BRAT BOYS















くすくすくすっ・・・
「笑いごとじゃねーぞ、未夢」
数日後・・・とある喫茶店で、快飛は彼女に、先日あったできごとを話していた。
彼女の名前は、河本 未夢。つき合い始めてからは、まだそんなにたたないが、
高校時代からの同級生であり、すでに快飛にとっては大切な存在となっている。
「昔っから、ああなんだよ、敦司のやつは」
「でも、聞いた感じ、楽しそーな人に思うけど?」
「まぁ・・・悪いやつでは、ないんだけどさ。オレ、いっつもあいつのペースに
巻き込まれてる気がするよ」
「へえ〜」
多少、興味を覚えたよーに、未夢は快飛を見た。
少し冷めてしまったコーヒーを飲みながら、快飛は続ける。
「ま、あれをもう1度やれってことなら、担任が当時学級委員だったオレじゃなくて、敦司に
連絡してきたのも、うなずけるな」
「そーいえば、その出し物ってなんなの?」
「え? ああ、劇だよ、劇」
「劇?」
瞬間、未夢はあっけにとられた。未夢にとっては、いたって普通の答えだ。
なぜ、快飛があそこまで嫌がるのか、わかるはずがない。
「なんで? 劇って・・・お芝居でしょ? 楽しーんじゃないの?」
「普通の劇ならな」
そう言うと、快飛は、含みのある笑いをもらした。
「当時、その劇の監督が敦司でさぁ、それもあってか、オレにとっては災難だったよ。
あの劇は、もう2度とやりたくねーな」
「そこまで嫌なんだ?」
「ん、まぁ・・・いろいろとな」
そこで言葉が切れ、2人の間に沈黙が降りる。ゆっくりと静かな時間が流れる。
快飛は、嫌がる理由を無理に聞かずにいてくれる未夢を、ありがたく思った。
「悪いな、久しぶりに会ったのに、こんな話して」
「ううん、気にしないで」
にっこり笑いかける未夢。
ごくんっ
「そろそろ出るか」
話がひと息つくのと同時に、コーヒーを飲みほした快飛は、そのまま席を立った。




「今日は、これからどーするの?」
店を出て、数分後・・・快飛の隣で歩く未夢が、ふと立ち止まる。
「え・・・そーだなぁ、オレは特に予定はないんだけど」
「そぉかぁ〜、予定ないのかぁ。じゃあ、暇だよなぁ?」
ぎくぅっ!!
未夢に対して答えたはずの言葉・・・なぜか、その返事が背後から返ってきた。
声の主が誰なのか、そんなことは、すぐに判断がつく。
快飛は、おそるおそる振り返った。
「よお! 快飛!」
「やっぱり、おまえか・・・」
案の定、そこにいたのは、やはり笑顔の敦司。快飛の予想は、みごとに的中した。
「なんで、ここにいんだよ? おまえ・・・」
「え〜、ここにいちゃいけない? 喫茶店から出てきたきみを見つけて、そっとあとを追ったのに」
「ストーカーか?おまえは・・・」
敦司のセリフに、快飛はあきれて、ため息をつく。
「だから、少しは冗談にのれって」
「やだ」
「ったく、まぁいーけどさ・・・」
「あのぉ〜・・・」
合間をぬって、絶妙なタイミングで、別の声が乱入。その声の主は、もちろん・・・
「あ、ごめんね。私、関係ないし、ジャマするつもりじゃなかったんだけど」
2人の会話を止めてしまった罪悪感(?)からか、あせってしまった未夢は、そくざに話題を切りかえた。
「えっと・・・快飛くんのお友達・・・ですか?」
目の前に、突然現れた謎の少年(?)に向きなおって聞いてみる。
「ああ、うん! オレ、こいつと中学まで同級生だったんだ」
「へえ、そーなんですか」
明るく、言葉を返してくれる・・・未夢は、この少年に少なからず好感を得た。
「えーっと、きみは・・・」
「河本未夢。オレの彼女だよ」
同じよーに聞き返そうとした少年・敦司の言葉をさえぎり、ひと足先に快飛が答える。
「ははっ、だと思ったよ」
「はじめまして、河本未夢です」
笑顔で話をする敦司に、未夢はあいさつしながら、軽く頭を下げた。
「よろしく。オレは、佐木敦司」
「あ、よろしくお願いします」
そう言って、もう1度頭を下げてから、未夢は快飛に小さく耳打ちした。
「ねぇ、快飛くん。敦司さんって、もしかして・・・」
「ん? ああ、そうそう。さっき、店でおまえに話したあいつだよ」
「あ、やっぱり・・・」
「なぁーに、こそこそ話してんのかなぁ? お2人さん」
からかうよーに、2人をのぞきこむ敦司。
「別に・・・たいしたことじゃなねーよ。それより、おまえこそ、こんなところでなにしてんだ?」
あっさりと答えてから、快飛は、敦司を見る。
「オレ? オレは、オータムフェスティバルのことで、ちょっと・・・」
「あっそ。じゃあ、オレたち急ぐから。行くぞ、未夢」
敦司がすべてを言い終えないうちに、快飛は、背を向け歩き出した。が・・・
「ちょぉーーーーーーーーーーっと、待ったぁーーーーーーーーーーーーーーっ!」
がしっ!
「ぐえっ!! げほっ、げほっ」
とたんに首根っこをつかまれ、思わずむせ返った。
「敦司・・・てめえ、なにしやがんだ! いきなりっ!!」
「人に聞いときながら、無視なんて・・・それは、ないんじゃないの〜? 快飛くん」
そう言う敦司の笑顔が、また微妙に怖い・・・。
敦司の言い分が正しいのは、もちろん快飛もわかっている。
だが、“オータムフェスティバル”という言葉を聞いただけで、関わりたくない気持ちが先立ってしまうのだ。
それが、今の快飛の・・・正直な気持ちだった。
「急いでるっつったろ!?」
「おまえ、さっき予定ないって言ったじゃねーか」
「言ってません」
「オレは、ちゃんとこの耳で聞いたんだ」
「だったら、それはおまえの空耳だな」
「んなわけねーだろ!」
両者とも、1歩もゆずる気はないらしい。
このままでは、らちがあかないとの判断を下した快飛は、言葉を切り、静かに言った。
「暇だったら・・・どーしよってんだよ?」
「オータムフェスティバルの練習だ。ほら、行くぞ!」
「えっ!? 今から!?」
それが、やぶへびを招いたのは、言うまでもない。
すでに、がっしり首根っこをつかまれ、快飛にとっては、逃げるに逃げられない状態になってしまった。
「あー、そうそう! 河本さんだっけ? きみ、これから用事あるの?」
「え・・・いえ、特には・・・」
一部始終を見ていた未夢が、急に話題をふられ、とっさに答える。
「そう。じゃあさ、きみもおいでよ」
「なっ・・・」
無責任にもほどがある。快飛は思わず絶句した。
「なに考えてんだ、てめえは!? 未夢まで、まきこむなよ!!」
「だって、彼女ひとりにしちゃ、かわいそーじゃんか」
「おまえが、オレを連れていかなきゃ、すべて問題解決なんだよ」
「それは、できねーしなぁ・・・。ね、河本さん、どう?」




「『どーした? 声が出ないのか?』」
「違うって! そこは、しゃがみこんでたずねるシーン。あと、ぶっきらぼうになりすぎないように!」
「はいはい、わかりましたよ」
その日の夕方・・・東海小の体育館。
人数もそこそこに、オータムフェスティバルの練習が、予定どおり行われていた。
しぶしぶ連れてこられた快飛はもちろん、未夢も全然知らないメンバーの中で、練習に加わっている。
もっとも、未夢は、裏方の雑用だけなのだが・・・。
「・・・すごいなぁ・・・」
休憩用の麦茶を紙コップにつぎながら、未夢は、立ちげいこ中の舞台を見つめた。
その中には、文句を言いながらも、真剣に練習に取り組む彼氏の姿もある。
ぱらっ・・・
すべてのコップにお茶をつぎ終え、休憩を取ろうと、いすに座りこんだ未夢は、その場にあった台本を手に取った。
『人魚姫に毒リンゴ!?』と表紙に大きく書かれたそれは、少し色あせて、かなり使いこんである。
「・・・・・・・・」
ひと通り軽く目を通すと、未夢は再び舞台を見た。
「違うって! 何回言えば、わかんだよっ!?」
「おまえが、複雑なことばっか言うからだろ」
目に入るのは、決して雰囲気がいいとは言えないこの現場。
というのも、さっきから同じシーンの練習ばかりで、なかなか先に進めないらしい。
中断されてばかりの立ちげいこ、その引き金となっているのは・・・
「快飛、おまえ、もうちょっとうまくできねぇ? このシーンは、ある意味見せ場だぞ?
せっかくの王子役なんだからさぁ・・・」
「オレだって、好きで役者やってんじゃねーもん! そう言うおまえこそさぁ、監督なら、
もうちょっと具体的なアドバイスよこしてくれたって、いーじゃねーかよっ!!」
「だから、ちゃんと言ってんじゃんか。“うまくやれ”って」
「どこが、具体的なんだ!? どこが!!」
役者として立ちげいこに参加する快飛と、その指示を出す監督の敦司。
けんか・・・というよりは、敦司が一方的に、快飛から怒られているらしい。
だが、実際敦司の方は軽く受け流すだけで、むしろ楽しんでいるよーに見える。
どーやら、昔から、この2人のパターンは、変わっていないらしい。
小学生のころから・・・初めて、この劇をやった9年前から・・・
だが、そんなことを知らない未夢としては、ハラハラするばかりだ。
だからといって、口出しするわけにもいかない状況で・・・
「大丈夫・・・かなぁ・・・」
つぶやくしかなかった。
「そんなに言うなら、てめえが手本見せてみろよっ!」
こんなに怒った快飛を、未夢は、見たことがなかった。
だから、よけいに複雑な気持ちになる。
うれしいような・・・怖いような・・・そんな気持ちに・・・。
「わかんねーやつだなぁ。いいか?この役は、おまえがやるからいーんだよ。快飛専用の役なの。
オレがやっても、意味ないじゃんか」
「自分のできないことを、人にやらせんな!」
「役者は、個性が大事!!」
・・・ブチッ
「・・・かげんに・・・」
「え?」
「えーかげんに、せーやぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
し・・・ん・・・
一瞬にして、まわりが静まった。敦司はもちろん、他の誰もが、その場に注目する。
「えーかげんにせーよ、敦司! こっちのやることすべてに、いちいち文句つけられとったら、
いっこも前進まれへんわ!!」
誰も、なにも言うことができない。響くのは、そのどなり声だけだった。
「もうええ! オレ、休憩!!」
バッターーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ
早足で出口に歩いていくと、大きな音を残して扉を閉じた。再び、静けさが戻る。
・・・あっというまのできごとだった。
「なんだよ、あいつ。あんなに怒ることねーのに」
当の敦司は、ふくれ顔だ。それもそのはず。今出ていったのは、劇の最重要役者である鳴滝快飛本人なのだから。
残された現場はというと、気まずいムード。
「えっと・・・じゃあ、とりあえずオレらも休憩ってことで」
その場を取りつくろうと、敦司がみんなに声をかける。
多少気まずいものの、それぞれがもとのムードに戻っていく。
「河本さんも、てきとーに休憩しててよ」
「あ、はい」
敦司に言われ、未夢も、はっと我に返る。
その後、麦茶を入れたペットボトルとタオルを持ち出し、そのまま体育館を出ていった。