Quartet Contrivance











「ふー、やっと着いたぁ」
「愛羅!萌佳!」
翌日・・・おじいちゃん家に着くと、お母さんが待っていた。
「どーしたの?遅かったわね?」
「うん、うち出るの遅くなっちゃって」
「今日は、ゆっくり休むといいわ。お母さんたち、海の番しなきゃいけないのよ。
もう、行くから」
海の番・・・・って・・・
「もう、仕事してんのー?」
「そーよ、あなたたちにも、明日からしてもらうから」
・・・戦争がない今のネイビーの主な仕事は、海の見張り。
通称『海の番』といわれている仕事は、毎年、私たちもやっている例年のできごと。
・・・と、
「あ、愛羅!」
「え?」
「あそこにいるの、奏美ちゃんじゃない?」
私の横で、カバンを持って、まわりをきょろきょろ見わたしていたお姉ちゃんが言った。
「え、あ・・・」
ほんとだ、奏美だ。
お姉ちゃんが、指さした先には、私たちのいとこである水崎 奏美がいた。
変わって・・・ないなぁ、1年たっても・・・
「か〜なちゃ〜ん〜!」
「!?」
お姉ちゃんの大きな呼び声に気づいたのか、奏美はこっちに歩いてきた。
「萌ちゃん、愛羅」
「わー、奏ちゃん、久しぶり〜!約1年ぶりよね?」
お姉ちゃん、はしゃいでる。大人げないなぁ。無理もないか・・・。
だって・・・
「それにしても、奏ちゃん。この1年で、ほんと有名になったよね?
今、すごく売れてるじゃない?」
・・・そう、私たちのいとこに変わりはないけど、奏美は言うなれば
普通じゃない。今、テレビで、売れっ子の・・・タレントだった。
お姉ちゃんは、それもあって、はしゃいでるんだと思う。
同じ奏美でありながら、違う気持ちを持って・・・
2人で、会話している様子を見ながら、私は思った。
「あ、じゃあ、私、他のみんなにもあいさつしてくるから、またあとでね、奏ちゃん」
「うん・・・」
言うだけ言うと、お姉ちゃんは、走って、どこかへ行ってしまった。
あとに残された私と奏美。
そのまま話すテーマもなく、しばらく沈黙の時が流れた。静かな沈黙が・・・。
数秒後、たえられなくなり、私は思い切って、口を開くことにした。
「あのさ、奏・・・」
「・・・久しぶりね・・・愛羅・・・」
言葉をさえぎり、奏美は、私の横を通り抜けていった。
「!? 待ってよ!奏美!!」
振り向きもせずに・・・







「・・・気まずかったんだろうな・・・」
その日の夜、私は、部屋でつぶやいた。
私も、そうだった・・・。
嫌じゃないけど、ここに来るのが・・・里帰りするのが、ゆううつだった。
なぜか、今年は・・・
いつもは、楽しみだったのに・・・
その理由は、たぶん奏美・・・だよね・・・。
ふと、窓の外に目を向けた。
「あ・・・」
暗闇の中の砂浜で、しゃがみこんでる奏美が見えた。
その表情は、たまらなく、沈み込んでいた・・・。

・・・私たちが、ここに来て、早くも6日が過ぎた。
目を合わすことはあっても、あれから話をすることは、1度もなかった・・・。
大変なんだよね・・・奏美も・・・。
いまだに・・・まだ・・・。
「・・・羅・・・愛羅!」
「えっ!?」
気がつくと、お姉ちゃんが私を呼んでた。
「ちょ・・・勝手に、人の部屋、入ってこないでよ!」
「それはいいけど・・・なにボーっとしてんのよ?今日、海の番するんでしょ?
みんな行っちゃったよ?」
え・・・
「そんなぁ〜〜〜!ちょ・・・待ってよぉ〜!」
ダッ
思わず、部屋を飛び出した、私だった。

「・・・よかったぁ、間に合って・・・」
・・・でも、疲れた。いくら、部活できたえてても、この船広いからなー。
息を切らして、おじいちゃんの空母に乗り込み、私はため息をついた。
「えーっと、私の担当部屋は・・・あ、ここか」
ガチャッ
「わー、すごーい!」
その部屋の広さと、まわり一面に見える海の景色。
それを見た瞬間、私は、思わず声をあげた。
ガラッ
「やっぱり、海はいいなぁ・・・」
そばの窓を開けて、小さくつぶやく。
・・・昔から、海が好きだった私。まわりにある景色は同じなのに、何回
見ても、海だけはあきることがなかった。
それに影響されて、泳ぐのが好きになって・・・それで、中学生になってから
水泳部に入ったんだけど。
1年前までは、奏美も水泳部だったっけ・・・そういえば・・・。
そんな物思いにふけっていると・・・
カチャッ
「!?」
突然、ドアが開いた。
「えっ!?」
「あ・・・・」

「・・・奏美・・・」
開けられた扉の向こうに立っていたのは、まぎれもなく奏美だった。
「・・・・・・」
急なことに、なにも言えず、おたがいその場に立ちつくしているだけ。
だが、沈黙を破ったのは、奏美の方だった。
「あ、ごめんね。ジャマしちゃって・・・愛羅が、ここで番やってくれるなら、
私、他の部屋行くね」
「!? 奏美!待って!!」
ガシッ
とっさに我に返った私は、その場を去ろうとする奏美の腕をつかんだ。
「・・・・・・・」
「気まずいの・・・わかるけど、逃げないで」
「愛羅・・・」
「ちゃんと、話しようよ・・・」










「どう?そっちの学校は?」
そばにあったいすに座り、奏美の様子をうかがいながら聞いた。
「うん、なんとか、うまくやってる・・・友達もできたし。
けっこう、楽しくやってるよ」
「そっかぁ、よかったじゃない。新しい友達も増えて」
奏美に気づかれないよう、ある程度気をつかいながら、私は笑って見せた。
・・・1年前まで、奏美は、私たちの通ってる明水中学にいた。
私と同じ水泳部に所属してて、いとこで、ライバルで、友達だった。
・・・奏美が、転校するまでは・・・なにもかも、うまくいってた・・・。
なのに・・・
「今の学校はね・・・」
1年前となにも変わらない様子で、しゃべってきてくれる。
・・・私が、最後に奏美と会ったのは、奏美が転校する前だから、かれこれ1年前になる。
その時と、全然変わらない・・・くったくのない笑顔。
「いじめとか、あってない?」
「ん?まぁ、ないわけじゃないけど、いい人も、いっぱいいるし。それは大丈夫。
もっと、しんどいことだってあるもん。それに比べたら、平気なもんだよ」
あ・・・それって・・・
「奏美・・・もしかして・・・」
「・・・ねぇ、拳一くん・・・どーしてる・・・?」
ビクッ
窓辺に立って、海を見ながら、奏美は言った。
今まで、普通に話していた奏美の表情が、いっきにくもった。
・・・どうしよう・・・。
拳一くんに関してのことは、絶対ふれないようにしたかったんだけど・・・。
「元気にしてるの・・・?」
「か、奏美。なに言って・・・」
「私も、ばかね。まわりの友達のこと、全然考えずに、ばかなことしちゃって
・・・こんな天罰受けても・・・しかたないよね・・・」
さみしそうに笑って、こっちを見た。










1年前・・・・
“私、タレントになって、デビューするんだ”
・・・そう切り出されたのは、ちょうど去年の9月だった。
“うそでしょ!?”
“ううん、もう決まったの”
・・・当時会話していたこと・・・今でも、はっきり覚えてる。
あの時の奏美の笑顔、すっごく輝いてた。
“そのかわり、転校することになっちゃったんだけどね”
“転校?”
“うん、っていっても、そんなに遠いところじゃないけど”
“そっか、がんばりなよ!私、応援するからさ”
そう言って、私は、奏美の肩をたたいたのだった・・・。
だけど・・・
“オレ、あいつに裏切られたって思ってるから・・・”
そんな奏美のことを、拳一くんは許さなかった。
奏美は、私以外のクラスメート、誰にも言わずに、転校し、タレントになった。
もちろん、拳一くんにも、柊くんにも言わずに・・・。
そのことは、私も黙っていたし・・・。
“転校することも、デビューすることも、誰にも言わないでね”
・・・それが、拳一くんには許せなかったんだと思う。
黙っていた私じゃなく、黙って芸能人になった奏美に・・・。
“言わねーで行くなんて、あいつも勝手なもんだよな”
その時以来、ずっと・・・拳一くんは、奏美のことを恨んでいた。
名前を呼ばず、話も持ち出さない。探すこともしなかった。
まるで、“最初から、そんなやついなかった”かのように・・・。
そのせいで、私たち4人の関係は、いっきに崩れ始めた。
友達だけど、『友達』じゃない・・・。
いや、『友達』以下の関係になって・・・・・。








「・・・ごめんね・・・」
え・・・・
「私のせいで、愛羅や柊ちゃんまで、まきこんじゃって・・・。
全部、私が悪いんだよね・・・それなのに・・・」
「そんなことないよ!奏美は、自分の夢、叶えただけでしょ?
ちっさいころからの夢だったんでしょ?“タレントになる”って。
そんなこと、言わないでよ・・・。ね!?」
「・・・その『夢』も・・・間違っちゃったかもしれない・・・」
「え・・・」
一瞬、なにを言ってるのか、わからなくなった・・・。
『夢』を・・・間違った・・・?なんで・・・・?
あんなに、楽しそうに、笑ってたじゃん。喜んでたじゃん・・・。
“私、タレントになって、デビューするんだ”
・・・あのときの奏美の笑顔が、頭に浮かんだ・・・。
「・・・そりゃあね、今は、すごく楽しいよ。でもね、芸能界なんて、
甘いところじゃないの。つらい時もあるんだ。
私は、芸能界の中では『水崎 奏美』っていう商品であって、それは一時的な
もので・・・いつ仕事がなくなっちゃうかわかんない状態だもん。
けど・・・」
そこで、奏美は、一息ついて、口ごもった。
その表情から、奏美の言いたいことがわかった気がした。
「けど・・・ね・・・」
「楽しいって、思う?」
「うん・・・」
・・・そっか。
「勝手なことばっかり言ってるけど・・・全部、ほんとなんだ・・・。
こんなんじゃ、拳一くんに恨まれても、しかたないよね・・・」
「奏美・・・」
その姿・・・私も、なにも言えないまま、見つめるしかなかった・・・。
なに・・・なにを言えば、いいんだろう・・・。
こんな奏美の姿見るの・・・つらい・・・・。
「あ、そうだ!」
「・・・ん?なに?」
「あ、えっとね・・・言い忘れてたんだけど・・・」

「・・・・え?」
「だからさ、今言ったこと、向こうで、奏美に会ったら、伝えといてくれよ」
・・・あの日、拳一くんがいなくなったあと、柊くんは私を、公園に連れ出した。
「・・・ただ、自分の夢を叶えただけと言っても、あいつ・・・奏美は
絶対、過去のことをひきずってると思うんだ・・・。拳一が、怒るのを
わかってて、黙って行っちまったこと、後悔してる・・・」
「それは、わかってるけど・・・そんなこと言ったら、奏美が、よけいみじめに
なるだけじゃない?」
「確かに・・・過去を思い出して、みじめになるかもしれない。だけど、
それをひきずったままじゃ、いつまでたっても解決しねーんだよ!
奏美も悪かったのは、確かだ。だけど、オレは、奏美が悪いことをしたとは
思えねぇ。おまえだって、そうだろ?」
「うん・・・」
そのまま、真剣に、柊くんは続けた。
「なんで、拳一が、奏美を恨んでしまってるのか、オレには理解できない。
けどさ・・・・」

「“けど、おまえ以上に、今の拳一は悪いことをしてるよ。少なくとも、オレ
には、そう見えて仕方ないしな。奏美は、なにも気にしなくていいんだって!
オレは、奏美のこと、ちゃんとわかってるから・・・”だって」
「・・・・・・・・・」
「ねぇ、奏美・・・」
「帰ったら、柊ちゃんに“ありがとう”って、言っといて」
「え・・・」
「もう、そっちの街には、行けないと思うから・・・」
・・・奏美・・・。
“行かない”んじゃなくて、行きたくても“行けない”ってこと・・・?
ぽとっ・・・
「あ・・・」
うつむいた奏美の瞳から、なにかがこぼれ落ちた・・・。
涙・・・?
「・・・全部、私が悪いの。私たちの関係が壊れちゃったのも・・・拳一くんが、
あんなふうになっちゃったのも・・・全部・・・。
ごめんね・・・・ごめんね・・・。こんなことなら、みんなに、ちゃんと話して
いけばよかった・・・私、“タレントになりたい”なんて、思わなければ
よかった・・・ほんとに、ごめん・・・」
「か、奏美、なにも、そこまで言わなくても・・・!」
「ううん、きっと、そうなんだよ!天罰なの!なにもかも、私がいけなかったんだよ」
ガクンッ
いきなりひざから崩れ落ち、奏美は、せきを切ったように泣きじゃくった。
・・・ただただ見つめることしかできなくて、なにも言えなくて・・・そのまま、
時が過ぎ去っていった・・・。












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