eye's on your eye's




ずっと見ててあげる。




「びっくりだ」

 友人の三井寿に借りたキャップを目深にかぶり直しながら、木暮公延は知らず呟いた。
 低くも無く高くも無いその青年の声は周囲から轟いた歓声にかき消されるが、彼は別に気にしていない。
 目がくらむほど照明に近い体育館の二階席。佇む彼が見るただ一点、眼下の畳の上で肩で息をしつつ深く礼をした長身の男に、再び会場全体から割れるような歓声と拍手が沸きあがった。

 ただ、見ていた。






「こっ、木暮ー!!なぜ逃げる!!」

 湘北高校柔道部主将・青田龍彦は胴衣姿のまま闘技場の廊下を走っていた。よく通る大きな声に他校の選手やマネージャー、観客がすべからく彼を振り返る。

(その声が恥ずかしいからだよ!)

 と怒鳴り返すわけにもいかず、木暮はキャップを抑えたまま適当に人が少ない場所まで移動するとそこでやっと足を止めた。

「こ、木暮応援に来てくれていたのか・・・」
「・・・見にきただけだよ。今日は講習が休みだったから」

 熱気冷めやらぬ館内からロビー出入り口に近い廊下まで疾走してきたので、お互い息が上がっている。特にほんの数分前まで試合に挑んでいた青田のそれは顕著だ。
 そうまでして伝えたい何かがあったのかと、木暮は表情には出さないまま少し感動した。
 もっと、優しい労いでもかけてやるべきだったか・・・

「最後の最後に上四方に入られたときには流石の俺でもダメかと思ったものだが、抜けて逆に腕ひしぎで返した俺のことも見ててくれたんだな!?これも愛のなせるワザだと・・・」
「うるさい青田」
 
 木暮は言いかけた青田の口を、さすがバスケ部らしい見事な瞬発力で口を塞いだ。もっとも今年の夏に部活は引退したので幾分か衰えていると思うが。

「木暮・・・口が痛い・・・」
「青田が余計なことを言うからだ。それに痛いのは柔道で慣れているだろ」

 きれた息のためでなく、明らかに照れで上気している木暮の頬を目に入れて、青田はおそらく初恋の人である赤木晴子と初めて対面したとき以上に動悸が逸るのを感じた。

「・・・そんな顔もイイ」
「・・・そりゃお前の欲目だぜ」

 
 今度こそ木暮は、棘こそ含まれてはいないもののあからさまに辟易した口調でため息を吐くと、骨の目立つ手で青田を闘技場の方へと押し返した。

「そろそろ表彰式だろ。さっさと行ってこいよ。お前が主役なんだから」
「お、おう。わかった。待っててくれよ?」
「そ、そんな情けない目で見ないでくれないかな?それにお前まだ部長なんだから、柔道部の皆と帰れよ・・・」
「冷たいぞ木暮〜。俺たち付き合ってるんじゃなかったのか!?」
「あーもー・・・わかったから」

 この縋る目を振り切れないのは長所か短所か。いまだ木暮は悩んでいたが、結局こうして振り切られてしまう自分がいることに苦笑を感じ得ない。
 付き合っている―――だからこそ、この畳の上では闘神に変わる青年の未発達な甘えをどこかで喜んでしまっていることにも木暮は気づかないフリを貫き通していた。
 今はまだ、途中だから。彼の高校生活と自分の生活。そして本当の気持ちを探している。
 素直に「好きだ」と言えたら。
 冷たいふりはもうすることも無い。



「・・・優勝おめでとう。冬の大会でも勝てよ」



 木暮の微笑とともに捧げられた言葉に。
 背を向けかけていた青田は半歩振り向いて、精悍な顔をなお凛々しく染め上げ、そしてたくましい拳をお互いの間に翳した。


「約束しよう。見ていろよ?」

 
 自信たっぷりなその堂々とした姿に、木暮の脳裏に先ほどの試合―――県大会決勝の大将戦で焼き付けた光景が束の間広がった。
 2階席からは窺い知る事など不可能に違いないのに、木暮は青田の垂れがちな双眸の動きをずっと見ていた気がしていた。相手の懐に入り込もうと、一瞬の隙も見せずまた逃さない。獰猛な肉食獣の持つそれに酷似した両眼は、ともすればあの照明すらも凌駕していたかもしれない。

 だから自分は―――初めて青田の真剣試合に触れた木暮は手のひらに汗をかく位びっくりしたのだ。普段、自分に見せる眼差しが、正気を疑うほどやさしいものであるので。
 
 そしてこの、今木暮の前で不敵に笑う長身を見てしまったら。ああ来るべきではなかったと。
 大切な友人である赤木も三井も、せっかく受験の息抜きに誘ってくれたのに。青田の存在さえなければ、自分は友人たちとの約束を直前でキャンセルしてしまうようなロクデナシにならずにすんだのに。
 
 選んだ男にもっとも告げたかった言葉を視線にのせて返す。


「お前やっぱ凄いカッコいいよ青田」



 自分から背中を押しておいて、木暮はもう一度長い指で青田を引き寄せた。どちらかと言えば控えめな木暮のらしくない動作に、青田の以外に繊細な心臓はますます脈打つばかりで。

 わずかばかり身長の高い青田に、顎をくっと持ち上げ、息が触れる近さで木暮は目を閉じて呟いた。そのまま青田の広い肩に腕を伸ばし・・・
 
「こっ、木暮・・・!?」
「優勝者には賞品があるものだろ?一足早いけど授与させてくれよ」


 
 初めての、キスだった。







リョ三より甘いよ・・・どうしましょうお母さん(笑)
普段触れない二人なので口調が難しい・・・ですが木暮は結構男らしい言葉遣いですよね?青田はなんとゆうか時代がかったみたいな・・・(笑)青暮増えないかな・・・増えへんやろな。