final seconds;
夕暮れにまだ遠いのに別れにふさわしかった。
消え入りそうなその光の白さが。
count60。
「時間ねぇ時間ねぇ!後1分で電車来る!」
駅の構内をバタバタ走る。2つの好対照な人影が僅かな人目を引いた。
すらりとした長身の青年と、背の低い、まだ少年を残した姿だ。
count50。
それらは上着の裾から長い足を生やして、一段飛びに薄汚れた階段を上へと駆け上がっていく。その身に不釣合いな大きな荷物を持った少年が、仕事中だろうサラリーマンの肩にそれをぶつけ、「スンマセン!」と澄んだ声で謝罪した。
彼の左耳のシルバーが細かく光って震えた。
急ぐ理由があった。
count40。
焦った声が再び叫ぶ。他人には意味をなさないだろう不思議な言葉を薄い唇に乗せて。
「ああなんだって俺はてめぇと別れるためにこんなに頑張ってんだ!?」
素敵な言葉は吐いてくれるのに、涙は見せてくれない。
でも最後まで、ついてきてくれるだけで。
少年はそう薄く微笑んで、僅かな希望をここに捨てた。
count30。
電車がホームに滑り込んでくる。巨大な鉄の塊は彼らに何の感慨ももたらさなかった。ただ、別離を運んでくる乗り物と認識しただけ。
「大学行っても頑張れよ」
「アンタこそ。単位ちゃんととるンすよ」
「うるせ。バカのくせに・・・」
幾千と繰り返したろう皮肉の応酬。唯一違うのは、今日のそれには探り合う響きを交えているということだけ。
コンクリートに敷かれた白の境界線をなかなか踏み越さない彼に焦れ、長い腕でその背を押そうとして男は―――ためらった。
count20。
「マジでギリギリまでアンタといましたね、俺」
午後の光が、彼を白へと染めた。消えていきそうだと錯覚し。錯覚ではないと知っていた。
「おめぇがなかなか、離さねぇからだろう」
少年の鼓動の速度をいとも簡単に操る朱を昇らせた表情も、もうそばで眺めることは出来ない。
「ゼロの距離を感じてたくてさ」
こんなときにカッコつけんな。長身の男が美形を歪めこづく。
ナイキのシューズが、境界線を割った。
ゼロの距離さえもどかしかったから。
遠恋なんて無理に決まっていた。
count10。
耳障りな機械音が。
count9。
出発の時を告げる。
count8。
さぁ、準備はいいですか?
count7。
よくないので、ちっともよくないので。
少年は乗車口から見惚れるようなスピードで、背を向けかけた男の腕を取った。
count6。
「・・・何の真似だ?」
「一緒に来て。いーから来て」
count5。
深い眼差しが交錯する。
彼らを惚れさせる、あのゲームの最中の駆け引きに似ていた。
count4。
「ちっともよくねぇよ。もう大学生なんだから子供じみた我儘は・・・」
「俺はんなに言ってない!アンタの我儘にも付き合った。今度はオレの番だ!こいよ!!」
count3。
意志の強そうなとび色が、一瞬躊躇するように瞬いた。
少年は自分の台詞の威力に、この瞬間の全てを賭ける。
いや、おそらくは手に余るほどの可能性を持つ未来さえも。
count2。
「いつからてめぇはそんなに俺に住み着いてんだ・・・」
しかめられた美貌の一点。揺らいだ双眸に光る物質を認識して。
少年は状況を忘れて目を瞠る。
その僅かな隙に、青年の長い足はたった一歩の絶対的な距離を後ずさった。視線は焼き付けるように離さないまま。
「俺がそれを、何度願ったと?」
count1。
溢れる雫が白い頬を伝う寸前。鋼鉄の壁に世界が隔てられた。
待ってくれ。まだ名前を呼んでいない。
「三井サ・・・!」
届かないそれは、もう引き返せなどしないことを思い知らせる。
窓越しに見る、傷の浮いた口元。何度も触れた唇が音声の無い言葉を綴った。
「早く消えちまえ。宮城」
・・・and0。
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