BRAT BOYS















「どこ行っちゃったんだろ・・・快飛くん」
外へ出たのはいーが、どこをどう行けばいいのか、まったくわからない。
未夢は、東海学園の敷地内で、さっそく迷っていた。
そもそも、未夢は、ここに来るのは初めてなのだ。
快飛はおろか、どこになにがあるのか自体、見当がつくはずもなかった。
・・・と
「あ!」
しばらく歩いたところで、未夢の足がふと止まった。目に入ったのは、彼氏の姿。
こかげの下で、ぼーっとしつつ、座りこんでいる。
「快飛くん」
ゆっくり近づくと、未夢は静かに声をかけた。
「・・・未夢」
「大丈夫?」
「・・・・・・・・」
なにも答えない。数秒の無言のあと、やがてぽつりと言った。
「ごめんな・・・」
「え?」
「こーなると思とったから、連れてきたくなかったんや・・・」
無理した感じの笑顔で、そのまま続ける。
「ほんま・・・あいつときたら・・・」
「快飛くん・・・」
未夢は、そんな快飛に、なにも言うことができなかった。
「・・・悪いけど、ちょっと、ひとりにしてくれへんか」
「あ、うん。じゃあタオルとお茶、ここに置いてくね」
「ああ、サンキュ」
快飛に言われ、未夢は、そのまま背を向ける。
途中1度振り返ったが、あいかわらずの疲れた顔で座りこんでいる彼氏の姿が見えるだけだった。



「すいません。だたいま戻りましたぁ〜」
「あ、河本さん、おかえり〜」
体育館に戻ってきた未夢を出迎えたのは、のんびり休憩をとっている敦司だった。
「敦司さん」
「お疲れさま。まだ練習再開しそーもないから、ゆっくりしてていーよ」
「ありがとうございます。じゃあ、お茶いただきますね」
「うん。そこらへんにあるの、自由に使って」
そんな会話を交わしつつ、未夢は麦茶のペットボトルを手に取った。と同時に敦司を見る。
「なに?」
敦司もそれに気づいたのか、にっこり笑った。
「いえ、別に。ただ、ずいぶん落ちついてるんだなぁって思って」
「ああ、主役が抜けたのにってこと?」
「ええ」
未夢だって、まだそんなにストーリーを把握しているわけじゃない。だが、さっきの
立ちげいこの風景を見ていると、快飛が重要な役であることは、誰にでもわかることだった。
「あいつ、なんか言ってた?」
不意に、敦司が話を切り返す。
「え?」
「さっき、快飛んとこ行ってたんでしょ?」
「知ってたんですか?」
「どーだった? あいつの様子」
そう聞かれて、思わず考えこむ未夢。
はっきり言って、どう答えればいーのかわからなかった。
「どうって・・・んー、なんていうか・・・。役やるの疲れてるっていう感じの表情してました」
「あはは、やっぱり?」
「快飛くんの役って、大変そーだし・・・」
「うん。あいつ降りたいって思ってるのは、間違いないだろーね」
「!?」
未夢は、敦司の意外な反応に驚いた。
快飛が役から消えてしまったら困るということは、監督であるこの人が1番わかっているはずだ。
その本人が、快飛の気持ちを知っていながら、のんきに休憩し続けている。
未夢は、敦司を前に、驚きを隠せなかった。
「いーんですか? このままだと、快飛くんほんとに役降りちゃうかも・・・」
「んー、大丈夫だよ」
間髪入れずに、答えが返ってくる。
「あいつ、絶対やってくれるもん」
「え・・・?」




“あいつ、絶対やってくれるもん”
確信に満ちた、その言葉。
未夢は、きょとんとなるばかりだった。敦司は、そのまま続ける。
「オレも含めて、なんでみんなが、こんなにのんびりしてるかわかる?」
敦司の視線の先。同じよーに、それを追った未夢の目にうつったもの・・・
それは、あせっている雰囲気など、どこにも感じられない、のんびりムードの東海小・もと4年A組の
メンバーだった。
「みんな、快飛のこと信頼してるんだよ」
敦司の言葉を聞きながら、未夢は、まわりの雰囲気を感じ取っていた。
「快飛くんって、昔から、そんな性格だったんですか?」
「んー、そーだな。責任感が強くて、めんどうみがいい。すっごく損な役まわりだね」
「え?」
「嫌だって言いつつ、結局、最後はやってくれる。だから、みんな・・・オレもだけど、安心してられる。
快飛だからこそ、できることだからね。みんな、あいつを頼ってんだよ」
「・・・・・・・・・」
未夢は、快飛の性格を思い出していた。
「確かに、そーですよね。快飛くん、困ってる人をほっておけないってタイプだから・・・」
「そーでしょ? あいつを怒らせたオレが言うのもなんだけどさ、“ほんとにやめちまったら、どうしよ〜”と
思ってるどこかで、“必ずやってくれる”って、あいつを信じてる自分もいてさ。皮肉だけど、快飛には、
負けるよ」
笑いながら、軽い調子で敦司は言った。未夢もつられて、笑顔になる。
「まぁ、快飛くんが、ほんとにやめちゃわない程度に怒らすよーにしてくださいね。
快飛くんのこと、よく知ってる敦司さんなら、大丈夫と思いますけど」
「あはっ、ありがと。でも実際、オレも不安なんだ。さっきのあいつには、マジびびったよ。まさか、言葉が
変わっちゃうほど怒ると思ってなかった」
その敦司のセリフを聞いて、未夢はけげんな顔つきになる。
「あ・・・それは、私も驚きました。あんなに怒った快飛くん、初めて見たし・・・。“なんで、いきなり
関西弁なんだろ〜?”って」
「え? 河本さん、知らないの?」
「?」
そう言う敦司に、きょとんとなる未夢。
「あいつ、もともと関西に住んでたんだよ」
「えっ、そーなんですか?」
思わず、声をあげてしまった。快飛が、もともと関西に住んでいたなんて・・・未夢にとっては、初耳だった。
「河本さんの前で、あいつ関西弁しゃべったことなかったの?」
「ええ。そんなの、1度も・・・」
「そっかぁ。オレたちとつるんでたときは、よくしゃべってたんだけどな〜」
・・・未夢は、敦司がうらやましかった。敦司は、自分の知らない快飛を知っている。
もちろん自分の方が、敦司に比べて、遅く快飛と出会ったのだから・・・それは当然なのだ。
だが・・・正直、少し悲しかった。
「私・・・快飛くんのこと、なにも知らないんですよね」
「え?」
「なんか、敦司さんから聞かされること全部びっくりすることばかりで・・・私、全然知らないんだなぁーって」
「あはははは、そんなことないって!」
突然の明るい笑い声。暗い顔だった未夢への同情やなぐさめなんかじゃない。
それは心から素直に思った・・・敦司の正直な気持ちだった。
「河本さんの知らないあいつを、オレは知ってる。でも、オレの知らないあいつを、きみは知ってんだよ。
どっちも同じ快飛なんだから」
「同じ・・・?」
「うん、信じらんないかもしれないけどね。オレだってさ、たまにあいつと会ったとき、“あ、なんか
変わったなぁ”って、いつも思うんだけど、やっぱどこか一緒なんだよな。結局なにも変わってないんだよ、
もとの性格がね」
遠くを見つめるよーな目で、敦司は続けた。
「“変わってない”って・・・さっきは、特に思った。あいつ、9年前そのまんまだった・・・」
「さっきって、怒った快飛くん、ですか?」
こくり
敦司は、ゆっくりうなずく。
「この劇・・・9年前にも1回やってんだよね。同じよーに、快飛主役でさ、オレが監督やって、さっきみたいに
毎日毎日快飛怒らせてたよ、オレ。そのときは、あいつもまだ普通に関西弁使ってた」
そして、ぽつりともらした。
「・・・それっきりだったんだよな。あいつの関西弁」
「え?」
「その劇をきっかけにっていうかさ、本番を終えたあとから、快飛のやつ、全然関西弁しゃべんなくなって。
本人も練習で標準語しゃべってるうちに、無意識に慣れたみたいだけど・・・。オレは、少しさみしかったの
覚えてる」
軽い感じで、ふっと笑った。
「ま、なにかとこの劇は、快飛にとって、いろんな思い出があると思うよ。嫌なことだって・・・。
あいつが、1番大変だったんじゃないかな」
「この劇、快飛くんにとって、にがい思い出とかあるのかな・・・」
無意識なまま、未夢は小さくつぶやいていた。
と同時に、今日の昼喫茶店で、快飛が言ってたセリフを思い出す。
“あの劇は、もう2度とやりたくねーな”
「・・・河本さん?」
「あ、ごめんなさい。一瞬、ちょっとした疑問感じちゃって・・・」
多少混乱しつつも、素直に謝る未夢。そして・・・
「!?」
まさか謝られるとは思ってなかったのか、意表を突かれた敦司は、きょとんとした表情になる。
「いや、別にきみが謝るよーなことじゃないでしょ?」
「え・・・あ・・・」
「はははっ、まぁいーや。で、なんだっけ? この劇での、快飛のにがいエピソードだっけ?」
「え・・・ええ・・・」
思わずつぶやいてしまった自分のセリフでありながら、そんなことを聞いていーのかどーか、未夢は迷った。
半分知りたいと思いつつ、快飛本人からではなく、他人から聞くのは、まずい気もする。
そんな未夢に気づいてないのか、敦司は言った。
「まず、さっきみたいなけんか。毎日毎日練習ばっかで・・・振り回されてることも多かったな、あいつ。
あとは・・・本番のトラブルか」
「本番のトラブル?」
「うん、この劇、人魚姫をもとにしたストーリーなんだけど・・・本番ラストシーンで、けがしちゃったんだよね」
「えっ!? 快飛くんがですか!?」
「うーうん、快飛の相手役の子」
ガクッ
敦司独特(?)言いまわし表現に、未夢は拍子抜けした。同時に・・・
“悪いやつでは、ないんだけどさ。オレ、いっつもあいつのペースに、巻き込まれてる気がするよ”
・・・快飛のあの言葉の意味も、少しわかった気がする。
「本番終わってから、“オレのせいで、あいつはけがした”って、快飛ずっと言ってて・・・。実際は、
そんなことなかったんだけどさ、学級委員ってこともあったし・・・だからだろーね、同じ劇を、
またやりたくないってのは」
「・・・・・・・・・」
「けど、あいつはやってくれるよ! 絶対ね!!」
にこっと笑うと、敦司は立ち上がった。
そろそろ練習が再開なのだろう、う〜んとのびをしながら歩き出す。
「敦司さん・・・最後にひとつ、いーですか?」
「ん? なに?」
振り返った敦司が、不思議そうな顔を向ける。
「敦司さんって・・・快飛くんのこと、信頼してるんですか?」
「え・・・?」
“なにを聞いてるんだろう”と、未夢は自分でも思った。改めて、そんなことを聞かれると思ってはいなかったのか、
敦司も、しばし無言になる。
だが、すぐに平常モードに戻り・・・
「ああ、そりゃもちろん・・・」
「あ〜〜〜〜〜〜つ〜〜〜〜〜〜し〜〜〜〜〜〜っ!!!」
ぎっくぅ!
突然背後から、ものすごい殺気・・・
敦司は、声の方向へ、おそるおそる顔を向ける。
「か・・・快飛、戻ってたの? おまえ」
「たった今な。おまえ、未夢と話すんのはいーけど、監督の仕事さぼんなよな」
「なっ・・・オレが、いつさぼったってんだよ!?」
「役者に対して、ロクなアドバイスもくれねーし。 ・・・ま、もとから信頼なんてしてないけどな」
「なんだよ、オレだっておまえなんて、信頼なんかしてねーよ!!」
「未夢、こいつの言うこと、あんま信用すんなよ」
「無視すんじゃねぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
「おーい、そろそろ練習再開しよーよ!!」
誰かが言った。
バチバチバチバチバチッ
だが、未夢の目の前では、すでに壮絶な戦いが・・・。
「・・・行くぞ、敦司!」
先に歩き出したのは、快飛だった。
「あっ、待てよ。快飛っ」
あわてて、敦司もそのあとを追う。
数秒後、その場に残された未夢の口から、ひと言もれた。
「・・・そっか。あれが幼い日の・・・快飛くんの素顔なんだ・・・」
“ああ、そりゃもちろん・・・”
途中でとぎれてしまった敦司の言葉。敦司は最後、なんて答えるつもりだったのだろう・・・。
だが・・・
「そんなの・・・聞くまでもないよね・・・」
お互い、口では悪く言い合い、けんかも絶えないけど、それなりに仲よくやっている。
『信頼』なんて、言葉で言わなくてもわかり合える。
そんな強い絆のよーなものが、あの2人にはあるのだ。
・・・普段はクールな快飛が、敦司の前でだけ見せる幼い日の素顔・・・。
未夢は今日、快飛の素直な一面を少し見た気がした。
「おーい、未夢〜!!」
「!?」
気がつくと、舞台の上で手を振ってる快飛の姿があった。
「こっち来て、立ちげいこの様子見てくんねー?」
すでに、練習の再開しだした東海小の体育館。
「はぁーい、行きまーす!!」
未夢もまた大きな声で返事を返し、その場をかけ出した。



あなたが、人に素顔を見せるのは、どんなときですか?
そして、その素顔を見せるのは、誰の前でなのでしょう?
そして、彼の場合は・・・
これは、彼が大学生になってから、初めての夏休みでのできごとです・・・。





(Brat Boys あとがき)

おひさしぶりです。(ぱずりんぐわーど)です。
読み物 第4段 「Brat Boys」やっと載せることができました。
前作「幻影」は、私の友達がつくったストーリーをアレンジして載せたものですが、今回
再び完全オリジナルに戻ってのストーリーです。
前に載せたオリジナル「Quartet Contrivance」から、2年以上もたち、
やっと完成した「Brat Boys」・・・はたしていかがだったでしょうか?

実はこのストーリー、もういつだかわからないキリ番のリクエストだったんです。
書き終わったのは、ちょうど1年前(2003年)の4月で、リクエスト者の誕生日でした。
そのリクエストをしてくださった方には、ルーズリーフに書いたものを、ちゃんと郵送しましたよ。
ちなみに書き始めてから書き終わるまでの制作日数は・・・9ヶ月でした。

今回の主人公は、敦司 & 快飛という2人の大学生。
2人とも大学に入って、初めての夏休みでのできごと。
敦司にとっては楽しみ、快飛にとっては災難、といったところでしょうか(笑)。
「Brat Boys」というのは、「悪ガキたち」という意味です。
同じ場所にいた少年たちが、いつしか時間がたって学校も別になり、それぞれが別の場所で成長していく。
でも、久しぶりに再会したときは、無意識に、当時の少年(ガキ)たちに戻ってしまう。
今回のストーリーは、そのイメージからできあがりました。
当時つるんでた友達に再会すると、私たちも、無意識にそうなると思うんです。
その友達・仲間の前でしか出せない素顔って、絶対あるはずだから・・・。

責任感の強い快飛 と 楽天的な敦司。対称的な2人は、キャラクターの中では1番気に入っています。
本来、敦司も設定的にはそんなに楽天的なやつではなく、マジメなんですよ。
めちゃくちゃやってるように見えて、実は快飛より責任感もあるかもしれない・・・。
快飛にとっては振りまわされてるのも事実ですが、それでも敦司にだけは意見をはっきり言える部分が
あり、敦司も快飛がいるから、ああいう性格になれる。
お互いがいるからこそ、自分の本音を出せる・・・そんな関係です。
だから、お互い一緒にいないときは、2人ともマジメのはず・・・。
一緒にいて、お互い口では悪く言いながらも・・・「親友」って、そんなもんなんじゃないかなって。
仲がいい者たちだけが親友じゃない気がします。
あえて、口に出して「親友だ」っていうものでもないでしょうしね。
そう考えてみると、私には「親友」というものが、何人いるのかというと・・・??

快飛がさんざん嫌がっていた『人魚姫に毒リンゴ!?』という劇。
彼らは、この劇を小4のときに1度やっています。快飛が関西から引っ越してきてすぐのこと。
演劇大会という行事で彼らのクラスが発表したのが、この作品なんです。
ちなみに、この本編をただいま制作中ですので、そのうち載せられるとは思いますが。
新しいキャラも出てきて、ドタバタストーリーにしつつ・・・この「Brat Boys」と
矛盾しないように完成できればいいなぁっと思います。

このHPもできてから、はやいもので2年半たちました。カウンターも10000を超えましたね。
あいかわらず誰からもリクエストは来ておりません。ので、また載せるもの考えておきます。
今回も、この読み物を載せるにあたり、メイン管理人のゴマ太郎に、ご迷惑をおかけいたしました。
それでは、ここまで、おつきあいいただき、本当にありがとうございました。

(2004年4月11日 ぱずりんぐわーど)