阿倍野駐車場協会
電子化の流れ変遷
   

 

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車庫証明電子化による協会の流れと当時の役員の苦労

○ 昭和38年5月(1963年)より17年間、大丸志朗初代会長。
 
○ 昭和55年2月(1980年)2代目会長吉井正男の時から会費以外の収入源として協力会費が考案されました。

○ 平成4年4月協会事務所の店舗賃貸借契約調印。役員ボランテイアの事務を新事務所にて事務員執行へ船出。
   
   ・・新事務所開設を6月1日として全会員へ通知。

○ 平成4年3月12日(1992年)開催役員会にて会長澤田恒一会長より、木村敏幸総務へ事務システム構築を指示。
   
   同月18日第1次答申、同22日第2次答申発表されました。
 
@ 全駐車場の経営実態調査作業(6月〜7月)・・木村、秦、野崎、斉藤
 
A コンピューター稼動の為のハードのチェック、ソフト組み込み作業・・・木村、田中、秦

B @の回収調査票を協会初の全データーとしてコンピューターに入力し、植田芳文新理事を含めた総務グループで
  
  「協会概要」作成に着手。総務グループ:木村、田中、植田、秦、斉藤、野崎の6名

C 同年11月20日開催役員会で協会事務システム構築作業に、「車庫証明関係の取扱事務システム」の実用化作業を
   
   加える事が認められました。
(参考:大阪リコー滑ヨ連の駐車場管理システムはハードとソフト共で800万円、月17万円程のリース料)   

D 平成4年12月車庫証明業務システム仮仕上ソフトを前に、総務グループ6人は電子化システムの全構想を練り上げました。        

E 平成5年(1993年)4月10日現小島義近顧問(当時副会長)、木村、秦、斉藤の4名は堺駐車場協会へ
   
   車庫証明業務電子システムの実際を見学。
 
F 同年5月、車庫証明係とのデータのすりあわせと打合せを終わり、小島副会長、総務グループ、事務職員は4日間をかけ、
   
   データ全ての移入が完了。
 
  この後、データの整理とコンピューターへの入力作業を続行。これが現在の車庫証明事務の礎となっている。
 
G 平成4年後半より平成6年(1994年)3月車庫証明電子化予備テストに至るまでのシステム開発は
   
   機器担当植田理事が思考錯誤の上で完成。・非常に安価にシステムを作り上げました。
 
H 平成6年3月3日全会員へ車庫証明電子化システム開始の通知。
  
○ 平成5年3月12日(於 天王寺都ホテル新館)30周年記念式を挙行。記念事業として、
   
   1.事務所開設、2.OA機器導入、3.親睦団体より脱皮

I 平成12年4月 事務局開設以来お世話になっていた永尾事務局長が亡くなられ車庫証明プログラムの
   
   陳腐化のため急遽新規プログラムの必要に駆られ理事会の承認を

   えてプログラム会社に発注しそして車庫証明システムは現在の姿になる。
   
J 平成14年ブロ−ドバンドの時代が訪れ駐車場協会の情報発信と協会員の皆様へのサポートとしてHPを立ち上げました。   

  

 

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