったら、多分参加していただろう。
三井は入学以来あまり立ち寄ったことも無い校庭の隅の体育用具室で、トンボを掻き分けながら探り当てたバスケットボールを手に取った。砂の敷き詰められた地面で使われ続けたそれは、主将の赤木が見たら卒倒しそうなくらい土埃にまみれ空気も少々抜けている。何度かコンクリートの地面に打ち付けて汚れを飛ばしたそれを三井は抱え、中庭にレクリエーション用に備え付けられたハーフコートに足を運ぶ。授業中なので人気はもちろんなく、校舎からも死角になっているのでそれは絶好にサボりに適した場所だった。世に拗ねていた頃は。
彼はペイントの剥げかけたゴールに焦点を合わせ、ゆっくりとボールを撃つのに最適なフォームを完成させていく。重いダウンジッパーのジャージが邪魔だったが、本当に風邪を引いてしまいかねないので脱げない。
単位も時間も体調も友人も、何を犠牲にしてでも確かめたいことがあった。

「シュッ」

微かな気合と集中の頂点で指先から放ったそれは、すぐ一瞬後には少しだけリングを掠めてからその中央の空間に吸い込まれた。直線的に地面に落ちて、少しだけ三井の立つ方角へバウンドする。転がってきたそれを縦に長い手のひらで掬いあげると彼はもう一度同じ動作を繰り返した。
別に技術がなまっているわけではない。集中さえすればどの距離からもイメージ通りにボールはフープを抜け、レイアップのタイミングも望んだ歩幅でぴたりと合う。
問題はこんなことをいちいち心配して確かめなければならない心理状態で、こんなことにいちいちプレッシャーやらストレスやらを感じているからその印が腕に押される。

「無害って言ったろうがあのバカ。俺の腕に変なもん浮かしやがって…」

動作に怒りを混ぜたら途端、機械的に行っていたシュートがファンブルを起こした。ボードを強く揺らしあらぬ方向へと跳ね返る。舌打ちしてそれを取りに行こうとすれば、翻した体の先、すでにボールが地面から離れて人の腕に収まっているのを視界に入れて三井はうろたえた。

「一人でやっちゃダメでしょう三井サン。俺とアンタはパートナーなのに」

CONVERSEの靴先は慎重に砂地を掻き分けやがて三井に届く。後輩の丁寧さで“彼”は三井にそれを渡すとすました笑顔で告げた。確かに人懐こいとも感じられるのに、妙に薄ら寒い気配も纏わる。16センチの身長差など帳消しにしてしまう威圧感。

「…宮城。てめぇなんでいんだよ」
「あんたのいるとこならどこでも。屋上にいたからね。見つけちゃった」

宮城はもう一度破顔した。





おはよう。眠らせていた最初の夜よ。

寝台代わりの跳び箱に肩が潰れるギリギリの強さで押さえつけられ、三井は呻いた。彼のジャージはなだらかな肩を滑り落ち、邪魔にしたのを疎んだのか忌々しく腕に纏わりつく。

「ひとつずつ、思い出させていこうか。俺達、昨夜、ひとつになるはずだったんだ」

悪戯っ子に言い含める様に一言ずつ、宮城は震える耳たぶに唇を寄せた。三井はそんな事わかっているとでも言うように、剣呑な目つきで見下ろす宮城に立ち向かう。
この人のこういう目つきが彼は好きだ。嘘を吐いていても誠実に見えてしまう眼差し。美形は得だねぇと男として嫉妬もしてしまう。その目が、こんな風に恐れを孕んで自分に向けられるのが愛しい。女の引く化粧のように縁が紅潮しているのも、それらをひっくるめて隠し通そうとする無駄な努力も。

「いっ…やめろっ宮城!!」
「命令されると聞きたくねぇな。いい声でお願いしてね」
「頼むからっ…!」

らしくなく怯えを吐いた三井の身体を開きながら、声だけ無視した。艶かしい甘い声だけ聞いていたい。今現在から24時間遡っても宮城の耳に残っているのは罵声ばかりで―――いくら照れもプライドもあったって、そればかりじゃ立ち行かないでしょう。
宮城は三井には初めて披露する慣れた手つきで、体温を上げている彼の首後ろを台の外にずらし、上半身を堅い白の生地が張られた跳び箱に繋ぎとめる。放り出された長い足を割りさき、抵抗を全て封じてから宮城は美味しそうな唇を求めた。

「…ッ…、」
「ふ…こうするはずだったんだ昨日も」

2つの熟れた唇を渡す、透明な糸の橋に過去が反射する。

―――

モノクロームの色調のシンプルな部屋に、三井は気取ってやがんなぁこいつと鼻を鳴らした。宮城はフローリングをせわしく行き交いしながらみんなそう言うんスよね。と苦笑した。手には2つのグラス。不透明なオレンジ色の中でカランと透明が澄んだ音を立てる。ガラス細工のマドラーと季節外れのアイスブロック。アウトレットで購入したソファーに沈む三井はそれを「サンキュ」と受け取った。片手で付けっぱなしのテレビのチャンネルを切り替える。ビジョンの下には先刻―夕方まで熱中を引き付けていたゲームキューブのコントローラがとぐろを巻いていた。
宮城リョータと三井寿、それ以外は誰もいなかったのでテレビから流れる音声以外は完璧に無音が部屋を支配していた。殺風景だと三井が漏らした感想にふさわしく。宮城はテレビに集中したフリをしながら手の中で必要以上に“それ”を強く握り締めた。あまり知りもしないクラスメートから冗談交じりに押し付けられたそれ。

『媚薬。試しに使ってみたら超効いてこっちが弾切れよ。でも初めての痛み止めとしたら副作用も無いしこれ以上ねぇかも。どうすか?宮城君?』

後ろめたい。宮城は握り締めたこぶしをそのまま額に押し付けた。不埒な葛藤で悩むのは性に合わない。だがこればかりは…慎重になるべきだ。さんざ躊躇してオレンジジュースには溶かせなかった。
答えを求めるように恋人であるはずの先輩の顔を仰ぐ。向かいのソファーでブラウン管に色調を変える横顔。口をひらかずそのままの姿勢でいれば優等生の見本だ。ときどきしなやかに腕をまげる仕草や、グラスに触れる指の先の細やかさまで。空気を淫靡に導く。
「……」
(三井サンは最近なんだか色気が増した気がする。表情が大人びて動作に艶が。成長期は過ぎただろうからこれは外からの変化だ。優位に立てるセックスでもしたんだろう。余裕そーに笑うのが。ムカつく)
宮城だけでなく、いつか誰かが気づいただろう。三井の雰囲気の性質の悪さに。その気づいた誰かに盗られる前に、早すぎるくらいに宮城は手を伸ばした。何度でも執拗に。
少しづつ三井から聖域を奪うことも厭わなかった。すなわちバスケだ。
居残りの練習に付き合うふりをして口付けた。いきなり深く。宮城は滑らかな口内に酔って、また代償を三井に与えた。キスの気持ちよさを知っているだろう?そんな表情が出来るなら。
(なんだよ…お前。いきなり…)
(何度も好きって言ってたじゃん。俺達絶対恋人になんの!きもちいいことだけしようよ三井サン)
―――ふと、彼が堕ちたときのことを思い出した。これで三井が頷いたなら、この台詞が免罪符になる。きもちいいことだけをしようと言った。
そうさ、チャンスじゃないか。しようよ。
無防備に色気をほったらかしている三井サンが腹立たしい。
硬質な気分になるのは暖色に乏しい、部屋のせいか。
宮城はようやく結論を打ち出して口元だけで笑んだ。

―――

「…あれからどうしたか覚えてる?テレビ消したら部屋暗くなったね」
「っツぅ…」

その時の再現をするように、宮城はリモコンを押す仕草で三井の携帯電話の電源を切った。そのまま硬質な機体で三井の太ももの線をなぞり上げると、元の尻ポケットにそれを返す。
ジャージを絡めて後ろでに縛った両手が、屈しない意思を表すかのように強く握り締められた。薄い裸の胸が吐息の形に波打つ。速い心音を確かめるように宮城の器用そうな指は筋肉の隆起を沿って、色づいた突起を爪の先で押しつぶした。

「うぁっ!」
「なんだ…なにも使わなくても感じるのか。使わなきゃよかった損したー」
「ねぇよ!感じて…、なんかッ…、」

ひっかかれた乳首の方の目をつぶりながら、片方の目だけで三井は宮城を睨みつけた。首から先は空に放り出されていて、宮城の顔を見るのは酷く体力を消耗する。視線を交錯させた宮城の表情があまりにも揺るがなかったので、三井はひきつった表情でがくんと小さい頭を倒した。触るとすべすべする首に軽く浮く喉仏を掠って。宮城は三井の頬を空いた手で包み込む。今までにない角度で覗き込んでも三井は別嬪だった。

「その体勢は辛そうすね。昨日あのままヤッとけば楽な姿勢でいけたのに」
「黙れっ、変なもん使って、ッ俺をヘンにさせようとしたくせに…!」

―――テレビを消して、不思議そうに振り向いた美貌に自然にキスをした。生々しいしたの動きで翻弄して、混ざった唾液が溢れる隙に手の中にあって自らの口に含んだものを橋渡しして飲ませた。三井サンは気づかなかったろうそのときは。自分のと、宮城の体液だけを飲み込んだと思ってたろう。

好奇心に満ちた指先は、しつこく三井の半身を探り反応を見つけてはそこで爪を立てる。反抗的な目つきを徐々に快楽で溶かしていくのだ。二重の大きな目のそのふもとが、恥ずかしさに染まるのが可愛いと彼の後輩は思った。普段、放課後、朝も。強い表情しか見せないから、確かめたくなる。所々に漂う艶やかさが宮城の錯覚でないか。錯覚でなかったら―――いつか誰かのものになってしまう。

「宮ッ…、やぁっ…!」

強く、触れすぎてしまったので三井は苦痛の声を漏らした。いつもの宮城ならとっさにでも謝っていただろう。へらりと人懐こく笑って。なのに宮城は晒された肌から指を離さず硬直していた。
宮城ではない誰かの物に。そんなこと当たり前ではないか。彼はこれから片手にくすんだボールを持って、綺麗な姿勢で人生を歩いていくに決まっている。ついていく自信など、常人にあるものか。

―――なに飲ませたッ!?てめぇ!…っ、ちくしょ、あちイッ!んあッ…!
まじないの薬の効力など、口伝えにしか知るわけ無いだろう。治めかたもごく一般的な交わりしか知らない。三井寿のこんな表情も知らなかった。見ようによっては限界に挑んだときのバスケのそれに似ている。ぎりぎりで自我を捕まえておける、夢と現のはざま。凛々しい眉の間に幾重にも皺を刻み、恨めしげに宮城を訴える瞳からは無色の雫がボロボロ落ちる。喘ぎすぎて形よい唇の端からは唾液が伝い、いつか宮城がつけた痕をきらきらと目立たせていた。すらりと細い腕で乱れきった衣服ごと自身をかき抱き、時折びくんと大きく痙攣する。宮城は自らのベッドの上の艶かしい生き物を見つめてなにをしていたか。

「…ごめん。挿れるわ。力抜いて」
「なっ、てめ、やめろよ!んなコトっ、す…ア!」

三井がぎゃあぎゃあ叫ぶのを彼の性器をひねって宮城は黙らせ、その先迸りを唯一の挿入口に絡め取って塗りつける。まだ正気を保った三井の表情は驚愕と焦りで蒼白になり、宮城は三井の肩口に顎を乗せて抱きしめたまま、悪戯に慣れた指をその奥に侵入させた。
「嘘ッ、や…ァしないでくれッ…ひっ、」
ずるずると。横に滑り落ちる。熱で火照った跳び箱の横の冷たいマットに宮城は三井を押し倒し、内部を開発する行為を続けた。きもちいいことをね。するんだぜ?

―――自分はあのとき怖気づいて、とっさにサイドボードの携帯電話をとって外に逃げ出した。勢いよくドアを閉めて。高層にあるマンションの廊下にまであの人の声が届いた気がして、更に高い階に宮城は裸足のままで登って、息が切れたらへたり込んで親友に電話をかけた。幼馴染の安田ではない。彼には重過ぎる。やがて眠そうなクラスメートの声が聞こえて、宮城はがちがち震えながらみっともなく経緯を吐き出した。


…たぶんまだ。昨夜のクスリが残っている。体の奥に燻るようにして、ちらちらと蝕んでいるのだ。三井は宮城の背中にしがみ付きながら胡乱げに思った。着衣のままの宮城は、三井の苦痛の何分の一もその肌に通してはいないに違いない。冷酷な空間にとてつもなく不安定な状態で置き去りにされて、どれだけ心細かったか。死に物狂いで這って、他人の家で狂ったように自慰に耽って、溜まった欲望を手のひらに吐き出すのを繰り返すのが―――どれだけ。
宮城の繊細な指が三井の内壁を掻いて、その卑猥な音が三井の耳を打って、たまらず三井はわなないて喉を震わせた。舌も引き攣れて途切れた音を宮城の耳に届かせる。それが嫌で三井はかぶりを振った。いい匂いのするワックスなど当に熱に溶けて、伸びた前髪が汗ばんだ額にぱっと散った。

「…いいね。三井サン…気持ちいい?」
「よくね…ッ、えよ!ん…っ…ぅア」

―――強情も負けず嫌いも、死ななきゃ治らん病だ。それのせいで自分は何度身を滅ぼしかけたか。最初から、赤木に言えばよかったんだ。仲直りがしたいんだと。そしたら奴は不機嫌ながらもどこか安堵したように、俺を部室に招き入れるんだ。俺はバスケをして中学でMVPを取った時よりもずっと巧くなる。湘北から陵南高校近くの踏切までランニングできるほど体力もあって、社交性もきっと―――
後悔はいつも過ぎてしまってからでしかできない。
快楽の味を知ってしまっていたから、浅はかな自分は乗ってしまったのだ。宮城の誘いに。三井寿がどれだけ淫靡な体験をしているか、お前知らないだろう。×××も○▲☆も実地で、教えてやろうか。最後まで、あのときまで断り続けたのは、最下層にあるはずだった良心が疼いたからだ。
溺れさせてはいけない。俺はかなり宮城を好いている。恋心に近い。
だからふいに交わされた口付けも拒もうとしつつも、受け入れてしまった。
友達は粘膜のやりとりなどしない。
でも、親友でいたかった。唯一無二の。バカで健全なふりをして。

「嬉しそうな声出すんスね。昨日もココも触ってイッたの?」
指先がそこに押し付けるように添わされる。ぴちゃりと粘着質の音がして、三井は歯を食いしばって沈黙を守ろうとした。充分慣らされて解された場所は、三井の強固な意志にすら関係なく、緩く収縮して宮城の指に蜜を塗りこめる。
「答えろよ」
「お、お前がっ…それ、を、言うのかッ、逃げたくせに…ッ」
「…」
「先に、イッ、逃げたのはてめぇ、だろうッ!てめぇでやったこと、ほりだしてッ」
「…聞こえねぇな。聞こえないスよ…」

相変わらず三井の内部を穿つ、指のかたちを覚えてしまう。三井はそれをやり過ごそうと、上から圧される身体を動かせるだけ動かし、押し付けられるマットの横にだらりと戒められた腕を垂らした。

最奥の罪悪感からか若干の理性からか、聴覚を閉ざしたからか。宮城の視覚はやたら鮮明になり、視界の端の綺麗に伸びた腕に赤いまだらが浮いているのを見とめた。
人間より小さな生き物がつけたキスマークのような。それは三井を不安にさせただろう。
宮城は下の名前も知らない友人から譲られた白い薬を信じて、自分に確かに信頼を置く憎めない愛すべき先輩の、情を、疑った。
―――発狂しそうだ。

「らしくねっ…だせぇぞ、ッ、宮城…!」
「そうすね…こういうのを、いかれてるって言うんでしょう…」

夕べ逃げ出さず、きちんと謝ってちゃんと承諾させて抱いておけばよかった。事後に三井に殴られて罵られても、またやり直すことはできた筈だ。誠実な瞳に誠実に答えていれば。宮城は皺を刻むジャージを彼の腕から解放し、媚薬の残骸が残る腕を取って唇を滑らせた。痕は残っているがやがて消えるだろう。後遺症も無い。無いと信じたい。

「放置されんのが、嫌だったすか?俺に抱かれたいと?」
「―――っつう!」
いりぐちに、宮城の螺子を押し付ける。三井の長身が身じろいだ。
「恨みでもなんでも俺を思って何度でも達ったなら、ここで抱かれるのも同じでしょう。欲しいものを言ってよ。じらさないよ」
密着の下の荒い呼吸に、まだ意地悪な言葉を吐くのかこの口は。宮城は自分の神経さえ疑った。三井が宮城を好いていたことなんて周りのどの他人にも明解だったのに、無理やり色情をはしらせて、手に入れて、未知に触れて、怯えて逃げ出した。
あんたが言ったから。『大切なものなんて少ししかねぇから』
価値観の決定的な違いを見せ付けられた。
おれは『少し』に入ってる?もうだめかな。ごめんな。
強引に節高い薬指に与えた銀のわっかも、2度目を渡す機会はもう来ないだろう。

「・・・言葉もないですか。このままやってイイわけね」

宮城は痴態に張り詰められた凶器で三井を貫き、見張られた黄金色の目元に口付けを落とし、びりびりと震える鎖骨に噛み付いて、締め付けの快楽をやり過ごした。
「宮城ッ、うっあ!痛ッ、抜い…」
「―――ッ、は、抜くのは三井サンの、方だ。力を。狭いよ」
べたべたになった手のひらで三井の兆しをすり上げ、彼の苦痛を和らげようとする。今のままでは動けない。終わりはまだ見えない。好きで好きでたまらなく、こうしたいと先走っても思っていたのに、今は楽しくもなんとも思えない。苦手な数学のテストのように。早く、早く、終わらないか。

―――昨日、三井が宮城の家に寄ったのは、彼が最新のDVD機器とゲームキューブ、そしてごひいきのNBA選手のダイジェストCDロムを持っていたからだった。純真な少年の目で自由自在に映し出されるスクリーンを観つつも、考えたのは自分もあの舞台に立つことだった。大部分の確立で夢だと否定しつつも、何パーセントかの部分で本気を研ぎ澄まされていく。三井の3Pシュートの確立は日に日に桁を上げていったと思う。体力も病み上がりの桜木には負ける気はしない。そして何より自分があの世界にいつか佇むことを微塵も疑わない、非現実的な美しさを持った少年が後輩にいた。
宮城が移り行く画面を消した理由が三井に少しわかる。ほんのテーブルをひとつを隔てただけの距離にいるのに、海の向こうを見るような目をするのが気に食わないんだろう。どうしても好きなものが、自分以外のものにそれ以上の憧憬を這わせるのを見るのはめちゃくちゃつらい。それでも釘付けをやめられなかったから、三井は宮城に罪悪感を抱いた。口付けを嫌がったり、こんな仕草だけじゃ宮城はいつか愛想を尽かすだろう。ごめんな宮城、でも俺は本当にお前も好きなんだ。彼から受ける何もかもが心地よく。憧れに見放された先には宮城の元へ帰りたかった。画面に気を取られながらそんなことが渦巻いていた。ごめんな宮城。俺は真性で日本で活かし難いマイナー球技にイカレてる。

「ハ、ンっう、苦し…」
「…まだ、もう少し、我慢して…」

自由にした三井の腕を自らの背に回し、宮城はせわしい息でそれだけ紡いだ。声を出したら子供の甘やかさで泣きじゃくって許しを乞いそうになってしまう。それは今までのどの行為よりも卑怯だ。
自分の強引さを三井に許させるのが嫌だった。彼の中に住むのは恋にぜんまいを跳ばした宮城でいい。
許すな。この行為さえ糧にしろ。あんたのバスケが誰よりも好きなのは、いつだって至近距離で技術の華麗さを目に焼き付けてきたこの俺だ。
もうこんな風に持っていかれる隙を見せるなよ。俺以外にも。
宮城はひとつになる摩擦に意識をトバされそうになりながらも、祈る強さで三井の手を握り締めた。

「きもちいいだろ。淫乱だなぁ。24時間、あんたいつでも無防備だね」

ぐちゅ。

「咥え込んで。イヤラシイ。もうクスリもないのに感じてんの?」
「イッ、ひ…ッ…」

目を細めて揶揄する。いい眺めだとぞくぞくする自分に混じって、酷く冷めた部分が表層に浮かし彫りになる。きもちいいだろう。感じているだろう。なのに何故三井は苦しそうに、ともすれば宮城を哀れむように瞳を濡らすのか。一体感がまるで無い。

「一人でイッた方がよかったかい?昨日俺の部屋から逃げた時のように遣って見せてよ」

巧みな仕草で宮城の指は三井の指を、彼の中心に導く。教え込むように包み込んで刺激の与え方をなぞった。
「宮城ッ!嫌だ…ッ、お願…」
弱くお願いをしても、彼は強者だった。こんなあられもない姿より、宮城には赤のユニフォームにたなびく芸術品のような腕が印象的で、網膜から消えない。どうしようもなく綺麗で腹立たしい。

「いいね。今までで一番綺麗だよ三井サン。将来は華麗な業界が待ってるぜ。バスケにゃもったいない」

どこが本気か、どこまで本気かわかるかい?涙が出そうだ。

「…コロ…ッしてや…ぁ!」

解呪の言葉を彼から言わせた。上等、と知らず微笑んで、宮城は三井を頂点に追い上げた。彼の指を絡めていた花芯を強くしごき、裂くような悲鳴を上げさせる。白濁がシロップみたいに美味しそうだ。まだ昼ですらない。
摩擦の熱の真夏のような熱さを、宮城は生涯忘れはしないだろう。
仲直りのキスはいつまで経っても出来なかった。





閉ざされた空間に現実が染み渡る。授業の開始か終了か、機械的なチャイムが淫らなここにも届き、彼らは一瞬息を詰めた。
薄暗い空間の匂いが埃くさいと初めて認識する。狂気にうかされて交接以外の景色を何一つ覚えていない。宮城は沈黙したまま呆けた表情で着衣を続けた。
三井は下半身の違和感に嫌悪の表情を隠しきれない。後始末でジャージは犠牲になった。制服を置いてきた体育館の更衣室に帰るのも後ろめたい。

「ずっと…言い、そびれてたけど。好きな奴がいんだ…いるんだ俺には…」

しかしあそこまで戻るしかないのだろう。だるい半身を引きずって。宮城に見せ付けるように、彼は勢いをつけて長身を立ち上げ、腹いせにか掠れた声を澱んだ空気に乗せる。
続きを待って、宮城はうつろに三井を見上げた。

「…ダレ」

「宮城リョータ。お前の名前だったかな?違うか」

行為後の身体は、見るものによっては確実にそれと判別できた。そんな身体で彼は外界に行ってしまう。なのに宮城は一歩も動けずにその場に根を下ろした。

三井の摺る足音が完璧に遠く離れてから、宮城は座り込んだまま含み笑いをもらした。波がかったハニーブラウンが額に落ちるのを汚れた指で梳く。
三井サンはもう誰にも淫らにならない。強固な意志で外見をかためて。もうバスケしか省みないに違いない。宮城のものにならない代わりに誰のものにもならない。
俺は最高にハッピーだ。








…宮城ファンの方々に申し訳ない…てゆうかなんてどす暗い話なんだ!(驚愕)
宮城の悪友の人はいっちゃん最初の作品の使い回しです。中迫だったかな…?
オリキャラですいません。ヤスはこういう話では使いづらい(苦笑)