COMBAT!!


  「宮城・・・笑ったらぶっ殺す」

   三井寿の前置きは至極簡単だった。
   部活の朝練に珍しく一番に到着した自分たち以外はまだ登校していないらしい
   学校の部室で、ロッカーに凭れかかり怒りのオーラを立ち上らせる彼に、宮城リョータは
   学ランの下に着込んだポロシャツを脱ぎながら怪訝そうに細い眉を跳ね上げた。

  「なんすかぁ?いきなり・・・」
  
   恋人にいきなり殺人予告をかまされた代償としては、不満げに聞き返すくらい
   許されるだろう。
   三井は宮城に視線を合わせもせず、いつもより数倍尖った目つきで空間をねめつけ
   ながら、ゆっくりドスの効いた言葉を紡ぎだした。

  「痴漢にあった」
  「は?」

   宮城は一瞬単語の意味が汲み取れず、幼い顔の眉間に深く皺を刻む。脳裏にセットアップ
   された日本語入力装置が三井の台詞の音声を文章に変換していった。

   置換・弛緩・チカン・痴漢。

  「・・・俺が電通なの知ってんだろ・・・いっつもラッシュでよ・・・先週の木曜
  からよ・・・かかさずケツに感触が・・・」
  「・・・」
  「最初の1日は耐えてたんだ・・・大人になれとうるせぇ男が部内にいるからな。
  だから2日目でキレた」
  ・・・一日も二日もそう変わらねぇ気が。と宮城は真顔で思った。
  「が。速攻で振り向いたはずなのに犯人らしき野郎がいなくてよ・・・しかも隣り
  にいた女子高生も被害者だったのか、まるで俺が痴漢みてぇに睨んできてよ・・・」
  「・・・・・・」
  「それ以来毎日毎日・・・でもやっぱり捕まえられねぇし・・・しかし今日ついに
  指まで入れられそうになったから、手当たり次第に靴踏んどいた」
  「・・・・・・・・・」
   姑息な男三井寿。しかし彼が切れるのもある意味当然といえよう・・・宮城は
   彼の話を眉一つ動かさず無表情で聞き終えてからふうーと長いため息を吐いた。
   同時に自分のロッカーをへこむほどに裏拳で打ち据える。そして叫んだ。

  「ふざけやがってぶっコロス!!三井サンは俺のもんだー!!」
  「うっわー!!声がでけーんだよてめぇバカヤロウ!!」

   宮城と三井の恋愛関係は当然部内極秘だった。ただ「公然の」が冠詞につくが。

  「アンタも何まるまる一週間も触られてんすかぁ!?普段は喧嘩っぱやいクセに!!」
  「喧嘩しようにも犯人いなかったって言ってんだよ!?それに・・・安西先生に
  喧嘩はしねぇって約束したし・・・」
  「時と場合っすよ!!ああもう!!」
   宮城は苛立たしげに一度脱いだポロシャツと学ランを着込むと、へこみにへこみまくったロッカー
  を手荒く開閉し、ディパックを電光石火で背負った。
   そして何故か部室の隅に放置されていた金属バットを手にする。
  「アンタの通学電車江ノ電でしたよね?じゃお先!!」
   ちゃっと敬礼して登校したばかりだというのにさっさと帰宅しようとする宮城を、
  何事かと三井は呼び止める。
  「お、おい宮城?どこ行くんだ・・・?」
   宮城は尋常じゃない程凄惨な笑みを浮かべると、誇らしげに金属バットを翳した。
 
  「ちょっくら大量虐殺してきますv」
  「待てー!!てめぇがキレてんな!!」

   三井はバスケ部主将さながらの鉄拳を宮城に極めた。


  
  

  「ミッチー、リョーちん・・・どったのいったい?」

  水戸洋平は困惑を隠し切れない表情で呆けたように呟いた。
  平日の昼休みに教室から突然バスケ部デコボココンビに体育館裏に拉致されたため、
  手はコンビニ弁当をつついていた割り箸を握っているままだった。口内にも
  人参の煮つけがまだ入っている。そして弁当本体は今ごろ悪友である赤毛の男に
  貪り食われているのだろう・・・水戸は想像してため息を吐いた。

  「水戸!お前を湘北高校随一の格闘家だと見込んで頼みがある!!」
  「いや、俺格闘家じゃないし」
   盛大にフラッシュバックを背負って水戸に詰め寄る同じくらいの身長の男に、
  水戸は少々怯んで眼前で箸を振る。不良なんすよ俺。ただのフリョー。
  「え?違うの?」
   今度は水戸に凄んでいた宮城が呆けたように幼い表情を作った。そのまま背後に
  マフィアのボスのように腕を組んで立つ先輩に視線を流す。
  「三井サンこの男こんなことをぬかしますよ」
  「・・・」
   三井は試合が終った直後のように長い息を吐くと、ずいと水戸に近寄った。
  水戸が管理された芝生に座っているため、三井もひょろい長身を折りたたみ
  リーゼントの一年生と視線を合わせてしゃがみ込む。同時に滑らかな頬を長い指で押さえ、
  すっと視線を儚げに地面に落とした。
  
  「水戸。すっげー痛かった」
  「あ、アレはミッチーが悪いんじゃ・・・!?」

   言わずもがなバスケ部最後の日(未遂)のことだ。三井の押し殺したような
  低い声に後ろめたさを持つ必要はないのにうろたえてしまった水戸は、そこを
  年の功で三井に付け入られる。

  「慰謝料払ってくれよ水戸・・・俺処女だったのに傷物に・・・」
  「ええっ!?なんですかそれ!?・・・」
  「ちなみに三井サンの本当のバージンは俺がもらっ」
  「てめぇはすっこんでろ!!」

   突然しゃしゃり出てきた宮城を赤い顔で三井は押しのけ、瞬く間にそれは痴話喧嘩
  に発展を遂げた。
   嫌だこのホモ・・・
   バスケ部に関係が深いため、いやがおうにも事情を知っている水戸は心の中で
  血の涙を流した。
   
  「はっ、今のうちに逃げ・・・」

   いつもは冷静な思考を彼方に吹っ飛ばしていた水戸は僅かに危険感知反応が遅れた。
   くるりと俊敏に身を翻したところを、それ以上に俊敏な男に激しい握力で肩を
  掴まれる。
  「りょ、リョーちん・・・」
  「水戸。逃げたら犯す」
   宮城の強烈な眼光に場慣れしているはずの水戸も思わず悲鳴を上げそうになる。
   その傍らで今度は三井が宮城に詰め寄った。
  「てめぇ!!生涯俺だけだって誓ったよな!?7月14日の夕方6時屋上で!!
  ありゃウソだったっていうのかよ!?」
  「ウソじゃないすよ!言葉のアヤっすよ!こんなカタソーなの俺が好き好んで
  ヤルとでも・・・」

   ホント嫌だこのバカップル・・・水戸はシャツの襟首を宮城に握られたまま
  ひっそりと涙を流した。そんな水戸もまだ箸をにぎりしめたままだった。


  「ホント格闘技知らないんすよ。ちっちぇえ頃少し道場通ってただけで・・・」
   
   水戸はまずそう前置いてから、改めて年上の男たちに向き直った。
   先ほどまで見ている水戸が赤面するほどの放送禁止用語を怒鳴り散らかしていた
  彼らも、体育館裏の放置されたプラスティックベンチに腰掛け神妙に年下の男の
  一挙一動を見守っている。
  「御託はいいからさっさと教えてくれよ。護身術っていうの?」
  「そうそう。ようは簡単に犯人・・・おっと、相手をぶっとばせる方法を教えてくれ。簡単に」
   イジメだ・・・ヘコむとともに僅かに水戸に殺意が沸く。
   もはやカツアゲの域に達した三井の頼みを、根が人のイイ水戸が断れるはずも
  無く、水戸はつっと綺麗に指を伸ばすと、三井の長い指に触れた。
  「じゃあまず・・・」
   途端宮城のアッパーが水戸にとんだ。
  「うっわー!!リョーちん何すんの!?」
   かろうじてかわした水戸に、宮城は重たい目蓋を凶悪に細めた。
  「俺の三井サンに触れんな・・・」
   水戸はひくっと表情をひきつらせ、薄い眉を吊り上げて怒鳴った。
  「無茶いうなよ!大体八極拳の套路40分でマスターしようってだけでも無茶なのに!!」
  「水戸は口の利き方がなってねぇな・・・」
  「あんたらに敬語なんて使いたくねぇよ!!」
  「あんだと!?」
   思わず本音が出てしまった水戸に、もともと人相の悪い2人は一層表情を引きつらせ飛び掛った。
  「痛いっ!!痛いってあんたら!!引っかくなよ!!」
  「うるせぇ生意気な一年坊主が!!」
   さすがインハイ選手・・・と感心したくなるような鋭い動作で蹴りや突きを
  繰り出してくる上級生に、水戸は「護身術なんて必要ねーだろ」と思いつつも
  避けるのに精一杯で声を出せなかった。
  
  「って、三井サン俺たちの敵は水戸じゃねーすよ」
  「・・・そういえば・・・」
   何度か攻撃を繰り返した後いきなり冷静になった宮城に釣られるように、三井は
  気まずそうに水戸を見遣った。
  「すまねぇな水戸。許せ」
  「お茶目がすぎたっすね三井サン」
  「あんたらは〜・・・」
   なお恨みがましい視線を三井たちに向けつつも、彼らより数倍大人な水戸は
  息を整えてすっくと姿勢良く立った。
  「いいすか?まぁ基礎すっ飛ばしていきなり型から入りますから!役立つか
  わかんないけど文句言わないように!」
  「お、おう。ようは背後から襲い掛かられたときに手ぇ捻り倒したり、股間に
  一発くれてやれたりする方法教えてくれたらいんだよ。すまねぇな」
  「・・・それってそっくりそのままそのとーりに行動に移せばいいんじゃ・・・」
  「いや、なんか型入ってたほうがカッコいいじゃねぇか・・・」
   三井のこだわりはいまいち理解できなかったが、水戸はもう余計なことを
  考えるのは止めようとばかりに頭を振り、三井と宮城の前で腰を低く落とした
  構えを取る。
  「・・・じゃ基本形となる小架一路の流れ見せますから。それふまえていきなり
  単打・対打いきますから覚えて・・・」
   いいながら水戸は、小学生のときの記憶をまさぐって一つ一つを脳裏に反芻していく。
   そんな水戸の集中をペンチでぶった切るように三井の声が遮った。
  「水戸技の名前言われてもどれがどれだかわかんねーよ」
  「そうそう。ゲームみたく技名叫ぶわけでもあるまいし」
   わがままめ・・・
   水戸はもう一度我が身の不幸を嘆くと、それでも流れるように前に手をのべた。


  「宮城・・・わかったか?」
  「いや、それがあんまり・・・」
   5限目のチャイムが鳴って水戸が倦怠を隠しもせずに帰ってから、三井と宮城は体育館裏に
  陣取ったままひそひそと互いに言葉を交わす。
  「単打・・・とかいう式まではついてけたんだけどよ・・・そこからが複雑で
  さっぱり・・・つか役に立つのかコレ?」
  「さぁ・・・おそらく型組み立てて使うんでしょうけどどうやればいいのか
  さっぱり・・・」
   さすがに三井も宮城も昼休みを潰して鍛錬に付き合ってくれた水戸に
  申し訳なく思い、気まずそうに視線を合わせる。
  「何か礼の品でも送っておくか・・・」
  「そうすね。なんか役立ちそうなものを・・・」
  
   後日水戸の靴箱に綺麗にラッピングされたコンドーム1箱が放り込まれ、
   それを断りもせずに開封した親友桜木花道の手によってクラス中が騒然となり、
   水戸は「エロ番長」というあだ名を闇でつけられ、当の親友からも絶交されそうに
   なったというのはまた別の話・・・



  「やっぱ柔道だ!!大掛かりで実用的!!しかもわかりやすい!!(多分)」
   瞬く間に立ち直って宮城に演説する三井は体育館裏からその足で武道場に
  つま先を回転させた。
  「三井サン〜。もういいんじゃないすかぁ?付け焼刃より俺が守ってやりますから
  その方がいいすよ絶対」
  「バカヤロウ!男が男に守ってもらうなんてダセぇだろうが!!」
   この話題を出すと本末転倒になるので、宮城はふぅと嘆息しつつ三井に従った。
   バスケ部の体育館や部室棟とは少し離れたところにある武道場の前の植え込みで、
  時がすぎるのを待つ。斜め上に輝く日が角度を狭くして、ようやく6限目終了のチャイムが学校中に
  響き渡った。

  「ふふーん♪」
   
   やがて、モーニング娘。の新曲を口ずさみつつ道場の方に歩いてくる長身の男に視線を
  ロックオンした三井と宮城の2人は、立ち上がってその人物の行く手を阻む。

   白い柔道着を黒帯で纏め屈強な肩に背負った濃い顔の男は、自分とは種類の違う
  肉体を持った二人の少年を見咎め眉を寄せた。
  
  「青田だよな?赤木の隣りのクラスの?」
  「ちょっとお願いあるんすけど」

   いかにもヤンキーですといった風体の2人組に青田と名指された男は更に眉を
  顰めたが、2人の姿に思い至ったのか少し表情を緩和させた。
  「貴様らどこかでみたことあるな・・・」
   そして三井と宮城を交互に眺め、ぱっと顔を明るくさせる。
  「思い出した!!赤木の下僕だな!?」
  『誰が下僕だ』
   どこか天然ボケのケがありそうな男に三井と宮城は同時にツッこんで嘆息した。


  「ほぉう・・・護身のために柔道を学びたいと?」
  「そうなんだ。まぁちょっと・・・事情があってよ」
   
   もちろん痴漢撃退のためなどと言えるはずもなく、道場の畳に通された三井たちは
  言葉を濁した。
   幸い青田は深くつっこむことはせず、顎に指を当てて何事かを考え込んでいる。
  「ふぅむ・・・確かに事情があるなら教えてやらんでもないが・・・」
   にやりといやらしい笑みを唇に刻む。
  「条件がある」
  「な、なんだよ・・・?」
   三井は迫力のある男の顔に、端正な顔を怪訝な色で染めた。三井に視線合わす事も
  せず、青田は柔道着に着替えた姿でしばし畳の上を往来し2人に向かって告げた。
  「桜木花道と赤木晴子を知っているか?」
  「そりゃあもちろん・・・」
   三井が答え、宮城は不思議そうに頷く。その反応に気を良くしたか、青田は笑みを
  深めると、今度は三井たちの目を見据え、そして言った。
  
  「ではその2人の写真を撮ってきてもらおうか!!条件を加えさせてもらうが、
  桜木花道は必ず全身を入れて撮ってくること!!そして晴子ちゃんは“映るんです”
  27枚撮りフルで撮影して来い!!」
  「なっなんだと!?」

   あまりといってはあまりな要求に2人は思わず立ち上がって批難の声を上げる。
  まだ三井よりは冷静でいられた宮城は、うろたえつつも青田に問うた。

  「待ってくださいよ!それにどういう意味が!?」
  「よかろう。教えてやる。まず桜木花道!!」
   不必要に大きな声を出してから、青田は少し陶酔に更けるように目を細めた。
  「彼は伝説だ・・・体育館が喧嘩のプロ集団に襲撃されたときも、その腕
  一つで屈強な男たちを全て床に沈めたというではないか!!特に不良グループの
  ボスを一撃で床にめり込むほど打ち据えたあげく、改心させて味方に引きずり込んだ
  ともいう逸話には震えが走る!!何ゆえ彼が篭球などというスポーツにうつつを抜かして
  いるのか気がしれん!!」
   そんな大げさに柔道部にはあの惨事が知れ渡っているのか・・・と思うと三井は
  いたたまれなくなって肩を落とした。青田にはその“ボス”が今まさに目の前にいる
  三井であるなどとは知る由も無いのだろう。青田の話はまだ続くらしい。
  「そんな桜木の強さを我が部員たちにも目標としてもらうため、景気付けに是非彼の等身大ブロマイド
  が欲しい!!そして我らが全国でも優勝した暁にはそのブロマイドを持って表彰台に上がることを
  約束しよう!!」
   約束されても・・・と三井と宮城は同時に思い、そして心から花道に同情した。しかも表彰台に
  写真を持っていかれるなど、まるで亡くなった人みたいではないか・・・
  
  「あの、じゃあ晴子ちゃんはいったい?」
   宮城は聞いたが、三井にはなんとなく見当がついていた。その答えが一言に尽きることを予感して
  ため息を吐く。青田は宮城に向かって少し頬を染めた。
  
  「晴子ちゃんは俺の趣味だ・・・きわどいアングルのショットを期待している・・・」
   きわどいアングルのショット・・・2人の門下生は同時に赤木晴子の姿を思い浮かべ、様々な角度から
  彼女を照射してみた。
  「やっぱ斜め上からですかね・・・上目遣いたまんないスよ」
  「バカヤロウ。男だったらバストを強調する煽りショットに決まって・・・」
   途中まで言って、三井ははっと整った顔を硬直させた。
   バカヤロウ三井寿!!てめぇマジで青田の突撃特派員になるつもりなのか!?
   三井はふっと自嘲すると、きょとんと彼に不思議そうな視線を流す宮城に目配せで合図を
  送った。出来ればやりたくなかったが、三井は自分の最も得意な方法でこの場を乗り切る術を
  行使することにしたのだ
   三井は薄い肩を更に薄く見えるよう少し前かがみになって、柔道着の男に頼りなさを演出した。
  「青田」
   名を呼ぶ三井の鳶色の瞳が殊勝さの中に狡猾さを潜めて瞬く。
   宮城もそれを認識して彼に合わせる様、控えめな表情を作る。
   三井は形良い唇で言葉を発した。

  「青田・・・後払いで頼む」
   面倒なことはあとに回せ。
  「ぬ?まぁよいだろう!!では始めるぞ!!」

   結局柔道バカはどこまでも柔道バカで、稽古に熱を上げているうちに
  自分が掲げた条件など忘れてしまったことをここに明記しておく。
   そして忘れていなくても、2人がこの条件をボイコットするに違いなかったことも。

   



   そして翌日の朝。
   三井はまるで出征する武士のように大仰に家を出て途中で宮城と合流し、
  件の駅のホームで雑多な人々に囲まれつつ電車がホームに滑り込んでくるのを待つ。
  そのときまで三井も宮城も各自の頭の中でイメージトレーニングに励むのを
  忘れなかった。宮城に至っては少しスプラッタ映画的表現も混じっていたけれども。
   やがて三井が常に利用する通学電車がいつものとおりやってきて人ごみが動く。
   三井はその中で時を待ちつつぐっと拳を握った。
  その手に繋がる腕には、昨日青田に散々投げ飛ばされた名残の擦り傷や青あざが
  まだ鮮明に浮いている。そう・・・彼はただ投げ飛ばされただけだった。
  「ふふふ宮城・・・俺なんか強くなった気がすんぜ・・・」
   無論気のせいだなどと無粋なことは告げるはずも無く、宮城は深深と頷いて
  全ての元凶となった電車に必要以上に胸を張って乗り込んだ。
   

   殺る気マンマンで殺意をみなぎらせる人相の悪い背の低い男は、ラッシュ時にも周囲から
  距離を置かれていたが、三井はそんな恋人には構わずにいつもの位置のつり革につかまった。
  ―――どっからでもかかってきやがれ!!
   普通に見るとカッコいい台詞なのだが、痴漢を捕まえるために尻に触れてくる手を待っている
  状況に使用するのはいかがなものか。
   しかし三井は普段から兼ね備えている色気オーラを全開にして唇に笑みすら浮かべつつただ
  待っていた。そんな彼にも周囲の人々の視線は冷たかった。

  そして待ち構えていたものがやってくる。
  俺専用とうるさい程に宮城が語る、三井の臀部に生暖かい感触が這った。
  三井はまず宮城にすばやく視線を流したが、彼は何故か携帯電話であっけらかんと談笑していた。
  「あ、アヤちゃん?ごめん今電車なんだ。そう今日だけ電車通学。だからまた後でかけるね。ごめん」
   いっけねいっけねと呟きながら携帯電話をマナーモードに切り替えているらしい宮城に三井は
  激昂した。
   〜〜〜あんにゃろ〜!!俺があわや犯されそうになってるときにノンキに女とツーカーか!?
   そう考えているうちにさっさと行動しろと誰かに急かされたように、三井は宮城の分も含めた怒りで
  もって水戸のような身軽さで身体を反転させると、青田のような青拳突きを犯人の眼前に繰り出した。
  が。これら体術は別に彼らに教えを請わなくとも、彼自身の能力で元から可能だったことなのだが。

  「あ、やっとお兄ちゃん気づいた」
  
   ・・・格闘ゲームなら一気に必殺技を繰り出せるほど溜まっていた三井の怒りゲージが、
  その幼い声によって急速にダウンしていった。同時に骨ばった拳もぴたりと止める。その拳の
  数十センチ先には、小学生だろうランドセルを持った大きな目の少女が三井をまっすぐ見て
  佇んでいた。
  「・・・あ?」
   三井は事態が把握できず、端正な顔を呆けさせて呟く。少女はそんな三井をよそに、自身のスカート
  のポケットを探ると、きちんと折りたたまれたグレーのハンカチを取り出し眼前の青年にに差し出した。
  「この前の木曜日落としたよ?お兄ちゃんなんか怖いし背高いし、触っても気づかないし
  なかなか声かけられなかったよ」
   少女はそう言ってちょうど三井の腰の高さまで腕を伸ばし、三井の青拳突きそのままの拳に握らせ
  ると、後は声も無くちょうど着いた駅にその小さな姿を消していった。

  「三井サーンすんません!!アヤちゃんが頼みごとあるらしくてрって・・・あれ?どしたんすか?」
  「・・・」
   
   まだ硬直したままの三井の頬を、宮城は恐る恐るつまんでみた。
   瞬間いつもの数倍の威力を持った低い罵声が返ってくる。一応満員電車であることを
  考慮に入れているのか、三井の声は小さく怜悧で、それゆえに宮城に恐怖を与えた。

  「宮城・・・降りたらぶっ殺す・・・」

   それは敵対時代さながらの。
   死闘の予感に宮城は、なんでこんなことに!?痴漢はどうなったんすか!?とわめき散らしたい
  気分だったが同じく満員電車ではそれも出来ず、ただ全怨念を自分に向かって放ってきそうなほど
  凶悪な目つきで、宮城はもちろん周囲の老若男女をもビビらせている三井に恐怖するのみだった。


  湘北高校最寄駅まであと5分。

  




  終ったれ。


  まず最初に心から謝罪させて頂きます。何を置いてもリョ三ファンの方に(汗)
   そしてなにかしら戦っている小説しか書けないのか自分・・・(墓穴)
   そ、そんなのいやだー!!(焦)
   そして水戸に苦労させるのが大好きですね?
   水戸はなんとなく少林寺以外を使わせたかったので勝手に開門八極で設定しました。
   なんてオリジナル(爆)
   Battle Fieldでも使ったのですが、この拳法は一撃必殺らしいので水戸さん
   らしいかな・・・と。           020720