空と海の間で reposition

                          きら様 -6 Aug 2002 (Tue)-



袖無しの革ジャンから剥き出された逞しい上腕には薔薇の刺青、無精髭の金髪碧眼の男が
くわえ煙草でハーレーを操る。
真っ白な壁に張ってあるポスターは色褪せないように唯一、日の当らない場所にあった。


窓辺のベッドからは大型バイクを跨いでも充分に余裕のあるスラリとした長い足が横からはみ出していた。
開け放たれた窓からの月明かりは色素の薄い体を青白く照らし出し、風は柔らかな栗茶色の髪を撫でていく。
「う…ん…」
掠れた声で寝返りを打つと、三井は力の入らない手でベッドサイドの時計を引き寄せた。
「いけねえ、寝過ごしちまった」
短かめの髪をクシャクシャと掻きあげると、三井はテレビのスイッチを入れる。
静かな部屋にバイクの音が流れてきた。
その音は傷を抱えてさまよっていた頃を思い出させる。
あんなにも自分を憎み、人を傷つけ、居座る場所を探していた時、全てを背負い込んでくれたあの背中を。




「怖がってねえでちゃんと体を預けろ」
カーブを曲がる時、鉄男はいつもギリギリまで車体を傾けた。
ヤニ臭いGジャンにいつも顔を擦り付けていた三井はいつしか襲い掛かる重力と浮くようなスピードに病みつきになった。
筋肉質の背中と腕に全てを託して、一瞬の陶酔と危険を共有しながら海岸線を突っ走る。
鉄男のタンデムシートは三井がバスケに復帰するまで、三井の指定席だった。

襲い掛かる重力も陶酔も、バスケに明け暮れる日々に埋もれていった。
すれ違うバイクの音が三井の記憶に揺さぶりをかけていったが、取り戻した日常が覆される事はなかった。



ドッド ド ドドド…


背後から低く突き上げる音が迫って来て、ゆっくりと追いこして路肩に停まった。

「元気か」
相変わらずのノーヘル姿だった。
少し短くなった髪が精悍さを増していた。
「相変わらずだな、鉄男。髪切ったのかよ」
「お前に言われたかねえな。相変わらずのスポーツマン」
シニカルな笑みを浮かべる唇に懐かしさを覚える。
男くさい無精髭も剥き出しの肩も数カ月前のままだった。
メットが突き出される。
「乗らねえのかよ」
挑むようにクッと笑った男の腰に三井は腕をギュッと回した。


眩しい程の青空と夏の熱い風が体を突き抜けて行く。
ほんの数カ月前まで自分のものだったシートはすぐに馴染んで行った。
首が痛くなるほどの風圧が、鉄男の背中に体を擦り付けさせる。
その感触と何も言わない背中が三井の記憶を呼び覚ます。


逃げるようにこの背中にしがみついた事もあった。
レッドゾーンを振り切れと聞こえるはずがないのに怒鳴った事もあった。
バイクに乗っている時の鉄男はいつも冷静に三井の我が儘に付き合ってくれた。


「サンキュー鉄男…」
メットの中で三井は呟いた。


カチャ…
シルバーのジッポの蓋が閉まると、紫煙が風に流れて行く。
照りつける太陽が波に反射して、二人とも目を細める。
波の音と海水浴のにぎわいが混じり合って耳に届く。

「三井…」
「何だ」
「楽しいか?」
「…ああ」
シルバーリングの光る指がタバコを地面に落とし、ライダーブーツの底が踏みつぶした。
「そうか良かったじゃねえか。お前はそれでいんだよ」
鉄男の鋭い瞳が三井のとび色の瞳を捕まえる。
「鉄男…」
三井の記憶が揺さぶられて胸が切ないほどに痛んで、足元に視線が落ちる。
無骨な指が三井の細い顎を挟んでその動きを封じた。


「オメエはそれでいいんだ」

その声に、その言葉に、波音もそれに群がる人々の歓声も全ての音が消え去った。

三井は太陽に目を向けて眩しそうに目を凝らす。
目の前にいる男の顔を正視できないから。
「バカヤロウ、泣き虫なのも相変わらずだな」
顎からヤニくさい指が頬に軽く触れると、一雫の涙を拭った。
「悪いかよ」
「お前らしくていいぜ。さあ、帰るか」
乱暴に投げ出されたメットがズシリと重くて、今の自分の気持ちのようだと三井は思った。
ブロロ…ドッド…
エンジンを吹かしながら待っている鉄男の後ろに股がると「行くぜ」と鉄男の横顔が語った。



狂気に近い時間も陶酔も一緒に迎える事はもうないだろう…
あの過去があったから今の自分がいる。
「サンキュー鉄男…」
三井はメットを脱いでもう一度大声で叫んだ。

「サンキュー鉄男!!」

「テメエみてえなバカを乗せるのもこれが最後だ!つかまっとけ!!」

鉄男の怒鳴り声と共にバイクは海岸線をスピードを上げて突っ走る。
もろに受ける風圧に三井の涙が飛ばされていき、太陽の光りがキラキラと輝きを与えた。
その美しい煌めきは、蒼い時間に確かな一つの区切りを付けて消えていった。
それでいいのだと全ての過去を受け止めて。


激しい夏の太陽は二人を熱で融合し、叩き付ける疾風が二人を別個に再生する。
そして果てのない青空が二人を解き放った。





きら様コメント
エセ鉄男ですみません。鉄男が貸したメットはフルフェイスなので、叫ぶためにはずさなくてはならないのです。
自分はノーヘルでも、三井にはフルを被せるところが鉄男じゃないかあと思いましたので。(思い込みです)
タンデムしてるバイクを見るとどうしようもなく鉄男熱が上昇するこの頃です。
鉄男〜vv いぶし銀のカッコよさだ…不精ひげにも腰くだけです。鉄三〜〜!!(叫)

藤原さんの勝手にコメント
何をおっしゃいますかきら様!!これでもかという程の藤原の理想の鉄三を体現してくださって、何度
読み返させて頂いても切なさと愛しさに狂いそうになるであります!三井も鉄男もこれ以上ないほど
眩しくて、そんな2人の清冽さがまた夏にぴったりなのですよ!一夏の出会いと別れにふさわしいほろ苦さ。
鉄男の無骨な指から作り出される仕草の一つ一つの丁寧な書き込まれ方に、ときめかれた方は私だけじゃ
ないですよね!?そしてやっぱり感情をそのまま表面に出す三井が愛しくて仕方ありません。悲しいときには
泣いて、伝えたいときにはその耳に届くように叫ぶ。あたりまえのようでいて出来ないことも多いのでは?
そんなダサいところもありのままにさらけ出す三井に、鉄男や我々が惹かれたのはもはや明確。
「サンキュー鉄男!!」と最後に言い放った三井さんの姿の美しさに惚れて下さい。私は惚れた。
そしてその三井をいつもみたいににやりと皮肉げに笑って(予想)乗せて、風と共に過去へと消えていく
鉄男の潔さ!!台詞の中の「バカ」に込められた万感の思いは、きっと三井だけのモノなのでコメントは
控えさせて頂きますが、とにかくアツイ二人の関係にもう涙がとまらないっすよきら先生!!
理想の三井と鉄男を本当にありがとうございました。改訂の際最後に付け加えて下さった
夏の情景の対比文も見事でございます!!友情よ永遠なれ!!


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