幻影











幻影

今日は、7月21日。夏休みも始まったばかりだっていうのに、僕・高城 椋は
7月の末日までが締め切りの原稿を書こうと高校へ来ていた。
気温は30度を超えているだろう。
僕は、文芸部に所属している。うちの学校は、文化祭が毎年9月の始めにあり、
文芸部は毎年、部員全員の原稿を集めた冊子を出版して、生徒に配るのだ。
小説・詩・エッセイなど、それぞれが考え抜いた作品を本にして、全校生徒に読んで
もらえるという喜びのためか、おとついの終業式の後のミーティングは、かなり
部員全員が、はりきっていた。
僕自身も、はりきっていたつもりなのだが・・・結局は、原稿が思うように
進まないのが本音だ。
僕は、読者を殺人事件の世界へ招待したかったのだが、原稿用紙5枚という規則で、
どうやって著せようか。
だから、いつまでたってもやる気が起こらなく、今締め切りに悩まされているのだった。
朝から自分の教室で、自分の机に座って考えているのだが、なかなかいいアイデアが
浮かばない。
この高校の南側には、幸山という小さな山がある。
すぐに頂上にたどり着くので、登山などするやつは、めったにいない。
机に上半身をだらんと倒し、なにげなく幸山を見ていた。
すると、真昼なのにオレンジ色に光るなにか・・・得体の知れないなにかが、
幸山に向かって、すうっーと降りていった。
「・・・あれ、なんだろう?」
それまで、やる気のなかった身体が一気に起きあがり、僕の思いは、ただ無性に
あの物体に惹かれていった。

幸山と高校の間の道路には、陽炎がたっていた。
山の頂上に着くと、僕は、一瞬強い風に踊らされた。生暖かいの風のはずが、
なつかしく感じられた。
ふと後ろを向くと、1人の少女が立っていた。
少女といっても、自分と同じくらいの年齢にしか見えない。
しかし、今時の若い女の子のような服は着ておらず、どちらかというと何年も着古した
薄汚れたワンピースのようなものを着ていた。
僕の胸には、この少女が出す不思議な・・・なにか深いものにあこがれる気持ちが、
大きくわき出ていた。
「あの、きみは・・・?」
彼女は僕の声に気づき、優しい笑みを投げかけてきた。
だが、なにも言わず、すぐにまわりを、きょろきょろと見回していた。
僕も、そのまま彼女の行動をずっと見ていた。
すると、だんだん何をしているのかが、わかってきた。
(探し物か・・・)
「なにを探してるんだ?」
僕は、思わず聞いてみた。すると、彼女は悲しそうな目をして、僕に語りかけてきた。
「落とし物・・・探してるの・・・」
「落とし物?」
もう1度たずねてみた。これは、聞こえなかったからじゃなく、確かめたかったからだ。
彼女から、答えはこう返ってきた。
「そう、50年前の・・・」
「50年前?」
僕は、疑問に思った。
もし彼女が50年前に落とした物だというなら、彼女は50歳以上のはず。
でも、どこからどう見ても、目の前にいる彼女は16歳くらいにしか見えない。
(どういうことだ・・・?)
たずねようとすると・・・
「あれ?」
「え?」
「私、あなたを知っているような気がする・・・」
「え・・・?」
その言葉に、再び疑問を覚えた。
僕を知っている?そんなはずはないと思う。
目の前にいる彼女に会ったことなど、僕にはなかったからだ。
「でも、僕はきみを知らないよ」
「私・・・さち」



彼女から理由を聞くと、どうやら、さちは地球の人間ではないらしい。
僕は、そういう話はまったく信じない方だが、さちに限っては例外だった。
どこか別の場所から来た人・・・なんとなく、そんな気がしてたから、
僕は驚きもしなかったし、素直に受け入れられた。
さちは、ここから見える高校のグラウンドを見て、
「あれは、なに・・・?」
野球部員たちが、校舎まわりを走っている様子を指さしていた。
「あれは、野球っていうスポーツがあって、それをやりたい人が集まっている
部活動なんだ」
僕は、さちにわかりやすいよう、簡単に説明した。
「椋は、やらなくていいの?」
「僕は、野球部員じゃなくて、文芸部員なんだ」
さちを見ると、”どう違うの?”という顔をしていた。
「それより、探し物ってなんだ?」
僕が聞くと、さちは、パッと立ち上がり、
「椋、ブンゲイやっといて。自分で探すから」
「やりたくても、ネタがないんだよ!」
さっきのいらだちが、またこみ上げてくる。誰に対してでもない、自分に対してだ。
(ほんとに考えなきゃ、やばいなぁ・・・・)
「じゃね、私は探し物するから、椋は、ネタ考えて」
そんな僕に気を使ってか、さちは、言った。
「いいのか?」
「うん」
そして、どこかへ歩いていった。
このまま、ネタを考えてても、なにも思いつきそうにないので、僕は1度家に
戻ることにした。


家に戻ってからも、僕の悩みは、まだ続いていた。
もちろん、文芸部の締め切りに追われているにほかならない。
「あ〜〜〜、どうしよっかなぁ・・・」
部屋でごろんと横になり、天井を見つめる。
帰ってきてから、もう2時間はたっただろうか。悩んでても、時間は刻々と過ぎてゆく。
ふと、時間がこのまま止まってくれれば、と思った。
まぁ、そんなこと、あったらあったで困るに違いないのだが。
「どうしようもないこと、考えてても、仕方がないや。図書館にでも行くか」
ぱっと起きあがり、出かける仕度をする。

図書館に着いても、ネタは考えず、気分転換に本を借りることにした。
なにか、ネタの参考になるものがあれば、それはそれで一石二鳥だとも思ったからだ。
最近の物語ではおもしろくないので、昔話のコーナーへ歩いていった。
目についた本を手に取り、軽く目を通してみる。
と、その本に書いてあったストーリーの1つに、僕の心はとてもひかれた。
夢中になって、そのまま読む。それは、こういう話だった。

昔、1人の若い男がいた。その男の名前は、貴也といった。
貴也の両親は、2人とも病気で、貴也は幼い頃から働いていた。
そんなある日の夜のことだった。
貴也はいつものように、山に木を切りに行った。
急にその山に、オレンジの眩しい光が放たれたと思うと、そこには、自分と同じくらいの
歳の女が立っていた。
働き者の貴也でさえも、手を止めその女に見とれていた。その女の名は、「さち」といった。
貴也は、思わず、さちに話しかけた。
「おまえ、ここへなにをしに来た?」
「あなたに幸福を・・・」
「え・・・」
貴也は、この女に出会った瞬間から惚れてしまっていた。そのことはわかっていたのだが、
じきに別れの時が来るのを知っていた。だから、なにも言わなかった。
だが、その瞬間、貴也は、さちがさびしそうな顔をしていることに気づいた。
そして、“自分より彼女に幸せを・・・”と思い、貴也はさちに自分が大切にしている
透明の石を渡した。
「これは、幸福を呼ぶ石だ。持っているとよい」
それは、貴也の母の形見だった。貴也の手から、その石を受け取ったとたん、さちの
冷たい笑みが明るくなった。
「ありがとう・・・」
それだけを言って、さちは後ろを向き、歩き出した。
「迎えが来たから、もう行かなくちゃ・・・」
先ほど貴也が見たオレンジ色の物体の方へ向かっていったのだ。
貴也にはそれがまぶしすぎて、さちがそれに入ったのかはわからなかった。
・・・その物体が消えて、さちがいなくなっても、貴也はその場を動かず、また
仕事もはかどらくなった。
次の日、昨日起こったできごとを村の衆に話しても、ちっとも相手にされなかった。
しかし、村人が驚くのは、それから1週間後のことであった。
不治の病で倒れこんだ貴也の両親は、みるみるまに見事回復し、その両親が始めた
商売が、ものすごく繁盛したのだった。
貴也は、“これは、さちのおかげに違いない”と思い、さちに感謝して、幸せに
暮らしたそうだ。